それは、ひとつの謎から始まった。 或る日、とある飲み屋で、背後に座っていた六十歳くらいの白髪頭の男が、 その前へ腰掛けた、思わず眼を奪われずにはいられない、 清楚な美しさを漂わせた若い女に向かって、 しきりに、語っていたことだった。 「<矛盾表現主義 Contradictory Expressionism>と呼ばれる運動が存在する、 それは、いずれは、全世界を覆い尽くす思想、 つまり、万人がそれを根拠として考える、というありようになることだろう、 だが、いまは、まだ、知ることを望む者にしか開かれていない、 秘密の<扉>のようなものでしかない」 それに応えて、美しい女は、まなざしを大きく見開いて、熱心に問いかけていた。 「おじさま、教えてください、 どこへいけば、その<矛盾表現主義>を知ることができるのですか」 白髪頭の男は、掛けていた銀縁の眼鏡を外し、かぶりを振りながら、 「<脳の劇場へ入る扉>としか知らされていないことだ、 それがどこにあるのか、私は、知らない……」 こうして、生まれた謎であった。 <脳の劇場>があり、 そこに以下のような<扉>があるとしたら、 それが<矛盾表現主義>への入り口とされているものにあたるのだろうか。 謎は謎であり、謎は、そのままであれば、不安を招くものでしかない。 さて、如何としたものか。 そうこう、思い迷っているうちに、 清楚な美しさを漂わせた若い女がやってきて、 勝手を知った入り口のようにして、なかへ入っていったのだった。 これは、やはり、行くべきことか。 |
☆ 上昇と下降の館 ☆ 縄による日本の緊縛 鵜 里 基 秀 Since 2001.9.30 Copyright (C) 2001−2021 Motohide Usato |