借金返済で弁護士に相談



《 終 焉 な き 悪 夢 》



終焉なき悪夢     作者不詳


ぐいぐいと食いこむ 女芯に食いこむ淫縄に嗚咽がもれる
鋭利なハサミが無言の脅迫を示す
逃れる術を封じられた獲物は 抗いをあきらめ 時が過ぎることだけを願う
だが 過ぎゆく時が与えたものは 屈辱に歓びを見い出すさかしまな世界だった
………

ひきしぼられた快楽地帯からあふれる果汁を 貪欲に吸いつくす責め縄!
甘い敗北に酔いはじめた女体があやしく揺れ始める………
切り裂かれた布地の最後のひと切れが 畳に落ちる
と同時に 女の誇りも無残に抹殺される
呪縛された女体は 蹂躙を待ち望み始めた………

恥辱が愉悦を呼び 愉悦がさらなる恥辱を呼ぶ
加虐者は征服の証しを女体に残す
やるせないすすり泣きと荒い吐息が ひと剃りごとにふるえる
生唾を燕下する加虐者の喉に つめたい汗がひとしずくつたう 
惨劇はクライマックスをむかえたのだ

いく度 剃毛の儀式をおこなえば 解き放たれるのであろうか
だが、屈辱の痕跡はもういやすことができない
隷属が歓びとなる日まで 加虐者はあくことなき責め苦を加える
弛緩しようとする肉体をはげましながら 
さめることのない悪夢に 女はたえる………






            『終焉なき悪夢』という一文に示唆された物語

          ― 不詳の作者とモデル嬢と組写真を製作した人々に捧ぐ ―




 
それを夫の部屋に発見したとき、典子はめまいを覚えるくらいの衝撃を感じた。
 夫は私立大学の英文科の教授であった。
 人生の酸いも甘いも経験した五十歳という年齢であれば、
 いまさら猥褻な雑誌を一冊くらい持っていたとしてもせいぜいあきれるくらいのことだった。
 まして夫は学生時代に父親を亡くし苦学して大学院を卒業し、
 母子家庭のハンディキャップを乗り越えて教授職にまでなったひとである。
 その苦労をともにした母親も亡くなり、
 四十五歳になって初めての結婚生活を典子と迎えられたことを望外の喜びとして涙した、
 温情厚く高潔な人柄の人物だった。
 そのひとが「SM雑誌」の一冊を書棚の辞典類の裏に隠し持っていたのだ。
 まったくの偶然による発見だった、結婚して五年経って初めてのできごとであった。
 夫婦の営みにも生真面目な堅物の夫にこういう一面があったのかと理解すれば、
 むしろいっそう人間味が感じられて親しさが増すように思われることだったかもしれないが、
 よりによって「その雑誌」を手に入れていたということが問題であった。
 「その雑誌」とは今から二十七年前の一九七三年に発行された『SMクイーン十月号』で、
 なかには典子が被写体となった写真が掲載されていたのである。
 『終焉なき悪夢』と題された十六ページ三十七枚からなるモノクロームの組写真だった。
 彼女は当時二十二歳の女子大生で、父親が脳溢血で倒れるという大事のさなかにあった。
 すでに母親は幼いときに病死していたので、
 半身不随になった親の面倒は一人っ子の彼女の役割となってしまった。
 将来を誓いあって付き合っていた会社社長の御曹司である恋人からは別れ話を持ち出され、
 一家の収入が途絶え病院費用がかさむ父親の負担から女子大を中退し、
 せっぱ詰まった事情からやむにやまれず、
 急場しのぎの生活費欲しさにモデルの仕事を行ったのだった。
 それも、別れた恋人によって戯れに教えられた縄の快楽を演じる仕事を選んだのであった。
 典子はあまりの状況の一変にやけ気味になっていたことは確かだった。
 緊縛されることに経験があると言うと、容姿も悪くなかった彼女は即座にモデルに採用された。
 典子はいま、『終焉なき悪夢』と標題が示されている最初のページを見ただけで、
 長い年月の彼方にしまい込まれていた記憶がふつふつとよみがえってくるのを感じていた――


真夏の陽射しがまばゆかった午後だった。
東京湯島にある連れ込み宿へ縄師とカメラマンのふたりの男性につれられて、
日本間の造りになっている部屋へ案内された。
全裸になって用意された絹のスリップとパンティを着けるまでの間、
縄師の男性は顔立ちや身体つきをきれいだとほめてくれてやさしかった。
けれど、後ろ手にまわさせた両手を縛り始めたときから変わりだした。
撮られた映像に迫真力を生み出すために、
きみは借金のかたに囚われた美貌の若妻になりきり、
ぼくは嫌らしい金融屋の加虐者になりきるからと言って態度を一変させたのである。
そのとき初めてモデルになったことに対する激しい不安と後悔を感じたが、
逃れようにも麻縄はするすると身体へ巻きついて締めあがっていき、
どきどきと高まってくる緊張感に言葉はつまらされるばかりだった。
鴨居のあるところまで引き立てられると首縄をかけられ、その縄は胸のあたりで結ばれ、
さらに容赦なく恥ずかしい箇所へ通されると背中で引き上げられて欄間へつながれた。
そうして開始された撮影の最初の一枚がこの写真であった。




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