借金返済で弁護士に相談



《 女 の 絵 姿 》



順子さんは時間どおりにやってきた。
紺地に紫陽花の描かれた柄の着物を身につけ、膝の上に両手をおいて椅子に座っている。
目鼻立ちのはっきりとした顔は正面へ向けられていたが、まなざしは物思うように下に落ちていた。
ウェーブのかかった艶やかな黒髪が若々しく、九歳の子供のいる未亡人には見えなかった。
そうして座っている姿を描くだけでも充分に絵になる風情があった。
しかし、客からの注文は日本女性の座像の肖像画ではなかった。
高値をつけてくれる客の注文に応じて、初めて与えられた題材で描いたモデルが彼女だった。
特殊な絵姿を求められるモデルであったから、誰でも快く引き受けてくれる仕事ではなかった。
順子さんとは展覧会場で知り合った。
そのとき、自分の作品は着物姿の女性像が中心に展示が行われていた。
彼女の姿を会場にみつけたとき、胸が激しく高鳴るほどの衝撃を受けた。
こう描きたいと思っていた想像の女性が眼の前にあらわれたという感じだったからだ。
次回作のモデルになってもらえないかと思わず頼んだ。
もちろん、唐突で不躾な申し出はきっぱりと断られた。
だが、もっと作品を見てみたいという要望を逆に持ちかけられて、アトリエへ来てもらうことになった。
その後、何度となくアトリエで会うことを繰り返した。
彼女は私の作品に非常に興味をもってくれていた。
ちょうどその頃、先の展覧会で絵を買ってもらった客から注文を受けた。
着物姿でいる女性が縄で縛られている絵姿が欲しいとのことだった。
そのような「縛り絵」なるものがあることは知っていたが、描いたことなど一度もなかった。
断ろうと思ったが、提示された画料は半端なものではなかった。
金銭には常に困っていたから、生活のためにはありがたい話だった。
しかし、描こうにもモデルになってくれる女性を捜すことは困難をきわめた。
罪人のように縄を打たれた姿になることなど、好んでなりたがる者などいるわけはなかった。
モデル料をはずむとさえ言ってもだめだというのに……困り果てた。
気がふさいでいらいらしているのを察して、順子さんは悩みごとは何かと尋ねてきた。
思わず事情を打ち明けてしまった、彼女の前で素直になれる自分がなぜか不思議だった。
もちろん年齢を聞いたことはなかったが、自分よりも三つ四つ年上であることは確かだった。
一人っ子で育った自分にとって、順子さんは姉のような頼りがいを感じさせたのかもしれない。
彼女は深く考え込んだあと、私がモデルになりますと言ったのだった。
驚きだった、普通のモデルになることさえ断っていた彼女であったのに。
きっぱりとしたその思いには感動させられた。
彼女を好きだという気持ちを意識しはじめたのもそのときからだった。
着物姿の彼女を後ろ手に縛り胸縄まで掛けて、横座りになってうつむいているポーズを描いた。
何もかもが初めてのことだったので、描きあがるまでには難儀させられた。
順子さんの協力なくしてはできなかったことだった。
その絵姿は客に充分な満足をもってもらえた。
一度きりのことだと思っていた、そこで、ふたたび注文がきたときは当惑せざるをえなかった。
今度はどのような姿になって、どのように縄の掛けられたありさまを描くべきかを指定された。
そのための参考だと言われて写真まで渡された。
写真には、太った女性が一糸まとわぬ全裸姿を麻縄で縛り上げられた姿が映っていた。
その掛けられている縄も、後ろ手に縛って胸縄を施しただけではなく、
乳房を上下にはさんだ胸縄を畜生につけるような首縄が縦に下りて締め上げ、
腰のくびれに巻かれた縄にいたっては股間へもぐらされ恥毛をわけいって埋没させられていた。
何というおぞましい写真であったことか、扇情的なものだけを感じさせられるエロ写真だった。
撮られていた女性の面貌が醜悪であったことがその印象をことさら強めていた。
客は強調した、欲しい絵姿は美しい容貌をもった女が同じ姿になっているものだと。
その上、客は私が描いたモデルにも強い関心をもっていて、
縛り方がわからなければ立ち会ってもいいとさえ言うのだった。
要望の尋常でないことから断ろうと思った、だが、それを押しとどめたのは画料だった。
前回の倍額を提示されたのである。
順子さんに相談するしかないと思った。
しかし、事情が事情だった。
それでも、打ち明けるほかなかった。
話を聞かされた彼女は深く考え込んだ、写真を見せられるに及んでは蒼ざめた表情になった。
このような異常な要望など唾棄すべきことだと一蹴される言葉を彼女の口から私は待ち受けた。
だが、それだけのお金があれば求めている題材の絵に打ち込めるのですかと彼女は尋ねてきた。
私はうなずいた、それなら、もう一度だけですと言って引き受けてくれたのだった。
ただし、絵を依頼した方がアトリエに立ち会うことは断りなさい、
私はあなたの手で縛られるのでなければ絶対いやですときっぱりと言った。
その彼女が膝の上に両手をおき椅子に座って待っていた。
「……それでは、こちらへ来て、用意をお願いできますか……」
準備が整ったので、私は声をかけた。
彼女はハッと気づかされたように大きな瞳でこちらを見やった。
しっとりと愁いをおびたそのまなざしは、小さな口もとの何十倍も語りかけてくる気がした。
こちらへ近づくにつれて芳しい香りを意識させられ、きぬずれがその所在を実感させるのだった。
目の前に立たれたときには、心臓が激しく高鳴りはじめ思わず頭を下げて言ってしまった。
「不慣れなもので、ご迷惑をかけるかもしれません、よろしくお願いします」
順子さんもそれに対して丁寧な会釈をしながら言ってくれるのだった。
「私の方こそ、あなたの意に添うようがんばります、よろしくお願いします」
そう言い合って、ふたりの共同作業は開始されたのだった。
順子さんは壁の方へ行くとこちらへ背中を向けて脱衣を始めた。
私はその様子をじっと見守っていた。
帯じめと帯あげがほどかれた。
白い指先とからまりあいながら、はらりと垂れる。
次に帯枕の紐がとかれた。
帯がめくるめくようになだれ落ちるのを片手がそっと押さえる。
帯の前部を身体に巻きつけたまま、そろそろと下へすべり落としていく。
足もとには帯が海原のうねりのように波打っている。
おもむろに腰紐がとかれ、肩から少しずつ取り去られていくと、
着物はきぬずれの音も華々しく落下していった。
色とりどりの花びらで足もとがうずまっているという感じだった。
そのなかに立つ純白の長襦袢姿は匂い立つようななよやかさを漂わせていた。
長襦袢を支えている紐がとかれ、伊達巻がほどかれると、裾が長く引かれた姿になった。
さらに、肌襦袢と腰まきの結びがとかれたのを告げるように、彼女は横すわりの姿勢になった。
足袋を脱いでいるのだった。
そして、衿から徐々に下へすべらせて長襦袢と肌襦袢を脱いでいった。
この間、彼女は一度も後ろを振り向くことはなかった。
両肩から少しずつ肌があらわになっていく。
むきだしになった背中は乳色をしたなめらかな柔肌で輝いていた。
女らしい優美な曲線が際立ち、ふくよかな尻にのぞく亀裂を悩ましく映らせていた。
初めて見た順子さんの裸身は美しさそのものだった。
その裸身はじっとなったままだったが、肩先が小さく震えているのが見て取れた。
「……そ、それじゃあ、し、縛ります、いいですか、両手を後ろへまわしてください……」
自分の声のうわずっているのがわかったが、それ以上に心臓は激しく高鳴っていた。
用意した麻縄を手にして彼女の背後へ膝をついた。
艶やかな髪や柔肌から漂う甘美な香りがきゅっと胸を締めつけるものに感じられた。
ほっそりとした両手が背中の方へおずおずと差し出されてきた。
その手首をつかむと恥じらいからくる彼女の震えが伝わってくるようだった。
高鳴る心臓の鼓動が肩で息をさせるほど彼女に激しい緊張を強いているようだった。
彼女ばかりが緊張しているのではなかった。
かさね合わせた手首に麻縄を掛けたとき、自分の下半身も一気に緊張を意識させられた。
縄がからむにつれて、ううっ、ううっ、という小さなため息が彼女からもれる。
そのため息が私の下半身をいっそう緊張させ、縄を巻きつける手先を小刻みに震わせた。
順子さんにやさしく声をかけてあげられる余裕などなかった。
上手に縄掛けできるように写真を見ながら一人練習したことを行うのが精一杯だった。
後ろ手に縛った縄を身体の前へまわす。
初めて見る順子さんの乳房に心臓が咽喉もとまで飛び出しそうだった。
ふっくらと盛り上がった先端に可憐な桃色の乳首をつけた美しい乳房だった。
その上へ縄を掛けねばならなかった。
思わず相手の顔を見た。
順子さんは後ろ手に縛られた境遇を身に引き受けたとでもいうように、
唇を真一文字に締め両眼をしっかりと閉じたまま頑張っていた。
だが、ウエーブのかかった柔らかな黒髪がゆれるくらい、その両肩は震えていた。
自分は思った。
どうしてこのような目に彼女をあわせなければならないのだ。
もっとも愛している女性だというのに、どうしてこのようなひどい目にあわせるのだ。
縄掛けの手が止まってしまっていた。
そのときだった。
閉じていた彼女の両眼が開いて、真剣なまなざしでこちらを見やるのだった。
それはまるで、「だらしないわ、あなた、それでも絵描きなの、
絵を描くために行っていることじゃないの、違う?」と非難を向けているような鋭さだった。
羞恥を耐えて彼女がその境遇を引き受けてくれている意味を私は強く理解した。
順子さんは私の絵の創造のために身を捧げてくれているのだ。
それに応えずして、自分は彼女のための何だというのだろうか。
身体の前へまわした麻縄を乳房の上部へ掛けた。
それを背後へ戻して、さらに二度まわして締めた。
縄が巻きついていくたびに、順子さんはううっ、ううっ、とため息をもらして反応する。
背中で最初の縄の縄どめを終えると、すぐさま、二本目の縄を今度は乳房の下部へ巻きつけた。
愛らしい感じの乳首をつけたふたつのきれいな乳房の上下を麻縄が荒々しくはしっている。
囚われの身となった女という姿だった。
そうだ、紛れもなく、順子さんは愛する私の手で縛られた、私の囚われの女なのだ。
なすすべを封じられた全裸の境遇を見つめられた順子さんは、
あられもない姿にさせられた羞恥から、艶やかな髪で顔を覆い隠すようにうつむいていた。
しかし、順子さんが引き受けなければならない羞恥と汚辱は、まだ始まりにすぎないのだった。
「立ち上がってください」
私はむしろぶっきらぼうに言って縄尻を取り、引き立てるようにして彼女を立たせた。
おずおずと上げたその顔には怯えたような不安な表情が浮かんでいた。
訴えかけるようなまなざしと少し開いたくちもとは哀愁をにじませて美しかった。
だが、それに比べて引けを取らないくらい美しかったのは、あらわにした全身像だった。
あたりが一段と明るくなったように感じさせるほど存在感のある白い輝きだった。
ほっそりとした首筋から両肩にいたるなでた柔らかな線、
愛らしく突き出した桃色の乳首をつけたふたつのふっくらとした乳房の隆起。
子供を産んでいるとは思えないくらい、きれいでなめらかな腹部と形のいい臍。
腰つきからの優美な曲線は、太腿のなまめかしさを引き立たせ、両足へとしなやかに流れていた。
そして、下腹部にのぞく漆黒の翳りは、夢幻の柔和さで神秘を漂わせているという感じだった。
美しくなよやかな一糸まとわぬ女の生れたままの姿であった。
いや、そうではない。
彼女の身体には一糸から撚りあわされた縄がまとわされていた。
女は自身の存在をより引き立てるために、さらに縄の衣裳をまとわねばならないのであった。
順子さんは肉体へ締めこまれた縄の拘束感に思いを集中するかのように寡黙になっていた。
縄が彼女を上気させていることをあらわすように両方の頬は赤くほてっていた。
私は輪にした縄をそのほっそりとした首に掛けると縦に下ろして胸縄へつなぎ留めていった。
そうすることで、順子さんのふたつの乳房は貪欲さをあらわすように突き出す格好に変わった。
身体へ巻きつく縄が増えていくにつれて、ため息も、うう〜んという甘い声音に変化している。
立った姿勢を続けているのがもどかしいとでもいうように身体が揺れ始めている。
私は順子さんを敷居の柱まで連れていくと、立った姿勢が保たれるように柱を背にしてつなぎとめた。
そのつながれた姿が写真の女がさせられているのと同じ格好であることに気づいた。
自分が行っていることは実はとんでもないことであるのではないかとそのとき思った。
不安と恐れのようなものがこみあげてきた。
だが、それは不思議と甘美な官能を疼かせるのだった。
順子さんの顔を見やった。
柱につながれて晒しものにされたことが女の自尊心と情感を一挙に高めたかのように、
赤く染まった顔をうつむき加減にしてこらえてはいるものの、
官能を疼かせているように、乳色の脂肪を浮かべた裸身はときにぶるっとした痙攣を示していた。
その女のありさまは美しく、いままで見たことも、描いたこともないようなものだった。
描くべきは何なのかということを自分は自覚させられた気がした。
女という存在のありようの美しさをその内奥から引き出して描いて見せることではないか。
啓発してくる女の裸身、その腰のくびれへ縄を巻きつけようとかがみこんだ。
ぬくもりが立ち昇ってくるのが熱く感じられるほどなまめかしい線を描いた腰つきだった。
そのなまめかしさは下腹部から発散されるむれた甘い香りを意識させずにはおかないものだった。
麻縄を腰へひと巻きした。
うう〜ん、という悩ましい声音とともに、優美な腰つきがくねった。
臍のあたりで作った結び目から縄を縦へ下ろした。
匂い立つように官能的な太腿をすり合わせ、肝腎な部分を懸命に隠そうとしている様子は、
女としてある恥じらいの本能的なあらわれのようだった。
悩ましいくらいの漆黒の色艶を見せる柔らかな恥毛は震えているようにさえ見えた。
「縄を通すのに、脚を開いて」
なぜか命令口調になっている自分が不思議だった。
しかし、彼女は言われたとおり素直に両脚を開いていくのだった。
柔らかな感触の肉の合わせめに硬い縄がもぐりこまされていくと、女の身体はびくんと痙攣を示し、
「ああっ、だめっ、……」と訴えるような声をかすかにもらすのだった。
尻の亀裂から縄を引き上げると、割れめにしっかりと食い込むように整えることまで行った。
そうまですることがこれから描こうとする絵には絶対に必要なことだと思えたからだ。
縄留めを終えると、順子さんの全身像をあらためて眺めた。
写真の女と同じ姿だった。
女性が一糸まとわぬ全裸を麻縄で縛り上げられた姿でいる。
その掛けられている縄も、後ろ手に縛って胸縄を施しただけではなく、
乳房を上下にはさんだ胸縄を畜生につけるような首縄が縦に下りて締め上げ、
腰のくびれに巻かれた縄にいたっては股間へもぐらされ恥毛をわけいって埋没させられていた。
何というおぞましい姿であることか、扇情的なものだけを感じさせられるエロな姿だった。
いや、そうではなかった。
眼の前にある縛られた女の姿には、エロな姿だけではない何ものかがあった。
女性の優美な姿態と清楚な顔立ちが浮かび上がらせているありようは猥褻だけではなかった。
素っ裸の女性が恥ずかしい箇所にまで掛けられた縄で緊縛されている姿は猥褻なものである。
だが、順子さんが誠心誠意あらわそうとしている姿は猥褻なものだけはない、何かがあった。
その何かは自分が絵姿として描きとめねばならないと感じさせるものだった。
順子さんがうつむかせていた顔をおもむろに上げた。
そのまなざしは昂ぶらされた情感にうるんで、唇は求めるように開き加減になっていた。
ううん、と言ってすねたように身をよじったが、
やるせなさそうなため息をつくだけで、されるがままの姿勢になっている。
順子さんは、眼下にのぞく自分の乳首が恥ずかしいほど立っているのに気づいて、
駄々をこねる子供のように黒髪を打ちふるわせて首をふった。
それから、両方の太腿をすり寄せて股間にもぐりこまされている縄を避けようとするのだった。
それが甲斐のないことだとわかると、上気した頬と大きな瞳のまなざしをこちらへ向けた。
恨みがましい目つきで私の方を見やるが、文句のひとつも言わず、その境遇を引き受けている。
その耐えぬこうとする美しい表情は、ねっとりとした脂肪がのった柔肌に雪白の光沢を与え、
縄で歪められたなよやかで女らしい曲線をいっそうしなやかで官能的なものとさせているのだった。
後ろ手に縛られたほっそりとした両手はぎゅっと握りしめられ、
悩ましいくらいの量感をもつ尻は熟した人妻の情感を漂わせているのだった。
私は絵筆を取り、そこに浮かび上がる女の絵姿を描きはじめるのだった。



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