借金返済で弁護士に相談



見つめている。
そこに打ち捨てられた縄を見つめている。
幾十本もの細い植物の繊維が撚り合わされてできている縄。
なまめかしく螺旋をえがくその姿は、
ひとの細胞にあるとされるわれわれの歴史を遺伝するDNAと同じ形状をしている。
その縄をひとは結ぶ、
その縄でひとは結ばれる。



わたしが由美子さんと初めて出会ったのは、会社の創立三十周年記念のパーティーの席だった。
ホテルの広間を借りての宴会は三百人近くの人々が集まっての盛大なものだった。
わたしは営業課の平社員にすぎない立場であったので、そのなかで特に目立つわけでもなかった。
接客係として上司に指図されるまま右往左往するだけだった。
だから、由美子さんと向き合わされたとき、来賓の女性のひとりをもてなすというだけだった。
そんなことは、あたりまえである。
由美子さんはこの会社の社長夫人であったのだから、わたしなどとはかけ離れた存在だったのだ。
実際、はるかにかけ離れた存在のひとであると感じさせるほど、由美子さんは際立っていた。
三百人が群れ集ったなかでも、その半数いた女性のなかでも、いや、そのような程度のものではない。
その上品な顔立ちに優しさをただよわせる美貌、
ふくいくとした色香のただよう姿態、
着物姿がこれほど似合う女性はいないというくらいにみやびやかで、
その優美な立ち振る舞いと澄んだ声音の喋り方は圧倒的な存在感があった。
特に押し黙って控えているときの様子にあらわれる女性らしさの色気はぞくぞくさせるものがあった。
いくらか憂いをふくんだ表情にとまどうようなまなざしを彼方へ向け、
その場にあっても、まるで別の世界に住むひとのような孤高の美しさをかもしだせていたのである。
男性ばかりでなく女性でさえも、気にはとめずにおけない存在という感じだったのである。
わたしにとっては、気にはとめずにおけない存在などという生やさしいものではなかった。
由美子さんと顔を合わせてから、わたしは彼女のことばかりが気にかかり、
何を行っていても眼は彼女を追いかけるばかりになって、上司から何度も注意を受けるという始末だった。
このようなことは生まれて初めてだった。
いままで、一度も女性を恋焦がれるという経験をしたことがなかった。
わたしを好きだと告白してくれる女性はいたが、わたしが好きになった女性はいなかったのだ。
その日、わたしが彼女を好きだと気がついたのは、揺れ動く人波の間から彼女を見つめていたとき、
ふとわたしのまなざしを彼女が気づき、わたしをじっと見つめ返したときだった。
大きく澄んだ瞳で恥じらいをただよわせるそのまなざしは、
このひとのためなら、わたしは何でもできると思い至らせるほどのものだった。
しかし、そのような思いに至っても、実際にできることは知れていた。
いや、ほとんど何もできないというのが現実だった。
わたしは大学を出て入社したばかりの二十三歳、由美子さんは三十に手が届くかどうかという年齢だった。
男女の間に年齢など関係がないことはわかっている。
わたしがただの平社員で、彼女の夫がわたしの雇用人であるということさえも問題ではないだろう。
心の問題なのだ。
五十歳もなかばにある社長にとって娘ほども年齢の違う夫人は後妻として結婚した相手であった。
父親ほども年齢の違う男性を夫と決めて連れ添うことができるのだから、
由美子さんにとって社長という人物は心から思いを寄せられるひとに違いないのであろう。
それとも、何らかの事情があって、無理やり結婚させられたとでも言うのだろうか。
彼女がわたしをじっと見つめ返したまなざしにただよわせた恥じらいは、
彼女が惨めな境遇にあると思わせるものではなかった、むしろ逆で、
その置かれている境遇に過分な喜びさえも感じている自尊心をあらわしたものではなかっただろうか。
そう思うと、わたしのような者が彼女の心へ入り込めるすきがあるなどとは、とても考えられなかった。
わたしはやるせない思いだった。
わたしの心は由美子さんへの思いだけが占めるようになったが、
それが到底かなわない恋だと理解しようとすればするだけ、
思いはいっそう募るという悪循環があるだけだった。
わたしは自分で自分を慰めるしかなかったのだ。
わたしは自分を慰めたのだ。
由美子さんを想像するかぎり――
わたしにとって、由美子さんは女性というもののすべて……
その由美子さんにわたしは抱かれたい、
精一杯の力で由美子さんに抱きしめてもらいたい、
そうして由美子さんに抱かれながら、
わたしのすべてを由美子さんに受けとめてもらいたい、何もかも……
わたしの何もかもをさらけだしても、由美子さんの前では恥ずかしくはない、
由美子さんのすべてに満たされるわたしは、
わたしの何もかもにおいて、わたしは由美子さんであるからだ、
わたしの由美子さんは、わたしが由美子さんであることで由美子さんなのだ……
いま、わたしは鏡の前に立っている、
身に着けているものをすべて取り去った姿でいる、
一糸まとわぬ生まれたままの姿というけれど、生まれたときにはこのように背が大きくはなかった、
髪の毛もこんなに多くはなかった、陰部にもふさふさとした毛は生えていなかった、
陰茎もこのように大きくはなかった……、
大きいと言っても、わたしの陰茎は他の男性のものと比べるとはるかに小ぶりなものだった、
十歳くらいの子供のものと変わらないかもしれない、
そして、いまだもって一皮剥けていない、
それをひとに見られるのがとても恥ずかしくて、下半身をさらす場所はことさら避けて、
十五・六歳頃からはトイレも個室にしか入ったことがない、
しかし、そのようなわたしの身体でも、由美子さんの前だったら、恥ずかしくなくさらけだせる、
いや、恥ずかしいには違いない、
しかし、その恥ずかしさは、あのとき、彼女がわたしに見せたような、
置かれている境遇に過分な喜びさえも感じている自尊心をあらわしたものである、
そうだ、わたしは由美子さんの前へ何もかもさらけだせる、
それだからこそ、由美子さんはわたしを抱いて、わたしになることができるのだ……
だが、そうは思っても、わたしの眼の前にしている姿は、
彼女が望むような立派な男性のものとはほど遠い、
彼女が心から思いを寄せている夫のものとははるかに違うのだろう、
わたしは、やるせない思い以上に、みじめで哀しい思いが募ってくるのを抑えられなかった、
鏡の前に生まれたままの姿をさらして見入っている自分が情けないものに思えた、
ひとが行うことは、何もかもが自己満足のために行っていることだと言える、
だから、自分が満足するためには、
たとえひとから、異常だ、変態だと言われていることであっても、
ひとに絶対見えないかぎり、ひとは行うことができるのだ、
わたしは、由美子さんを想像する、
その上品な顔立ちに優しさをただよわせる美貌、
ふくいくとした色香のただよう姿態、
着物姿がこれほど似合う女性はいないというくらいにみやびやかで、
その優美な立ち振る舞いと澄んだ声音の喋り方は圧倒的な存在感があり、
特に押し黙って控えているときの様子にあらわれる女性らしさの色香はぞくぞくさせ、
いくらか憂いをふくんだ表情にとまどうようなまなざしを彼方へ向けて、
その場にあっても、まるで別の世界に住むひとのような孤高の美しさをかもしださせている、
その由美子さんの生まれたままの姿というのは、どのように妖艶なものであろうか、
わたしの想像を超えた姿に、わたしの小ぶりな男性はいきり立とうとする、
しかし、それ以上みなぎることはない、
男性なら誰でも行うように、わたしもそれをしごいて自分を満足させればよいのだ、
だが、そう試みて満足をえたことなど一度もなかった、
みなぎることのない思いから放出される白濁としたものだけでは満足はえられなかった、
だから、萎えてしまう、みなぎる思いのない者には、心からの喜びはありえないのだ、
せめて、救いは……
小さいときから、女の子と見間違えられてきたくらいの顔立ち、
なで肩のほっそりとした身体付きの上にのった愛くるしいとさえ言われた美貌、
その哀しく切なげな表情は、澄んだ瞳の奥に深いやるせなさをたたえて、
見つめる自分でさえも、はっとさせられるような美しさをただよわせている、
しかし、そんな美しさも由美子さんの美しさの前では色褪せるものでしかないし、
そんな感じ方はわたしの自己満足にすぎないことだ、
だが、それでも、わたしの救いであることに違いはない、
わたしは自分を慰める方法をもっている、
それがほかのひとから見れば、異常だ、変態だと見なされるようなことでも、
わたしの行いは、ひとが見ることができないかぎり、わからない、
ましてや、わたしの考えていることは、うちに収めているかぎり、わからない、
わたしはそういう孤独のなかで世界を生きてきたのだ、
だから、わたしの孤独のなかでは、わたしが世界なのである、
わたしが満足するためにある世界なのである……
わたしは小ぶりの陰茎を太腿の付け根の間へ折り込んでいく、
尻の間から指先を入れ亀頭をつかみ少しずつ引っ張っていく、
太腿の双方を閉じ合わせれば、そこには男性の影さえ見えない、
ふっくらとした毛に覆われてなめらかな盛り上がりを見せるそれは、
恥丘のように見えるが、女性のもつそれの美しさには到底およばない、
見せかけているものは、どうあがいても見せかけにしかすぎない、
だから、これで女性に似せることができたなどとは思わない、
そうではなくて、そこに男性が見えないということが感じさせることだ、
そこにだらしなく下がったものがないということが、どれだけ美しいことか、
しかも、股間へ無理やり押し込められた状態にあることが呼びさます苦痛、
それはわたしの思いとは関係なく、わたしの男性をいきり立たせ続ける、
永遠に放出を果たし切れない欲情の波間にただよわされている感覚にあって、
そのときのわたしの顔立ち、苦痛と哀切と喜びの入りまじった愛くるしさは、
このようなわたしでも、この世界に生きられるという自負を感じさせるものだ、
陰茎がふくらみを見せて湧いて出るざわめくような官能は太腿をつたって足もとへと下降し、
一方では腹部から胸へと、つんと立ちあがった乳首を痛いくらいにさせて上昇していく、
顔立ちは桜色に上気し、立っているのがもどかしいくらいに全身が震えをあらわす、
わたしはくずおれるように床へと横たわっていった、
そして、追いたてられる官能にややもすると開き加減になる太腿を押さえるために、
用意しておいた白い麻縄を使う、
わたしにとってみれば、儀式とも思えるこの行為のために自分で着色したものだ、
それを太腿へ幾重にも巻いてしっかりと縛り、余った縄を揃えた足首へ巻きつけて縛る、
これで男性は股間へ埋没させられたように割れ目さえあらわすようになる、
さらに残りの縄の端に輪を作ると、そこへ後ろ手にした両手首を通して横臥した姿勢をとる、
全裸姿を後ろ手に縛られ床へ打ち捨てられた格好だ、
男でも女でもないような異様でみじめで恥ずかしい格好だ、
だが、その情けなく恥ずかしいありさまになることが、胸をつまらせるようなときめきを感じさせるのだ、
下腹部の苦痛はさらに強まったものとなったが、それだけ掻き立てられる官能も熱いものになるのだ、
ひとが見たら、異常な光景に違いない、性欲の浅ましい行為に違いない、
しかし、わたしはこのような姿になったことで、
わたしを慰め救う世界へと官能と思いの両輪を回転させながら駆けめぐることができるのだ、
一時だけでもわたしという孤独から逃れられて、
わたしがあるということに喜びの実感をもたらしてくれる行為としてあるのだ、
そして、わたしの思いはただ由美子さんに抱かれることに満たされている――


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