見つめている。 そこに打ち捨てられた縄を見つめている。 幾十本もの細い植物の繊維が撚り合わされてできている縄。 なまめかしく螺旋をえがくその姿は、 ひとの細胞にあるとされるわれわれの歴史を遺伝するDNAと同じ形状をしている。 その縄をひとは結ぶ、 その縄でひとは結ばれる。 |
創立三十周年記念のパーティーから帰宅した由美子は、家政婦のよし子に付き添われて夫婦の寝室へ入った。 パーティーは二次会、三次会にまで及ぶものであったから、夫の啓介の帰宅は明け方になるに違いなかった。 夫がいないときのこの家では、よし子が主人同然の権限をもたされていた。 由美子は世間でも戸籍上でもきちんとした妻の立場をあらわしていたが、家のなかではそうではなかったのである。 その証拠というように、彼女の着替えをよし子が手伝っていた。 家政婦が主人の手伝いをするのは当然のことであるから不思議はない。 だが、由美子にはよし子に手伝ってもらわなくてはならない理由があった。 着付けていたあでやかな着物の帯締めをよし子は解き始めている。 由美子は両手を垂らし直立した姿勢のまま、清楚な顔立ちを真正面へ向け、 いくらか憂いをおびた表情をこわばらせながら、されるがままになっている。 よし子は手際よく幾本もの色とりどりの紐をほどいては抜き取っている。 無表情な上に言葉ひとつ相手にかけずに行う動作は職務そのものであった。 確かに、よし子が由美子の面倒をみるのは職務だったに違いない。 それで、彼女は過分なくらいの給与をえていたことは事実である。 だが、職務というだけで毎日行うことができることとしては、よし子の役割は特殊なものだった。 三十代なかばで、そこそこに人生経験を積んできた平凡な面構えの平凡な身体付きの女は、 女に生まれてきたことへの腹立たしさのようなものを常に感じていた。 そのことが家政婦の役割をまっとうできるとされて雇用された理由であったのだから、 この家の主人が考えていることは、世間並みのものを少々極端にしたものであったに違いない。 すなわち、よく言われる適材適所、ひとにはそれぞれ分相応の役割が与えられているというもの、 たとえば、雇用者になる者は雇用者になるように生まれ育ってきたものであり、 被雇用者は被雇用者になる者としてある、従って、被雇用者は被雇用者以上のものには絶対になれない、 主人はあくまでも主人であり、奴隷はどうあがいても奴隷である、 生まれてきた以上、各々は定められた役割を生活し一生を終わるということである、 主人啓介の立場、妻由美子の立場、家政婦よし子の立場は、 分相応の役割として与えられたものであり、会社経営も家の管理もそれは同様のことである。 このわかりやすい構造のなかへ位置することに甘んじられないとか不満をもつような者は、 革命などという暴挙に出ようとするが、そのあとに新しく作られる構造も似たようなものになるか、 或いは、もっと激しい状態になる歴史的例証を見れば、このありようは人間社会の必然と言える、 従って、新しいありようでも、異常なありようでもない、伝統的構造そのものである、 ただ、世間で考えられているよりは、この家では少々極端に表現が行われているというにすぎない。 その家政婦の役割の手によって豪奢な銀糸の帯がくるくると巻き解かれていた。 帯が足もとへなだれ落ちると伊達巻も外され、着物の裾前がはらりと割れるのだった。 それも束の間、両肩から素早くすべり落とされると、あらわれたのは水色の襦袢姿、 それも一気に脱がされると、半裸になって頬を赤らめとまどう由美子の表情をよそに、 腰を覆う湯文字までもが何のためらいもなく取り去られた。 残された足袋を脱がされれば、女は文字通りの生まれたままの全裸姿であった。 少なくとも、股間へむっと悩ましく茂る漆黒の艶やかな恥毛がない点ではそうであった。 しかし、実際の由美子は生まれたままの全裸姿にはなかった。 彼女はまだ衣装をまとわされていたのである。 女の乳色に輝く柔肌の上には荒々しい麻縄の意匠が施されていたのである。 首から縦に下りて目もあやな幾つもの菱形の文様が麻縄で織りなされている、 愛らしい桃色の乳首をつけた美しいふたつの乳房が際立たせられ、 優美な曲線を描く腰付きも締め込まれた縄によって強調された輪郭をあらわにしていた。 なかでも、下腹部のあたりにおいては、眼を奪われるようなデフォルメがあった、 下腹部には割れ目を覆うものがなかった、漆黒の翳りとされる柔毛はすっかり取り去られ、 ふっくらと艶やかな白さを盛り上げる恥丘があからさまにされているのであった、 そのあからさまになった箇所へ縄が掛けられていたのである。 割れ目へ痛々しいくらいに埋没させられて股間を通された麻縄の存在感は、 縄全体が真っ赤な色合いであったことで、肌の白さと強烈な対照をなしてあらわされているものだった。 この衣装は本日のパーティーのために、主人の命令によってよし子が念入りに施したものであり、 よし子の手によってしか解くことのできないものとされていたのである。 家政婦はその緊縛姿をしげしげと眺めながら言った。 「それにしても見事な姿ね、 美しい着物に隠されて本当の美しさを見ることができなかったなんて、 その会場に集まった大勢の人たちは本当に残念なことをしたわね。 奥様だって、せっかく身に着けた衣装ですもの、見てもらいたかったんじゃなくて。 白い柔肌の女の最も恥ずかしいところへ真っ赤な縄が恥ずかしげもなく食い込んでいる。 男性が見たら、さぞかし強烈な印象を受けて眼を奪われるんじゃないかしら。 奥様の上品で美しい顔立ちからは想像もできない美の真実というところかしら。 それとも、優美な姿態に容赦なく絡みついた縄はただ淫らで下品なものにすぎないかしら。 どっちにしても、憂いをふくんだ表情にとまどうようなまなざしを向けている様子の奥様が、 自分は官能の虜になっている女ですってことをあらわしているなんて、 ひとさまにはわからないことでしょうけれど……」 俯いたまま視線を床の一点へ落とし続けていた由美子は、 ふいに訴えかけるようなまなざしをよし子の方へ向けるのだった。 家政婦は相手が下半身を切なそうにもじつかせているに気がついて答えるのだった。 「そうそう、ごめんなさいね、忘れていたわ。 ずっとそんな格好のままでいたんですものね、 何も口にしなかったからって、そろそろ限界よね。 いいわよ、ここでなさい」 よし子は部屋の片側にあるクローゼットからおまるを持ち出してくると、 由美子の足もとへ無造作に置くのだった。 それから、相手の背後へまわると、腰の結び目を解き、股間に通された縄を取り外すのだった。 緊縛姿の女はちらっと家政婦を見やったが、突き上げてくるものを羞恥心は抑えきれず、 なりふりかまわずあわてておまるへしゃがみ込むと激しい放尿の音を響かせた。 よし子は無表情にその様子を眺めながら、相手の腰へ繋がったままの縄尻を指でもてあそんでいる。 「…お願いです、ティシュをください……」 由美子は真っ赤になった顔をあげて、上目遣いに恥ずかしそうな小声で訴える。 立ちこめた温かな臭いに鼻をつまみながら、よし子はティシュ・ボックスを差し出すのであった。 立ちあがった由美子の顔面は泣き出しそうなくらいの情けなさを伝えていた。 ふたたび俯いたままになる女の眼の前へ、家政婦は手にしていた縄を見せつけるようにするのだった。 「見てよ、すごいわね、ぐしょぐしょじゃない、滴り落ちそうなくらいよ。 わたしはてっきり、奥様が我慢しきれずに漏らしてしまったものだと思ったら、 そうじゃないんですもの。 奥様の身体って、本当に敏感なのね、感心するわ」 しとどに濡れて黒く色の変わった縄の箇所を見せられて、 由美子は思わず双方の手で胸と下腹部を覆うと、視線をあらぬ方向へそらせるのだった。 よし子はその態度にうんざりしたような表情を浮かべた。 「ふん、何よ、ほめて差し上げているんじゃない、ありがとうぐらい、言ってくれても。 まあ、あなたはご主人様の奥様、わたしはただの家政婦なんだから、仕方がないけど…… さあて、わたしはその気高い奥様の汚い後始末をしてこなければならない、 大の大人の排泄の後始末って、臭くていやなものよ、たまには代わってもらいたいくらいね、 さあ、両手を後ろへまわして」 家のなかにいるときの由美子は、必要なとき以外、 全裸姿でいること、両手の自由を奪われた縄掛けをされていることを役割とされていたから、 よし子は背後で重ね合わせた由美子の両手首を縛り上げると、 その縄尻を部屋の中央にあるダブルベッドの柱へ繋ぎとめるのだった。 寝室を出ていったよし子が戻ってくるのを待っている間も、 由美子は横すわりになった姿勢で俯いたまま、疲れた身体を休息させるように裸身をぐったりとさせていた。 「ご主人様が戻られるまで、まだだいぶ時間があるようね。 それまで、何をして時間をつぶしたらよいかしら。 いい考えがあったら、教えてくださいな、ねえ奥様」 寝室に戻ってきたよし子はそう言いながらも、 さっさとクローゼットから新たな麻縄の束と道具を持ち出してくるのだった。 由美子は家政婦が手にしている道具を見ると、はっとした表情に変わった。 その道具というのは見た目にはただの金属の長い棒のようにしか見えなかった。 よし子はその棒をベッドの頭と足もとにある鉄柵の上へ渡した。 それから、棒の両端を動かないようにがっちりと麻縄で縛って固定した。 部屋の照明を反映し、磨きぬかれたその金属の長い棒は虹色に美しく輝いてさえ見えた。 「さあ、奥様、ひと休みしたでしょう、 軽く汗を流すにはもってこいの運動をなされるといいわ、 ベッドの上にあがって」 由美子はその棒が何を意味しているのか充分承知しているという感じだった。 彼女はためらいを見せて、すぐにはベッドへあがろうとはしなかった。 「ぐずぐずしないでよ、本当は好きなくせに。 もったいぶらせて見せたからって、奥様の本性は本性なのよ、 わたしにはあけすけにわかっているのよ、 わたしは奥様の家政婦、着物の着付けから下の世話までやっているわ、 奥様が垂れ流す女の喜びの蜜がどれだけ豊富だからって、 大丈夫よ、ベッドを汚すようなことはさせないから。 さあ、あがって」 家政婦の語気は強い調子のものになっていた、 その手は相手の背中を小突いて、無理やりあがらせようというものに変わっていた。 「……よし子さん、お願いです、もう少し休ませてください。 今日は気を遣うことが多くって、本当に疲れているんです、 お願いです、もう少しだけ時間をください……」 由美子はしぼり出すようなか細い声音で哀願するのだったが、 床へ足をふんばったまま言うことをきかない相手に、 家政婦の返答はふっくらときれいな曲線を描く尻へ平手打ちを食わせることだった。 「あっ…」 乾いた残酷な音が響き渡るのと同時に女の哀切な声音が共鳴した。 よし子は由美子を繋いだ縄尻を引くと強引にベッドの上へあがらせていくのだった。 「さっさと棒をまたぎなさいよ。 時間稼ぎをしたって、やらなきゃならないことは、やらなきゃならないのよ。 ご主人様が命じたことでしょう、日に一度は金属棒をまたがせろと。 奥様はご主人様の命令には絶対服従なんでしょう。 わたしだって、言われたことをしなければ、給料はもらえないのよ、 疲れているかどうかなんて、関係ないわよ、 奥様の行う仕事の義務よ、家政婦の行う仕事の義務よ」 またがろうとしない相手の尻をさらに激しい平手打ちがみまうのだった。 「ああっっ、ああっ」 白くふくよかな尻は桜色に染まっていた。 由美子はおずおずとした仕草で渡された金属棒をまたいでいくのだった。 そして、乳房を際立たせた菱形の文様に彩られた縄の裸身をすくっと伸ばすと、 意を決したように、後ろ手に縄で縛られたもどかしさに身をくねらせるようにして、 ひざまずく体勢になるように金属棒へ腰を落としていくのであった。 「そうよ、もっと深くしゃがみ込みなさいよ」 家政婦は定められた通りの仕事を行っているという感じだった。 両膝をついたベッドのマットはその体重のまま沈み込むような柔らかさがあった、 下腹部には覆うべき翳りがなかったから、くっきりとした割れ目は見事な女をあらわし、 めいっぱい金属の棒を食い込まされて、ふっくらとした白い恥丘はさらにふくらんだように見えた。 由美子は両眼をつむり、唇を噛み締め、俯いたままでいるばかりだった。 よし子はその相手の裸身へ新たな縄を繋いでいた。 繋がれた縄尻は天井に取り付けられている頑丈な金属の環へ通され、 由美子の身体がその場から逃げ出せないように固定するものであった。 生まれたままの全裸の女が後ろ手に縛られ、身体にもこれ見よがしの縄を掛けられ、 金属の棒を痛々しいくらいに股間へ食い込まされた姿は、どのように見ても、 残酷で哀切で淫らで恥ずかしくも情けない拷問にさらされているとしか言いようがなかった。 それが拷問であったのは、家政婦がクローゼットから持ち出してきたもうひとつの道具が意味していた。 鞭のような長さの木製の棒だった。 「奥様って、本当に感じやすいのね。 またがされただけで、もう、あふれださせている、 本当に淫らな女なのね、 その淫らであることの罰にされることなんだから、自業自得、覚悟することね」 割れ目の縁へにじみ出したものが光を反射してきらめいているのが見えるのだった。 しかし、それは肉体が敏感な官能を持っていることのせいばかりではなかった。 金属の材質が形状記憶合金でできていて、一定の温度が加えられるとその箇所が熱く膨張し、 さらに振動を加えられると、波型の小さなうねりをあらわすというものであったのだ。 それまで俯いたままでいた由美子だったが、揶揄の言葉と手にした棒には顔をあげた。 深く食い込まされた金属棒の箇所が変化をあらわし始めていたように、 彼女のひざまずいた姿勢の下半身も、もどかしそうなうねりを示し始めていた。 「ああっ〜、いやっ」 由美子はついに栗色の髪を大きく打ち払って、金属の変化を告げるのだった。 「お願いです、よし子さん、許してください、熱いっ、熱いんです」 彼女はこらえるように眉根をしかめ唇を真一文字にしていた。 「奥様が淫らで、棒をまたがされたくらいで、クリトリスをとがらせるからじゃない。 だけど、ご主人様の命令はこれからよ」 よし子はそう言うなり、手にしていた木製の棒で渡された金属棒の端を軽く叩いた。 「このあたりでは、あまり効果がないのよね、奥様も感じないでしょう。 でも、ここだとどう、気持ちよくなるかしら」 木製の棒は前にも増して力が込められ、またがされている間近へ打ちおろされた。 「ああっ、熱っ、痛い〜」 ガンという鈍い響きとともに、由美子の緊縛された裸身は跳ねあがった。 「いくわよ」 家政婦は一定のリズムを刻むように打ち始めた。 「熱いっ、痛いっ、やめてっ、許して〜」 打ち鳴らされる鈍い音に合わせて、澄んだ美しい声音の悲鳴が寝室にこだまし続けた。 またがされた金属の棒に振動が加えられる度に、女体は跳ねあがるような反応を示したが、 跳ねあがればそれだけ自身の体重で割れ目へ深く食い入らせることにしかならなかった。 美しい顔立ちは苦痛とも悦楽ともつかない悩ましい表情で上気し、 縄を掛けられて際立たせられたふたつの乳房は激しく桃色の乳首をとがらせ、 身体全体からふき出し始めた玉の汗がきらきらと乳白色の柔肌をきらめかせている。 由美子は、訴えても止まない打撃に段々と言葉を失っていき、 身体をくねらせ髪を打ち振るわせながら、うめき声しかもらさなくなっていた。 それでも、よし子の打撃は休むことなく続けられていた。 「何よ、もう、いってしまいそうなの。 だめよ、もっと出すのよ、いやと言うほど、垂れ流すのよ」 言われているのは、相手の半開きになった唇の端から糸を引いて流れ落ちるよだれではなかった。 天井からの縄が身体を支えていなければ倒れ込んでしまうのではないかと思われるほど揺れて、 由美子が肉体全体をあらわして悶え苦しむさまは、苦痛だけではないことを伝えていたのである。 金属棒をはさみ込んだ太腿をつたって、てらてらとした輝きを示すぬめりが浮かんでいた、 それがよし子の一段と強さを増す打撃に合わせて、流れ落ちるようにあふれ出してくるのだった。 「あなたは顔立ちもいいし、スタイルもいいし、頭も悪くないし、性根だってまあまあだわ、 人間としては悪くはないのかもしれないけれど、女としてはまったく最低ね。 何がよくって、こんな浅ましくも情けない姿をひと前にさらして喜んでいられるのかしら。 同じ女として、まったく恥ずかしくなるわ」 よし子は軽蔑を露骨にあらわしたという表情を浮かべてそう言うと打撃を止めた。 由美子は相手の言葉などまったく聞こえていないというように俯かせた顔面を栗色の髪で覆わせ、 後ろ手に縛られた裸身を可能なかぎり折り曲げ、股間へ食い込ませた金属棒を太腿で締めつけて、 全身を貫いて込みあがってくる電撃に集中させられているというありさまだった。 突然、びくんと身体を震わせると、今度は大きくのけぞけらせて、痙攣で喜びをあらわにさせるのだった。 「しばらくは、ひとりで楽しんでいるといいわ、 わたしはその間にさっぱりとシャワーでも浴びてくるわ」 よし子はうんざりしたという顔付きをして、手にしていた棒をベッドの上へ放り出すと、 由美子を拷問姿にさせたまま、無愛想に寝室を出て行くのであった。 残された女は絶頂の余韻のなか、焦点の定まらないまなざしを投げかけているだけだった。 そのまなざしの先には、クローゼットの開いた扉にある鏡が彼女の姿を映し出していた。 生まれたままの全裸姿に目もあやな縄の意匠を施され、 後ろ手に縛られ、 その身体を天井からも繋がれ、 身の不自由を思い知らされるように、 渡された金属棒へ剥き出しの股間を食い込まされている、 ベッドへひざまずいているその姿勢からは、 かつての祈りの思いなど微塵もよみがえってはこない、 ただの浅ましく情けない姿が官能の喜びにひたっているというありさましかない、 だから、その女に疑問符はいっさい必要ないのだ―― 由美子はそう感じていた。 |
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