見つめている。 そこに打ち捨てられた縄を見つめている。 幾十本もの細い植物の繊維が撚り合わされてできている縄。 なまめかしく螺旋をえがくその姿は、 ひとの細胞にあるとされるわれわれの歴史を遺伝するDNAと同じ形状をしている。 その縄をひとは結ぶ、 その縄でひとは結ばれる。 |
美青年、彼に特定する名前は必要なかった、 男性でありながら、女性と見間違えるくらいのなよやかな美しい存在、 いや、それは女性に似せられるというたとえが無意味なくらいの固有なる存在。 何故なら、美少女の美しさはどのように褒め称えられても、男性に似たものとしてあらわされることはない。 ひとの世の美の基準が女性を第一義としてあることは絶対的であるのだ。 少なくとも、われわれの時代においてはそうだった。 男性美としてあらわされることがあっても、それは肉体として逞しく、溌剌としていること、 端正な健康な顔立ちが感じさせるもの、言い換えると、労働にもっとも適しているということである。 だが、美青年が固有な存在であると言えるのは、生産者としての労働に適さないなよやかさにある。 飾り物として鑑賞する以外にほとんど実用性に欠けるという価値にある。 それをもっとも明らかにしているのは、美青年と情を通じる方法である。 その優美な尻を用いて絶対に子を孕ますことにはならない非生産性の性行為にある。 非生産性の性行為こそは、人類がそれまで同列にあったほかの動物種とたもとをわかち、 性行為に美のありようのみならず実在の展開を認識させた進化であり、現在のわれわれが示すところである。 だが、人間の進化には実に多くのことを成し遂げなければならない過程が必要であった。 性の事柄というのは放っておいても、性欲が高まれば極みに至らせて鎮静化するということでは、 食欲と大差がないと考えられていたから、表立っての文明や文化とされる現象が優先されることで、 人間にとっての問題と言っては常に後回しにされてきた。 ようやく、それが面と向かうことの必要な問題であるとわかるようになってきたのは、 人類の殺人行為が性のエネルギーに支えられているものであること、 それも、大量殺人が行われることにおいては顕著にあらわれることを知るに及んで、 あらゆる人間行動の背景すべてにさえ性のエネルギーが原因すると言わざるをえない傑出者もあらわれた。 おっ、とっ、とっ、待った、これは美青年の物語ではなかったのか。 性の解説など、別の場所でやって頂きたい、われわれは美青年の受難と復活の物語が読みたいのだ。 そうか、美青年には受難があり、復活があるのか。 その通りである、優れたもの、美しいものには受難はつきものである。 もし、いじめられ、なぶられ、しいたげられる状況にみずからが置かれていると感じている方がいれば、 その方は優れたもの、美しいものに属していると言うことができる、 但し、優れたもの、美しいものであるということの自覚が本人をその状況から救うかどうかは別問題である。 優れたもの・美しいものの真価は、受難を通さなければ、決してその輝きをあらわすことはないからである。 われわれは、一糸もまとわせられない生まれたままの全裸で美青年が十字架にはりつけられた姿を見せられて、 その罪が何であるかを問う前に、異常で、情けなく、残酷で、浅ましい、人間の恥辱と陵辱をまず感じさせられる。 その上に、その姿を美しいものと感ずることができるとしたら、 それはいったいどのようなことによって、そうさせられることなのであろうか、 美青年はその美しさゆえに恥辱と陵辱の刑を受ける定めにあるということを、 『☆聖セバスチャンの殉教』としてあらわされることがナルシスが到達する美青年の至高の姿とされるということを。 神秘ということの認識は、神的なものとの関わりを持つということである。 従って、神的なものを一切認めることをしない者は、神秘的なこともまた感じないということである、 反対に、神秘的なことを感じることができる者は、どのように否定しても神的なものを認めることをしている。 聖セバスチャンの殉教の姿にキリスト教信仰を感じえない者であっても、 それが官能的なところから訴える神的なものや神秘的なものを感じることはできる。 日本にも、ナルシスから聖セバスチャンへ至り、割腹において神秘との合一を果たそうとした表現者がいたが、 美青年として生まれなかった者でさえも、美青年であろうとすることにおいて自殺にさえ至らせるのである。 このように、美青年というのは、言葉そのものが持つ概念を超えた音楽的な響きとしての蠱惑があるのだ。 神秘・官能・音楽と重なれば、ワーグナー、リヒャルト・シュトラウス、マーラー、シェ−エンベルク、ドビュッシー、 シュレーカー、シマノフスキー、スクリャービンといった作曲家が思い起こされるが、 なかでも、アレクサンドル・スクリャービンはみずからの神秘主義の典礼を目的として音楽を作った表現者である。 たとえば、『法悦の詩 op.54』と題された管弦楽曲がどのような意味合いのものであるか、 なよやかな美青年を音楽の波間に漂わせると次のような幻想が成り立つかもしれない。 ………その会堂の円錐形の天井は、遥か彼方の一点にまで伸びているような高さがあった。 真下に設けられた祭壇は、同心円の十段の階段がせり上げるようにして中央の長方形の台座を際立たせていた。 台座は純白の絹布が掛けられているだけの簡素なものだったが、大きさはひとふたりが充分に仰臥できるものだった。 祭壇をぐるりと取り囲むようにして、三段の高さで会衆者の席があり、満席のひとで埋まっていた。 光はすべて中心の台座に集められていたので、 暗闇のなかにいる男女の会衆の見分けはまったくつかないものだった。 従って、彼らが頭にかぶった灰色の三角頭巾のほかは全裸であったことはわかりにくいことであった。 もっとも、そのことに関心を持つ者はいなかった、会衆者の席の真下にぐるりと作られたオーケストラ・ピットには、 ピアノ、管弦楽団、合唱団、色彩鍵盤といった楽器と演奏者が埋め尽くしていたが、彼らも同様の姿だったのである。 会堂に集まった全裸の男女の数は三百名近かったが、ひとつの目的、ひとつの考えのもとに集まっていることでは、 秘密結社のような会合と考えて間違いなかった。 このようなことがいつの時代にどのような場所でどのようなひとたちによって行われたことであるかは、 まさしく不明であるところが幻想であり、根拠の薄弱さと不埒を代弁させるのが官能の成せるわざということである。 いま、会堂は暗闇に閉ざされた。 静寂がその場を支配していたが、三百名のひといきれでは沈黙は無理だった。 やがて、木管楽器と弦楽器が和音を奏でハープのグリッサンドにのって楽曲が開始された。 それと同時に、音階によって虹の七色の光を投影する色彩鍵盤が天井の円錐へ向かって主題を描き始めた。 交錯するレッド、イエロー、ピンク、グリーン、パープル、オレンジ、ブルーの光が円錐の曲面で屈折し、 クレッシェンドしていく官能的な響きを持つ音楽に合わせて、高ぶらせる夢幻の視覚効果を見事に発揮していた。 楽曲は穏やかな開始から、ちょうど、純白のシーツ上で向き合って座った生まれたままの全裸姿の若い男女が、 ためらいがちに互いの手を差し伸べて、取り合った両手をしっかりと握り合うと顔を寄せていくという感じだった、 唇を触れ合わす恥ずかしさも、互いの若々しく美しい裸身がみなぎらせる官能のいざないに導かれて、 唇を開き合ったキスへと高まり、互いの暖かく柔らかな肉体を掻き抱く激しさへと旋律も展開していく。 キスだけではもどかしくなってくれば、互いの身体はくず折れるようにシーツの上へ横たわり、 男は女のほっそりとした首筋から始めて、唇と舌先で熱い思いを伝えるように愛撫を行う。 すべすべとした胸もと、愛らしい感じの乳首、ふっくらときれいな乳房、可愛らしい臍、なめらかな腹、 肉体に描かれる唾液の軌跡が熱い愛撫をあらわしていることは、女のもらす甘いため息にもあらわれてくる。 柔らかな漆黒の草むらにまでたどり着いたとき、閉じ合わされていた太腿は思わずかたくなにさせられる。 男は柔和な弾力を無理なく押し広げるようにして、漆黒の翳りに覆われた深い亀裂をあからさまにさせていく。 舌先が肉の襞に隠された小さな敏感な輝きを探り入れようともぐり込むと、 ああっ、という声音とともに、女のほっそりとした手は捜し求めるように男の思いの丈を握り締めようとする。 ふたりの行為が徐々に激しさを増していくように、楽曲も昇りつめていくような高調の波を繰り返している。 男はもっと深くに顔を埋めようと、握られたままの下半身を女の顔の方へ移し変えていく。 男が幾重にも折り重なった花びらに顔を埋めてその息吹を愛でるように、 女も溌剌とした生育をあらわした茎を口に含んで優しく柔らかく舌で愛撫するのだった。 互いが絡み合って生み出される官能の登攀が上へ上へと昇っていくものであるように、 音楽もまた弦楽器・管楽器・打楽器のさまざまな音色が絡み合って上へ上へと押し上げられるものになっていた。 互いの門口へ熱い祈りを捧げ合った男と女は、上気した互いの裸身と顔立ちを見つめ合って微笑んだ。 茎が花びらの奥へと沈められるときが来たのだった。 互いに向き合わせた身体を、横たわる女は最上の頂きへ至るためにみずから両膝を立て、 その立てられたしなやかな両脚を男は両腕に取って、深奥の頂きへ至るために裸身をひとつにしてくのだった。 花びらが茎を含み込み、最上と深奥の頂きへ互いを押し上げるために繰り返される互いの身悶え、 男女の思いは極まった官能のフォルティシモとともに輝きをえて、音楽もコーダへと消えていくのであった。 演奏は約十八分ほどのものであったが、 終了したときには、ぐるりと取り巻かれた会衆席のあちらこちらから、 悩ましそうな、切なそうな、やるせなさそうな甘いため息がもれ聞こえていた。 しかし、その音楽と光の演出効果はまだ儀式の始まりでしかなかった。 ふたたび、会堂を暗闇が支配していた。 突如、一条の太い光が一箇所を照らし出した。 白の三角頭巾をかぶった全裸の男が立っていた、 男は会堂の中央の祭壇へ向かって歩き出していた。 すぐ後ろに続いて若い男の姿があらわれた、 若い男は全裸を縄で後ろ手に縛られ胸縄を掛けられていた。 その縄尻を取ってあらわれたのは黒い三角頭巾を着けた全裸の女だった。 さらに続いてあらわれたのは若い女だった、若い男と同様に全裸を縛られていた。 最後にあらわれたのは、若い女を引き立てるようにして縄尻を取った黒頭巾の全裸の女だった。 五人は一列に並んで十段の階段を上がっていった、光も数を増して中央を浮かび上がらせていった。 縄で縛られた若い男女が儀式における生贄であることは明らかだった。 ふたりは純白の絹布が敷かれた台座の上へ押し上げられると、会衆者の眼に晒しものにされるのだった。 台座の上に寄り添うにして立った若い男女は、会衆から思わずため息のもれるほどの美しさを輝かせていた。 若い男性は姿態のなよやかさもさることながら、小ぶりな男性の愛らしさは剃毛されていただけにあからさまで、 端正な顔立ちの愛くるしさに劣らない色香を漂わせているのだった。 若い女性も瑞々しい姿態の放つ曲線の優美さは、顔立ちの少女と呼べるような花の麗しさとあいまって、 同じく剃毛された箇所があらわすくっきりと浮かんだ割れ目の清冽な美しさをかもしださせているのだった。 ふたりはみずからが置かれている境遇を必死の思いで耐えているというように、 俯かせがちになる顔立ちを懸命に上げながら、悲痛な表情で縄で縛られた裸身を震わせていたが、 それも台座の下で控えるふたりの黒頭巾の女たちが手にした縄尻に操作されてのことだった。 白頭巾の男が生贄の立つ台座の前へ進み出て、よく通るバリトンの声音で語った―― 聖なる婚姻の夜、 今日始めて出会った童貞であり処女であるふたりの生贄が明らかにするものは、 生産しないものこそ、もっとも大いなるものを生み出すというあかしである、 ここに集った者たちすべてがそのあかしをまのあたりにし、そのあかしに導かれれば、 みずからもそのとなりに座する見知らぬ男であろうと女であろうと、 聖なる婚姻を遂げられることであろう、 われわれに官能という偉大な知覚を与えてくれた宇宙にわれわれは感謝を捧げる、 何故ならば、そのときわれわれは官能の神秘を通して宇宙と一体化するからである―― 言い終わると同時に、照明は台座の箇所だけを浮かび上がらせるような強烈な光となった。 そして、管弦楽の全合奏で神秘和音が奏でられて音楽が始まり、色彩鍵盤も円錐の天井へ光彩を投げかけた。 ふたりの若い男女は、黒頭巾の女たちに取られた縄尻を操作されることで、言いなりになっていくだけだった。 ふたりは緊縛された裸身を向き合うようにして台座へ跪かせられた、 そのとき、ふたりは初めて相手がどのような人物であるのかを知ることができたわけだが、 互いの顔立ちを、身体付きを、思いを見つめ合うような余裕は許されずに、仰向けに寝かされていくだけであった。 仰臥させられた花婿と花嫁は、互いの膝頭を触れ合わせながら両脚を立てるという姿勢を取らされた。 若い男女は、自由を封じられた緊縛の姿にある境遇、三百人の視線に見守られているという自意識、 音楽とめくるめく光が交錯する異様な雰囲気にのみ込まれて、人形のような空ろな動きをあらわしているだけだった。 もっとも、ふたりのいずれかが絶叫したとしても、管弦楽に加わった合唱団の大音響の前では無音と同じだった。 白頭巾の男がふたりの立てた膝の前へあらわれて、 その上へ左手を置くと、右手にしたものを高々とかざして見せるのだった。 かざされたものは、長い柔軟な胴体の双方に頭を持つ太い漆黒の張形だった。 最初に若い女の両脚がふたりの黒頭巾の女たちによって左右から押さえつけられた。 少女のように可憐な顔立ちはグロテスクな器具からそむけられ泣き叫んだ表情に歪められていたが、 緊縛された裸身は逃れたくても身悶えさえ許されず、据えられた頭のひとつを待ち受けさせられるだけだった。 張形の頭には香油がたっぷりと塗られた、照り輝いている異様は光り輝く威容にさえ見えるのだった。 黒い頭は美しい花の化身とも言える女のはなびらの奥深くへと無理やり沈められていった。 収めさせられていく肉体が呼び覚ます苦痛が絶叫となって聞こえはしなくても、 ふたりの黒頭巾の女たちが力ずくで押さえつけなければならないほど、腰付きは激しい身悶えを示したのだった。 花そのものの少女は悲痛な表情で泣きじゃくり続けていた。 だが、そのような様子を尻目に、黒頭巾の女たちは今度は美青年の両脚を押さえにかかっていた。 もうひとつの頭は塗られた香油を滴らせながら、待っている菊の花びらの奥へと向けられていった。 若い青年が美青年でなかったならば、されるがままになっていることはありえなかったかもしれない。 だが、なよやかで愛らしい青年は、花の少女と同じくらいの抵抗しか示すことができなかった、 少女が上げた絶叫こそなかったが、輝くひとみから涙をこぼして苦悶を懸命に耐えているのだった。 結び合わされたふたつの身体が法悦に至るまで決して離れないようにと、 交錯したふたりのしなやかな両脚は縄で縛り留められていくのだった。 管弦楽と合唱と色彩鍵盤は会堂の空間を渦巻かせるような交響で満たし、 その中央で晒しものとして、全裸を後ろ手に縛られ胸縄を掛けられ、 互いの股間が向き合うように仰臥させられた若く美しい男と女は、 漆黒の双頭の張形でもって互いの身体をひとつに結ばれ、逃れられないように縄でひとつに繋がれていた。 いつまでも泣きじゃくっているだけではどうにもならないことは、 いずれかが腰付きをわずかに身悶えさせただけで、みずからに敏感な刺激をもたらすばかりでなく、 相手にさえも同様な刺激を与えるということだった。 今日出会ったばかりの生贄のふたりは、互いの顔を初めて見るのも束の間、 互いを本当に感じ合えるのは、無理やり結び合わされた張形の感触を通してでしかなかったのだった。 凄まじい音響に掻き消される言葉など、投げ合うだけ無意味であったし、 会堂の異様な熱気がますます増してくるように音楽もクレッシェンドしてくると、 朦朧とさせられた思いのなかで、 肉体から立ち上ってくる官能だけが明確な方向を持っているように感じられるのだった。 最初は、ふたりの思いのちぐはぐが勝手な身悶えにあらわれるだけで、苦痛は苦悶でしかなかった。 だが、ふたりがみずからの官能に素直になろうと努め出すと、 繋がった身体があらわす身悶えは、互いに励まし合うように手を取り合っていくことで、 苦悶を悦楽に変えさせることに気づかせるのだった。 それを見事に示すように、 ふたつの優美な腰付きは響き渡る音楽のリズムに乗せてなまめかしくうごめき合うのだった。 このようにして、法悦の高みへ達する階段を昇っていくのであった。 それはおのおのの努力でもあるし、ふたりの努力でもあった、 うごめかせる行いが悦楽を求めてのことでありながら、大きな苦悶を感じさせることではあっても、 法悦の頂きへ昇りつめることのほかには、死ぬことしか逃れられる道はないとさえ思わせるものだった。 生贄は生を求めた。 花嫁・花婿は生を求めたからこそ、ふたりで昇りつめることを果たそうとしたのだった。 それは、人間にとってまったく生産性のない行いであったかもしれない、 だが、この法悦に至ってこそ、 相手と繋がるみずからが、宇宙とも繋がっているという認識をえられた、神秘と言えたかもしれなかった……… このような幻想を頭一杯にして、ひとりの美青年が自室の床で悩ましく身悶えをしていた。 これは文学的にはイメージを結ばせやすい描写であるかもしれないが、実際はもっと殺伐としたありさまだった。 美青年というのは、飾り物として鑑賞する以外にほとんど実用性に欠けるということに価値があった。 整然とした価値観がものの見方を支配していた時代においては、確固とした存在理由を示していたかもしれない。 だが、雑然とし複雑多様なものの見方が支配している時代においては、その存在理由もあやふやなものだった。 それは、せいぜい、大衆大容量意思伝達においては、添え物の飾りにしか用いられないし、 本来の非生産性の美術的価値を理解する人々にとっては、ノスタルジアの対象にしかならなくなっていたかもしれない。 このような事情であれば、美青年本人にとって、生きて行くことの困難は計り知れないものがあっただろう。 彼も生きて行くことの苦悩を常に感じていた。 今日も新たに苦悩がまたひとつ加わった。 彼は生まれて初めて恋というものを今日感じたのだった。 それまでの人生においては、女性から好かれることあっても、彼から好きになったことは一度もなかった。 往々にして美青年が属性として所有している身体にその理由があった。 彼みずからが明確に意識しているように、なめらかな乳色をした柔肌が造形する姿態は、 ほっそりとした首筋、肩から腕へつたい指先へ流れるなよやかな稜線、 愛らしい乳首をつけた乳房が魅力的であれば、腰付きから脚へかけての線は蠱惑的でさえあった。 綺麗なふくらみを見せる尻からしなやかに伸びた両脚は、つま先まで匂い立つ麗しさでそれらを支えているのだった。 ただ、腰付きの曲線がなまめかしく優美であるだけに、中心に垂れ下がった男性は目立つものではなかったのだ。 十歳くらいの子供のものと変わらない大きさは、一皮剥けることもさせていなかった。 彼はそれをひとに見られるのがとても恥ずかしく、下半身をさらす場所はことさら避けて、 十五・六歳頃からはトイレも個室にしか入ったことがなかったのだった。 生まれ育った環境のなせるわざであろう、彼が純潔を犯されることなくここまで来たのは幸運としか言いようがない。 これだけの美術的価値がある存在を世間は放っておくことをしないからである、誰かは見ているのである。 会社の創立記念パーティーからアパートの自室へ戻ると、 その会場で見かけた社長夫人由美子が抱かせた激しい恋心は、男の自尊心の苦悩と欲情をまぜこぜにし、 彼が儀式だと称して自己逃避してきた行いのなかへ孤独を耽溺させるのだった。 一糸もつけない生まれたままの姿になり、小ぶりの陰茎を太腿の付け根の間へ折り込み、 太腿の双方を閉じ合わせると、そこには男性の影さえ見えなかった。 ふっくらとした毛に覆われてなめらかな盛り上がりを見せるそれは恥丘のように見えたが、 女性のもつ美しさには到底およばないとも感じさせた。 だが、そこにだらしなく下がったものがないということはどれだけ美しいことか。 それと、股間へ無理やり押し込められた状態にあることが呼び覚ます苦痛は、 むしろ男性をいきり立たせ続けるのだった。 その身体を床へくず折れさせるように横たえていく。 用意しておいた白い麻縄を使って、追いたてられる官能にややもすると開き加減になる太腿を押さえていく。 太腿へ幾重にも巻かれた縄尻を揃えた足首へ巻きつけて縛る。 これで男性は股間へ埋没させられたように割れ目さえあらわすようになる。 さらに残りの縄の端に輪を作ると、そこへ後ろ手にした両手首を通して横臥した姿勢をとる。 全裸姿を後ろ手に縛られ床へ打ち捨てられた格好だ。 男でも女でもないような異様でみじめで恥ずかしい格好だった。 だが、その情けなく恥ずかしいありさまになることが、胸をつまらせるようなときめきを感じさせるのだ、 下腹部の苦痛はさらに強まったものとなったが、それだけ掻き立てられる官能も熱いものになるのだ、 そのような姿になったことで、慰め救う世界へ官能と思いの両輪を回転させながら駆けめぐることができるのだった。 恋する社長夫人の由美子へ思いをはせ、自分に夢中になることができるのだった。 深夜の静寂のなかで聞こえてくるのは、 身悶えする裸身が床と触れ合う音、 悩ましく激しい自分の息遣いだけであった。 そのときだった。 突然、携帯電話の電子音が鳴り響いたのである。 このような時間にかけてくる者の見当がつかなかった。 しばらく放っておいたが鳴りやまなかった。 仕方なく、全裸を縄で縛り上げた姿のまま、その鳴りやまない電話に出た。 自分が行っていたことが常識外れのことであれば、電話の相手も常識を超えているところがあった。 電話の主は会社の社長だった、いまその面影に耽溺していた由美子夫人の夫であった。 ありえないことが起こったことがひどく狼狽させた。 ましてや、相手は見ることができなかったが、自分は恥ずかしくも浅ましい格好をしていたのだ。 相手の居丈だけな物言いは、実際以上の強さが感じられ、脅迫とさえ受け取れるところがあった。 用件は、いますぐ自宅へ来てくれということだった。 どのような事情があるにせよ、断ることのできない上司命令だと思わざるをえなかった。 相手の言った住所を書き留めると、自虐の儀式を中断した。 スーツに着替えるとアパートを出た、通りに出るとタクシーをつかまえて目的地を告げた。 突然の出来事は頭を混乱させるばかりで、さまざまなことを思ってはみるが、何ひとつ考えがまとまらなかった。 ただ、社長宅へ向かっているという思いだけが激しく緊張させ、 茫然となって浮遊させられているという感じだけが身体全体を小刻みに震わせていた。 運転手から到着したことを告げられても、到着した場所の現実感がまるでつかめなかった。 求められた料金以上に支払ったことも、開かれた立派な門を確かめもせずになかへ入っていったことも、 玄関の扉を前にして言われた通り呼び鈴を押し続けたことも、 夢の中の出来事のようにふわふわしているだけであった。 開かれた玄関扉には女性が立っていた。 無表情な顔立ちの家政婦はなかへ入るように手招きをした。 社長は電話で、家に入ったら家政婦の指示に従うこと、それができないなら帰れ、と言っていた。 その家政婦について玄関わきにある部屋へ入った。 部屋は三面の鏡がついた大きな化粧台があるだけの簡素なものだった。 家政婦は、着ているものを全部脱いで、とぶっきらぼうに言った。 その言葉は、ふわついていた気持ちを大きく緊張させると同時に戸惑わせた。 ためらっている自分を見ると家政婦は抑揚のない声でこう言うのだった。 「あなたが拒むのは自由、けれど、拒むならいますぐこの家を出て行きなさい。 自分から望むことをしなければ、この家にいることはできないのよ、それだけのこと、わかった?」 そのとき、家政婦の手に麻縄の束が握られているのが眼に入った。 さまざまな思いや何ひとつまとまらない考えは、すべてその縄ひとつに撚り合わさってまとまっていくような感じがした。 自分がここへ来たのは、不可解なことでも、異常なことでも、ましてや、偶然なことなどではなく、 自分のありさまを知り尽くした人間が、 自分はこうなることの運命を決定づけるために呼んだのだという感じがしたのだった。 しかし、そうは思っても、ひと前に裸を晒すことは恥ずかしかった。 下着姿だけになったところで、身に着けているものは何もかもよ、と言われたときは、全身が羞恥で震えたほどだった。 その生まれたままの姿になった自分を家政婦はほとんど気にかけなかった。 ただ、これであなたも家畜の男ね、わたしは主人同然の役割を持たされてるの、忘れないでね、と言うなり、 後ろ手にさせた両手首を縄でがっちりと縛り上げていくのだった。 一糸もつけない全裸をあからさまにさせたことは、顔がほてり上がるほど恥ずかしかったが、 後ろ手に縛られた縄の感触は、 むしろ、狼狽と羞恥と不安に揺れ動いていた気持ちを落ち着かせるような感じを与えたのだった。 家政婦は手際よく、さらに手首の縄から胸へ幾重にも麻縄をまわして、 その胸縄を首から下ろさせた縦縄で固定させていくと、腰のくびれで二重に巻きつけて縄留めするのだった。 それから、その姿を三面の鏡を前にして見せつけるのだった。 鏡に映った姿は、全裸を緊縛された情けなくもみじめで浅ましくさえある格好だった。 だが、この姿が自分の望まれているありようだと思うと、 この家へ呼ばれたことがかすかな優越さえ感じさせるのが不思議だった。 思わず、自分の姿に見入ってしまっている間に、家政婦は別の準備をしていた。 「そう、自分でも見惚れてしまうくらいに、あなたって愛らしい顔立ちに優美な姿態をしているわね。 男性の体型で縄を掛けられた姿というのは、普通は曲線が少ないだけ、見栄えもしないものになりがちだけど、 あなたのそのなよやかさは引き立つくらいの魅力があるわ。 それにその男性の小ぶりで愛くるしいことはとても素敵だわ。 余計な翳りで覆わせて、その美しさを台無しにするのは下司ね。 女性も割れ目をくっきりとさせるように、 あなたのもそうしましょう。 床に仰向けになったら、絶対に動かないでね、あなたを傷つけるつもりはないのだから……」 家政婦に縄尻を取られて床へ仰臥させられると、両脚を恥ずかしいくらいに大きく開かされるのだった。 その箇所へ洗顔フォームがたっぷりと塗られると、西洋剃刀を手にした家政婦は注意深く剃毛に専念するのだった。 剃られると言われたときの驚きは、 当てられた剃刀の刃が伝える愛撫にも似た感触の快さに吹き飛んでしまうのだった。 さあ、見て、前よりももっと愛らしくなったでしょう、と言われて鏡の前へ立たされたとき、 十歳の子供に恥毛が生えていないように、十歳の子供のものくらいにしか大きさもなく皮さえかぶっているそれは、 それこそが本当の自分の姿なのだと思わざるをえなかった。 けれど、十歳の子供に純粋な思いがあるとしたら、自分にだって純粋な気持ちは残っているのだった。 愛らしいと他人からほめられた言葉は心からうれしかった。 みじめな緊縛姿にあることさえも、その愛らしさを引き立てているものだと意識できることだった。 「いつまでも、見とれてばかりはいられないわね、 これで男の家畜の姿として、ご主人様にお目通りできるのだから」 家政婦は、行きましょう、と言って、自分を緊縛した縄尻を取って引き立てるのだった。 ご主人様、と言われたとき、それはもちろん社長のことを言っていた。 社長には夫人がいて、その夫人もこの家にいるに違いなかった。 長い廊下を家の奥へと歩ませられながら、 いつ夫人と出会うことになるのか、それとも、どこかで夫人は自分を見つめているか……。 思いはそのひとだけというほどに恋焦がれる相手に、自分のこのような恥ずかしい姿を見られることを思うと、 全身が羞恥でほてりかえり、思いはふたたび不安と狼狽のなかでぐるぐるとまわるのだった。 連れて行かれた場所は広い居間だった。 居間と言っても、造りや置かれている家具調度品が一風変わっていた。 扉口を入った正面に石造りの立派な暖炉があり、その上に大きな複製絵画が飾られてあった。 暖炉を挟んで左側には白木の太い柱が立っていて、右側には鋼鉄製の頑丈な檻が据え付けられていたのである。 接客用のテーブルとソファは片側に集められ、反対側にはもてなすための飲食用の備品が整然と置かれてあった。 中央は空間が広くとられていて、絨毯の青さは装飾のないものだっただけに鮮やかさが一段と映えていた。 飾られた絵画が複製だとわかったのは、その絵が自分も好きなムリーリョの『☆無原罪の受胎』であったからだ。 そこに描かれたマドンナは、幼いときに絵を知って以来、自分をずっと慰め続けてくれた理想の女性の絵姿だった。 だが、理想の女性は現実には存在しない。 それがわかるような年頃には自虐の儀式へと移らせていったことでもあったのだ。 なつかしいと思うと同時に、マドンナの美しく清らかで優しさあふれる顔立ちに、 あらためてはっとさせられるものを感じるのだった。 だが、近づくにつれて、そのはっとさせられた本当の原因がわかって、思わず立ち尽くしてしまった。 そこに描かれているマドンナの顔は、社長夫人である方のあの清楚で美しい顔立ちがあらわされていたのだった。 このような絵まで描かせてみずからの思いを示す社長の夫人への強い思いを感じると、 自分のようなちっぽけな存在が恋心を寄せるなどということが大それたことに思われて、 さみしくやり切れない気持ちが忍び上がってくるのだった、 全裸の緊縛姿でいることがたまらなく情けないものに感じられるのだった。 「何をぼんやりしているの。 ああ、あの絵ね、素敵に描かれているわよね、見つめてしまう気持ちもわかるわ。 この家の奥様がモデルになっているのよ。 わたしにしたら、どうして奥様がマドンナなのか、よくわからないけど。 それはいいから、さっさとこっちへ来て」 家政婦は縄尻を無理やり引いて、立てられている白木の太柱の方へ自分を向かわせるのだった。 柱を背にして立たせられてくくりつけられた。 生まれたままの全裸を縄で後ろ手に縛られ、胸縄や首縄や腰縄まで掛けられ、 漆黒の恥毛をきれいに取り去られた箇所をこれ見よがしにあからさまにさせられ、 罰でも与えられた人間のように柱に繋がれて晒しものにされたのだった。 見る者と言えば、まだ家政婦しかいなかった、だが、いずれは社長もあらわれるだろうし、夫人も……。 その夫人は絵画とは言え、かつては神聖な気持ちを抱いてあこがれ続けたマドンナの肖像となって、 清楚な美しさを輝かせた顔立ちにときめきのまなざしを遥か天上へと向けているのだった。 まるで、このようなありさまになってしまった愚かしい自分などまったく見捨てるように……。 そう思うと、恥ずかしさ、情けなさ、みじめさがつのってきて、思わず閉じたまぶたがふくらんでくるのだった。 「何よ、あなた、泣いているの。 たまらなく可愛らしい振るまいをするのね。 大丈夫よ、ご主人様だって、最初は優しく扱ってくれるから……」 家政婦は自分の顔をのぞき込んで励ますような言い方をするのだった。 それから、どのくらい待たされたか、わからなかった。 扉口に部屋着姿の社長が姿をあらわした。 スーツを着てないというだけで会社で見かける様子とほとんど変わらなかった。 こちらの方をじっと見つめながら近づいてくる相手に、思わず顔を俯かせて羞恥の思いに隠れるしかなかった。 「ほう、やはり、思った通りだ。 入社の面接以来、今日という日をどのように仕立てるか、算段したんだ、その甲斐があったというものだ。 想像していたよりも遥かに優美な身体付きをしている、顔立ちも可愛いが、姿態も実に見事なものだ。 素顔でこれだけのものなら、女と同じように化粧させたら、どれほど愛らしくなるだろう、楽しみだな」 頭のつむじからつま先に至るまで舐めまわすような視線を這わせながら、 社長はみずからの言葉に合点しているのだった。 「もちろん、童貞だとは思うが、尻の純潔も犯されてはいないだろうな。 近頃は、童貞だとか処女だとかいう言葉は死語に近くなっているようだが、 美青年、美少女にあっては、存在理由とも言えるテーゼだ、 それなくして破瓜というアンチ・テーゼもありえない、 ましてや、妊娠のジン・テーゼなど言うに及ばずだ。 もっとも、部屋でひとりで裸になって自分を縄で縛ったり、尻を指で慰めるぐらいのことは経験があるのかな。 いまどきの情報化の世の中、若い者にそのくらいのことがなかったら逆に不思議なくらいだ。 どうだ、答えてみなさい」 社長は触れるぐらいに顔を近づかせて問いかけるのだったが、 ヤニ臭い息と頭髪をオールバックに整えた整髪料の混ざり合ったひどい匂いは、いやな思いしか感じさせなかった。 「どうした、何を黙っている、恥ずかしがっているのか、可愛い奴だなあ。 全裸を縛られて人前にさらけ出すことなど、そんなものはじきに慣れる。 人間という動物は置かれた環境に順応しやすくできているのだ、おまえも男という動物である以上、そうだ。 動物であるおまえはこの家で生活するようになれば家畜だ、家畜には主人がいる、主人とは私のことだ。 おまえは私のことを唯一の主人だと思って、言われるままに従っていればいいのだ。 悪いことは言わない、おまえはこの家にいるかぎり、 心置きなく、将来の心配もなく、美しいままに飼われる身分であり続けられるのだ、安心しろ。 わかったら、そんなすねたような可愛らしい素振りばかりみせずに、 言われたことには、きちんと答えろ」 主人は話し続けならがら、手を自分の股間の方へやって小ぶりの男性をぎゅっとつかむのだった。 つかんだばかりではなかった、手のなかでもみしだき始めたのだった。 ああっ、と思わず声を上げずにはいられなかった。 いやだという思いとは裏腹に、刺激を与えられてどんどんと膨らんでいく官能に狼狽させられるばかりだった。 「形は小さくても、ちゃんと機能するかどうかを試しているのだ。 敏感さはよいが、まあまあの反り上がりだ、 ほとんど剥けていないところは立派なものだ」 手を離された陰茎は反り上がったままだった、もう恥ずかしくて、何とか気を鎮めようと必死になっていた。 その様子をいじらしいとでも感じているように、主人は眼を細めて自分の顔を見つめているのだった。 主人の手が自分の顎にかかると、土気色した唇が蛭のように突き出されてくるのだった。 いやだった、身悶えして逃れようとさえしたが、がっちりと縛られた裸身ではどうにもならなかった。 主人の舌先は強引に唇を押し開いて口のなかへ割り込んできた、めまいがするほどの嫌悪感に襲われていた。 しかし、いやだと思っても、反り上がった陰茎は勝手にますます硬直していくのだった。 つんと立ちあがった乳首が痛いくらいに敏感になって、それを社長の指先は揉んだりつまんだりし始めた。 助けて欲しいと思った、このまま続けられたら、我慢の限界を超えてしまいそうだった。 だが、突き上げさせられて右往左往している陰茎に、主人はまったく触れようとはしなかった。 まったく触れられずとも、抑える思いを振り切って、びくんとした痙攣とともに自分は放出を始めてしまった。 主人はおもむろに唇を離すと、股間のありさまをまじまじと見つめるのだった。 それは主人の着ていた値段の高そうな部屋着を汚してしまった。 自分は悪いことをしでかした子供のように、ただ打ちのめされた思いで顔を伏せるばかりだった。 「そんなに気を落とさなくてもいい、若くて元気のいい証拠じゃないか、敏感なのはいいことだ。 だが、本当に敏感なところを見せてくれると言うのなら、これからだ。 私の妻を紹介しよう、よし子、連れてきなさい」 その言葉を聞いたとき、打ちのめされた思いは立ち直れないほどの打撃をうけた。 社長夫人にこのありさまを見られるのかと思うと、 もう死にたいほどの気持ちになって顔を俯かせるばかりだった……。 家政婦に付き添われてひとりの女性が居間へ入ってきた。 いや、付き添われてというのは正確ではなかった。 女性は自分と同じように後ろ手に縛られ胸縄を掛けられていたから、 家政婦に引き立てられて入ってきたというのが正しかった。 その人物がすぐに女性であるとわかったのも、彼女が自分と同じように生まれたままの全裸だったからだ。 部屋の中央へ来るのを待つまでもなく、その女性が由美子夫人であることを間違いなく知った。 絶対に信じられないことだった……絶対に信じたくないことだった……自分はめまいすら感じていた。 だが、部屋の中央に立たせられたとき、全身をあらわにさせた夫人は何と美しかったのだろう。 顔を少し俯かせていたが、ウェーブのかかった柔らかな黒髪を輪郭にして、 通った鼻筋に可愛らしい小鼻と綺麗な形の唇、柳眉の下に大きな瞳を輝かせ、 上品な顔立ちに優しさをにじませた美貌。 その浮かばせるきめの細やかなしっとりとした表情は、憂いを含んだとまどうようなまなざしを彼方へ向け、 その場にあっても、まるで別の世界に住むひとのような孤高の美しさをかもしだせているのだった。 なめらかな乳色をした柔肌が造形する姿態は、 ほっそりとした首筋、肩から腕へつたい指先へ流れるなよやかな稜線、 愛らしい桃色の乳首をつけ美しい形に隆起した乳房が魅力的であれば、腰付きから脚への線は蠱惑的であった。 女であることを明らかにするように、下腹部の翳りの覆いはすっかり取り去られ剥き出しにされていたが、 腰付きの曲線がなまめかしく優美であるだけに、ふっくらと盛り上がった中央の縦の深い亀裂は鮮烈でさえあった。 綺麗なふくらみを見せる尻からしなやかに伸びた両脚は、つま先まで匂い立つ麗しさでそれらを支えているのだった。 その美しい全身像には陵辱するような縄が掛けられていた。 家畜であることを見せしめるための恥ずかしく情けなく浅ましい縄が拘束しているのだった。 だが、その緊縛された姿は、残酷であると感じさせるよりも、妖美とさえ思わせるものがあったのだ。 由美子夫人が自分と同様の姿にあるという親和感がそう思わせたのかもしれない。 「ほお、敏感だね、女の全裸を見せられれば、すぐにも首をもたげるというのか。 見て見ない振りをしても、思いは実に正直なものだ。 もっと間近に見せてあげよう、よし子、こちらへ連れてきなさい」 しなだれていた陰茎は、由美子夫人を意識させられたとき、一気にもたげたのだった。 恥ずかしくて何とかしようと焦ったが、夫人の美しい裸身を感じれば感じるだけ気負い立っていくのだった。 それがもう夫人が眼の前に立っているのだった。 あたりが明るくなったような感じさえする乳色の裸身の輝きは、甘く美しい香りをふんだんに漂わせてくるのだった。 「どうだ、由美子、美しい青年だろう。 仲間のできたおまえは幸せと言うべきだろうな」 主人は相変わらず口臭と頭髪の入り混じった嫌な臭いを撒き散らしていたが、 いまや、夫人が間近に立ってくれたおかげで、美しい匂いの方が断然優っているのだった。 恥ずかしくて眼と眼を合わせることなど、到底できなかった、盗み見るようにしか相手を見ることができなかった。 だが、それであってさえも、生まれたままの全裸を縄で緊縛されていた夫人の姿は、 そのような姿にあったからこそ、あらわせたのかもしれないという耽美的な力で、 自分を底知れない思いへ有無を言わさずに引きずり込んでいくのであった。 恥ずかしく情けなく浅ましい姿を見られていることなど、意味をなさないほどの吸引力であったのだ。 「どうだ、由美子、 美青年も、おまえと出会えて感激していることは、立ち上がっている小ぶりを見ればわかるだろう。 おまえが部屋に入ってからというもの、そのいきり立つ思いはみなぎるばかりと反りかえっている。 おまえもここまで褒め称えてもらっているんだ。 その小ぶりにお礼を返してやったら、どうだ」 夫人の縄尻を取って背後に立っていた家政婦は、無表情に相手の背中を小突いて跪かせるのだった。 由美子夫人の美しい顔立ちが反り立ってしまった陰茎の前にあった。 柱に縛り付けられた格好ではどうにもならなかった、あからさまに見せるしかなかった。 高ぶらされ続けている緊張のあまり、上気させられた身体はかすかな震えさえあらわし始めているのだった。 夫人は震えている反り立った小ぶりを前にしてためらっていた。 そうだ、このようなことは許されるはずがない、 このような大それたことは罪に与えする以外の何ものでもない。 「ひどすぎます、こんなこと、ひどすぎます…… やめてください、お願いです……」 思わず叫んでしまった、精一杯の声をふりしぼっての哀願だった。 だが、それに対して、主人は眼を剥き、恐ろしいくらいの声音で怒鳴り返してきたのだった。 「何だ、おまえは、家畜の分際で私に意見しようと言うのか。 私のやることが気に入らないとでも言うのか、おまえに気持ちのよい思いをさせてやろうという親心なんだぞ。 私には子供がいない、だから、おまえは息子同然の家畜だと思っているのに。 わかりもしない、くだらない意見など持つな!」 主人は反り返っていた陰茎の先端を指で激しくはじき飛ばした。 その苦痛に思わず悲鳴を上げさせられた、腰を悶えさせて耐え忍ぶほかなかった。 主人はさらに打撃を加えようと指を近づけていた。 「まっ、待ってください、お願いです…… この方が悪いのではありません、ためらっていたわたしがいけないのです…… 家畜の女の分際で、言われたこともせずにもたたもしているから、いけないのです…… ごめんなさい……」 由美子夫人は澄んだ声音を響かせながらそう言うと、美しい口もとを開いて小ぶりの先端を含んでいくのだった。 それから、主人から受けた打撃の箇所を柔らかな舌先で優しく舐め上げてくれるのだった。 いけないことだ、大それたことだ、という思いは、罪深さが集まる心の壁際へ自分を激しく追い詰めていった。 だが、跪かされた全裸の緊縛姿で不自由にも口だけを使って、 柔らかな黒髪を揺らせながら含んだものへ懸命になって愛撫してくれているありさまを見ていると、 突き上がってくる強い快感が追い詰められていた心の壁さえもなぎ倒して彼方へ行かせようとするのだった。 夫人が頬張って、ぴちゃ、ぴちゃ、と淫らな音さえ立てて愛撫してくれているのは、 ひょっとしたら自分のことを少しは気にかけてくれてのことだと思うと、 思いはもう官能の高ぶりとひとつになっていくのだった。 ああっ、ああっ、と悩ましそうな声音をもらす自分に向かって、 夫人はおもむろに口を離すと、悩ましそうな上目遣いをして見せながら言うのだった。 「遠慮なさることはありませんわ…… 存分にお出しになって頂いて、よろしいのですよ…… わたしもあなたのような美しいお方から与えて頂けること、光栄に思います……」 その桜色に上気した顔立ちの美しさは、めまいがするほど胸をきゅっと締め付けるものだった。 彼女は皮からほんの少し顔をのぞかせた魚の口の箇所を舌先で優しくつっついて感触を確かめると、 今度は一気に深く頬張っていくのだった。 柔らかな黒髪を激しく揺らせながら前後にうごめかせられると、 すでに我慢の頂点に達していた思いは、抑えるものをいっさい振りきって、放出を始めさせるのだった。 主人と家政婦はわれわれのありさまをそばでじっと眺め続けていたが、 自分はもう由美子夫人とふたりしかいないものだという思いに満たされていた。 放出が終わりきるまで、夫人は口に含んでいたものを離そうとはしなかったし、 放出されたものを吐き出すようなこともしなかったのだった。 全身へしみ渡っていく官能の快さと愛されている幸福な思いの両輪で天を駆け巡らされているという感じだった。 緊縛されて柱にくくりつけられていなかったら、床へくず折れてしまうに違いないほど、うっとりとなっていたのだった。 自分の足もとでは、夫人が裸身を横座りの姿勢にさせて、放心したような視線を床へ投げかけていた。 「美青年も由美子も、よほど気を入れて楽しんだのだな、ぐったりとなっている。 まあ、今日は初対面だから、このぐらいでいいだろう……。 ところで、私は明日から一週間ほど海外へ出かけなければならない。 留守中は、よし子、よろしく頼むぞ」 主人はそう言うなり、そそくさと居間を出ていくのだった、去りながらあくびさえかいているのだった。 「……だいぶ夜も更けたわよね、わたしも疲れたわ。 ここの仕事は給料はいいけれど、労働時間は長いし、仕事の種類はいろいろあるし、 一日が終わると、もうくたくただわ。 あなたたちにシャワーを浴びさせてやりたいけど、面倒だから明日ね。 今晩はそこの檻で休んでもらうわね、便器は端の方に置いてあるから、よろしく……」 家政婦は無表情に言いながら、由美子夫人に掛けられた縄を手際よく解いているのだった。 緊縛から解き放たれた夫人は両腕を掻き抱くようにして身を縮ませていたが、 家政婦に背中を小突かれると素直に檻のある方へ向かって歩いて行くのだった。 頑丈な鉄格子のはまった檻に入れられた夫人は、両腕を掻き抱いたまま横座りなって鉄格子へもたれかかった。 戻ってきた家政婦は、くくりつけられていた柱から自分を解放し、掛けられていた縄をすべて取り去るのだった。 「あなたもよ、さっさとして」 縄を解かれた肉体が感じさせる気持ちのよい悪寒に、自分も思わず両腕を掻き抱いて身をひたしていた。 猿が入るようなみじめな檻の前へ立たされたとき、さすがになかへ入ることがためらわれた。 だが、じっとしている夫人の姿を見ると、このひとと一緒ならば、どんなひどい場所でも我慢ができると思った。 檻はふたりがようやく入ることのできる広さしかないものだった。 片側へ縮こまっている夫人を前にして、自分も同じような格好をしているしかなかった。 「では、仲良くね」 家政婦は無表情からさっぱりしたという顔付きに変わって、檻の扉を重々しく閉めると南京錠へ鍵をかけた。 そして、部屋を去って行こうとした。 ところが、扉口まで行きかけた家政婦は何かを思い出したように引き返してきたのだった。 「そうそう、大切なことを忘れていたわ…… これを置いていかなければ、意味ないわね」 そう言って暖炉の上に置かれていたものを持ってくると差し出した。 黒光りするふたつの頭を持った長い張形だった。 「ふたりは家畜であると言っても、男と女であるし、 生まれたままの姿でひとつ檻に入れられていれば、相手に欲情することがあっても不思議はないわね。 先ほど見せて頂いたけれど、美青年も奥様も相手をまんざらだとは思っていないようだから、ありうることね。 でも、警告しておくわ、いくら思い余ったからといって、絶対に陰茎と膣の結合を果たしちゃだめよ。 それは人間がやること、あなたたちは動物、家畜の役割としてはやることが違うわ。 家畜の交接はここでは禁止されているの、破れば厳しい罰と追放の憂き目が待っているわ。 この家で家畜の生活をしていたければ、しきたりは守るしかないということね、わかったかしら? どうしても、ふたりが結合したければ、これを使うことね。 非生産性の性の結合……ご主人様が言うには、 人類がほかの動物種とたもとをわかち、人間としての進化を遂げたさせた人類優越のありよう。 あなたたちが人間であって、それでいて動物として扱われていて、その上人類進化の特権で性行為を行うなんて、 何か、えらくややこしくて、わたしなんかにはとてもわかりにくいことだけど、ご主人様のしきたりではそうなのね。 暖炉の上に掲げられてる絵だって、非生産性の性の結合は美しくも尊いものであるということらしいわ。 ご主人様の考えていることはわけのわからないことが多いけれど、それでも言われたことは絶対ね。 だから、間違っても交接したらだめよ、それで子供を孕むようなことがあったなんて言ったら、 ご主人様はあなたたちを殺しかねないんじゃないかしら……、 まあ、これは冗談だけど、では、よろしくね」 眼の前へ放り出されたグロテスクな形をした器具の不可解さもさることながら、 家政婦の語ったことの半分は意味を結ばせることの困難を感じさせた。 自分には早く夫人とふたりきりになりたいという募る思いがあった。 今度こそ部屋を出て行く家政婦を確かめると、やっと夫人を前にできた喜びで胸苦しいくらいだった。 夫人はぼんやりとした面持ちで床の青い絨毯に転がった黒光りする張形を見るともなしに見ていた。 その冴え冴えとした顔立ちの美しさを縮こまらせた裸身が放つ乳白色の輝きがいっそう映えさせていた。 「ぼくは奥様に感謝しています……、 ぼくは生まれて初めて男としての喜びを感じた思いです……」 思わずしゃべり出していた。 しかし、彼女はこちらを見ようともしなかった。 「ぼくは奥様のことをずっと思っていました、 この世にふたりといない、美しく素晴らしい方であると……」 少し声を高くして言ったことだったが、 彼女はまなざしをグロテスクな器具へ向けているだけだった。 「ぼくは奥様が好きです、それがぼくの偽らざる気持ちです。 奥様がぼくとの関わりを光栄だと言ってくれたこと、ぼくは心からうれしかった……」 夫人の方へ思わずにじり寄っていた。 ほとんど膝と膝とが触れ合うぐらいの距離になっていた。 「奥様もぼくのことを嫌いでないなら、どうか、こちらを見てください。 こうして生まれたままの裸姿でひとつ檻に入れられていることを…… ぼくは運命だと思っているのです」 自分の手は彼女のほっそりとした手を握り締めているのだった。 だが、夫人は戸惑ったようなまなざしを向けて言うだけだった。 「ごめんなさい、わたし、あなたがおっしゃっている意味がよくわかりません…… わたしのことを思ってくださるというお気持ち、それはたいへんうれしく思います。 けれど、わたしとあなたは今日出会ったばかり、 好きだの嫌いだのとおっしゃられても、何とも申し上げようがありません……」 彼女は握られていた手を振りほどくようにするのだった。 「だって、奥様は先ほど、ぼくのものを受け入れることを光栄だと言われたのではないですか? あれは……あれは嘘だったのですか……」 はぐらかされたような気持ちがむらむらとしたいきどおりのようなものを感じさせた。 夫人は困ったという顔をして、それでも、澄んだ声音を響かせて説き聞かせるように言うのだった。 「あなたは何か勘違いをされているのではないかと思います。 わたしは奥様と呼ばれることはあっても、この家では、ただの女の家畜にしかすぎません。 わたしは主人の言われるがままになるだけの女にすぎません。 今日、男の家畜だとあなたを紹介され、初対面の挨拶としてさせられたことも、主人が命じたことだからです。 わたしがあなたのものを受けとめることを光栄だと言ったこと、あれは嘘ではありません。 いさぎよく男の家畜となられたあなたをわたしは素晴らしい方だと思います。 この家で家畜として生活していくことは、並大抵の決心で続けられることではないからです。 けれど、これはわかってください、 家畜であることの自覚とあなたが言うひとを好きとか嫌いとかいうこととは、まったく関係がないのです。 わたしは女の家畜なのです、あなたは男の家畜なのです、家畜に恋愛はないのです。 あるのは官能で感じることだけ……。 ですから、わたしは精一杯の努力をして、あなたが官能の極みへ行き着けるように行っただけです。 わかって頂けましたでしょうか……。 また、明日もあることです、休養を取っておかないと身体が持ちません。 主人は容赦のないひとです、家政婦のよし子さんも同じです……今日はもう寝た方が」 思いをそでにされたような落胆を感じさせられた。 もし、これが彼女とひとつ檻に全裸でいる状況でなかったなら…… みずからを女の家畜だと言いながら、横座りにさせた姿勢で人目から恥ずかしい箇所を覆い隠すようにして、 乳房と股間へ手を置き、清楚で美しい顔立ちを向けながら、なまめかしさをこれでもかと発散させている矛盾…… 相手の熱心な愛撫で喜びの極みを感じさせられたにもかかわず、日常のあたりまえの事柄のように取り扱われ、 こちらの熱い思いをまるで相手にせず、娼婦か何かがするように性戯だけでつれなくあしらわれる相反…… 考えてもどうしても割り切れない思いだけがわだかまるばかりだった…… ただ、狭い檻にひとつでいさせられることが、彼女をこれでもかというばかりに間近にさせているのだった。 それは、混乱させられた思いに関わらず、陰茎をいきり立たせるという明確な思いをあらわにさせているのだった。 もう一度あの恍惚感を味わいたい、自分は相手を好きなのだからその権利があると思わせるものだったのだ。 あなたを理由に思い悩み官能を掻き立てられているというのに、 そのような真剣な態度を尻目にして、 あなたは鉄格子へもたれかけさせた裸身を脱力させて眠りに入るような態度を取っている。 ひとを無視し小ばかにしたようなそのさまは、 むらむらとした怒りをこみ上げさせ高ぶった官能をさらに焚きつけるものでしかなかった。 夫人のほっそりとした手首をつかまえると、隠した恥ずかしい箇所から無理やり引き剥がそうとした。 「あっ、痛い! いやっ、何をなさるの!」 美しい口もとがそれ以上余計な言葉を吐き出す前に塞いでしまおうと強引に唇を重ねようとした。 彼女は懸命になって顔をそらせ、押さえられた両腕を振りほどこうと必死になってあがくのだった。 これほどまでに激しく抵抗されるものだとは思ってもいなかった。 「いやっ、いやです! お願いです、冷静になってください!」 夫人は大きなひとみをさらに大きく見開いて悲痛な表情で訴えかけてくるのだった。 自分にはそれ以上どうしようもなかった。 無理やりどうこうしようというのは自分にはできることではなかったのだ。 ふてくされたように相手の身体を突き放すと、背を向けて膝頭を抱えながら座り込んだ。 ふたりがやっと入ることのできる狭い檻だった。 相手から背を向けても、相手の息遣いがすぐ背後に聞こえるという逃げ場しかなかった。 生まれたままの全裸でこのような檻に入れられていることが、ただ、ただ、情けないものに思われた。 目頭が熱くなって、閉じたまぶたから涙があふれ出してくるのだった。 すすり泣く以外にどうしようもなかった。 「……泣いていられるのですか……」 夫人が澄んだ声音で優しく問いかけてきた。 返す言葉は何もなかった。 「……ごめんなさい、余りに突然だったもので……びっくりしてしまって……。 でも、あなたの求めを拒む気持ちはありませんのよ……。 あなたがわたしを求められるというのなら、わたしは応じますわ……。 あなたはわたしに乱暴なさる必要なんて、まるでないのです、 ここにある器具を差し出されれば、できたことなのです、 先ほど、よし子さんがわたしたちに言い渡した通りのことです……」 落ち着きを取り戻した彼女が穏やかに語っていたことは、途方に暮れた思いをさらにつのらせることだった。 かたくなに縮こまって何もかもから逃げ出したい気持ちでいっぱいだった。 彼女のほっそりとした手が肩に触れるのを感じた…… 振り向くと、そのほっそりとした指先が顔に近づいてきて、あふれ出している涙を拭うようにするのだった。 夫人は優しく微笑んでいた。 「あなたのわたしに対する気持ちはよくわかりました。 でも、恋愛というのは人間がするものなのです、 わたしたちのような動物、家畜の役割を生きる者にとっては官能の喜びしかありません。 あなたも、その生き方を選んだからこそ、ここにわたしと裸姿でひとつ檻にいることができるのではないのですか。 あなたとわたしが人間として出会っていたとしても、お互いに相手のことを強く思っていたにしても、 わたしたちのそれぞれに置かれている境遇からは、ふたりが結ばれるために実に多くの困難があると思います。 そうは思いませんか……。 ありえない幻想を抱き続けて悶々としているよりも、 いま、眼の前にしている現実を大切にした方が実りがあるとは思われませんか。 少なくとも、官能は純粋です、それに従うことは偽りがないということと同じです、 わたしは女の家畜を生きるということをそのように思っています。 あなたもそう思うことができるなら、いままでの自尊心にこだわるだけの絶え間ない悩みを超えて、 どのような恥ずかしい姿、どのような情けない姿、どのような浅ましい姿にあっても、 官能の喜びがあなたをこの世にかけがいのない者としてあることを実感させてくれるはずです。 そういう生き方を望むのであれば、ここにいなさない、 さもなければ、この家から出て行った方がよいのです……」 輝くくらいに清楚で愛らしい表情を浮かべている相手をじっと見続けるだけだった。 夫人は唇を寄せてくると優しくまぶたへキスしてくれた。 それから、自分を青色の絨毯の床へ横たえ、裸身を覆いかぶさるように重ねて、唇を合わせてくるのだった。 触れては離れする柔らかな愛撫を繰り返すと、開き加減になった唇の間へ夫人の舌先はもぐり込んできた。 そのねっとりとした舌がうねりくねりしながら絡んでくると、陰茎は一気に頭をもたげるのだった。 覆いかぶさっている彼女の裸身は乳房のふっくらとした弾力と心地よいぬくもりを伝えてきて、 ほっそりとした手が陰茎を握り締めてくれたときは、されるがままの喜びというものを感じ始めていた。 彼女は手のなかで優しく揉みしだいて、もたげたものを気負い立たせようとしていた、 合わせていた唇を放すと美しい顔立ちに優しい微笑を浮かばせて、 今度はその顔を下腹部の方へ向けていくのだった。 気負い立った男性を彼女の舌は丹念に舐めまわすのであったが、 先ほどと違い、少しだけ顔をのぞかせていた先端をすっかりあらわにするように皮を剥いていくのだった。 生まれて初めてのことに、心臓は飛び出さんばかりに激しく高鳴っていた。 剥き晒された先端を、柔らかな舌先は唾液がしたたり落ちるくらい丁寧に愛撫するのだった。 仰向けに横たわったままでいる自分は、気の遠くなるような繊細で敏感な感触にめまいさえ感じさせられていた。 彼女は陰茎への舌の愛撫を続けながら、自分の手を取ってみずからの女の割れ目の方へ導いていくのだった。 触れさせられた亀裂は熱く湿り気を帯びていて、押しつけるようにさせられた肉の襞は開かれている感触があった。 「かまいませんことよ、遠慮なさらず、指をお入れになって……」 誘われるままに指を突き立てると、あつぼったく熱した肉の間からどろっとしたものが流れ出してきた。 いい気になってぐりぐりと押し込んでいくと、ぬめりはとめどもなくあふれ出してくるのだった。 夫人も、ああん、ああん、と悩ましそうな甘い声音をもらしたが、彼女の手はそれ以上のいたずらをさせなかった。 代わりに床へ転がっていた双頭の張形をつかむと、 その一方の頭を花蜜をあふれ出させた花びらの奥へと沈ませていくのだった。 やがて引き抜かれた張形の頭は、黒光りする輝きをさらに増したようにしとど濡れた姿をあらわしていた。 「少し、腰を浮かせてくださいね……」 そう言うなり、彼女は自分の両脚を立てさせて大きく開かせると、 濡れそぼった頭を尻のすぼみへあてがって慎重に沈めていくのだった。 それは苦痛を伴うものだったが、彼女にされていることを思うと、苦悶は喜びにさえ変わっていくのだった。 張形の頭を深くに挿入し終わると、彼女は向かい合って仰向けに身体を横たえていった。 狭い檻ではふたりが横になることはできなかった、われわれは半身を起こして互いを見つめ合う姿勢になった。 彼女は自分と同じように両脚を立てて大きく股間を割り開くと、 もう一方の頭を肉の襞へあてがいにじり寄るように腰を動かしながら沈めていくのだった。 みずからも深くに収まったことを感じると、彼女は励ますように言うのだった。 「これで、あなたとひとつになれました…… わたしの生意気な態度があったことは、どうか許してください。 わたしは一生懸命腰をうごめかします。 あなたもわたしの動きに感じてもらえるものがありましたら、腰をうごめかせてください。 わたしはあなたを官能の極みへ昇らせるように努力します、 感じてください……」 彼女と自分は青い絨毯の上へ白い裸身を半身の姿勢で仰向けに横たわらせ、 大きく開いて立てさせた両脚の膝頭を合わせて、双頭の張形でひとつに繋がり合いながら、 両手を取り合って互いを励まし合い、官能の高みへと昇っていくのだった。 非生産性の性の結合を行っているのだった。 彼女が気をやり、自分が放出しても、一度極めた喜びであっても、 ふたりが繋がっているかぎりは何度でも昇りつめることのできる行いだった。 そのわれわれの行為を扉口から盗み見している者がいた。 それが誰であるか自分にはわかっていた。 だが、それは、もうどうでもよいことだった。 陰茎を折り込んだ女性のような股間をして、縄を掛けた自虐でしか慰められない自分自身など。 |
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