ある日、Yの恋人が彼女を散歩につれだしたのは、 ふたりがまだ一度も行ったことのない界隈、 上野公園の博物館や美術館や音楽堂のある界隈だった。 緑に囲まれた公園を散歩したり、大きな池のふちへ並んで腰をおろしたりしてから、 彼らは公園にそった小道に年代もののリムジンが一台とまっているのを見つけた。 「乗りなさい」と彼が言ったので、彼女は乗った。 夕暮れの迫る、初夏の日であった。 彼女はふだんのままの服装をしていた。 ハイヒールの靴、襞のあるスカート、絹のブラウス、帽子はかぶっていなかった。 そして、ハンドバッグには、化粧道具と財布が入っていた。 車はゆっくりと走りだした。 恋人は両側のウィンドウの覆いを下ろした。 運転席との間とリアウィンドウにはすでに覆いが下ろされていたので、 室内はまるでふたりだけの部屋のようになった。 どこへ向かって走っているのかもまったくわからなくなった。 恋人はYの顔立ちをじっと見つめると、 「ショーツをぬいでほしい」と言った。 彼女はその申し出にびっくりした、おどろきのあまり、返事ができなかった。 恋人は返事のないのを承諾とうけとり、 Yのスカートをたくしあげるとショーツをおろしていった。 Yはされるままだった。 恋人がしてくれていることは、自分を思って行ってくれていることなのだと信じた。 恋人は取り去ったショーツを彼女のハンドバッグのなかへまるめて入れた。 「じっとして、動かないでくれよ、きみを傷つけるつもりはないのだから……」 そう言うと、今度はポケットから小さなナイフを取り出して口にくわえると、 彼女のブラウスのボタンを上からひとつひとつ外しはじめるのだった。 Yはこみあがってくる胸騒ぎに頬がほてってくるのを感じていた。 不安や恐れがないまぜになって気持ちを引きしめていたが、 不思議と言葉が思い浮かばなかった、逆らう思いも生じなかった。 されるがままになっていることは、期待を感じさせたからだった。 はだけさせた彼女の胸にのぞくブラジャーの紐を彼はナイフで切ると、 強引にむしり取るのだった、Yも思わず、「あっ」と声を上げたが、 声を上げたことがむしろ恥ずかしいことをしたかのように感じられたのが、 奇妙なくらいだった。 恋人はブラウスのボタンを元どおりにかけなおした。 ブラウスとスカートに覆われているものの、その下は剥き出しの身体になった。 どこへ向かっているにせよ、 このようなあぶなげな姿をひとまえにさらすのは勇気がいることだった。 そのときだった。 Yはふと、これと同じような場面を映画で見たことがある気がしたのだ…… 映画のなかでは、 ショーツとブラジャーを剥ぎ取られたヒロインは、 黒い布で目隠しをされ、革の紐で後ろ手に縛られ、 おぞましい館へ無理やり連れ込まれるという物語の筋であったはずだ。 Yは思わず恋人の顔をまじまじと見つめようとした。 だが、恋人の真意が何にあるかの問いかけよりも、 その手に握られているベルベットの黒い布と山吹色の麻縄が先に答えていた。 その風変わりな装飾品は、身にまとうことで彼女が変容することを求めていた。 Yにはそう思えたことだった、いつかは変わらねばならない、そのときが来たのだと。 彼女はみずから両眼を閉じると両手をそろそろと背後へまわしていくのだった。 年代もののリムジンは急ぐ様子もなく走り続けていた。 やがて、たどりついた場所で、Yは恋人に支えられて車からおろされた。 「ここからは、ひとりで行くのだよ、 君が望んでいるはずのものが必ず待っている。 その間にぼくは用をすませてしまう。 今度、君が乗る車がいっそう輝けるものになるために、 装いをあらたにしなければならないからね。 大丈夫、ぼくは待っているよ。 さあ、行きなさない」 恋人はそう言って、目隠しされ後ろ手に縛られたYの背中を押し出すのであった。 |
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