入ったところの部屋は、四十ワットの裸電球がひとつ吊り下がっているだけだった。 畳は赤茶けてけばだち、壁はまだらのしみだらけ、天井の羽目板は不気味に黒ずんでいた。 崩れかけたあばら家を再現した舞台装置だった。 そして、月岡芳年の錦絵に描かれた老婆そっくりの役者が立っていた。 「遠慮なく、おあがり」 しわがれているがはっきりとした口調でこちらへ向かって言うのだった。 「こっちだよ、入ったらきちっと閉めておくれよ。金を払わない者にまで聞かせることはないからね」 土間をあがり、立て付けの悪いふすまを開いた次の間は八畳ほどの広さの居間になっていた。 片側には薄汚い小さな床の間があり、 反対側にはもうひとつの部屋が色あせた桜の絵柄のふすまで仕切られていた。 「そこにある酒はサービスだよ。好きに飲んどくれ」 床の間を背にして小さな卓が用意されている場所へすわらされた。 卓の上には紙パックの一合の日本酒がふたつと柿の種をのせた小皿がひとつ、 それからティッシュペーパーの箱が置かれてあった。 部屋の明かりは一転して、蛍光灯の白色がまばゆく感じられるくらい明るかったが、 部屋全体の古色蒼然とした雰囲気に変わりはなく、 窓のカーテンは毛布のように分厚く、装飾というよりは防音と遮蔽が目的のようだった。 閉め切りにされた部屋は蒸し暑く、すえた臭いのする空気がよどんでいた。 注意はおのずと正面のふすまへ向けられた。 ふすまの前には、まなざしを鋭く光らせた鷲鼻の老婆が皺だらけの口もとをひきしめて、 前口上を述べたいとばかりにじっとこちらを見すえていた。 その形相には得体のしれない凄みがあり、役者としても年季の入った年寄りだったに違いない。 「始めるよ。存分に楽しんでいっておくれ」 言い終ると、老婆はふすまを両開きにめいっぱい開いた。 真っ暗な部屋のなかに畳に座っている女性の姿があらわれた。 こちらから差し込む光で姿を見ることはできたが、 うつむいているために顔はまったくわからなかった。 藤色の柄の着物を羽織って正座させられているという格好だった。 老婆は近づいていって女性を立たせると鴨居のあるところまでつれて来た。 「さあ、そのきれいな顔をあげて、見せておあげ。 おまえを見たくて、わざわざ来てくれたお方だよ」 老婆に支えられるようにしてもどかしそうに立ち上がり、こちらへ近づきだしたときから、 何とも言えないふくよかな香りが漂ってくるのが感じられた。 顔をおずおずと起こした瞬間、その芳香は胸をつまらせるくらい甘美なものとして感じられた。 それほど眼の前に立った女性は美しかった。 その美しさというのも、見世物になるために作られた派手なものではなく、 むしろ、役者の雰囲気がまったく感じられないものだった。 年齢は二十歳を少し過ぎたくらい、すらっとした身体つきは百六十センチほどの身長があった。 肩までかかる柔らかなウェーブのついた髪は艶やかな栗色に染められ、 くっきりとした長い眉の下には黒く澄んだ大きなひとみが輝き、 鼻筋のとおった形のよい小鼻の下には、朱色をおびたきれいな口もとがしっかりと結ばれていた。 その表情には恥ずかしさをこらえている一方で、 おののきを意識しているような怯えた様子があらわれていた。 顔はまっすぐに起こしているものの、まなざしは足もとの一点へ注がれていた。 「きれいなのは顔ばかりじゃないよ。身体つきも立派なものさ」 老婆は羽織らせていた藤色の柄の着物を脱がせ始めた。 若い女性は、いやっ、と聞き取れないくらいのかすかな声をもらしたが、 うつむくだけで逆らうそぶりをみせるようなことはなかった。 それもそのはずだった。 老婆によってされるがままに着物を剥ぎ取られていくと、 あらわれた白い柔肌には荒々しい縄が掛けられているのだった。 「教えたとおりに、おし! 顔は上げているんだよ!」 老婆の口調は、びっくりするくらいの強い調子をおびていた。 若い女性は耐え切れないとでもいうように身体をよじりながら顔をもたげたが、 頬をほてらせたその美しい顔は泣き出さんばかりの表情になっていた。 見ず知らずの者の視線の前へ、 あざやかな赤い湯文字が腰を覆っているだけの裸姿にさらされる羞恥。 しかも、その白く輝く柔肌には手垢で黒ずんだ麻縄が屈辱的に掛けられている。 後ろ手に縛られ、上下から挟んでの胸縄がきれいな乳房をあられもなく突き出させている。 すでにあわ粒のような汗が素肌に浮き上がり、 立っている身体がもどかしいというくらいにふるえているのが見て取れた。 いじらしいくらいのその様子にピンクに光る乳首がいたいけなくらい可憐に映っていた。 これが演技だというのなら、この若い女優は女の羞恥を見事に演じきっていると言えた。 そのときだった。 パシッ! という鋭い音が鳴り響いた。 若い女性の姿に見とれていた者にとって、思わず背筋を伸ばされるくらいのおどろきだった。 「まだ、始まったばかりだというのに、この娘ったら!」 手練手管を心得ているといった老婆は、 ふらふらしだしている若い女性の尻を思い切り平手打ちしたのである。 ぶたれた若い女性は顔を歪めながらも、仕込まれているというようにシャンとなった。 それから、老婆は古ぼけた木製の踏み台を押してくると、 若い女性の背後に垂れている麻縄を手にとって台を上っていった。 そして、格子のはまった欄間へやっとの思いで縄尻をとおすと、 台から降りて、反対側からもったらもったらとたぐり寄せるのだった。 見ている方が代わってやりたいと思うほどのろくさとした年寄りの動作だったが、 たぐられていく縄が張るにつれて、繋がれている若い女性の顔に動揺の色が浮かびはじめた。 繋がれた身体が爪先立ちになるまで、老婆は信じられないような力でたぐり寄せるのだった。 「やれやれ、ひと仕事だよ。これで本当にいい思いをするのは、 わしじゃないんだから、まったくそんな役まわりさ」 老婆はぶつくさ言いながら縄尻を若い女性の背中へ繋ぎとめると、再び踏み台を上がっていった。 着物のふところから取り出した皺くちゃの豆絞りの手ぬぐいを丁寧に伸ばすと、 鉢巻きを作るような具合に折りたたんだ。 「ほおれ、口をあ〜んとおあけ。 そんないいとこのお嬢さんみたいな開き方じゃ、駄目だろう。 もっと、大きく開くんだよ!」 うむむ……うむむ……うむむ…… 老婆は薄汚れた手ぬぐいを相手のきれいな口もとへあてがっているが、 若い女性は顔をそむけ、唇をかたくなに閉ざして抵抗を示していた。 「おまえの好きな猿轡なんだよ、さっさと噛みな! おまえのもんじゃないか!」 老婆は素直にならない相手の片方の乳房を骨ばった指先で鋭く鷲づかみにした。 あっ、あっ、あっ! 若い女性は泣きだしそうになりながら言いなりになっていくのだった。 「そうだよ、いい娘だ。好きなんだから、遠慮することなんかないんだよ。 そおれ、くわえたら、噛みしめな! 女のとってもいい味がするだろう。 おまえと同じ若い女が流した甘いお印だよ、一緒になれて、うれしいだろう。 こうして猿轡されれば、おまえはもうただの女でしかありやしない。 いいとこのお嬢さんでも、何でもない。 乞食女や売女が女であるように、おまえもただの裸の女にすぎないんだ!」 若い女性の美しい顔にはしみで汚れた豆絞りの猿轡がむごたらしく施されたのだった。 大きく見開かれている澄んだ両眼には涙があふれ出しそうになっていた。 老婆の方は踏み台から降りるとそれを隅へ押しやって、 代わりに三尺の竹製のものさしを携えて女のそばへ立っていた。 「おまえのここがごらんになりたいと、お客人は先ほどからずうっとお待ちかねだ。 おまえはここもきれいですってところをみせてあげなくちゃ、お客人はきっと怒るよ」 ものさしの先があざやかな赤い湯文字のあわせへもぐりこんでいった。 後ろ手に縛られ欄間から吊り下げられ、 つま先だちにさせられている格好では逃れようにも逃れられなかった。 若い女性は懸命になって両眼を閉じているだけだった。 しかし、ぶざまなくらい、ものさしの先は湯文字をたくし上げられなかった。 「こんなもの着けていたって、邪魔だというだけさ。 初めから着けさせなきゃいいんだ、どうせ脱がせるんだから」 老婆は吐き捨てるように文句を言いながら、 皺くちゃな手であざやかな赤い湯文字の腰紐を解きはじめた。 「また、えらく固く結びやがって、解く方のことも考えて結べって言うんだ、馬鹿野郎」 その老婆のそぶりと語りには演技をしているという雰囲気が伝わってこなかった。 情けの薄い老いさらばえた女がどこかでかどわかしてきた娘を使って、 猥褻なショーを行っているということの方がありのままのような実感があった。 それは、若い女性があまりにも普通の女性を意識させるところからもきていた。 どうして今この場にいて、むごい扱いを受けても、されがままになっているのかわからない。 しかし、姓名も、年齢も、本籍も、現住所も、家族も、親戚も、出身校も、趣味も、恋人も、 何もかもが、やましいところなく、明らかにできる女性であると思わせるものがあるのだった。 彼女のまなざしが訴えかけるような愁いをおびてじっとこちらへ向けられ続けていたからだった。 これから、棺桶に両足突っ込んだような老婆が彼女に対して、どのような行為を迫るというのか。 狭い空間の蒸し暑さに加え、みなぎる異様な熱気が自然と卓へ置かれた酒へ手を伸ばさせていた。 一気に半分ほど飲みほすと、胃にしみわたり、酔いは身体全体へどんよりと広がっていった。 老婆の皺くちゃな手は、ようやくあざやかな赤い湯文字の腰紐を解きはずし、 羞恥を覆う布を若い女性の下半身から無造作に剥ぎ取っていくのだった。 ううっ、ううっ、ううっ……… 若い女性は泣きじゃくりながら抗議の声をあげようとするが、 非情な猿轡のすきまからはくぐもったうめき声がもれてくるだけだった。 「きれいな毛並みじゃないか。だけど、若いときはみんなそうさ。 おまえのだけがつやつやとしているんじゃないよ!」 老婆はそう言いながら、優美な曲線を描いて縁取られた腰つきの中央に位置する、 女の小さな丘のあたりを三尺のものさしの先で突っついていた。 ううっ〜、ううっ〜、ううっ〜 「女に変わりはないのさ、ここがこうしているところはね」 今度は白い太腿のつけねにふっくらと密生している漆黒の和毛を、 刃先の折れた日本刀のようなものさしの先端がかきわけていた。 それが割れめに触れたとき、若い女性は身体をよじって避けるようにしながら、 伸びきっている両脚を必死に閉じあわせようとするのだった。 うっ〜う、うっ〜う、うっ〜う〜 薄い竹の切っ先が柔らかな肉の合わせ目へねじ込まれるように押しつけられている。 老婆の顔は絵に描いたように無表情だった。 醜いひからびた皮膚の上には、折れ曲がった鷲鼻、くぼんだ口もと、 ぎょろっとした鋭いまなざしがうつろに光っているだけだった。 しかし、その骨と皮だけの腕には恐ろしく力があった。 ふっくらとした漆黒の繊毛の奥へ、 三尺のものさしの先端が沈み込んでいる様子がありありと見て取れるのだった。 うっ〜う〜、うっ〜う〜、うっ〜う…… 若い女性はうつむいて必死にこらえていたが、ついにこらえ切れなくなって顔を上げた。 大きな黒い両眼からはあふれだした涙がきらきらとしたたり落ちた。 「そんなに先っぽが入るのが嫌なのか。おまえはわりと強情だね。 いいよ、いいよ、仕込んでやるからさ。若い女ってのはみな生意気なのさ。 世間を知らないくせに、自分勝手なことばかり考えていやがるからね。 だけど、女は女だからね、つんと澄ましていたって、 欲しくなれば、欲しいとおねだりするのさ、からだが欲しがるんだから仕方ないことだね」 老婆は女の股間からものさしを抜くと、吊り下がっている相手の背後へのろのろとまわっていった。 ひとり台詞を抑揚をこめながら語っているという老婆だったが、 観客を意識している様子はまったくなく、話し相手は紛れもなくその若い女性であった。 蒸し暑い上に酒の酔いも手伝い、部屋のなかはただれた熱気が充満しているように感じられた。 若い女性の放つふくよかなオーデコロンの香りとむれた体臭は観客の興奮する体臭といりまじって、 その場にいる一体感を意識させたが、 同時につかみどころのない非現実感さえも感じさせることが不思議だった。 眼の前にある欄間から吊り下がった女の全裸姿が白い大きな魚の陳列品のように見えた。 その白い魚には、縄で縛られることによって突き出させられた豊かなふたつの乳房、 あからさまにのぞかされた悩ましげな黒い恥毛がついていた……。 いや、やはり一糸まとわぬ生まれたままの姿を麻縄で緊縛された女性の全裸だった。 女の曲線の優美さを見事にあらわしたその姿態は、 後ろ手に縛り上げた非情な麻縄や爪先立ちにさせた辛苦の姿でなく、 普通のヌード姿として眺められても充分に魅力的であったに違いない。 だが、朱色のきれいな唇にはさんで食い入るほどに噛まされた薄汚れた手ぬぐいの猿轡が、 ただでさえ哀しげな表情を浮かべているはずの美しい顔を悲痛なまでの形相に変えさせていた。 その表情は、理由を待たずに、見ているだけで欲情をそそり立たせずにはおかない、 妖しい性の正体をあらわしているようでもあった。 身近に感じられるくらいのあたりまえの存在でありながら、ただその素性を知らないというだけで、 若い女性は性の見世物そのものに成り変わるのだった。 彼女があからさまにしている羞恥は、女性が典型的にあらわす女の羞恥にすぎなかった。 彼女が投げかけてくる哀切なまなざしは、そのような境遇に置かれたら誰もが浮かべるものだった。 淫靡な姿から行き場を求めてそそり立つ欲情を感じているだけに、 その女の存在は傲慢の表象でさえあるように映るのだった。 見せられて感じている方が淫らで浅ましい性欲を所有している低い存在で、 見せている方はどんなに屈辱的な姿であっても啓発する上位の存在だという傲慢さだ。 いや、いや、いや、このような自意識の緊張関係に縛られることは馬鹿げている。 優越を主張している肉体を所有する自意識は、恥ずかしげもなく乳房も恥毛もあらわにして、 これ見よがしに緊縛された全裸をさらけだしているだけのことではないか。 そこにいる無名の女は、 素性や経歴や事情とはいっさい無縁の淫欲をそそるだけにそこに存在している、 ただの裸の女にすぎないのではないか………… そのただの女が、うっ、と大きな声で気張ったかと思うと、 爪先立ちさせられた裸身を思い切りのけぞらせた。 バシッ、という激しい音が鳴り響いていた。 肉を引き裂くようなその音は続けざまに響いた。 バシッ! バシッ! バシッ! そのたびに、うっ〜、とうめき声をもらしながら、女の身体は気張りながらのけぞっている。 老婆が例の三尺のものさしで女のふくよかな尻を打擲しているのだった。 鞭打たれている女が哀れだとはなぜか感じさせなかった。 むしろ、淫欲をそそる傲慢な女が当然受けるべき折檻を受けているのだと感じさせるのだった。 苦痛にゆがむその女の顔こそ、女の本性の顔だと感じさせるのだった。 ヒュ〜、と竹がしなって風を切る音がよどんだ空気をつたわって聞えてくる。 そして、バシッと乾いた鋭い音を立てて、竹の鞭は柔らかな皮膚へ炸裂するのだった。 それが老婆のあらんかぎりの力で行われていることは、 うぉ〜、うぉ〜、と唸る気味の悪い声と激しい吐息から感じられた。 折檻されている女は両肩をふるわせて泣きじゃくっていたが、当然声にはならなかった。 女があげていた悲鳴はすさまじいものだったに違いない。 鞭打たれるたびに、白い輝きをはなつ柔肌から吹きだしている汗が全身から飛び散るのだった。 若い女性は肉体と自意識のすべてを使って女をあらわしていた。 その女という作品を作り上げているのはちっぽけな老婆だった。 老婆は手を休める様子などまるで見せず、打たれる若い女の具合などいっこうにかまわず、 相手の尻めがけてひたすら鞭打ち続けている。 バシッ! うっ〜 バシッ! うっ〜 バシッ! うっ〜 年老いた女と若い女の対話はこれだけだった。 これだけの単純な会話でも、 眺める者にとって、全身の血が沸騰したかのような淫靡な興奮を感じるのに充分であった。 鞭とうめき声の奏でるデュエットは吹きださんばかりの淫欲へクレッシェンドさせていくのだった。 それにしても、これは本当に舞台として行われている演技なのだろうか。 あまりにも真に迫りすぎていて、恐怖感さえこみ上がってくるのである。 バシッ……………う〜 若い女の答える声がか細くなってきた。 欄間から吊るされ爪先立ちにさせられた姿勢がもう耐えられないというように右に左に揺れている。 うなだれている顔には汗でおどろに乱れた栗色の髪がしなだれかかっている。 バシッ………………… ついに声の出なくなった朱色の口もとからは、代わりによだれのしずくが流れ出して、 長い銀色の糸をひいて畳へ落ちていた。 麻縄で突き出させられたふたつの乳房には、 ピンク色の乳首が欲情のしこりをあらわしてつんと立ち上がっていた。 それでも、老婆の打擲は終わらなかった。 終わらないどころか、女が失神するかのようにふらふらしているのを知って、 さらに激しい鞭を加えようと唸りが高まっているのだった。 ヒュ〜、バシッ! 折檻を続けられる女の全裸姿が苦痛を逃れるように無意識に回転した。 こちらへ向けられた優美な白い尻には赤い条痕が無数に浮き上がり、 火照った桜色から真っ赤に腫れ上がろうとしているところだった。 女の裸身が激しい硬直を示してのけぞった。 柔らかな髪を左右に揺らしながら、いやっ、いやっ、とかぶりを振っている。 バシッ! 今度は全身に激しい震えを示して、女は爪先立ちの辛い姿勢で哀願をあらわしているようだった。 やめてっ、と泣き叫んでいる声が聞えてくる気さえした。 バシッ! 裸の女は尻よりももっと柔らかい箇所を鞭打たれているのだった。 それはきれいなふくらみを見せていた乳房かもしれなかった。 或いは、ふっくらとした股間の小丘のあたりかもしれなかった。 打ち手の正面を向いてしまった女の急所は容赦なく竹の鞭で打たれるだけだった。 老婆の腕力は信じられないものだった。 八十歳を超えた老人の行為とは思えなかった。 そのとどまることを知らない執念は鬼気そのものを感じさせた。 バシッ! 汗で光るなめらかな背中の上で厳しく後ろ手に縛られた女の両手が、 爪が食い込んで血がにじむほど固く握り締められていた。 赤く腫れ上がった尻は恥ずかしげもなく突き出され、 黒味をおびてもりあがった悩ましげな亀裂さえさらけだしていた。 支えている両脚にはもはや閉じ合わせる力がまったく失せているのだった。 「女ならよろこびを示したら、どうだい! 遠慮することなんか、ないんだよ! ほうれ、欲しかったんだろう! 女ならみんな欲しがるのさ!」 老婆は背筋の寒くなるような気味の悪い声音で怒鳴り続けていた。 同時に女のなまめかしい太腿の間に竹の先端がのぞいた。 三尺のものさしが折れた日本刀のように立てられて、そろそろと差し込まれてくるのだった。 女に抵抗を示す様子はまるで見受けられなかった。 「そうれ、くわえてみな! しっかりとくわえて、末期のよろこびを味わえ!」 老婆はありったけの力を込めて、竹の刃を持ち上げていくのだった。 うっうぅ〜、うっうぅ〜 女のもっとも敏感な部分へ食い込まされるようにねじ入れられながら、 三尺のものさしは上へ上へと上がろうと尻の亀裂にうごめいていた。 うっうぅ〜、うっうぅ〜 女の全裸はされるがままの苦悶に爪先立ちとなって受けとめているだけだった。 栗色の髪を右に左にゆっくりと打ち振るいながら頭を揺り動かしている様子が、 緊縛された肉体からこみ上げてくる苦痛と官能をこらえきれないものとしてあらわしていた。 それが証拠には、あふれ出させた女の花蜜があからさまになったのである。 力まかせに上がりきった長い竹の責め具は尻の方へ傾斜していた。 その傾斜をつたわって、どろっとしたぬめりが流れ出てくるのである。 それは途絶えることなく続いて畳へしたたり落ちていた。 うっ〜う〜 突然、女は大きくうめいた。 老婆がその歯の抜けた皺くちゃの口もとで女の乳首をほおばったのだ。 さらにその乳首をくちゃくちゃと噛んでいることも、聞えてくる音から想像できた。 うっ、うっ、うっ、というくぐもった声音とともに、女の全裸は震え出していた。 ものさしからしたたり落ちるよろこびのしずくが、ぽた、ぽた、と音さえ立てているようだった。 竹の責め具にまた一段と力が込められて突き上げられたときだった。 う〜う〜う〜う〜。 長い叫び声を上げながら、できるかぎり裸身をのけぞらせて、女は絶頂へと昇りつめていった。 それから、息絶えたかのように頭をがっくりとうなだれたが、 欄間から吊るされた全裸は痙攣でぴくぴくと震え続けていた。 その女の背後に照明がともった。 部屋のありさまがまざまざとあらわれた。 「まだ、終わりじゃないよ。この娘が本当に泣いてよがるのはこれからだ!」 白い吊るしものになっている女の裸体の奥から老婆が怒鳴っていた。 「この娘には、一度しか味わえない、いい思いをこれからさせてやるのさ!」 老婆は休む間もなく次の仕事に取りかかっている。 それは信じがたい光景に映った。 着物の上半分を脱ぎ去り、老婆は骨と皮という老いさらばえた姿を黒ずんだ肌でむき出していた。 乳首のしぼんだふたつの乳房が皮だけという醜さでだらしなく垂れ下がり, 禿げ上がった真っ白な頭髪と歯のないくぼんだ口もとがどぎつい目つきや鋭い鷲鼻とあいまって、 老いた険しい形相そのものをあらわにしていた。 男のように立て膝をして座り込み、大きな包丁を砥石で研ぎながら、 欄間から吊るされた若い女をにらみつけているのだった。 そばには水をたっぷりと張ったたらい、火をおこすための七輪などという小道具までそろっていた。 それはまさに殺意の執念に燃え上がる鬼婆を迫真的に再現したもののようだった。 これが演技だというのなら、恐るべき演技力だった。 若い女性のあらわした演技にしても同様である。 だが、老婆が言ったように、これからだということは? 猥褻な見世物として、これ以上に何を行って見せるというのか…… 娘が一度しか味わえないいい思いとは何なのだ…… ……ひょっとして……これがもし舞台演技などではなかったとしたら…… 老婆も若い女性も何もかもが実際のことだとしたら…… 眼の前に行われたのだから、確かに実際なのだ…… 本気ということだ…… 本気の仕業であれば、若い女性があのような姿をさらけ出すことも…… では、いまそこに見えるものは、何に使われるというのだ。 これから行われることは、あの研いでいる大きな包丁を使ってすることなのか。 まったく信じがたい光景だった。 そのときである。 包丁を研ぎ終わった老婆がじろっとこちらの方へまなざしを向けたのである。 全身を総毛立たせるほどの戦慄がそこにあるのを実感させられた。 老婆の言ったことは実行される、そう確信させられた。 老婆の顔つきは、月岡芳年の錦絵に描かれた鬼婆そのものだったからである。 |
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