秘 密 の 小 部 屋 の 事 柄 |
「麻生絵美子氏の講義がまもなく始まります。 舞台へご案内いたしますので、ついていらしてくださいませ」 先を歩く彼女のヒップが可愛らしくゆれていた。もちろん、鞭の傷跡などなかった。 彼女の手引きに従って控え室を出ることにした。 だが、『麻生絵美子の講義』へ行くことに心変わりしたのだ。 控え室を出てから、青い絨毯の敷かれた長い廊下を歩いていくうちに、 前を進む生れたままの姿でいる若い女性のヒップがゆれるのを見ていると、 妙な気分になってきたのだ。 静寂に満ちた長い廊下にはわれわれ二人の人影しか見受けられなかった。 甘酸っぱいふくよかな芳香がそよぐように鼻をくすぐっていたが、 それが彼女のさらす純白の輝きを放つ柔肌から立ち昇っているのは確かだった。 若く美しい全裸の女性を前にして、 ただ彼女の言いなりに従って付いていくことにうんざりした思いを感じたのだ。 「『麻生絵美子の講義』には行きたくないな」 つぶやいたつもりの声音は静けさのなかで響き渡るように大きかった。 彼女は小突かれでもしたように、びくんとなって歩みをとめた。 自分の背後に付いて来る者が立ち止まってしまっているのを気づいたようだった。 彼女はゆっくりと振り返ると、少しはにかんだ可愛らしい笑顔を浮かべながら尋ねた。 「どうなさいました。ご気分でも悪いのでいらっしゃいますか」 彼女は柔らかな髪につつまれた愛くるしい顔立ちを輝かせていた。 ほっそりとした首筋からなでた線が華奢な肩を浮き上がらせ、 優美な腰付きを際立たせるようにくびれていく曲線が、 すらりとのびたしなやかな両脚の爪先までとどいて、 重力を感じさせないかのような軽やかで流麗な美しさをあらわしているのだった。 その軽やかな線に対して、ふたつの箇所が手ごたえのある重量感を意識させた。 ふっくらと形よく隆起したふたつの乳房はピンクの可憐な乳首をとがらせて、 乙女と女と母というそのありようを花の芳香をもってただよわせ、 可愛らしい形をした臍の下方にのぞく小さな丘に密生する漆黒の絹毛は、 うっすらと割れめをのぞかせて夢幻の内奥にある洞穴と胎児に思いをはせさせるのだった。 彼女の顔や姿態を眺め続けていると、そこに女が存在するのは確かに実感できるが、 印象は幻想のようなものに近く、不定形であることが官能の証拠のような気にさせた。 彼女は相変わらずの微笑を浮かべて大きな瞳のまなざしをこちらへ見すえたまま言った。 「どうなさりたいとおっしゃるのですのか。 麻生絵美子氏の講義はお聴きにならないのですか」 答える代わりに思い浮かんだことは、 なまめかしいクレバスが豊かに盛り上がった白いふたつの小山を引き立たせている光景だった。 そこへ赤いシュプールが引かれたら、どのように美しいものとなるだろうかという思いだった。 「麻生絵美子氏の講義はご覧にならないのですか」 返答のない相手に対して、彼女は辛抱強く繰り返した。 彼女の愛くるしい顔立ちを見つめ続けていると、思いが火花のようにひらめき続ける。 『ひとつ家の惨劇』で鬼婆に鞭打たれ続け、 官能の恍惚にまで昇りつめたのは今眼の前にいる彼女だったはずだ。 今度はおまえと同い年くらいの若い女の手で鞭打たれるのを見届けよう。 思わずそり上がる官能から掻き立てられる幻想は、 鳥肌が立つような恐怖にまで至るような推理をさかしまに引力していく感じだった。 「もう一度お聞きいたします。 麻生絵美子氏の講義へはお出かけにならないのですか」 彼女の美しい姿態を眺め続けていると、もうこらえ切れないほどまどろこしい感じになっていた。 「講義だなんてしゃちほこばった、女がしゃべるたわごとなど、聞くのも時間の無駄だと思うね。 それよりも、君の可愛らしくさえずる声を、なまめかしく泣く声を聴いてみたい。 君が縄で縛られ、鞭打たれ、恍惚にまで昇りつめるありさまを見てみたいんだ。 もう、案内などいらない。 案内を受けるほど、世の中を知らないわけじゃない。 自分の思うがままに行う権利は誰だって持っているはずだからね。 さあ、言ったとおり、してくれないか。 それでなければ、こんなチンケな館、出て行くよ」 要求された彼女は、びっくりしたまま、大きな瞳をさらに大きく見開いて立ちすくんでいた。 しばらくの沈黙が静寂に満ちた長い廊下によどんでいた。 「おっしゃられることは、よくわかりました。 私は案内する役目を与えられている者にすぎません。 この館へおいでになったお客さまで、お召し物を着けている方をご案内するのが役目です。 お客さまはお洋服を着ていらっしゃいます。 ですから、お客さまのご要望には残念ながらお応えすることはできません。 お帰りになるのでしたら、いずれの場所からもご自由に行うことができますので、 よろしくお取りはからい、お願い申し上げます」 澄んだ声音を響かせてそう言い終わると、背中を向けて立ち去ろうとするのだった。 「待ってくれ」 彼女のほっそりとした手首をつかまえると、強引に引き戻してこちらを向かせた。 抵抗する様子はなかったが、特徴のあるはにかんだような微笑は消えうせていた。 彼女の瞳をじっと見すえた、彼女のまなざしもじっとこちらへ注がれていた。 「私は生れたままの全裸姿でおります。 お客さまはお召し物を着けていらっしゃいます。 私が同等に相手をさせていただく方ではございません。 どうかお手をお放しになって、私を戻らせてください」 澄んだ声音は繰り返すだけだった。 「強引なことを言って気を悪くさせたのなら、すまない。 君が気に入っているんだ。 君のことがもっと知りたいんだ。 はじめて見かけたときから好きだったという気持ちに今気がついたんだ。 お願いだ、どうすれば、君の言う同等の相手になることができるんだ、教えて欲しい」 彼女は打ち明けられた告白にはにかんだ微笑を浮かべながら答えた。 「お客さまが身に着けているものをすべてお取りになっていただければ……。 しかし、申し上げておきますが、 お客さまが生れたままの姿になられるということは、 ありのままの衝動と無防備であるだけの姿になるということです。 お客さまに今見えている私の存在も、そのときは異なった様子に見えるかもしれません。 私はあなたさまであり、あなたさまは私であるような転換さえ行われるかもしれません。 何ごとが起こるかは、 すべてお客さまが思考なされるありよう次第なのです。 それをご承知くださるなら、私はご一緒させていただくことができます」 着ているものをすべて脱ぎ去る以外なかった。 彼女の前に全裸をさらけだすのは恥ずかしい気がしたが、決心した。 女はこちらの脱衣を身じろぎもせずに眺め続けていた。 「では、あなたさまがお望みのように私を縛ってくださいませ」 そう言うといつの間にか手にしていた麻縄の束を差し出すのだった。 女はなめらかな美しい背中をこちらへ向けると両手を背後へまわしてきた。 女のほっそりとした両方の手首が重ねあわされると、 縛らねばならない思いが欲情のうねりに乗るようにして高まってきた。
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