借金返済で弁護士に相談




 大富豪の屋敷から忽然と姿を消した小夜子夫人の失踪事件は、
 その通報を受けようやく現場へあらわれた警察と名探偵・鵜里基秀の登場を持ってしても、てこずらせる難事件であった。
 警察が到着する直前、屋敷の主人の妹である明美とお付の使用人の礼子までもが行方不明となったのである。
 ふたりの部屋には、それぞれ、小夜子夫人のときと同様、脱ぎ捨てられた衣類と下着があって、
 艶めかしいブラジャーと可愛らしいパンティは、それが夫人と同様の全裸の誘拐ということをあらわしているものだったのだ。
 犯人の大胆な犯行は、一軒の屋敷から、成人女性三人を全裸誘拐したという、稀に見る事件となったのだ。
 だが、いつまで待っても、犯人からの身代金要求は来なかった。
 この屋敷には、実は、ほかにも失踪した者がいた、お抱え運転手の岩手伊作である。
 岩手伊作は唯一の男性であり全裸での失踪ではなかった――彼の部屋には、悩ましい下着は脱ぎ捨てられていなかった――
 従って、犯人の可能性が濃厚であるとの見方で裏付け捜査が急がれたが、
 名前も偽名か物語の登場人物名のような作り物の感じがあって、前歴はまったくつかめず、
 運転手の職にありながら、運転免許さえ取得していなかった可能性があるのだった。
 その運転免許を取得していないということをきっかけに、使用人のひとりが重大なことに気づいた。
 使用人は、運転免許を取得したら運転が上手になるように手伝ってあげる、と岩手伊作から言われて、免許取得に励んでいた。
 しかし、それもかなわなくなったいま、いや、かなったとしても、無免許の者から実地運転を教わるのは違法ではないかと思ったとき、
 では、岩手伊作が黒塗りの大型車を使って大きなトランクを運び出したことは違法ではないのか、と気づいたのである。
 そのことを鵜里探偵に報告したときは、すでに、主人の誕生日の翌日であった。
 すぐに、屋敷の車庫へ収まっている岩手伊作の使用した黒塗りの大型車が調べられたが、
 遺留品らしきものは見当たらず、走行計と燃料計からだけでは、足取りはまったくつかめなかった。
 だが、さすがは、鵜里探偵であった、トランクの搬出に用いられた車がどうして車庫へ戻されているのか、疑問を持ったのである。
 その疑問には、家人のひとりがいとも容易に答えを出した。
 大きなトランクを地下室へ搬入するために使用されて、その後、車庫入れされたものである、という事実を述べたのである。
 地下室? それは、初耳だ、事情聴取のときに、どうして誰もそのことに触れなかったのだ。
 ご主人様の私的なお誕生日事に関わることで、礼子さんが明美様のご命令で指揮をとっていられたことであるから、
 怪しいというようなことではなかった、地下室を怪しいと思うとすれば、それは、ご主人様を怪しがるのと同じことになるからだった。
 では、その礼子さんに事情を確かめれば、事件は解決の方へ展開するのであったが、
 彼女はあいにく誘拐されてしまっているのだった。
 では、地下室を調べるほかなかった。
 ようやく、当初の錯乱状態から混乱状態へ落ち着いた主人であったが、探偵から地下室を見せて欲しいと言われたとき、
 妹からのこれまでに一度もなかった心遣いの贈り物、心待ちにしていたミニ・シアターを一番に開く楽しみを、
 どうして赤の他人の探偵なんぞに奪われてなるものかと息巻いて、遅れ馳せながらの誕生日祝いとなったことを残念がりながら、
 屋敷の片隅にある地下室へと案内するのだった。
 すでに妹から贈られていた扉の鍵で重々しい錠を開けて、主人がいの一番になかへ乗り込んだとき、
 後へ続いた探偵と警察の者たちは、その金属を切り裂くような絶叫に、殺人があったものだと思わざるを得なかった。
 心底期待していた喜びが心底裏切られる悲しみに変わるとき、
 植物繊維でも金属でも岩石でも可能であるという切り裂かれる絶叫がある、
 ただ、それを音として口から伝えるか、言葉の概念として出さずにいるかの違いがあるだけである。
 溺愛する夫人を殺害された夫の絶叫は、まさに口から伝える方だった。
 だが、鵜里探偵と警察の者たちは、現場に死体を発見することはできなかったのだ。
 これでは、不可解な事件は、ますます不可解になっていく……。
 いや、地下室には、小夜子夫人の全裸死体はおろか、明美様の全裸死体も、礼子さんの全裸死体もなかったのだ。
 あったのは、恐らく、老若男女を問わずに、だれがその場に立っても、同じ感慨を抱かせる造りのものであった。
 同じ感慨とは、背筋へ冷たいものが流れるようなぞっとさせられる忌まわしさである。
 処刑部屋や拷問部屋といった類のそれである。
 どうして、人間はこのような場所を考え出し、作り上げ、行うことをしたのか……
 やむにやまれぬ、陰惨とした寂寥をこみ上げさせられるものである。
 現代警察でさえ、極悪非道・悪質な犯人を自供させるために、これだけの拷問の設備は持っていないと感じさせたもの、
 淫虐な責め苦には明るかった鵜里探偵には、下腹部と学術的興味をそそられる品々であると感じさせたものであったが、
 ひとり、主人だけは、それがミニ・シアターであるとはどうしても見えないことに、深い驚愕と落胆と不可思議を感じていた。
 従って、警察も探偵も、主人にはこのような趣味があったことを尋ねるのだったが、
 主人は、錯乱から混乱へ、今度は不可解へ陥ってしまって、自己存在の主体性さえあやふやな状態になっているばかりだった。
 結局、地下室から発見できた手掛かりは、隅に置かれた大きな木製のベッドだけであった。
 そこには、皺と染みが散乱して激しく乱れたシーツが敷かれてあったが、明らかに、そこへひとが横たわり、
 何らかの行為が複数の人物で行われたことをあらわしていたが、DNA鑑定の結果、
 その染みは、小夜子夫人、明美様、礼子さんの唾液と汗と女の喜びを示す股間の体液であることが判明した。
 また、そこには、さらにふたりの女性の体液が確認されたが、人物の特定はできなかった。
 小夜子夫人と明美様と礼子さんは、夫婦の寝室及びそれぞれ個室から連れ去られ、この地下室へ監禁され、
 ベッドの上でふたりの不明の女性たちによって性愛行為を行わされ、それから、何処かへ連れ去られてしまった、
 鵜里探偵は、そのように推理づけるのだった。
 だが、大きなトランクが運ばれて一度屋敷を出たという事柄と、その大きなトランクが屋敷へ戻されたという事柄の関係は、
 そのトランクもまた地下室で発見され、なかから小夜子夫人の陰毛が発見されたことで、運ばれた事実は明らかにされたが、
 どうしてそのような手の込んだ真似をしなければならかったのかという立証はできなかった。
 しかしながら、完全犯罪ということは、あり得ないのである。
 人間の行う概念的思考というのは、概念と概念を結び付けて行われることであるから、
 既存の概念を全知するということがあり得ない以上、謎は絶対に残るものなのである。
 その謎がひとつでもふたつでもあって、完全犯罪であるというならば、世界は完全犯罪のかたまりであると言っても過言ではない。
 事物としての整合性を成り立たせる、追加される概念さえ見つけ出すことができれば、
 一応の解決として見ることができることなのである。
 鵜里探偵は、形而上学的思考の偉大な成果をあらわしてきた偉大な先人たちの教えをそのように理解していたから、
 今回の難事件も、いつものように、いずれは解決がつくものであると思っていた。
 そう、いつものように、どのような難事件であろうと、それは、読者の鋭利な発想によって解決されるからだった。
 探偵推理の物語であるならば、どのような名探偵が登場しようと、
 読者こそは最高最大の探偵であるという俗説は、読後の感想として表現されて、これまでに立証されてきたことであるからだった。
 事件の迷宮に立たされた探偵へ、美しい読者は糸玉を投げて示唆してくれるのである。
 この場合も、本編の<女の芳香>の章において、
 小夜子夫人について書かれた<或るマゾヒストの身上書>なる文書の存在が示唆されたのである。
 では、それは、何処にあるのか、夫婦の寝室か、地下室か、黒塗りの大型車のなかか、大きなトランクのなかか……
 いや、いや、いや、すでにあらわされた概念として頭脳にあるのである、なければ、読み返すことで追加されるものである。
 そこで、明らかとなる驚くべき真実とは……。
 ここで、<礼節法の三位一体>から、来賓の読者の方とおとなしくご覧になっていては頂けませんでしょうかと言われて、
 おとなしく物語の経過を眺めていた作者・冴内谷津雄の出番となる次第である、本編の作者であるのだから、当然である……。
 では、主人公・小夜子は、屋敷の地下室から何処へ連れ去られたのであるか。
 それは、<上昇と下降の館>と呼ばれる淫猥極まりない場所だった。
 名称こそ同じであったが、M.C.エッシャーが眼の前へ描いて見せたような荘重な造りの洋館などではなく、
 東京の下町、大東亜戦争で米軍の大空襲からまぬがれたため、区画整理が行き届かずに路地が猥雑と入り組んだ奥の奥、
 余り奥へ行き過ぎると隅田川へ落っこちてしまうというような風情のある地域に、
 門構えとめぐらされた高い塀はお金持ちの屋敷のように大層であったが、古色蒼然とした日本式造りの連れ込み旅館であった。


 「は、は、は、は、は……
  小夜子夫人、まんまと騙されたわね。
  <民族の予定調和>! 
  そのような新興似非宗教まがいの成就なんか、あるわけないじゃないの!
  そのような新興似非宗教があったとしても、多額のお布施を貢がされ、言いなりに操られ、ぼろぼろにされることじゃないかしら。
  そのようなことも、あなたは、考えられないの、初心ねえ。
  生まれたままの全裸を縄で縛り上げられた女性がその表象となるですって!
  荒唐無稽も大概にしろということだわ、そのようなことが信じられるなんて、そのひとの頭が荒唐無稽ということよ!
  小夜子夫人、あなたの頭は荒唐無稽ということよ!
  あなたは、まんまと騙されたのよ、いま、そのことに、初めて面と向かわされているというわけ!」
 般若の面を被って顔を隠した女は、笑い声を上げながら、そのように言い放つのだった。
 古色蒼然とした日本間造りの大広間の中央へ、生まれたままの全裸を麻縄で後ろ手に縛られ胸縄を掛けられ、
 純潔をあらわす花嫁の純白のヴェールを被せられた小夜子は、横座りにさせた姿態をさらに緊張させられるのだった。
 「そこにそうして、あなたが全裸を縄で縛り上げられた姿……
  それは、ただ、女が羞恥と屈辱と被虐を思い知らされているという姿だけじゃない!
  <愚か者には、賢い者が見えるその同じ木が見えない>ということよ!
  あなたは愚かだったから、被虐の全裸緊縛をとんでもない別物と見ていたのよ!
  だけど、子供だって、そのようなありさまは、見ればわかるんじゃないかしら……
  お人好しねえ、あなたって!」
 小夜子の背後に立つ、もうひとりの般若の面を被って顔を隠した女が、相手の顔立ちをのぞき込むようにして言うのだった。
 その仮面の形相の恐ろしさは、まともに見ていられないものであったから、被虐とされた女は、顔をそむけずにはいられなかった。
 「だめよ! 顔をそらしたら、だめ! 
  あなたは、しっかりとあなたと向き合わなきゃ、だめなの!」
 さらにもうひとりいた、般若の面を被って顔を隠した女が小夜子の品のよい形をした顎を捉えると、
 無理やりその美しい顔立ちを上げさせて言うのだった。
 般若の女は都合三人いたわけだが、そのいずれもが生まれたままの全裸の姿、そのままをさらけ出していた。
 小夜子は、眼を見張らせるくらいの優美な姿態であったが、それに負けないくらいの三様の個性的な美しさの裸体であった。
 <女性の全裸の匂い立つような色香は人類の普遍事項である>と言われていることならば、
 それは不変事項であると言っても過言ではないことだった。
 喩えるなら、戦闘の真っ最中に、七人の全裸女性があらわれただけで、即時停戦になるというほどの輝きの美しさであるからだ、
 そして、その美麗は品性を持ってこそ高められるというのは、これまた、人類の普遍事項であり、不変事項ではないだろうか。
 この場合も、全裸女性は四人もいたわけであるから、このように物語が少々中断されることくらい、何ら不思議はなかった。
 しかし、民族の戦争状態よりも、ポルノグラフィの猥褻な物語の方が人類的価値があるものかどうかはともかくとして、
 それを行っている主体者が男性であるという共通点においては、戦闘再開、物語再開というからには、
 それだけの中身のある結果が示されなければ、今後は、男性ではなく女性が事に当たれと言われても仕方のないことであろう。
 「いいこと、あなたは、綺麗な衣装を着せられた見目麗しい女ではないのよ!
  恥ずかしい生まれたままの全裸を、屈辱的な縄で緊縛され、被虐を見せしめられているありさまにあるだけなのよ!
  見目麗しい縄化粧があるですって! 冗談じゃないわ! 
  そのようなこと、近視と遠視と乱視と老眼と色盲をごっちゃにして、眺めているだけのことじゃない!
  恥ずかしく、情けなく、浅ましく、いたたまれないという事実があるだけよ!
  あなたは、その事実と向き合わなければならないということ!
  あなたを騙して、ついに、この連れ込み旅館にまで連れてこさせた……
  それがあの方のお望みであるからよ!」
 相手からの激しい一方的な物言いに、小夜子は、驚きと戸惑いと不安と恐れをまぜこぜにされて、
 なよやかな白い肩先を震わせて耐えるばかりであったが……
 その騙されたということが、どうしても納得がいかなかった。
 「……騙された、騙されたと何度も言われますけれど、私は、本当に騙されたのですか? 
  私を騙してここへ連れてこさせたそのお方というのは、いったい、どなたでいらっしゃるのですか?
  教えてください……」
 小夜子は、もたげさせられた顔立ちのまま、怯えたまなざしを投げかけながら、震える声音で尋ねるのだった。 
 「は、は、は、は、は……
  まだ、わからないの……あなたって、意外と頭が悪いわねえ……
  そのようなこと、決まっているじゃない! 
  あなたが最初からお会いしたいと求めた<あの方・ご主人様>でしょう!
  あなたのお望みがようやくかなえられるということじゃない!
  だから、言ったでしょう! あなた自身と向き合いなさいって!
  あなたの自分探しの彷徨と言ったって、思考の整合性を求めて自己撞着や自己矛盾を避ける余り、
  自分のなかに見つけ出すことをことさら紆余曲折させて、みずからがみずからに謎を投げかけて、
  表現しているということに過ぎないのじゃなくて!
  あなた自身ともっと素直に向き合いなさいってことよ! 
  そうすれば、性のオーガズムがあらわす整合性は、聖なる官能でさえあるということがわかるはずだわ!
  その純白のヴェールを被せられた花嫁の格好を見れば、わかることでしょう!
  あなたは、お望み通り、<あの方・ご主人様>に捧げられる花嫁になることができるということよ!
  女が望み通りの方と結ばれる、その方に抱かれて聖なる官能の法悦にまで至らせられる……
  これ以上の幸せが何処にあると言うの!
  もちろん、それには、あなたも花嫁としての資格があることをあらわさなければならないわね、
  <あの方・ご主人様>は、あなたがそのままでいることでは、満足なされないの、
  あなたが<あの方・ご主人様>を信仰し崇拝し畏怖の念を持って感じることのできる身体に仕立てられていないとね!
  私たちがあなたをそのような身体に作り変えてあげるということよ!
  いいこと、ここはね、<上昇と下降の館>と呼ばれる淫猥極まりない宿泊所!
  ここへ連れてこられた女は、それぞれの性の目的のために調教されて、それぞれの性の目的のための供物とされるの!
  ここから出て行くということは、晴れて性の生贄として作り変えられた女であるというあかしを示せる者だけなのよ!
  権田孫兵衛という偉大な加虐・被虐の縄調教師が管理している人類の永久不滅の連れ込み旅館ということよ!
  これで、わかったかしら? 難しいことなど、何もないわね。
  あなたの本心は、あなたの<或るマゾヒストの身上書>に嘘偽りなくあらわされていることだから、
  これが、折り合いを付ける、辻褄を合わせる、収拾を付ける、整合性を成すということの当然の結果ではないかしら!
  あなたは、打楽器だけのハーモニーもカデンツも希薄な楽曲ではなく、
  大管弦楽団のユニゾンによる交響的なフィナーレをポリフォニーの結婚行進曲として聴く感動が味わえるということよ!
  素晴らしいことじゃない!!」
 小夜子は、決め付けられていくようにされる身上に、思わず目頭に熱いものが込み上げてきて、涙を浮かばせるのだった。
 だが、泣いて見せたところで、般若の恐ろしい形相をした女たちに理解してもらえることとは、到底思えなかった。
 彼女は、泣きじゃくること、いや、むせび泣くことさえしまいと懸命に耐えようとするのだった。
 「そうだわ……
  あなたを調教する前に、いいものを見せて上げるから……
  こちらへいらっしゃい……」
 小夜子は、三人掛りで畳の上へ無理やり立たせられると、
 引きずられるようして、隣の間がある襖の前まで運ばれるのだった。
 満開の桜が咲きこぼれる大樹の描かれた壮麗な襖がおもむろに両開きにされた。
 小夜子は、そこにあるありさまを見させられて、思わず、ああっ、と声を上げずにはいられなかった。
 生まれたままの全裸を麻縄で後ろ手に縛られ胸縄を掛けられた明美が、 
 艶めかしい朱色の夜具の上で、その乳色の光沢をあらわす優美な身体を跪かせられ前屈みに折り曲げさせられた格好で、
 美しい顔立ちの綺麗な唇を大きく開かされ、その前へ横たわった全裸姿でいる、
 筋骨たくましく浅黒く精悍な若々しい風采の岩手伊作の激しく反り上がった陰茎を頬張らされているのだった。
 その口中の愛撫が思いの込められたものとなるように、跪かせられて突き立てられた艶美な尻の方からは、
 同じく全裸姿の筋肉隆々とした無骨な顔付きの相棒が太くて長い陰茎を女の花びらの奥深くへ含み込ませて、
 前後へゆっくりとうごめかせながら官能を掻き立て煽り立て、余計な思いなど抱かせることのないように
 相手のふっくらとした乳房を揉みしごきながら夢中にさせているのであった。
 襖が開かれてのぞかれていることなど、まったく意識にないというように、三人は愛欲に浸り切っているのだった。
 ポルノグラフィを見なれている眼には、余りにも常識的な場面であったに違いないことだったが、
 夫と行う交接以外に未経験であった小夜子には、上下の胸縄で突き出させられている胸が、
 さらに飛び出してしまうのではないか、と思えるくらいの激しい動揺を感じさせられたことだった。
 「あなたのご存知の方でしょう……
  どう? 見た通りのままがあるだけじゃないかしら、それだけのことね!
  見ているだけじゃつまらないと思えば、自分も行うことに越したことはないということね、相手さえあればだけど!
  そんなこと、誰もが、当たり前にわかっていることじゃないかしら!
  この<上昇と下降の館>で行われていることには、特別なことは何もないのよ!
  当たり前すぎるということでは、異常性愛を求めている方には、満足できない連れ込み旅館かもね!
  は、は、は、は、は………
  あの女性だって、ひとりの男性では満足できず、あのようにふたりの男性からされることが望みだったのよ!
  しかも、マゾだと自分を思っているから、全裸を緊縛されて行われないと燃えないというわけね!
  その性癖を高めるために、こうして調教されているということよ!
  ふたりの男性に入れ替わり立ち代り、前と後ろから交互に責められ続け、
  オーガズムの喜びを体得するまで何度も何度も到達させられていくわけね!
  そして、素晴らしい供物となって、彼女を求める、さらに素晴らしい方へ捧げられるのだわ!
  さあ、いつまで眺めていてもきりがない……
  次をご覧に入れるわね……」
 小夜子は、緊縛されて張り出したなよやかな両肩をぶるぶると震わせながら、
 茫然となって見つめ続けずにはいられないありさまであったが、言葉を結ぼうにも、
 眼の前の行為から吐き出される悩ましく淫靡なうめき声の高まりに圧倒されて、ほつれてしまうばかりであった。
 両開きにされた桜の襖がもとのように閉められると、
 その反対側にある襖の方へ、小夜子の身体は運ばれていくのだった。
 満開となった紅葉が見事に咲き散る大樹の描かれた華麗な襖であった。
 それが双方へ開かれた瞬間、小夜子は、きゃあ〜、と悲鳴を上げて、思わず後ずさりした。
 だが、般若の女たちにまとわりつかれていた緊縛の裸身は、身動きを許されなかった。
 <作者・冴内谷津雄の女房であるか、或いは、みずからをあてはめる想像力をお持ちの女性読者であるあなたか、
 或いは、みずからを女性と仮想できる男性の読者の方がおられれば、七人目こそはあなたということになる>と表現された、
 七人目の女性がそこにいたのである。
 美しく艶やかな黒髪、
 なよやかで品性のある綺麗な顔立ちは黒目がちな瞳に紅をさした小さな口もと、
 ほっそりとしたあでやかな首筋はなで肩のたおやかさに流れ、
 細い両腕の華奢な手首をした小さな両手にまで及んでいる、
 首もとの貞淑さはなめらかな白磁のような背筋の純潔さとあいまって、
 ふっくらと綺麗な形に盛り上がったふたつの乳房を、品のよい乳暈に瑞々しさを漂わせる愛らしい乳首をつけて際立たせる、
 胸から腰付きへかけての匂い立つような優美な曲線、
 爪先までしなやかな美しさをかもし出させながら伸びている両脚と可憐な足、
 そして、女であることの誇りと栄光をあらわす、あだっぽく神秘を漂わせる亀裂に割られた尻の艶めかしさ、
 乳色の柔和な太腿の付け根に夢見るような漆黒の幻を浮かばせ、
 ふっくらとした艶麗な靄の奥深くにある妖美の割れめの生気が撒き散らされている、
 まさに女性の全裸の匂い立つような色香、
 秀美である日本女性の生まれたままの全裸姿であった。
 麻縄でがっちりと後ろ手に縛られ胸縄を施されていたことは、小夜子の姿態とも、明美の姿態とも同様だった、
 同じでなかったのは、非情な背を尖らせた拷問道具の三角木馬へ跨がされていたことだった。
 漆黒の柔らかな繊毛を掻き分けて激しく割れめ深くへと食い込まされた木馬の鋭利な三角の背へ、
 どれほどの汗と涙と女の蜜をしたたり落させていようと、
 蒼白となった美しい顔立ちを空ろにさせている悲壮な表情は、
 ただ、拷問道具は拷問道具であるにすぎないということを立証しているだけのことだった。
 続けられる激烈な股間の責め苦を耐え忍んできたが、
 いまや、三角を挟んで双方へ力を失って垂れ下がった、しなやかで美麗な両脚のかすかに震えているさまは、
 天井から降りた縄で支えられている緊縛の上半身がもはや身悶えをしなかったありさまなだけに、
 蒼白く冷ややかに伝わってくる生気は悲惨そのものだった。
 どうして、このような残酷なことを!
 小夜子は、ついには、見つめ続けることができずに顔をそむけるのだったが、
 大きな両眼にあふれ出した涙は、上気させられている赤い頬をつたわって、畳の上へぽたぽたと流れ落ちるのだった。
 その様子を見ていた般若の女は、平然とした口調で言い放つのだった。
 「この方も、あなたのお知り合いでしょう、綺麗な方ね……
  でも、女も、どのように美しくたって、このようなありさまにされたのでは、ただ、悲惨、陰惨、淫猥、残酷と言うにすぎないわね!
  拷問は拷問にすぎないってことよね!
  でも、拷問なんだから、この女性が望もうが望むまいが、
  供物として作り変えられる女となるために、このようにされていることは、仕方がないということよね!
  そして、今度は、あなたの番ということよ!
  小夜子夫人!」
 身をもってわからせるというように、緊縛された女の艶めかしい雪白の尻がぴしゃりと平手打ちされるのだった。
 あっ、とうめき声をもらした小夜子だったが、俯かせていた顔立ちをおもむろに上げると、
 きっとなったまなざしで相手をにらみつけながら、叫ぶのだった。
 「ひどすぎます! むごすぎます!
  このようなことを平然としていられる、あなた方は、鬼! 鬼です!」
 「あ、は、は、は、は……笑わせるわねえ……
  あなたも、ようやく整合性の取れる、まともな頭になってきたようね!
  見ての通り、般若の顔付きをしているのだから、鬼と言われて当たり前だわ!
  二本の角を持ち、目と歯には鍍金がはめられた、憤怒・嫉妬・苦悩の情をあらわす鬼女の面……
  でも、ひとが真実の生に目覚めたときにあらわれる、世界の究極的真理を知る根源的叡智という意味もあるのだから、
  まんざら、嫌われるだけのものではないということよね!
  小夜子夫人、あなたには、鬼女に見えるというだけだわ!
  さあ、至らぬ考え休むに似たりよ! 答えの出ない謎で遊んでいる暇はないのよ!
  ぐずぐずしていないで、さっさとこっちへ来るのよ!」
 小夜子は、三人の般若に縄尻を取られて引き立てられ、日本間造りの大広間から出させられるのだった。
 それから、長い廊下を歩かされていった。
 やがて、下へ降りる階段を進まされ、地下の廊下のどん詰まりにある頑丈な扉の前までたどり着かされるのだった。
 般若のひとりは、手にしていた鍵束で、勝手を知っているように、見合う鍵をぴたりと差し込んだ。
 「さあ、小夜子夫人、入りなさい!」
 そう言い放つと、相手の白くなめらかな背中を押し出すようにして、なかへ入れるのだった。
 部屋のなかは、真っ暗だった。
 なかへ入った途端、重々しく閉められた扉は、光をまったく遮断しているのだった。
 小夜子は、進もうにも戻ろうにも、おぼつかない立場を意識させられたが、
 一方では、むっとしたひといきれがあるのが感じられるのだった。
 どのくらいの人数であるかはわからなかったが、かなりの人の数がその場所にいるのだと思えた。
 その大勢の人々が固唾を飲んで自分の方を見つめているのではないか、と思った瞬間だった。
 さらに、眼を暗まされるような強烈な光が小夜子に当てられていた。
 女は、登場をあらわした立役者のように、スポットライトに浮かび上がらせられているのだった。
 余りの驚愕に、小夜子は、ただ、立ち尽くしているばかりだったが、
 般若たちは、縄尻を無理やり引っ張って、緊縛の裸身を強引に前へと進ませるのだった。
 怯え震える美しい生贄は、縄の縛めだけをまとわされた恥辱の虜囚というありさまを、あからさまにされている姿だった。
 「さっさと、歩くのよ! 
  あなたの花嫁のお披露目をご覧にいれるのでしょう!
  ぐずぐずするんじゃないの!」
 般若の女たちに、肩や背中や腰のあたりを小突かれて、小夜子は、思わずよろけそうになったが、
 いやっ、という叫び声を上げることもなく、抵抗する素振りも見せず、行われていくことを懸命に耐えているのであった。
 小突かれて引き立てられて行かれながら、緊縛の女の裸身は、広い部屋の中央まで向かわされていった。
 そこには、強烈な光を浴びて浮かび上がった、真鍮製の大きなベッドが置かれていた。
 客席は、そのベッドをぐるりと取り囲んで、環を描くような具合に配置されているのだった。
 小夜子は、ベッドの上へ緊縛された裸身を押し上げられて立たせられると、
 花嫁の純白のヴェールが邪魔にならないようにたくし上げられ、
 その美貌と優美な全裸がはっきりとわかるように、顔立ちをもたげさせられ背筋を伸ばすようにされた。
 それから、環を描くようにゆっくりと回転させられて、観客からもれる感嘆の溜め息を誘わされるのだった。
 大勢の人々が自分のありさまにじっと注目していることを思うと、羞恥・屈辱・不安・恐怖・被虐……
 心理的に打ち負かされてしまうような思いが高まる波の繰り返しのように襲って来た…… 
 それでも、恥ずかしい箇所をあらわとされている緊縛の全裸をがたがたと震わせながらも、耐え続けていた……
 その毅然とさえ見えるほどの顔立ちは美しかった。
 だが、優れて美しければ、それだけ恥辱にまみれる激烈があるところに、特有の美が生ずるものであると感じさせることであった。
 この場所では、そのように理解されていることだったのだ。
 どのように美しく高貴な生贄であろうと、生贄は虐待される生贄でしかないものだった。
 「この女性は、思い上がりもはなはだしく、みずからは<民族の予定調和>の表象であると思ったのです。
  <民族の予定調和>の表象、これは、人間を超越する存在、民族を導く神にしか許されないありようです。
  人間の女性は、優れた人間の女性である以上のことは、決してないのです。
  けれど、このような愚かな女性でも、
  崇高で広大で慈悲深く寛容な<あの方・ご主人様>は、花嫁にされると申されました。
  ですから、この女性も、人間の女性であることの自覚を身にしみて感じることをしなければなりません。
  それであって初めて、慎ましく愛らしい花嫁として、捧げられることのできる自身となることができるのです。
  その作り変えられるありようを、証人として、皆様に見届けて頂きたく存じます。
  この女性は、<或るマゾヒストの身上書>というみずからを告白したなかで、
  <加虐と被虐を通して女性同士の愛欲を行うことを、
  法悦の高みにまで上昇させてくれるこの世で最も崇高な愛と肉体の行為である>としています。
  従って、みずからの望むその通りの女となることで、
  供物に生まれ変わることが最上のありようと言えることでしょう!!」
 小夜子は、そのような宣言を大勢の人々に向かって声高に叫ばれて、
 咽喉もとまでこみ上がって来て締めつけられる不安と恐怖を感じないではいられなかった。
 加虐と被虐を通して女性同士の愛欲を行うことがこの世で最も崇高な愛と肉体の行為!
 嘘だわ、嘘です……
 そのようなこと……想像を絶することだった……
 いったい、私は……いったい、私は、どうされるというの……
 ああ、ああ……このようなこと、このようなこと……いやっ、いやっ、いやっ! 
 私は、立派な男性の夫のある身です、夫と普通の結び付きで満足の得られる女です!
 そのようなこと、やめにして!
 口に出して、大声でそう叫びたかった……
 身を振り解いて、その場から逃げ出したかった……
 だが、できなかった……
 三人の般若の女たちにまとわりつかれ、濃紺のシーツの上へ、縄で緊縛された裸身を仰臥させられていくのであった。
 両足首を左右からつかまれ、ずるずると割り開かれていくようなことをされても……
 これ見よがしに大胆に女の羞恥の中心をさらけ出すような姿態にされていっても……
 されるがままになっているだけだったのだ。
 どうして? 
 このように、被虐の身に晒されることが望むことだから? 
 そうして、加虐されることが求めていることだから?
 そうだから?
 いや、違う……私は、正常な女……誰とも変わらない普通の女です!
 だが、それは頭で理解されているだけで、音声にはまったくならなかったのだった。
 はっきりしていたことは、小さな円形劇場のように造られた部屋の中央にある大きなベッドの上で、
 縄で緊縛された全裸を晒しているばかりか、大きく割り開いた両脚の足首を左右のベッドの支柱へ繋がれて、
 初々しい花嫁の純白のヴェールを被せられた自分が生贄のように横たわっているありさまがある、ということだった、
 逃れようのない自分をさらけ出されているということだった。
 「ふ、ふ、ふ、ふ……それにしても、綺麗な身体をしているわね……
  顔立ちばかりではないのね、小夜子夫人は……」
 般若のひとりが含み笑いをもらしながら、声高々に言った。
 「でも、どのように美しい顔立ちや身体付きをしているからといって、
  全裸を縄で縛り上げられて、女の羞恥をすべてさらけ出されてしまうようなあられもない格好にさせられては、
  美しさも羞恥と恥辱の陰に隠れて、女としては、ただ、情けなく浅ましいというだけだわね。
  でも、この奥様、このような格好にされるのが好きで好きでたまらないと言うのだから、
  ひとは見かけによらないものだわね……」
 もうひとりの般若が横たわる女の緊縛された全裸をしげしげと眺めまわしながら、声高々に付け加えるのだった。
 「崇高なお方の花嫁に捧げられるよりは、
  その道の好き者を相手にする商売女の方が向いているかもしれないってことね。
  花嫁は身に余りすぎることなのかも……
  は、は、は、は、は……」
 残る般若は、相手の清楚な顔立ちとあからさまな股間の箇所を見比べて、結論付けたように笑いこけるのだった。
 濃紺のシーツの上に強烈な光で浮かび上がらせられた雪白の柔肌は、蒼穹のもとに輝く白銀の光沢をあらわし、
 上下からの胸縄に締め上げられ突き出すようにされた、ふたつのふっくらとした乳房の美しい隆起を、
 その先端へのぞかせる柔和な環を描く乳暈と愛らしい乳首の桃色の瑞々しさをもって際立たせていた。
 腰付きの優美さは、女らしさという言葉そのものに、艶めかしく蠱惑的な曲線を描いて両脚の方へ流れていたが、
 左右へこれでもかというくらいに大きく割り開かされたしなやかで美麗な両脚は、
 柔弱で仇っぽい太腿の付け根にある、悩ましい色香を陰翳の靄で浮き上がらせた小丘をあらわとさせているのだった。
 その小丘のふもとには、生々しく裂けている濃密な女の割れめがこれ見よがしの淫猥さでのぞいていた。
 男性の官能をたまらなく疼かせる扇情的な芳香の漂うありさまであったことには違いないが、
 般若の女たちにも、食い入るように眺めさせる魅力あるものであったことは確かだった。
 小夜子は、三人の女の視線、さらには、まわりを取り囲む大勢の視線がその箇所へ集中することを意識させられて、
 羞恥と屈辱で真っ赤に上気させられた美しい顔立ちを横に伏せると、
 大きな両眼を閉じ合わせた目尻から涙のしずくを落すばかりだった。
 「美しいけれど淫猥であるものは、いつまで眺め続けていても飽きがこないということね……
  けれど、眺められているだけでは、奥様の方が納得しないわね……
  早く虐めて欲しいと、麗しく繊細な恥毛が待ち切れずに震えているのが見て取れるもの……」
 仰臥させられている緊縛の裸身の右手へ腰掛けた般若はそう言いながら、
 相手の顔立ちを無理やり上へ向けさせると、綺麗な形の唇へほっそりとした指先を触れていった。
 小夜子は、肩先を震わせてびくっとなったが、眼を閉じ合わせたまま、されるがままになっているばかりだった。
 「ふ、ふ、ふ、ふ……まったく、そうね。
  乳首だって、まだ触りもしないのに、頭で想像しているだけで、こんなに立ってしまっているのよ。
  可愛らしいわ……」
 左手へ腰掛けた般若がほっそりとした指先を乳房の乳暈へそっと触れさせながら答えているのだった。
 小夜子は、その感触に思わず薄目を開いたが、じっとなったままだった。
 「いえ、いえ、いえ……見てご覧なさいよ……
  奥様は、私たちが何をのろくさしているのとお叱りだわ、女の花びらをもうこんなにも開かせて怒っているわよ……
  それにしても、形の整った綺麗な色艶をしていること……
  まさか、人妻でありながら処女ということではないでしょうに……
  でも、女性しか愛せないのなら、旦那様のものは入れさせて上げなかったのかも……
  は、は、は、は、は……」
 左右へ割り開かされた両脚の間へ陣取った般若がほっそりとした指先を柔和な太腿へつたわらせながら喋っていた。
 その指先が付け根の方へ徐々に触れて行ったときだった。
 小夜子は、突然、大きな両眼を見開いて、下半身をぶるっと震わせながら、避けようという身悶えをするのだった。
 「やっ、やめてください!」
 触れられていた唇からも、撫でられていた乳暈からも逃れようとするように、
 花嫁のヴェールが揺れるくらいに顔立ちを左右へ振り、全身をうねらせて嫌悪をあらわとさせるのだった。
 しかし、うごめかせうねらせる裸身は、かえって両脚を開かせる格好とさせていき、
 漆黒の夢幻を漂わせる靄の奥にのぞかせていた箇所を一層くっきりと浮かび上がらせるようにさせていった。
 「は、は、は、は……
  奥様、駄々をこねて見せるところなんか、可愛らしいわね。
  まるで、本当に嫌がっているみたいよ。
  でも、女性から虐められて喜びがあるというのは、奥様が十二歳のときに経験したトラウマなんでしょう!
  幼少時の体験は一生ものだと言うじゃない、家宝みたいものよ……
  みずからの本性である性癖には、素直になった方がよいのじゃなくて!」
 般若の女の指先は、激しい言葉とは裏腹に、相手をなだめすかせるように優しく柔らかく漆黒の和毛へ触れていき、
 思いを込めて梳くような丁寧な仕草で愛撫を始めるのだった。
 「ああっ、いやっ! いやっ! いやっ! やめてっ!」
 小夜子は、あらがう言葉を懸命に口にしようとした。
 だが、今度は、縄の緊縛で突き出すようにされたふたつの乳房へ相手の指先が触れられ、
 乳首をゆっくりと揉みしごかれるような愛撫を始められるのだった。
 「やめて、やめてっ! やめてっ!」
 小夜子は、こみ上げさせられる官能を嫌悪するかのように、悲鳴を上げるのだった。
 「いやっ、いやっ、いやっ!」
 女の割れめを覆い隠す恥毛と愛らしい乳首を撫でまわす般若たちには、
 嫌悪と狼狽と抵抗をあらわす相手の反応がむしろ面白おかしいことのように、
 笑い声を上げながら、和毛を掻き分けて指先をもぐらせたり、乳首をつまんで引っ張るような戯れさえ始めさせているのだった。
 「ああっ、いやっ、いやっ、いやっ!」
 美麗な両脚を大胆に開かされ緊縛された優美な裸身を懸命に悶えさせて、淫靡な愛撫から逃れようとする小夜子だったが、
 花嫁のヴェールが乱れるくらいに顔立ちを振ることがせいぜいであって、四肢の方は大して甲斐のない仕草だった。
 それでも、何も行わないでいれば、次第に熱心になってくる愛撫を真に受けることをさせられるだけだった。
 ただでさえ、生まれたままの全裸を縄で緊縛されて上気させられていた身体だった。
 愛撫をされることは、ほんの少し燃え上がった官能を一気に煽り立てられるようなものであって、
 疼いているものは掻いてもらいたいと望むことであるならば、そうして掻き立てられていることは、望むことと思えて当然だったのだ。
 だが、女性の手で成されていることだった。
 女が女の最も恥ずかしい箇所を女の愛撫によって弄ばれていることだった。
 ああっ〜、いやっ、そんなことは、いやっ!
 女というのは、どのようにされたら一番感じるものであるかを心得た指使いであったのだ。
 おぞましいと強く感じさせるものでありながら、悩ましいほどの甘美な感触を激しく伝えてくるものだったのだ。
 このまま行ったら、この女性たちのされるがままに手のうちへ落されてしまうという、不安と恐怖さえ感じさせるものだった。
 だが、戦慄を覚えさせられる思いから、懸命に身悶えを求めようとするのだったが、まるでかなわないことだった。
 掻き立てられていく甘美な疼きの感触が抵抗する力を脆弱なものとさせていくばかりだったのだ。
 とても、嫌なことだった……とても、哀しいことだった……とても、悔しいことだった……
 だが、あらがう言葉を口にしたところで、相手をけしかけるだけに終わることは知れていた……
 たまらなく、空しいことだった……
 だが、その空しい思いがたまらなく気持ちのよい官能の疼きを如実とさせているのだった。
 「あ〜あ、あ〜あ」
 小夜子の半開きになったままの美しい唇からは、次第に、言葉にならない声音がか弱くもらされるようになっていた。
 花嫁のヴェールを頬へかけたまま、顔立ちも上気させられていくままに動かなくなってしまった。
 右手にいる般若が純白のヴェールを開いて顔立ちを正面に向かってあらわにさせ、
 ほっそりとした指先を唇へ柔らかく触れていっても、されるがままになっているだけだったのだ。
 生まれたままの全裸を縄で緊縛された女は生贄を観念したのだ、と見つめている者に感じさせた落ち着きだった。
 そこで、三人の般若は、勢いを得たように、調子を合わせながら、ゆっくりと念入りな指先の愛撫を始めるのだった。
 それが女が女を愛するというように思いの込められた愛撫であったことは、
 唇を起伏にそって執拗に撫でられ、乳暈と乳首を揉み上げられ、掻き分けられた陰毛にのぞく割れめを責め立てられていると、
 小夜子の思いのなかに、もどかしさの快感が強烈に突き上がってきたことで明らかとなった。
 自分を絶対にそのままにしておくことをさせない……
 自分を否応でも貫いて導こうとする……
 強烈なもどかしさの快感……
 小夜子が官能にほだされて潤み始めたまなざしを投げかけると、
 恐ろしい般若の形相をした女たちは、それぞれの場所からこちらを向いて、納得したようにしきりとうなずいて見せるのだった。
 どうして、あなたたちにわかるの?
 いや、そうじゃない、私の肉体があなたたちの愛撫によって見事に反応を見せているから……
 あなたたちは、私に期待しているのだわ……
 女から肉体を翻弄され、女としての愛欲に目覚め、女によって奪われる処女を喪失するありさまをあらわすことを……
 そう……もう、私には、それしかないのかも……
 生贄として差し出された女になるしかないのかも……
 それとも、生贄とされたから女になるしかないのか……
 どちらも同じことだわ……
 私には、戻れない道であることにおいては……
 私には、進むしかない道であることにおいては……
 小夜子は、むずかるように裸身を震わせると、
 女性たちの愛撫で高ぶらされる官能と向き合っていくほかないと心を決めるのだった。
 般若の細い指先がふっくらと盛り上がった漆黒の靄のあたりから、割れめをなぞるようにしながら下へと降りて来た。
 二本の指先を割れめの左右へ押し当てられ、こじ開けられるようにして開かれると、可愛らしい敏感な小突起が顔をのぞかせた。
 愛らしい真珠の小粒の先端をもう片方の指先がこねりまわすような仕方で愛撫を始める。
 「うっ〜う」
 たちまちにして、小夜子は、しなやかな両脚を突っ張らせ、のけぞるように下半身を硬直させたが、
 忍び込んだ般若の指先が舌先へ絡められた口では、くぐもったうめき声しかもらすことができないのだった。
 女の敏感な小突起は、こねられ、つままれ、引っ張ったりされて、立っているのがわかるほどのありさまにさせられていったが、
 それと同様のことは、乳房の先端のふたつの乳首へも行われ、恥ずかしいくらいのしこりとしてあらわされていくのだった。
 残るは舌先だったが、これも、柔らかな先端を絡められた指先で甘く撫でまわされて、尖らせられていくのだった。
 尖って立ち上がっているのは、鋭敏な感触を示していることのあらわれであるから、
 三箇所を愛でるような執拗さで愛撫し続けられると、それぞれから疼かされる快感は次第にねじり撚り合わされたものとなって、
 全身を震わせて貫かれるその快感の突き上げに、小夜子は、気が変になりそうなくらいの甘美な動揺を感じさせられるのだった。
 しなやかに艶めかしく伸びた両脚は、さらに突っ張らさって、美麗な白い太腿はぶるぶるとした震えさえ示し始めていた。
 もはや、いやだ、いやだと拒んだとしても、されるがままになって高ぶらされていくしかないことだった。
 ふっくらとさせた女の花びらからきらめく女の蜜をあふれ出させているありさまは、見つめる誰の眼にも明らかだったのだ。
 小夜子は、綺麗な両眼を半開きにさせて、官能の情感にほだされた焦点の定まらないまなざしを投げかけていた。
 このまま続けられて行けば、疼かされ、掻き立てられ、煽り立てられた官能は、行くところまで行き着くことは確かだった。
 股間の鋭敏さから突き上がって、乳首へとまとわりつき、舌先へ絡まってねじれ撚り合わされる激しい快感は、
 ぐるぐるとしためまいを感じさせる螺旋を描きながら、淫靡な雲の彼方にある喜びの極みの太陽へと上昇していくものだったのだ。
 女性の手で成されていることに嫌悪を感じる?
 何をいまさら……その女性の素敵な指先が成し遂げてくれていることじゃないの……
 悦楽の頂上へ押し上げてくれるというのであれば、そのようにしてくれる相手へ感謝さえすることじゃないの……
 女性によって成されること……むしろ,、それこそ、本望じゃないのかしら?
 どんどんと押し上げられていく喜びの思いは、あらゆることに対して寛容な心持ちとさせていくのだった。
 「ああっ〜う、ああっ〜う」
 小夜子は、快感に悩める陶酔のうめき声をもらし、やるせなく切なそうな鼻息をもらし始めた。
 薄眼がちに開いたまなざしは、深い陰翳のある情感をしっとりと漂わせたきらめきを帯びていた。
 愛らしい小突起と可憐な乳首と甘美な舌先を責め立てられる執拗な愛撫は、
 ついには、女の瞳から涙のしずくを落とさせるのだった。
 「馬鹿ねえ、泣くことはないじゃないの。
  女としての喜びを極めることでしょう?
  そうなんでしょう?」
 舌先を淫靡にいじくりまわす般若は、相手に同意を求めるように言うのだった。
 小夜子は、恐ろしい形相の仮面を見つめながら、小さくうなずいて見せるばかりだった。
 もう、どうされようと、喜びを極めることがありさえすれば、されるままでよかったのだ。
 「小夜子夫人……
  あなたは、やはり、女の私たちからこうされることが心底お好きなのよね!
  だって、そのように気持ちのよい表情をして見せるあなたは、最高に美しいのですもの!
  女からの加虐・被虐で責められる愛欲、あなたはそれが一番好きなんでしょう!
  それが本心であると言うのなら、はっきりとうなずいて認めなさいよ!」
 ふたつの乳房を双方の手で揉み上げては、乳首のしこりを執拗に撫でている般若が言い放ったが、
 突き上げられた快感に浮遊し始めた小夜子には、甘く切ないうめき声しかもらせないのだった。
 「そろそろ、行かせて欲しいと思っているのよ……
  女の花びらは、まだ何の刺激も加えていないというのに……
  奥様のあふれる思いをあらわすように、こんなにも生々しく開いて見せているわ!
  ひくひくしていて、きらめく蜜のよだれまで垂れ流して、凄いわよ、慎ましさなんて微塵もないというところね!
  きっと、太くて長いのを差し入れて欲しいのでしょうね……
  でも、残念なことね……あいにく、私たちは、男性の素晴らしい反り上がりを持っていないのですもの!
  ふっ、はっ、はっ、はっ、はっ……」
 愛らしい敏感な真珠の小粒を責め続けている般若は、吹き出すようにして笑うのだった。
 それにつられるように、残りのふたりも、般若の仮面を震わせて爆笑するのだった。
 しかし、その哄笑は、女の愛欲行為を眺め続ける観客の熱くただれた雰囲気のなかへ、すぐにも吸い込まれてしまうものだった。
 小夜子は、自分が揶揄されていることを感じていた……
 だが、嫌でも、惨めでも、哀しくも、悔しくもなかった……
 感じさせられている官能の喜びは、それらを遥かに上回る円満具足とした思いの方へ、ぐいぐいと引っ張っていくものだったのだ。
 「でも、奥様、安心して、素晴らしいものがあるから……
  これよ、男性の見事な反り上がりをかたどった似非陰茎……
  しかも、女性同士の愛欲専用に作られたすぐれもの……」
 小夜子の舌先を弄ぶ所作を片手にして、もう片方の手を枕の下へ入れて取り出されたのは、双頭の張形だった。
 不気味とさえ言える異様な造形を施された張形は、考案製作を江戸時代中期にまで遡るという、
 この旅館の管理者である権田孫兵衛家伝来の品であった。
 特徴はふたつの太くて長い木製の張形を縄を束ねて撚った太綱で繋いでいるという点にあり、
 その太綱によって腰と柔軟性が木製の一本よりも確保されていることにあった、現代的な合成ゴム製品に頼らず、
 先祖伝来の家宝の品を大切に維持しているところに、偉大な加虐・被虐の縄調教師としての面目があったことだった。
 「どう、素敵な形をしているでしょう、あなたの旦那様のものとひけを取らないのじゃなくて、それがふたつもあるのよ……
  この見事な作り、優秀な伝統美術工芸品とされて、文化財となってもおかしくないくらいのものだわ……
  それをあなたは利用できるのだから、名誉にさえ思ってもいいことなのだわ!」
 舌先の般若は、異様な造形をあらわした双頭の張形を小夜子の眼の前へかざして見せるが、
 官能に高ぶらされている女のまなざしは、見ているのか見ていないのか、わからない様子となっていた。
 不気味な似非男性自身は小突起の般若の方へ手渡されるのだった。
 愛らしい真珠を責め続ける愛撫は片方の手にして、もう片方の手で双頭の一方が握り締められると、
 襞が美しく折り重なって、艶美な花園と言われるにふさわしい女の花びらへ、その矛先はあてがわれるのだった。
 その感触に敏感な反応を示すように、小夜子の仇っぽく割れた艶めかしい尻は、ねだるように甘えて悶えるようなうねりを示した。
 般若の似非陰茎は、その太い矛先を包み込ませるようにぐっと押し入れられたが、ふくらみを見せてあふれ出していた女の蜜は、
 沈み込まされていくにつれて、どろっとしたきらめきをあらわしながら流れ落ち、難なく亀頭を包み隠していくのであった。
 それに伴って、小夜子のしなやかに伸びた優美な両脚は貫かれるような痙攣を示して、
 美しい顔立ちは、綺麗な眉根を辛そうに寄せさせ、激しい息遣いでもって、両頬を真っ赤に火照り上がらせた。
 「あ〜あ、あ〜あ、あ〜あ」
 官能に浮遊させられて上昇して行ってしまう、悩ましいくらいに甘美で艶麗な天女のものとも思えるような声音だった。
 乳房を揉み上げていた般若は、その様子を見て、あわてて言うのだった。
 天女という存在を信じている者しかわからないソノリティでは、まるで幻聴じゃない、
 もっと一般化している<妖精の妖艶な声音>とでも表現した方がわかりやすいのじゃないの!
 いや、いや、いや、そうではなかった……
 乳房の般若は、緊迫した事態を鋭く察知して叫んだのだった。 
 「だめよ、奥へ押し込んでは、だめ! だめ!
  そのままだと行ってしまう!
  行かせてしまうわ!!」
  緊急警報発令で、似非陰茎の矛先は、ただちに引き抜かれたのだった。
 「小夜子夫人は、感じやすい方なのよ!!
  そんなに簡単に行かせてしまったら、私たちが管理者から処罰されることよ!
  ああ、こんなに敏感な女性だとは思わなかった、危ないところだったわよ!
  この<女の絵姿>は、小夜子夫人の物語の最終章なのよ、
  ブルックナーやマーラーの交響曲のフィナーレのように少しくらい長くなるからと言って、
  内的告白の吐露が全人類的瞑想と希望を表現することであれば、
  三部形式のコーダさえうまくまとまれば、感動は生まれることよ、いや、性的法悦は生まれることよ……
  もう少し、アンダンテ、いや、アダージョで、じっくりとやらないと、だめよ!」
 どこまでが場内で見守る観衆を意識しての発言であるのか、いささか理解に苦しむことではあったが、
 いずれにしても、緊急事態回避を安堵する三人の般若であった。
 三人は、互いの恐怖の形相を見合わせてうなずくと、手先の愛撫の熱心さを抑制するようにするのだった。
 昇らされた天空の高みから、羽衣の裾を引っ張られて、突然、地上へと落下させられた思いの小夜子だった。
 もっとも、小夜子は生まれたままの全裸の姿にあったわけだから、衣などなかった、
 全裸を縛り上げられた縄尻を引っ張られて落下させられた、という表現の方がイメージを如実にしていることになるはずである。
 しかし、妖精ということになれば、どこを引っ張られて落されるのが適切なことなのか、日本人としては、わかりにくい問題である。
 ……そのようなこと、どうにでも勝手にして、落下の事実は変わらないのだから、とでも言うように、小夜子当人は、
 りんごは何故地面へ落下するのかを深く思い悩むような薄目がちのまなざしを恨みがましく相手へ向けると、
 もう、知らない、と言ってすねて見せるように、顔立ちを横へとそらせていくのであった。
 だって、そうでしょう、あとひと息というところまで来ていたのだわ……
 それを、意地悪するようなことをされて……
 身体は、ずるずると坂をすべり落ちるように、冷えていくばかりのことだわ……
 子供をあやすのではなくてよ、優しく撫でられるだけの愛撫では、もう感じないわよ、もっと激しくして欲しいのだわ……
 だが、相手に言い出せる言葉ではなかった。
 言ってしまえば、文字通り、女性からされる愛撫で燃え上がって思いを極めたいとみずから告白していることになる。
 あ〜あ、じっれったいわ、もどかしいわ、何とかして欲しい……
 だが、我慢の限度までを見透かされるように緩やかに行われる、唇と乳房と割れめへの優しい愛撫だった。
 小夜子は、さらに敏感な官能の持ち主であることを示すほかないことだったが、
 生まれたままの全裸を縄で緊縛されているという状況は、思いのほか容易にそれを成し遂げさせることであったのだ。
 後ろ手に縛られ、柔肌へ密着して感触させられている縄の拘束感は、肉体的刺激を持続させられているばかりではなく、
 被縛者の意識において、されるがままに陵辱される状態にあるという緊張の思いを持続させられていることであった。
 縄による全裸緊縛の意味においては、小夜子が特別に官能に敏感な女性であったから、あり得たことではなかった。
 女性であろうと、男性であろうと、生まれたままの全裸に縄を掛けられて緊縛された者であれば、普遍的に感じられることであった。
 ただ、普遍的には行われないことであって、その特殊事情をサディズムやマゾヒズムとして人間の属性とすることは、
 特殊事情を普遍化させているという誤謬を生じさせていることである。
 つまり、特殊事情にある病人だけを対象として得た症例を普遍的な病理として認めていることと同じである。
 思考するための概念的根拠にそのようなサディズム・マゾヒズムをおけば、
 加虐・被虐の表現の一切は、すべてそれにあてはまってしまうということになるのである。
 加虐・被虐の象徴である宗教的意味・イエス・キリストの受難が意義として成立するというだけのことになるのだ。
 つまり、サディズム・マゾヒズムの概念の伝播は、キリスト教の布教伝導と一緒と言うことになるのである。
 少なくとも、日本における縄による緊縛のありようは、このことを明白なものとして教えてくれるものである。
 日本における縄による緊縛の存在理由をいとも容易にサディズム・マゾヒズムと結び付けてしまった誤謬は、
 明治以来の文明開花として、富国強兵を目的とした西洋合理主義の過激な摂取がもたらしたひとつのお家事情と言えることである。
 対キリスト教を表現することができるほど、反宗教的となることのできる日本の独自性が表現されなかったと言うだけのことである。
 人類の最先端を行くとされる合理主義的科学思想に追従するだけでは、それこそが至るところのマゾヒズムになるということだ、
 と言いたくなるほど弛緩させられた小夜子の官能も、全裸を縄で緊縛されていれば、
 般若たちの緩やかに掻き立てる指先さえも鋭敏な刺激に変わるものであったのだ。
 やがて、小夜子の緊縛された優美な裸身は、悩めるようにうねりくねりし始めた。
 すべり落ちていく重力に抵抗しては、ふたたび、這い昇ろうとする健気な勢いを蘇らせるのだった。
 股間担当の般若のほっそりとした指先が花びらの奥の熱くただれて熟した果肉へ触れられていった。
 もぐり込まされ指は、べっとりとあふれ出させている女の蜜を掻き出すようなまさぐりを始めている。
 「う〜う、む〜む」
 鋭い疼きの感触を意識させられて、びくんとなる裸身であったが、唇の愛撫は舌先へ移っていったことで、言葉は封じられていた。
 高ぶらされる女は、言葉の代わりに、まさぐられる指先へとめどもない女の蜜をあふれ出させることで答えるのだった。
 それと歩調を合わせるように、乳房への愛撫も、乳首をこねり、揉み上げ、つまんだりを熱心に繰り返し始めている。
 「奥様、私たちが精を込めて行って上げているのだから……
  今度は、ちゃんと行くところまで行かなくてはだめよ……
  せっかく、素晴らしい男性を受け入れたのに、途中で拒んだりしては、ばちが当たるわよ!
  いいわね、わかったわね……
  では、もう一度、昇りつめさせてあげるから……」
 恐ろしい般若の形相は、そのように語ったのであるが、どうも話の辻褄が合っていないような気がした……
 だが、小夜子には、そのような真偽など、もう、どうでもよいことだった……
 快感にほだされた表情を浮かべながら、官能を揺さぶられて貪欲に潤んだまなざしをただ相手へ注ぐだけだった……
 それは、もう、勝手にしてちょうだい、という投げやりな気持ちをあらわしているようにも見えた……
 拒んだところで受け入れたところで、緊縛されている肉体も、舞い上げられている思いも、相手の所作次第のことだったのだ……
 こうして欲しい望みがありますからなどとは、ましてや言えないことで、状況が変化する現実が生まれるわけではなかった……
 いつまで続けられることであるか……わからなかったが……もう、どうにでもなれ、だったのだ……
 ついに、女の花びらの奥へ沈められた指先で煽り立てられる快感が太腿をぞくぞくとさせる甘美を伝えてきた。
 小夜子は、抑え切れないというように、緊縛の裸身を可能な限りにねじる姿態を繰り返し始めた。
 「如何かしら? 
  もっと太くて長いのを差し入れてもらいたい?
  すねた素振りなんかしていないで、はっきりと答えなさいよ!」
 相手に燃え上がらせられている肉体であったが、小夜子は、どうでもいいと言うような態度を示しているのだった。
 「いいわよ、きちんと答えられないのなら、入れてあげないわ!
  その代わり、泣いて欲しいと言うまで、責め続けられるだけよ!
  わかったかしら!」
 二本の指を挿入して花びらの奥をまさぐり続けていた般若は、きつい言葉でそう言うと、指をさらに奥深く差し入れるのだった。
 合わせて、立ち上がっている敏感な真珠をもう片方の指先で愛撫し始めた。
 「あ〜あっ、あ〜あっ、あ〜あっ」
 その突き上げられる激しい疼きの感触に、小夜子は、舌先の愛撫を振り解いて、顔立ちを右へ左へとのた打たせた。
 「あ〜ら、そんなに感じているの!
  では、このようなのは、どう感じるのかしら?」
 上下の胸縄で突き出すようにされた美しい乳房の上へ立ち上がったふたつの乳首へ爪が立てられていった。
 「ああっ、痛いっ! ううっ、うう〜う」
 小夜子は、花嫁のヴェールがくしゃくしゃに乱れるほど、顔立ちを右へ左へと波打たせた。
 もはや、舌先を捉えることは難しいと思った般若は、相手の下腹部の方へ移動すると、
 あふれ出させた女の蜜でぐしょぐしょになっている股間をまじまじと見やるのだった。
 「凄いわねえ、とめどもないわね……余程、気持ちがいいと見えるわね……
  さあ、ここのところは、まだだったかしら?
  如何かしら、可愛らしくすぼまっているほど、感じやすいのかしら?」
 すでに、二本の指が入っている女の羞恥の箇所であったから、
 ほっそりとした指先であろうと、菊門へ触れようとするには、白い尻の肉を左右へ大きく押し開かなければならなかった。
 「ああっ、いやっ、いやっ! やめて!」
 般若の指先は、菊門の皺を環を描くようになぞりながら、垂れ流されている女の蜜をなじませていくと、
 双頭の張形の片方をあてがって、少しずつとば口から沈めていくのだった。
 「ああんっ、ああんっ、だめ、だめ、だめっ!」
 小夜子は、しなやかで美麗な両脚を突っ張らさせて、悩ましいくらいのしたたりの光沢を帯びた太腿をぶるぶると震わせると、
 美しい唇を半開きにさせて、喘ぐようない息遣いで、高ぶらされる官能を必死になってこらえているという状態になっていた。
 さらに、双頭の張形のもう片方も、これ見よがしに開き切った花びらの方へあてがわれると、ぐいぐいと呑み込まされていくのだった。
 「ううっ〜ん、ううっ〜ん」
 太い蛇がくねりを示すように股間の上下へ含み込まされた似非陰茎は、うねりをあらわすような震えを帯びて突き立てられていた。
 「どのような気高い思想を奥様が抱いたとしても、
  このありさまでは、猥褻は猥褻、陰虐は陰虐、淫乱は淫乱に過ぎないってことがあらわされているだけだわ!
  思い上がった思想は、超越する<あの方・ご主人様>の下では、人間の愚かさを露呈しているだけに過ぎないってことよ!
  快感に夢中になってばかりいないで、このことをよく思い知りなさいよ!」
 小夜子は、左右へ開き切った優美な両脚をがたがたと震わせながら、大きな両眼を閉じて歯を食いしばり、
 緊縛された上半身を悶えさせながら、高ぶらされた官能のあかしを激しく尖った桃色の乳首と真っ赤な小突起であらわにしていたが、
 相手の言葉などは、もはや、まったく耳に入らないというありさまだった。
 般若たちは、股間の上下に突き立てられた似非陰茎を揃ってあとひと押しすれば行かせられる、と顔を見合わせた。
 そこで、三人は、小夜子の身体からおもむろに双頭の男性自身を引き抜くと、含み笑いをもらしながら離れていくのだった。
 小夜子の顔立ちは、燃え上がった官能で恍惚の火照りに漂わされているという表情を浮かべていたが、
 情感に潤んだまなざしだけは、きょとんとなって、何故という問い掛けをあらわしていた。
 般若たちは、その腑抜けた表情に腹を抱えて笑い声を上げた。
 「あ、は、は、は、は……
  ああ、おかしい、笑いすぎて、お腹が痛いわ!
  奥様、行きたかった? 今度こそ、行かせてもらえると思った?
  あ、は、は、は、は……
  この奥様、本当に行けると思っていたのよ、あ、は、は、は……」
 般若のひとりがそう言った。
 「は、は、は、は……
  馬鹿ねえ、あなたの思い通りに事が運ぶと思っているの?
  少しばかり綺麗で優美な姿態をしている女主人公だからといって、あなたが特別ということはないのよ!
  ひとは所有するその人生の主役を張れるということでは、誰にも変わりはないことだわ!
  世の中、そんなに甘いものじゃないってことよ!
  高ぶらされた官能だって同じこと!
  疼かされ、掻き立てられ、煽り立てられ、燃え上がらせられたら、オーガズムへ到達できる!
  そのように安直に考えられているから、これまで、その整合性の重要性がおろそかにされてきたことじゃない!
  性のオーガズムが重要なものであるという認識は、人間にしかできないことよ!
  ただ、それへ盲目的に追従しているだけのことなら、ほかの動物にだってできることよ!
  陰部を繋がり合って気持ちよさそうにしている動物のありさまを見たことがない?
  動物が性のオーガズムを感じられることは、犬だって、猫だって、馬だって、熊だって、ゴリラだって、一緒のこと……
  人間も、ほかの動物も、あらわすうっとりとした表情は、一緒のこと……
  でも、人間なら、人間としてやらねばならないことをやって、初めて人間としてのありようを始められるのじゃないかしら!
  小夜子夫人、あなたは、女性と呼ばれるには、まだ早いのかもね! 人間という認識の確かでないうちは!
  私たちは、それが身にしみてわかるようにしてやっているだけよ!
  <あの方・ご主人様>の下にあるあなたは、その自覚から出発することなしには、人間を行えないということよ!
  わかったかしら? 私たちを恨んだって、仕方のないことだわね!」
 般若のもうひとりがそう言った。
 「ふ、ふ、ふ、ふ、ふ……
  大丈夫よ、今度は行かさせてあげるから……
  このひとたち、きついことを言っているけれど、みんなあなたのためなのよ。
  これは、あなたが<あの方・ご主人様>へ捧げられる立派な供物となるための花嫁修行なのだから……
  あなたは、美しい花嫁になるの、誰からも羨ましがられる女になるのよ!
  さあ、今度こそ行くわよ、あなたも逃げないでよ!」
 般若のさらにもうひとりがそのように言うのだった。
 それから、女の花びらがぱっくりと開いて果肉の色艶を輝かせているあたりへ、
 双頭の似非陰茎の一方の矛先があてがわれるのだった。
 小夜子には、もう、わからなくなっていた。
 このような目にあわされている自分は何なのだ?
 このようなありさまを大勢のひとに眺められて、平然と晒しものとなっている自分は、いったい何なのだ?
 いまや、嫌悪も羞恥も屈辱も不安も恐怖も薄らいでいた……
 ただ、快感に上気させられている思いだけがあって、考えを取り結ぶ思いの入り込む余地が失われているのだった。
 入り込む場所があるとすれば、それは、もう、似非であっても、男性が欲しいという洞穴しかなかったのだ。
 押し込まれてくる固い陰茎の太い感触を意識させられると、今度こそは、という思いばかりが募らされるのだった。
 自分とは、ただ、この喜びを求めるものでしかなかったのだ……
 両脚を開かされた前へ陣取った般若のもたげる亀頭は、花びらを押し開き、ぐいぐいとなかへと押し込まれていったが、
 残るふたりの般若も左右へ分かれ、ふたつの乳房をそれぞれの愛撫の仕方で熱心に揉み上げ始めているのだった。
 入るにまかせて沈み込まされていく似非陰茎であったが、
 小夜子は、まなざしをしっかりと閉じて、その感触に思いのすべてを集中させるかのようになって、
 緊縛の裸身をじっとしたままにさせているのだった。
 「見てみなさいよ、最長不倒距離よ……
  よく身悶えひとつせずに受け入れたわね、立派よ」
 乳首をこねりまわすふたりの般若も、首を伸ばしてそのありさまを確認するのだった。
 「ふ、ふ、ふ、ふ、素敵だわ……」
 「ほ、ほ、ほ、ほ、可愛らしいわね……」
 花びらを大きくふくらませながら、しっかりと包み込んで奥まで呑み込まされた似非陰茎は、般若の手が離れていっても、
 まるで、高ぶらされている女の官能の熱い息吹を伝えるように、震えうごめいている生き物のようであった。
 「どうでしょう、奥様のあそこは、見事なくらいの収縮のよい吸引で、男性自身を可愛がっているのじゃなくて……
  どう、奥様、気持ちがいい? もっと激しく抜き差しされて、もっと気持ちよくなりたい?
  口がきけるのだから、返事くらいしてよ!」
 股間の般若は、小夜子の注意を向けさせるように、両手をぶらぶらさせては、ぱっと開くような仕草をして見せている。
 だが、小夜子は、艶麗な流し目をくれるまなざしで相手を見やるだけで、返事をしなかった。
 それは、女の意地として、かたくなに残している自尊心であることは、見ている者にも想像できることだった。
 「では、返事をしなければ、このままね。
  奥様の美しい乳房への愛撫だって、中断ね。
  もう、意地を張るようなことじゃないのは、奥様が一番わかっていることでしょう?
  そうじゃないの!」
 乳房を揉み上げていた般若のひとりが手を離してそのように言い添えるのだった。
 「素直になりなさいよ!
  女の私たちに行かせてもらいたいのなら……もっと気持ちよくなりたいのなら……
  気持ちよくしてください、と言えばいいことよ!
  そうすれば、あなたは、あなたの性癖と同一化できるのじゃなくて!
  十二歳のときのトラウマも、そうなれば、ライオンウマになるのじゃなくて!
  答えなければ……おねだりしなければ……ずっとそのままでいさせられるだけのことよ!
  素直になりなさいよ!」
 生まれたままの全裸を縄で後ろ手に縛られ胸縄を掛けられ、両脚を左右へ大きく割り開かされた姿態で仰臥させられ、
 女の羞恥の深淵をこれ見よがしにあからさまにされ、その深淵の奥深くへ張形を含み込まされたありさまをさらけ出され、
 大勢の熱気のこもったまなざしをひとりで引き受けさせられている小夜子であった。
 胸の張り裂けるようなくやしさ、消え入りたいような恥ずかしさ、女性たちの手で行われる愛欲のおぞましさ、
 いつまで続くのか終わりの知れない不安、自分はどうなってしまうのだろうという不明の恐怖、
 いや、どうしてこのようなありさまにあるのだろうかという不可解の狼狽、
 思えば思うほど、畳み掛けられてくるさまざまな思いがあったかもしれなかった……
 だが、疼かされ続けられる官能の快感の激しいもどかしさ……
 これ以上に切実としたことがあっただろうか……
 高ぶらされる官能を必死に耐えている現実……
 これ以上に切迫としたものがあっただろうか……
 女の意地として、かたくなに残している自尊心として……
 行き着きたいという思いとは裏腹に、忍耐するということが……
 「……わかりましたわ……私は、負けました……自分に負けたのです……
  あなた方のおっしゃる通りですわ……私は、女性からされる加虐と被虐の愛欲に燃え上がる女です……
  そうしてあなた方に燃え上がらせられた身体です……どうか、最後まで行き着かせてください……
  お願いです……」
 大きな綺麗な瞳に涙を滲ませての小夜子の告白だった。
 三人の般若は、恐ろしい形相の面を見合わせると、それ見ろ、してやったり、と言わんばかりに哄笑するのだった。
 「は、は、は、は、は……本当に可愛い方だわ、あなたは、小夜子夫人……
  いいわよ、こちらも望むところだわ……女の愛欲はお手のものですもの……
  その代わり、あなたも屈服を示した以上、その身が奴隷のように追従する者でしかないことの自覚をあらわしなさいよ!
  いいわね!
  これからは、あなたは、あなたを最も愛して下さる<あの方・ご主人様>を信仰し崇拝し畏怖の念を持って、
  追従する幸せを生きていくことになるのですからね! 
  奴隷状態の幸福ということよ!
  わかったわね!」
 般若の女たちの唱和した宣告だった。
 「わかりました……」
 小夜子は、相手の恐ろしい形相をまじまじと見据えて、はっきりと述べたのであった。
 「では、<あの方・ご主人様>の奴隷であることの自覚に目覚められた小夜子奥様ですから……
  最初から、きちんとやり直しましょう……
  始まり、始まり………

恋に溺れながら
私の愛は乾いていく
高ぶるほど空虚
充たされるほど孤独

 著名な女流作家によって書きあらわされた素晴らしいその物語は、夫では満たされない愛を求めて男性遍歴を重ねる女主人公が、
  ついには、みずからは女性同士の愛欲でなければ満足の得られない自己を発見するという、自分探しの筋立てであった。
  小夜子夫人は、女性が自立した意思で人生を生きるという読後の感銘に頬を上気させながら、
  こわれものでも置くような丁重さで本をテーブルの上へ置くのだった。
  居間に流れていたモーツァルトの「交響曲第四十番 ト短調 K550」も完璧な終止音を迎えて、深い情熱を結論付けていた。
  夫人は、外出するために着替えようと夫婦の寝室へ行き、そこで全裸になると着物姿に整えるのであった。
  艶やかな様相の美貌の人妻がマンションの玄関を出るときには、すでに、黒塗りの大型車が待機している状態であった。
  運転手は、顔見知りの岩手伊作という筋骨たくましく浅黒く精悍な若々しい風采の男であったが、
  彼女には大して興味のないことだった、ただ、秘密を厳守してくれることで報酬をもらっているに過ぎない男だったからだ。
  窓にブラインドの降ろされた黒塗りの大型車は、東京の下町、大東亜戦争で米軍の大空襲からまぬがれたため、
  区画整理が行き届かずに路地が猥雑と入り組んだ奥、たゆとう流れの美しき隅田川を望む風情のある地域に、
  門構えとめぐらされた高い塀はお金持ちの屋敷のように大層で古風な和式造りの連れ込み旅館へと到着した。
  小夜子夫人が門をくぐり大きな玄関を入ると、阿多福面を付けた和服姿の仲居がふたりあらわれた。
  夫人の美しい顔立ちは、すでに緊張の面持ちにあったが、ふたりを見るとさらにこわばった表情となったが、
  阿多福面は、むしろ、喜ばしいことがあるかのように出来過ぎた作り笑いの表情を振りまいていた。
  ふたりの阿多福に付き添われて、廊下を奥の方へと行った先に控えの間があった。
  長い廊下を行く間に眺められた緑豊かな庭園は、大きな池を備え、手入れの行き届いた落ち着いた風情がかもし出されていた。
  しかし、この旅館の常連でない者が見たら、恐らく、驚愕して声まで上げてしまうだろう置物がそこにはあったが、
  小夜子夫人には、本日の飾り物は、今までになく自然の緑としっくりと溶け合った趣きを感じさせるものだと思えたことだった。
  季節がら咲きこぼれる美しい花びらこそなかったが、桜の大樹を背にして、ひとりの若い女性が立たされた姿でいたのだ。
  艶やかな長い黒髪に縁取られた愛くるしい顔立ちは、みずからの身上を精一杯耐えているという清廉さがあらわれていたが、
  その綺麗な乳房から優美な腰付き、恥じらいの艶めかしい小丘から美麗な両脚をこれ見よがしにあらわとさせた全裸は、
  後ろ手に縛られ、胸縄を掛けられ、腰から縦には股縄を施されている、という緊縛の姿を見せしめとされたものだった。
  そうしたありようを惨めとみるか、むごいと見るか、淫らと見るか、或いは、美しいと見るかは、
  それぞれ見る者によって異なったことであったに違いなかったが、
  柔肌の純白が樹木の茶と緑に映える妖しさが漂わされていたことは確かであった。
  日本女性が生まれたままの全裸を縄で縛り上げられている姿、
  それは自然と溶け合い、日本的情緒をかもし出せているものだったのだ。
  そのありようは、その身上に立たされた女がみずからを艶美な置物としてあることの光栄を思い知るまで成されたことだったが、
  晒しものになるその意味を深く理解していた小夜子夫人も、旅館へ出入りを許される条件として、かつて置かれた姿だったのだ。
  控えの間へ入ると襖はぴたりと閉ざされた、阿多福のひとりが化粧台の方へ行き、
  脇へ無造作に置かれている麻縄の束を取り上げると、小夜子夫人の眼の前へ長々と垂らして見せた。
  綺麗な黒眼勝ちの大きな両眼は怯えた表情をよぎらせたが、両腕はそろそろと背後へともっていかれ、
  ほっそりとした両手首は重ね合わせる姿勢を取るようにするのだった。
  華奢な両手首が束ねられて後ろ手として縛られ、前へまわされた縄は着物の上から胸縄として掛けられていった。
  夫人は、縄で縛り上げられていく身上に動揺と不安を抱かされたように、
  俯き加減にした顔立ちのまなざしを一点へ落すばかりだったが、誰も言葉をもらさない静寂は張り詰めた緊張感を高めていた。
  さあ、歩くのよ、と言わんばかりに、小夜子夫人の縄尻を取った阿多福が入口とは反対側にある襖の方へ背中を小突いた。
  いまひとりの阿多福が襖を大きく両開きにすると、次の間の煌煌とした明かりがまばゆいばかりに流れ込んで来るのであった。
  そこは、舞台を正面に備えた畳敷きの大広間であった。
  宴席として整えられていた卓は、縦に二十五人が座り、
  中央の花道を挟んで左右に二列ずつあったから、総勢で百名の客が座っていた。
  そのいずれもが、百花繚乱と言うような色とりどりの長襦袢一枚を全裸の上に羽織り、阿多福の面を付けた女性であった。
  長襦袢の前をはだけたあたりからのぞける柔肌と乳房の様子からは、年齢もさまざまな女性であることが見受けられたが、
  同じ目的と志で同席している者たちであったことは、その場の整然とした落ち着きと静粛が見事に伝えていることだった。
  小夜子夫人は、その中央の花道を引き立てられるようにされながら、宴席の間を静々と歩かされていくのだった。
  大きな舞台の上には、艶めかしい朱色の夜具が堂々と敷かれてあった。
  小夜子夫人の縛られた身体は壇上へ押し上げられると、顔立ちを上げさせられてお披露目をさせられるのだった。
  溜め息を誘うような美しい顔立ちと優美な着物姿としっくりと似合った縄による緊縛であった。
  「では、くじ引きにて、この女性を生まれたままの全裸にする権利を得られた方、おいで下さいませ」
  阿多福の仲居は、広間の隅々にまで行き渡る澄んだ声音で言い放った。
  端の方に座っていたひとりの女性が立ち上がり、羽織っていた水色地の長襦袢を肩からすべり落とさせると、
  垂れ下がった乳房に脂肪の付いた下腹を揺らせながら、恥ずかし気もなく全裸をさらけ出して勇み足で近づいて来た。
  ゆるんだ脂肪の付いた女性は、壇上へよいしょと言って上がり、
  小夜子夫人の前へ立つと、顔を覆っていた阿多福面を取り外して仲居へ手渡すのだった。
  年齢は五十歳を過ぎていると思われる、ひしゃげた顔付きに分厚い唇をした女性だった。
  女性は、待ち切れなかったとでも言うように、おもむろに小夜子夫人の緊縛の着物姿を抱きしめると、
  相手の唇を求めるようにみずからの唇を突き出すのだった。
  ひしゃげた顔付きから分厚い唇が押し付けられてきたとき、小夜子夫人は、思わず身をのけぞらせて顔をそむけようとした。
  だが、すぐに思い直したように、その綺麗な形をした唇を差し出すようにして、両眼を閉じてされるがままになるのであった。
  全裸の相手にしっかりと抱きしめられ、押し付けられるままに唇を受けとめ、吸われるままになるだけだった。
  思うがままになることに勢いづいたひしゃげた女性は、舌先で相手の唇を押し開き、甘く柔らかな舌先を突き出すことを求め、
  素直に応じてくるとそれをしっかりと頬張って、みずからの舌先を絡め、
  唾液が口端から流れ落ちるまで愛撫を繰り返すのだった。
  その長い口中の愛欲の間、仲居のふたりは、小夜子夫人の身体を縛り上げていた縄を解いていった。
  唇がようやく離れたとき、喜びを満面に浮かべた脂肪の女性には、裸身を覆う衣装を剥ぎ取る準備が成されているのだった。
  帯紐がするすると解かれていったが、小夜子夫人は、直立した姿勢を崩さずに、
  深い舌先の愛撫で上気させられて赤らんだ頬の顔立ちを上げて、彼方を眺めやるようなまなざしを投げかけているだけだった。
  帯が崩れ落ち始めると、ふたりの仲居は、舞台の袖へ引き下がって、
  身に着けていた和服をみずから脱ぎ去り、生まれたままの全裸をさらけ出す姿態となっていた。
  小夜子夫人は、まさに生身の美しい着せ替え人形のように、されるがままだった。
  身に着けていた衣装は、一枚一枚、一本一本、その生身から剥離される皮のように丁寧に優しく剥ぎ取られていったが、
  長襦袢を脱がされ、肌襦袢を奪い去られるに及んでは、固唾を呑んで見守る宴席からも溜め息がもれ始めるのだった。
  それほどに、桃色の乳首を可憐に立ち上がらせた優美なふたつの乳房の美しさだったのである。
  湯文字の紐が解かれ、はらりとその下半身があからさまとなったときは、歓声さえ上がったのだった。
  女の艶麗な美しさは、その曲線の美麗に包まれてこそあるという、生まれたままの見事な全裸姿だったのである。
  あたりが一段と明るくなるくらいに輝ける美しさを放つ姿態には、ひしゃげた女性も立ち尽くしたまま、
  ただ見とれるばかりのことだったが、綺麗な唇を奪い取るばかりでなく、
  美麗な乳房も、妖美な股間も、艶美な太腿も、優美な両脚も、奪い取りたいと願望したことであったにせよ、
  その女性の権利は、雪白の柔肌をあらわにさせたところで終わりを告げることだった。
  たるんだ脂肪の下腹を揺らせながら、ひしゃげた女性は、名残惜しそうに何度も振り返りながら、壇上を後にするほかなかった。
  「では、続きまして、この女性へ施す縄掛けの権利を得られたお客様においで頂きます、どうぞこちらへ」
  仲居が堂々とさせた全裸の姿態で、宴席の方へ呼びかけるのだった。
  大広間のなかほどに腰掛けていた女性が立ち上がると、羽織っていた紫の長襦袢をさっと肩から脱ぎ捨てた。
  乳房のふくらみも大してない痩せた裸身をあらわにさせ、すでに阿多福の面を取り去っていて、
  年齢は三十歳くらいだったが美少年のような顔付きを毅然とさせて、敏捷な足取りで舞台の方へと向かって来るのだった。
  壇上に立った痩身の女性は、全裸に晒された夫人が左右の手で胸と下腹部を覆い隠している慎ましさをじっと眺めてから、
  相手の可愛らしい顎に指先をかけてその美しい顔立ちを上げさせると、綺麗な形をした唇へみずからの唇を重ねるのだった。
  そして、こじ開けるような強引さで尖らせた舌先を相手の口中へもぐり込ませ、柔らかく甘い舌先と絡ませていくのだった。
  その舌先の長い愛欲が行われていくうちに、羞恥の箇所を覆い隠していた小夜子夫人の両手は、
  みずからの意思でおすおすと背後へまわされていって、華奢な両手首は重ね合わされる姿勢を取っているのだった。
  唇が離れたとき、痩身の女性が美少年のような顔付きを上気させた以上に、
  小夜子夫人は両肩を震わせる息遣いとなっていた。
  阿多福の仲居から手渡される麻縄を手にして、美少年のような女性は相手の背後へとまわり、
  後ろ手に縛られる準備をして待つ女を愛しいとでも言うように、その艶めかしく白い尻を心を込めたように撫でるのであった。
  小夜子夫人への縄掛けが始められた。
  美少年の女性は、手慣れているという様子で、後ろ手に縛った縄を相手の前へ持っていって、
  綺麗な乳房を上下から挟んだ胸縄をまたたく間に施してしまったが、さらに、もう一本の縄を仲居に要求するのだった。
  その縄は、夫人の背中から左右へ割られて胸もとで合わせられ、胸縄を縦に縛って腰のあたりでひと巻きされて縄留めされた。
  こうすることで、夫人の美しいふたつの乳房は突き出させられた格好となり、縛者の女性は笑みを浮かべた表情で、
  欲情のために立ち上がり始めた可憐な乳首をつけた乳房を鷲掴みにして、その具合を確かめるようなことをするのだった。
  思わず唇を寄せたいと感じさせる乳首の愛らしさであったが、美少年の女性の権利はそこまででしかなかった。
  痩身の乳房のふくらみも薄い女性は、残念そうな表情を漂わせながら、壇上を後にしていくのであった。
  「では、この女性と交わされる第一回の愛の権利を得られたおふた方においで頂きます、どうぞこちらへ」
  客席からは、緑と水色の艶めかしい長襦袢を羽織った女性が立ち上がったが、
  全裸をあらわした姿態でふたりが壇上へ立つと、客席からは小さなどよめきが起るのだった。
  それは、そのうちのひとりが太くて長い擬似陰茎を反り立たせた装着物を腰へ着けていたからだった。
  阿多福の仲居ふたりは、戸惑った様子で説明しようとしていた。
  「お客さま、本当に申し訳ございません、あなたさまの権利は愛撫に限られておりますので、それは許されないことです。
   どうか、お脱ぎになって頂けませんでしょうか……」
  そのように言われた四十歳なかばの女性は、きっとなった表情を浮かべると、きいきいとした声音で言い返すのだった。
  「どうして許されないのよ、私は多額の参加費を払っているのよ、この会への献金だって相当な額をしているのだわ!
   今日が小夜子夫人の日で、私にようやくまわって来た権利よ、どうして許されないのよ、私はお金を払っているのよ!
   あのひとは、私が言い寄っても、相手にしてくれなかった!
   だから、私は、あのひとをお金で買えるチャンスを得たわけじゃない! それを愛撫だけだなんて、ふざけないでよ!
   わたしがあのひとと結ばれるためには、これしかないのはわかっていることじゃないの!」
  嫉妬に燃えたまなざしを全裸を緊縛された夫人へ投げつけて、擬似陰茎の女性は言い張るのだった。
  阿多福の仲居のふたりは、顔を見合わせて、仕方がないというようにうなずくのだった。
  「お客さま、お客さまのご事情がどうあろうと、当会のきまりをご理解頂けないのであれば、お帰りになって頂く以外にないことです。
   それをお脱ぎになって頂くか、それとも、この場からお出になって頂くか、いずれを選んでくださいませ、お願い申し上げます」
  燃え上がった思いは、擬似陰茎の女性に妥協を迫らせるものではなかった。
  「いいわよ、こんな会! いますぐ、辞めてやるわ!
   あなたも、みんなのおもちゃにされているがいいわ!
   おもちゃにされた悲しみのなかで、本当に愛してくれているのは、この私だってことを思い知るがいいんだ!」
  女性は、装着していた擬似陰茎が上下に揺れ動くほどの怒りをあらわして、小夜子夫人へ言葉を吐き捨てるのであった。
  夫人は、唖然となった表情で相手を見返すばかりで、全裸を縄で緊縛された姿態でいる被虐以上のことが示せなかった。
  擬似陰茎の女性は、ずかずかと大広間を出ていった、仲居のひとりが付き従うように追っていくのだった。
  「お騒がせして、まことに申し訳ございませんでした……女心の深い愛のなせるわざとでもご理解下さいませ。
   では、もうひと方においで頂きますので、どうぞこちらへお願い致します」
  それに応えて、朱色の長襦袢を脱ぎ去った女性が待ってましたとばかりに喜んで、舞台へ上がってくるのだった。
  ふたりの全裸の女性に左右からまとわりつかれた小夜子は、恥ずかしそうに俯き加減になり、
  麻縄に締め上げられて突き出させられた美しい乳房からは被虐の情感を漂わせ、
  ぴったりと閉ざされた太腿からは艶めかしい女の成熟をかもし出せ、
  付け根にふくらむ漆黒の色艶が夢幻を立ち昇らせる箇所からは淫蕩を匂い立たせているようであった。
  女性たちは、左右から小夜子の裸身を抱き締めるような具合にして、
  舞台中央に敷かれた艶めかしい朱色の夜具の上まで運ぶと、相手を優しく仰臥させながら自分たちも添寝していくのだった。
  右手の長い髪の女と左手の短い髪の女は、小夜子のしなやかで優美な両脚へ手を掛けると、
  左右へ大きく割り開かせていこうとするのだったが、小夜子は、それに対してむずかる態度を示すのだった。
  「ああっ、いやっ、いやです」
  か弱い声音をもらして、かたくなに太腿を閉じ合わせ続ける、その仕草がふたりの女性を焚き付けていることは明らかだった。
  「そう恥ずかしがらなくたって、いいことよ、可愛いわね……」
  長い髪の女性は、笑みを浮かべると、身体を開くことを拒む相手に対して、それ以上むきにはならなかった。
  自分たちが行う心を込めた愛撫で相手は自然に開いていくことをする、それが女の愛撫の妙味なのだと思っていたからだった。
  左右の女性は、顔を見合わせてうなずき合うと、早速それを実行しましょうとばかりに、緊縛された裸身へまとわりついていった。
  短い髪の女性は、ぴったりと閉じ合わされている小夜子の艶めかしい太腿のあたりから下腹部の方にかけて、
  羽毛の触れるような感触で優しく丁寧に撫でさすり始めたのだった。
  その疼かされる感触が小夜子の身体のなかへ込み上がると、思わず甘酸っぱい声音が上がるのだった。
  「ああっ〜、いやん」
  小夜子は、相手の淫靡なくらいに執拗な指先の感触にこらえ切れず、下半身をうごめかせるようにして避けようとするのだった。
  その狼狽をあらわす様子は短い髪の女性を勢いづかせて、さらに熱心な愛撫となって返されていくのだったが、
  小夜子が閉じ合わせている双方の太腿を頑強に開くまいとしていることに変わりはなかった。
  大きな美しい両眼を閉じて、綺麗な形の唇を真一文字にして、愛撫を懸命にこらえている表情は、
  愛くるしいくらいの健気な感じに映っていたが、それは相手の愛撫を一層熱烈なものへと誘う媚態でもあった。
  短い髪の女性は、相手の美しい顔立ちを見つめながら、可愛らしい臍から白い艶やかさを放つ太腿、
  その太腿から膝頭をたどって脹脛へと至り、華奢に締まった足首から足の指先まで淫靡に撫でさすっていくのだった。
  「ああっ、ああっ、ああっ」
  小夜子は、上気した頬へかかる波打つ黒髪を払いのけるように打ち振るい、
  閉じ合わせた両脚とくびれの優美な腰を悩ましそうにくねらせて、反応をあらわとさせるのだった。
  思わず見とれたままになってしまいそうな女の美しい身悶えだったが、長い髪の女性も、いつまでも見ているばかりではなかった、
  緊縛された小夜子の上半身へまといつき、麻縄に締め上げられて突き出されたふたつの乳房へ両手を絡ませるのだった。
  「うう〜ん」
  小夜子は、長い髪の女性のほっそりとした指先でふっくらとした乳房を揉みしだかれ、
  可憐に立ち上がった乳首をこねり始められると、甘美なうめき声を発しながら、後ろ手に縛られた上半身をのた打たせた。
  「ああっ、だめっ、だめっ」
  長い髪の女性は、高ぶり始めた相手をなだめるように、波打つ豊かな黒髪へ指を通して優しく梳き上げる仕草を始めたが、
  もう片方の手は、乳房の上へ置かれたまま、それは激しいくらいの愛撫を続けているのだった。
  ふたりの女性から、上半身と下半身を柔らかさと激しさという強弱を繰り返されて愛撫される小夜子は、
  いつしか閉じ合わせていた綺麗な唇も半開きとなって、喘ぐような息遣いをあらわすようになっているのだった。
  だが、生まれたままの全裸を縄で緊縛された女にとってのそれが自尊心とでも言うように、
  艶めかしい太腿が開かれて、さらに艶めかしい女の花園があからさまとなるまでには至っていなかった。
  それには、女の甘い舌先が必要だったのである。
  緊縛された裸身への愛撫が指先から舌先へ変わっていったのは、小夜子にも、否応にもわかる強烈な変化だったのである。
  いままで愛撫されていた乳房、下腹部、太腿、両脚、両足から、言いようのない甘美な疼きを一気に込み上げさせられたのだった。
  「ああっ、いやっ、いやん、やめて……」
  長い髪の女性は、長い舌先で愛らしく立ち上がった乳首を舐めまわしていた、それから、口一杯に頬張って吸い上げていた。
  短い髪の女性は、濡れた舌先を太腿の付け根あたりへ這わせていた、それは、時にふっくらとした陰毛の奥へ向かっていた。
  ふたりの女性の舌先の愛撫が熱心さを増すだけ、小夜子のあらがうような声音はか細いものとなっていくのだった。
  客席で見守る百名近い女性は、みすからは、愛撫をする者なのか、或いは、愛撫をされる者なのか、
  という思い入れの熱気をむんむんとさせて見守っているのだった。
  小夜子は、高ぶらされる官能の疼きで、次第に力の抜けていく自分を感じ出していた。
  ふたりの女性の粘るようにしつこい舌先の愛撫は、いつ終わりになるとも知れないような執着を感じさせるものだった。
  女性が女性を愛することでしかあらわせない、心底からの喜びをあらわそうという実直な表現だった。
  ふたりから高ぶらされる小夜子には、追い込まれていく場所というものはあっても、逃げ出す場所はないものだった、
  ただ、かたくなに閉じ合わせていた太腿を開いて、相手を迎え入れる場所を差し出すほかには……。
  柔らかく、強く、乳房を揉みほぐされ、しこりを帯びて立ち上がった桃色の乳首を舐められ、頬張られ、歯を立てられ、
  吸い上げられる、片方が終われば、もう片方が始められる、それが終われば、ふたたび、片方が始められる際限のなさ。
  その一方では、ねっとりと汗ばんできた乳色の光沢をあらわす太腿の付け根に、ぬめった舌先がくねりながら這い続けている、
  尖らされた舌先は、ふっくらと盛り上がった漆黒の靄のなかへ忍び込むような素振りを見せては避けて見せる、それから、
  周辺へのこだわりを示すように舐めまわされることで、女の割れめの存在を強烈に意識させられることになるものだった。
  もはや、それをあからさまにさせずにはおかれないことかも知れなかった。
  小夜子は、桜色に上気させられた顔立ちを横へ伏せて、甘美な身悶えと共に悩ましいすすり泣きをもらし始めているのだった。
  突き上がってくる快感の疼きを耐えようとすればするだけ、閉ざした太腿をかたくなに閉ざそうとすればするだけ、
  ふたりの女性の熱烈な愛撫に煽られるすすり泣きは、一層の生々しさを帯びた官能の悶えをあらわしていくのだった。
  小夜子の思いをよそに、力を失った白く艶めかしい太腿は割れて、優美でしなやか両脚は開き加減となっているのだった。
  のぞかせた女の割れめをあからさまとさせるように、短い髪の女性が両脚を割り開くようにしても、小夜子はされるままだった。
  女性のぬめった舌先がさらけ出された女の割れめへ押し当てられていっても、緊縛された女は成されるがままだった。
  淫靡な舌先が折り畳まれた女の花びらをこじ開けようとしても、女は美しい顔立ちの眉根を寄せて両眼を閉じるばかりだった。
  そして、それが望んでいたことであるのをあらわすように、やるせなさそうに息づいていた花びらがふっくらとした量感をあらわし、
  舌先で割り開かされた亀裂からねっとりときらめく女の蜜をあふれ出させるのだった。
  「ああ〜、だめ〜」
  しっとりと潤み出した花びらは開き加減になって、ぬめった舌先の侵入を促すように、生々しいばかりの果肉をあらわにしている。 
  執拗な舌先は、その果肉を貪るように舐めまわし、充血したしこりをあらわにして立ち上がっている真珠の小粒を舐めまわした。
  小夜子の甘美なすすり泣きは、嗚咽とも喘ぎともつかない声音を震わせるものへと変化していったが、
  その口へ、乳房への熱烈な愛撫を指先で続けられながら、長い髪の女性の長い舌先が頬張るようにと差し出されてくるのだった。
  小夜子の口中へ飛び込んできたくねる舌先は、女の花びらの奥へともぐり込んだうねる舌先と連れ立って、
  へびか、うなぎか、みみずが這いまわりのたくって踊り始めるようなぞくぞくとした快感の突き上げを感じさせるものとなった。
  踊る調子に合わせられるように、後ろ手に縛られ胸縄を掛けられた緊縛の裸身のうねりくねりも、激しさを増すばかりとなっていた。
  小夜子の優美な両脚は、これ見よがしにみずから求めるように大きく開いて見せている。
  その優美でしなやかな線が次第に痙攣するような悶えを示すようになっていくと、
  短い髪の女性の口は、敏感で愛らしい小突起を含んでは強く吸い上げ、柔らかく歯を立てるを繰り返していた。
  ついに舌先で強烈に舐め上げられるに及んで、小夜子の美麗な両脚は、びくんと激しく突っ張らさる硬直を示したのであった。
  「あ〜あ、行ってしまった……」
  あふれ出させた女の蜜でしとど濡れた花びらがひくひくとした痙攣を繰り返しているのをじっと見つめながら、
  股間から顔を上げた短い髪の女性は、残念そうにそうもらすのだった。
  長い髪の女性も、未練がましいまなざしを小夜子へ投げながら、相手の裸身から離れていくのだった。
  ふたりの女性は、朱色の艶めかしい夜具へ縄で緊縛された裸身を痙攣させて、
  しくしくと喜びのすすり泣きを続けている相手を尻目に、舞台を降りていくのであった。
  そして、何事もなかったような事務的な声音が阿多福の仲居から発せられた。
  「では、この女性と交わされる第二回の愛の権利を得られたおふた方においで頂きます、どうぞこちらへ」
  客席から立ち上がったふたりの女性には、ようやく自分の出番が来たのだとでも言うような顔付きの紅潮があった。
  束ねた髪の女性とおかっぱ髪の女性は、みずからの高ぶらされた官能に待つのもまどろこしいというくらいに、
  仲居が手渡す双頭をした張形をひったくるようにして、相手の待つ寝床へと突き進んでいくのであった。
  ふたりの全裸の女性は、どちらが先に行うかを決めるためにジャンケンをした。
  勝ったのは、おかっぱ髪の女性だった。
  おかっぱ髪の女性は、これ見よがしに割り開かれた緊縛の女の股間へ、手にした双頭の張形をおもむろにあてがうのだった。
  前戯もなく、いきなり張形を含ませられる感触を意識させられた小夜子は、あわてて訴えていた。
  「まっ、待ってください、少し休ませてください、お願いです……」
  官能の余韻が醒め切らないという状態の小夜子だったのだ。
  「何を言っているの、そういう状態だからいいんじゃない、とっても感じられるわよ。
   子供じゃないんだから、駄々なんかこねたってだめよ」
  「そうよ、さっさと始めましょうよ、時間がもったいないわ!」
  束ねた髪の女性はそう言うと、小夜子の美しい顔立ちの上へ跨って、みずからの股間の箇所を相手へ差し出すのだった。
  「さあ、舐めて、思いを込めて舐めて、吸って、歯を立てて!
   私が喜悦の声を上げるまで、止めたら許さないわよ!」
  押し付けられてくる女性の割れめに、小夜子は、狼狽と躊躇を感じるのだったが、雑念は許されないことだった。
  開いている女の花びらを割り込んで、張形の亀頭がぐいぐいと含まされてくるのだった。
  しとど濡れたままでは、押し込まれることに難はなかったのだ。
  小夜子は、たちまちのうちに呑み込まされた疼きを意識させられ、眼の前に匂う女の割れめへ舌先の愛撫を迫られるのだった。
  「さあ、早く始めなさいよ!
   あなたが行かされてしまう前に私が思いを遂げられなかったら、何度でも行う権利があるのですからね!」
  小夜子は、甘美な舌先をのぞかせると伸ばして、縦の亀裂に沿って舐め始めるのだった。
  おかっぱ髪の女性は、相手へ挿入された張形のもう片方をみずからの花びらの奥へと含ませ始めていた。
  すでにぐしょぐしょになっている女性の花園は、小夜子と同じくらいにすんなりと擬似男性を呑み込んでいくのだった。
  「ああ〜ん、いいわ、いいわ……あなた、もっと腰をうごめかせて……」
  小夜子は、言われるがままに優美な腰をくねらせるのだった。
  「ああ〜ん、素敵、もっと激しくしてもいいわよ、激しく……」
  おかっぱ髪の女性は、みずからの両手でふたつの乳房を揉み上げながら、小夜子のうごめかす腰へ調子を合わせている。
  「あなた! あのひとばかりに夢中にならないで!
   私の方がおろそかになっているわよ!」
  束ねた髪の女性も、みずからの両手をふたつの乳房へやると、指先の熱心な愛撫を始めるのだった。
  だが、下半身を責められながらの小夜子の舌先の愛撫は、
  含まされた張形が熱くなった感触で甘美な激しい疼きを伝えてくるようになると、どうしてもおろそかとなってしまうのであった。
  「ああっ、いいわよ……いいわ、もっと激しく、もっと激しく……
   私行くから、私行くから……あなたも行って!」
  おかっぱ髪の女性は、相手などお構いなしといった様子で、遮二無二になって腰を振って、絶頂へと追い上げようとしていた。
  激しく揺さぶられれば、小夜子も、それだけ高ぶらされた官能が昇りつめていくことはたやすかった。
  相手に打ち振るわれるままに追い上げられて、おかっぱ髪の女性と一緒に絶頂を極めてしまったのだ。
  「何よ、あなた! 私にほとんど何もしてくれないままに、行ってしまったじゃない!
   こんなの詐欺よ、いいわよ、私だって、思いを遂げないうちはこの舞台を降りないから!」
  束ねた髪の女性はそう言うと、小夜子の股間の方へまわって、おかっぱ髪の女性を無理やりその場から立ち退かせると、
  あふれ出してどろどろとなっているみずからの女の箇所へ、
  相手へ突き立てられたままになっている張形のもう片方を含ませていくのだった。
  「いいこと! あなた、今度はちゃんとやりさいよ! 
   私だって、いい思いをしたいのよ! さあ、腰をうごめかせて!」
  小夜子の反応を待つまでもなく、束ねた髪の女性は、みずからの腰をうねりくねりさせて、高ぶりを始めるのだった。
  官能の喜びの余韻にひくついていた小夜子だったが、相手が伝えてくる激しいうごめきの感触に思わず腰を振らされるのだった。
  「そうよ、もっと激しく振りなさいよ! 
   いいわよ、いいわよ、よくなってきたわよ!」
  小夜子は、相手に言われるがままに腰を振っているということではなかった。
  束ねた髪の女性の強烈な腰振りは、否応でも、小夜子の腰を振らせているものだったのだ。
  小夜子には、弛緩していく喜びの安堵も与えられず、
  ふたたび頂上へと一気に昇らされる激烈な疼きの快感が意識されるばかりのことであった。
  縄で緊縛された全裸の女は、無理やり押し上げられていって、甘美で悩ましい泣き声を上げて昇りつめてしまった。
  「何よ、また、あなたが先なの! そんなの絶対許さないわよ!
   私が行くまで、あなたは私と繋がっているのよ! わかったわね!」
  それから、休む間もなく、ふたたび続けられるのであったが、束ねた髪の女性が絶頂まであと少しで達するという直前に、
  性感に敏感な身体となってしまった小夜子は、オーガズムを極めてしまうのだった。
  そして、また、繰り返されるほかなかった。
  ギリシャ神話に<シーシュポスの話>というのがある。
  神々からシーシュポスが課せられた刑罰というのは、大きな岩を急な丘の頂きまで押し上げることだった。
  彼が岩をようやく頂き近くまで転がしていくことに成功すると、そこで岩の自重でもとの場所へと転がり落ちてしまうのである。
  それをふもとからまたやり直し、また転がり落ちるという、無益で希望のない労働を負わされる永遠の刑罰であった。
  小夜子の場合も、快感の頂きへ到達して、喜びの安息に浸り切ることを許されず、
  ふもとへ転がり落ちていく肉体を無理やり押し上げられて、ふたたび快感の頂きへ到達させられるということを繰り返されていた。
  昇りつめるか、転がり落ちるか、快楽か、苦痛か、という上昇と下降の違いがあるように見えるが、
  どちらも無理やり行わされていることであれば、強制労働であり、拷問同然のありようとさえ見受けられるかもしれない。
  いずれにしても、全裸を緊縛されて逃れるすべを奪われている小夜子には、
  含み込まされた双頭の擬似陰茎を操作されることは、相手の陰部の事情に従うしかないことであった。
  幸いにして、永遠の刑罰ではなかったから、ようやく、束ねた髪の女性が思いを遂げたときは、
  五度に渡って頂上へと昇りつめさせられていた小夜子であった。
  「小夜子夫人、もう、ぐったりとなっているわよ、放心状態だわ……
   少し休ませて差し上げたいくらい……」
  ひくひくとした収縮示しながら咥え込んで離そうとしない小夜子の股間から、
  阿多福の仲居が双頭の張形をゆっくりと引き抜きながら感想を述べたのであるが、
  すでに、その場から立ち上がっていた束ねた髪の女性は、
  それ見たことか、私の勝ちよ、といった満足そうな笑みを浮かべながら舞台を後にしていくのだった。
  小夜子は、緊縛の裸身全体へ喜びの痙攣の余韻を示しながら、真っ赤に上気している美しい顔立ちを横に伏せ、
  半開きの焦点の定まらない官能のまなざしを浮かべながら、しくしくとすすり泣きをもらし続けているだけだった。
  「でも、次のお客さまがお待ちかねよ……
   お待ちになるのを予定以上に長引かされたのだから、ぐずぐずしていたら、お怒りが飛ぶかも……」
  仲居のもうひとりはそう答えると、客席の方へ向き直って告げるのだった。
  「大変お待たせ致しました……
   では、この女性と交わされる第三回の愛の権利を得られたおふた方においで頂きます、どうぞこちらへ」
  でっぷりと太った中年の女性がふたり、客席から舞台の方へと向かっていた。
  ふたりは、どちらが太り具合では優っているかを示して見せるようなあからさまな全裸姿をあらわにしていたが、
  仲のよい知り合いと見えて、微笑んでうなずき合いながら、もったらした様子で舞台へ上がってくるのだった。
  「まあ、可憐だわねえ、とっても綺麗なひと……」
  肉付きのよすぎるひとりが夜具へ横たわる女の顔立ちと全身像へ眼を走らせながらつぶやいた。
  「あそこも、とっても綺麗よ、このひと、本当に人妻なのかしら……」
  もうひとりの肉付きのよすぎる女性が相手の股間の箇所をしげしげと眺めながら付け加えるのだった。
  脱力して左右へ投げ出されたようになっている小夜子の優美な両脚は、
  てらてらとした白い色艶で輝く艶めかしい太腿の奥にある、
  花びらを開き切って果肉の生々しさを芳香の匂い立つような美しさでさらけ出しているのであった。
  「見ていた限り、感度の方も悪くなかったようだし……
   この方が承知してくれるなら、私は、こういう方と夫婦になりたいな……」
  肉のひとりはそのように言いながら、小夜子の脇へ添寝するように横たわっていくと、
  豊満に垂れ下がった乳房が相手の綺麗な唇の前へ来るように位置を整えていくのだった。
  「さあ、思いっ切り、吸って頂戴、遠慮はいらないわ……」
  そう言って差し出されてくる大きな薄紅色の乳首だったが、ぐったりとなったままの小夜子には頬張る気力が起らなかった。
  「仕方のない子ねえ、それじゃあ、お母さんが咥えさせて上げるわ……」
  肉は、みずからの指先で乳首を相手の唇の間へ押し込んでいくのだった。
  含み込まされた小夜子にとっては、吸うしかない乳首だったが、
  頬張る直前からすでに乳首の先端には乳白色のしずくが滲んでいて、
  ほんの少し吸っただけで、堰が切られたように口中へと流れ込んでくるのであった。
  小夜子の口端から乳のしずくがあふれ出したのを知って、豊満な乳房の肉は優しい感じで言いかけるのだった。
  「呑み込みなさい……お腹が一杯になるまで呑みなさい……そして、元気一杯の女の子に育つのよ……」
  生まれたままの全裸を後ろ手に縛られている女には、言われるがままにするしかないことだった。
  小夜子は、豊満な乳房へ顔を埋めて、吸い始めるのだった。
  「いい子ねえ、私も、こういう素直で綺麗な子は大好きだわ……
   後は、感度だわね……」
  小夜子の下半身の方へ陣取っていたもうひとりの肉はそう言うと、
  太い指先を二本揃えて、開き切った花びらの奥へとあてがっていった。
  「ううっ……」
  ゆっくりとねじ込まれるようにして女性の二本の太い指が沈められていくと、小夜子は、思わずくぐもったうめき声をもらした。
  女性の指は、乾き始めようとしていた箇所へふたたび潤いをもたらすように、優しく柔らかくうごめかせられていったが、
  収縮を帯びて女の蜜が滲み出してくるに従って、強く弱くうねりくねりするような動きへと変えられていった。
  股間へ挿入された指の動きが甘美な疼きをもたらすにつれ、小夜子も気が気でない思いを高ぶらされるようになり、
  頬張っていた乳首を吸うこともおそろかになってしまうのだったが、豊満な乳房の肉は、相手の頭を押さえて逃がさなかった。
  「だめよ、そのくらい呑んだくらいじゃ、立派な美しい女性にはなれなくてよ……」
  なだめすかすような甘ったるい声音をかけながら、みずから乳房を搾り出すような仕草まで始めているのだった。
  含み込ませた太い二本の指へ伝わってくる粘着性と吸引力は、股間の肉の女性に微笑を浮かばせるものであったが、
  抜き差しさせる度にどろっとあふれ出てくるきらめく女の蜜の量には、じっと眼を凝らした視線を投げ続けているのであった。
  「う〜う、う〜う」
  小夜子の緊縛の裸身は、もはや、我慢ができないと言うように、置き所のないやるせなさで優美な両脚を悶えさせていた。
  高ぶらされる甘美な疼きに、突き上げられる切なさに、緊縛された上半身をよじらせねじらせさせるばかりになっていた。
  「さあ〜て、そろそろ、出るかなあ〜」
  そう言いながら、一度引き抜かれた女性の太い指は、今度は三本に揃えられて、
  人差し指の第二関節まで入るあたりの膣壁の前方へ向けられて、含み込まされていった。
  そこの粟状に盛り上がっている箇所が、まさぐられるように、掻き出されるように、激しく愛撫されていったのだ。
  挿入されている指には、とめどもなくあふれ出してくる女の蜜がどろどろとなってしたたり落ちていたが、
  小夜子の方も、いまや、ひとの乳首など頬張っている余裕など、まったくなくなっているのだった。
  押さえつけられていた頭を強引に振り解くと、波打つ黒髪を右に左に揺さぶらせて、甘美な咆哮さえ上げているのだった。
  「ああ〜ああ〜ああ〜、出ちゃう、出ちゃう〜」
  美しい顔立ちを官能の火照りで真っ赤にさせた小夜子は、緊縛された裸身全体を打ち震わせながら、
  太い三本の指先がおもむろに引き抜かれていくと、透明な体液を吹き上げるようにして噴出させたのであった。
  それは、女性でなければ決してできない、華麗な噴水の美とでも言うように、満場の女性観客をどっと湧かせたものだった。
  「まあ〜、綺麗に噴いたわねえ、本当に愛らしい子だわねえ……
   では、今度は、私の番ね……」
  豊満な乳房の肉は、小夜子の股間の方へ移動すると、まだ収縮の痙攣を示している妖艶な花園をじっと見つめ、
  さらに太いのではないかと思える指を三本揃えて、奥深くへと呑み込ませていくのだった。
  そして、まさぐるようにぐるぐると回転させて目的の箇所を探り当てると、一気に追い立てていくのだった。
  「ああ〜ん、ああ〜ん、だめっ、だめっ、また、出ちゃう〜、また、出ちゃう〜」
  小夜子は、縄で縛り上げられた全裸をのけぞらせるようにして、ふたたび、きらめく体液を高々と噴き上げたのだった。
  これには、客席の女性たちからも、歓声ばかりか、拍手さえも上がって、女性万歳の声が大広間に轟くのであった。
  盛り上がった宴席だった。
  これを<女の饗宴>と表現したとしても、決して誇張とは言えないようなことだった。
  「では、お客さまにおかれましては、<合混>を始めて頂けますよう、よろしくお願い申し上げます」
  全裸の阿多福の仲居のふたりは並んで立つと、客席へ向かってそのように告げて、深々とした会釈をするのだった。
  羽織っていた百花繚乱の長襦袢を脱ぎ去って生まれたままの姿となった百名近い女性が、
  お目当てにしていた思い思いの女性と手と手を取り合って、抱きしめ合い、唇を重ね合い、互いを愛撫し始めていた。
  舞台から降りていたふたりの肉付きのよい女性たちも、遅れを取ってはならないと、もったらした様子で急ぐのであった。
  大広間には、むんむんとした甘美な熱気と強烈な芳香の混ざり合った女性同士の愛欲が展開していた。
  この<合混>は、体力に劣るものから抜けて行き、最後のふたりになるまで、女の愛のあかしをあらわすものであった。
  最後に残ったふたりには、夫婦の誓いが立てられ、女性の子孫繁栄のための新婚旅行が準備されているのだった。
  だが、小夜子夫人には、それとは違う道が用意されていた。
  阿多福のふたりの仲居は、夫人を夜具から優しく起こさせると左右から支えるようにして歩かせ、大広間から出させるのだった。
  小夜子は、ひとりで立って歩くだけの体力も気力も失われて、ただ、官能の余韻に浸らされているというありさまだったのだ。
  仲居たちは、小夜子を旅館の大浴場へと連れていったが、縄で縛られた姿態はそのままだった。
  小夜子は、仲居たちの手で身体の隅々まで綺麗に洗い流されていったが、
  阿多福は、役得として仮面を外し、小夜子と唇を重ね合わせ、三人が絡んで女の花園を互いの舌先で愛撫し合ったのだった。
  それから、小夜子の顔立ちには、初々しいと思われるような清楚な化粧がなされ、
  生まれたままの全裸へは、山吹色も真新しい麻縄によって縄化粧が新たに施されるのだった。
  菱形の文様がめもあやに彩られた<美麗亀甲股縄縛り>と呼ばれている意匠であったが、
  それが誰のためのものであるか、これから連れられていく<婚姻の間>と称される部屋が明らかにすることだったのだ。
  小夜子は、ふたりの仲居に縄尻を取られ、初夜を迎える花嫁の初々しさを漂わせながら、引き立てられていくのであった。
  <婚姻の間>の襖が丁重に開かれると、仲居たちは、供物を捧げるように小夜子をそっとなかへ押し入れた。
  そして、襖はきっちりと閉められて、阿多福たちは引き下がったのだった。
  畳の上へ跪いた姿勢を取らされた小夜子は、膝を摺り寄せながら、夜具の敷かれている部屋へとおずおずと向かった。
  そこには、<あの方・ご主人様>と呼称されている、この連れ込み旅館の最高権威者の奥様がおいでになるのだった。
  その敷居まで進んだ小夜子は、夜具の上にその方の姿を見るのだった。
  心底望む者にしか会うことのできない、その方の真の追従者となる選ばれた者にしか会うことのできない、
  超越的な力を持ったお方の奥様であった。
  奥様は、桃色の艶めかしい夜具の上へ、小夜子と同様の生まれたままの全裸の姿を横座りの姿勢にさせていた。
  こちらへ向けた顔立ちは、恐ろしいくらいに判然とするものだった、恐怖の形相の般若面を着けていたからだった。
  小夜子へ向かって、なかへ入るようにと手招きさえしない理由も、余りにも明らかすぎることであった。
  <あの方・ご主人様>の奥様は、麻縄で後ろ手に縛られ、
  ふっくらとした豊満な乳房を突き出させられるように胸縄を掛けられ首縄をされ、
  しかも、妊婦であることをあからさまにされるような、張り出した孕み腹を縄の文様で意匠されているのだった。
  しかし、そのありさまは、小夜子夫人にとって、驚くようなことでは少しもなかったのだ。
  何故なら、小夜子夫人がこのように一編の物語の女主人公であれば、
  そこに縄で全裸を緊縛されている妊婦が誰であるかは、明白としていることだったからだ。   
  小夜子夫人を生み出した母だった、女主人公としての小夜子夫人を創造した作者であったからだった。
  だから、小夜子は、何の懸念も不安も恐れもなく、むしろ、慕う心持ちをもって、
  般若の面を着けた緊縛姿の女性に近づいていって、その張り裂けた恐ろしい口へみずからの唇を重ねて、
  母親の花嫁としての初夜の愛欲を始めることができるのだった。
  女性同士の愛欲に心から目覚めて、みずからの探し出した道を歩き出す女として……。

  どうかしら? 
  このような自己同一性を認識した小夜子夫人って、素晴らしいと思わない?
  整合性のある物語というのは、ひとを感動させるものなのよ、それは、ひとが整合性的に思考するという必然があるからだわ。
  整合性的にしか考えられないからこそ、謎があり、神秘があり、超越があり、永遠があり、絶対があるということだわね。
  感情移入ということだって、ままになるから喜ぶ、楽しむ、ままにならないから怒る、哀しむということを、
  みずからに納得のいくような整合性で取り入れて同化させて行えることでしょう。
  要するに、整合性的思考というものが働かなければ、まったくあり得ないということよ。
  人間が人間たる所以の属性として、言語による概念的思考の整合性があるということだわね。
  だから、人間にとって、人間を超越する存在というのは絶対というわけね、謎と神秘と永遠があるのとまったく同じにね。
  あなたが思い上がったって、どうにもならないということは、これでおわかりね。
  あなたは整合性へ付き従うしかないということ。
  あなたは、整合性の究極である<あの方・ご主人様>の供物となることで最高の喜びが感じられるということ。
  性のオーガズムの整合性は、それを認識させるためにあるということよ。
  もう、わかるわよね、小夜子夫人」
 恐ろしい般若の仮面が語る寝物語を聴かされた小夜子には、最長不倒距離だと称されて、
 女の花びらを大きくふくらませて、しっかりと包み込んで奥まで呑み込まされた、双頭の似非陰茎が突き立てられたままだった。
 夫人は、はい、とつぶやいて、承諾を示すことのほかできなかったのだ。
 双頭の似非陰茎のもう片方は、三人の般若の手でしっかりと握られ続けていたからだった。
 もはや、厳しい般若の前では、みずからの紡ぎ出す言葉など大した意味を持つものではないと感じさせられていたのだった。
 意味を持つのは、恥も外聞もなく、あからさまにさらけ出されたみずからの女の肉体のほかなかった。
 濃紺のシーツの上に強烈な光で浮かび上がらせられた雪白の柔肌は、蒼穹のもとに輝く白銀の光沢をあらわし、
 上下からの胸縄に締め上げられ突き出すようにされた、ふたつのふっくらとした乳房の美しい隆起を、
 その先端へのぞかせる柔和な環を描く乳暈と愛らしい乳首の桃色の瑞々しさをもって際立たせている。
 腰付きの優美さは、女らしさという言葉そのものに、艶めかしく蠱惑的な曲線を描いて両脚の方へ流れていたが、
 左右へこれでもかというくらいに大きく割り開かされたしなやかで美麗な両脚は、
 柔弱で仇っぽい太腿の付け根にある、悩ましい色香を陰翳の靄で浮き上がらせた小丘をあらわとさせているのだった。
 その小丘のふもとには、生々しく裂けている濃密な女の割れめがこれ見よがしの淫猥さでのぞいていた。
 淫猥な女の割れめは、含み込まされた似非陰茎を収縮と吸引でもって、卑猥なものにうごめかせ続けているのだった。
 小夜子は、ただ、このような淫乱な女でしかなかった……
 そのように見られるほかない、みずからの女の肉体だった。
 「あなたは、七度に渡って喜びの絶頂を極め、女の華麗な噴水を二度までも吹き上げられたのですから、
  オーガズムの整合性を七度もしかっりと認識したということになるわね。
  あなたが女性からの加虐・被虐にあって女の喜びを感じる女性であるというのなら、
  あなたは、オーガズムの整合性の認識を得たその同じ門口で、責め苦がもたらす認識も得られるということになるわね。
  美しい女主人公である小夜子夫人が<十字架に取り付けられた三角木馬>へ晒される必然は、この故にあることなのだわ。
  けれど、あなたは、すでに、自己同一化の形態を表現するものとして、サディズム・マゾヒズムを放棄してしまっているわね。
  人間には本来備わっている属性として、責め苦を加えることや受けることに喜びというものが生じる、
  その喜びが生じるから、人類の創始以来、人間が人間を虐待してきた歴史というのは必然的であるということになるわね。
  人間にとって失われない属性なら、いまさら、虐めること・虐められることが問題になるのは、論理的には矛盾していることだわね。
  虐待と恥辱と苦痛にあるからこそ性的悦楽もまたあるのだ、という自己同一が人間の本性とさえされているのですからね。
  それなのに、あなたは浅はかにも、それを放棄してしまったのだわ。
  どうしましょう。
  あなたは、三角木馬を跨がされながら十字架へはりつけられる、その激烈な苦悶をどのようにしたらよいのでしょう。
  あなたは、生まれたままの全裸を縄で縛られた女性が<民族の予定調和>の表象であると考えさせられたかもしれないけれど、
  その象徴として生贄の姿を晒すつもりであるならば、その<民族の予定調和>には整合性が示されていなければならないわ。
  ところが、新興似非宗教まがいのものにしか映らないのは、そこには、超越性と絶対性と永遠性が欠如しているからだわ。
  いいこと、人間の肉体は感覚器官です、肉体を極度に刺激されれば、感覚としての官能の擾乱と麻痺と恍惚さえあるのは、
  人間が動物であるということをあらわしているにすぎないことです、その極限状況を死と官能の結び付きの法悦とするのは、
  死を持って神と融合することの誕生という考えに至れば、超越と絶対と永遠のあらわされる神学とも言えることになります。
  その神学が人間と神との橋渡しとして官能を言うことであれば、超越と絶対と永遠の整合性は必然的なことになるからです。
  何故なら、人間は、超越と絶対と永遠である神の前で、整合性的に人間であるからですわ。
  それを、言語による概念的思考という<縛って繋ぐ力>が官能の表象としての縄による全裸の緊縛と一致している、
  さらに、それが<人間の抱く想像力こそが人間本来のものとしての神であるというヴィジョンを実現すること>という、
  ひとつの<民族の予定調和>の表象であるなどとは、ただ、荒唐無稽な気違いじみた発想であるだけのものでしかありませんわ。
  超越と神秘と永遠と絶対が整合性を持って示されない概念には、民衆を導く力などあり得ないのですわ。
  あなたは、そのことをしっかり認識するために、<十字架に取り付けられた三角木馬>へ晒されるのです。
  その激烈な苦痛の苦悶を通して、救いを求められるのは、ただ、<あの方・ご主人様>以外にないということを知るためですわ。
  拷問の激烈な責め苦を耐えること、そして、そこからの救いを求めること、それだけがあなたに残されたことだからです。
  <あの方・ご主人様>に心底からの救いを求めること、それがあなたが花嫁として捧げられる資格だからですわ。
  おわかりになります? いま、わからなくても、すぐにわかることですから、心配には及びませんわ。
  では、あなたの生々しく裂けている濃密な女の割れめが明白に見えるように、綺麗に剃り上げて差し上げますわね。
  あなたが女の割れめへしっかりと三角柱を食い込ませ、絶対の責め苦に晒されているのだということを、
  あなたを見守っているすべての方々がしっかりと認識できるようにですわ」
 恐ろしい般若の処刑宣告は、極めて優しい口調の声音で行われたが、
 小夜子は、一点を凝視するようなまなざしを彼方へ向けたまま、
 綺麗な形の唇を真一文字に閉じて、縄で緊縛された全裸をじっとさせているだけだった。
 固唾を呑んで見守る観衆の張り詰めた緊張が熱気を帯びていながらも、冷ややかさを漂わせていた場内だった。
 般若のひとりが用意してきた石鹸水の入った鉢が刷毛で泡立てられると、
 女の花びらをふくらませて挿入されている似非陰茎はそのままに、
 石鹸の泡立ちが悩ましい色香を陰翳の靄で浮き上がらせた小丘へ塗りたくられていくのだった。
 小夜子には、くすぐったいその感触が含み込まされて掻き立てられている官能の熱い疼きを、
 さらに煽り立てられていくものとして感じられるのだった。
 そして、剃刀があてがわれ、陰毛が取り払われていくことで込み上がってくる、哀しさ、おぞましさ、嫌悪、不安、恐ろしさの思いは、
 ひと剃りごとに伝わってくる鋭利な刃の感触の前には、激しく甘美な疼きの気持ちよさとなって後退して行ってしまうのだった。
 もう、官能を高ぶらされれば、すぐにも行ってしまう女でしかなかったのだ。
 小夜子は、それを無言のまま示すほかなかったのだった。
 「まあ、奥様、くっきりと鮮やかに、ずいぶんと可愛らしくなりましたわ……」
 剃刀を手にしていた般若は、綺麗に剃り上がった箇所をしげしげと眺めながら、そう言うのだった。
 残りの般若は、ベッドへ繋がれていた小夜子夫人の両足首の縄を解いて、寝台の上へ抱き起こして立ち上がらせるようにしていた。
 その表現された言葉が字義通りのものであるかを取り囲む観衆へ確認させるためだった。
 観衆は、どよめきを持って賛意をあらわしたが、さらけ出された小夜子には、
 悩ましく優美な曲線を描く腰付きの中央にのぞかせる深々とした縦の亀裂が愛らしいものとは、
 ましてや、股間へ突き刺さったまま、だらしなく垂れ下がったようになっている双頭の張形があっては、到底思えないことだった。
 「では、処刑の準備にかかりますので、舞台を暗転させて頂きます。
  皆様方には、しばしのお待ちを頂けますよう、お願い申し上げます……」
 そして、場内は、暗闇に閉ざされたのだった。





<暗 転>





 まばゆい強烈な光が浮かび上がった。
 そして、室内へ響き渡る大声が宣告していた。
 「晒されるその責め苦の十字架から降ろされることを願うならば、
  あなたは、<あの方・ご主人様>へ心底からの救いを求めなさい!
  泣き叫んで救いを求めなさい!
  人間は人間を超越する存在の絶対の栄光に従うこと、それだけが永遠の答えなのです!」
 場内からは、熱いどよめきが立ち昇った。 
 強烈な光に浮かび上がっている、堂々とした白木の十字架であった。
 小夜子には、後ろ手に縛られ、胸縄を掛けられたような縄による緊縛は施されていなかった。
 縄の意匠があらわす縛って繋ぐ力などまったくあらわされていなかった。
 女は、波打つ柔らかな黒髪にうりざね形の顔立ちを際立たせ、
 細くきれいに流れる眉の下に澄んだ大きな瞳を愛らしく輝かせ、
 小さくまとまりのよい小鼻をひらかせた鼻筋を純潔をあらわすかのように通し、
 大きすぎず小さすぎない美しい唇を品を示すような真一文字とさせているのだった。
 ほっそりとした首筋から双方の肩先へ流れるなよやかな線、
 双方の腋の下から腰付きへかけての悩ましく優美な線、
 足先まで伸びる両脚の艶美でしなやかな線、
 地上における曲線の最高の美麗とはこのようなものであると感じさせられる艶麗さに縁取られて、
 ふっくらと盛り上がったふたつの瑞々しい乳房を可憐な乳首の果実として匂い立たせ、
 愛らしいくぼみを見せる臍はなめらかな腹部にあって、その下に艶めかしいふくらみを見せる小丘を柔和そのものとさせていた。
 その丘のふもとにのぞかせる深々とした切れ込みが一層のか弱さと優しさと妖美を漂わさせているさまは、
 生まれたままの全裸の姿にある女……
 匂い立つその女として色香のありようは、この地球上で最も美しいとされるものに違いないのだった。
 その女が縄で縛られていたのは、左右へ大きく開かされた両腕の華奢な手首が十字架の横木へ繋ぎ留められたものだけで、
 女が重力のままに地上へ落下するのを支えていたのは、
 優美な両脚を大きく開かされて跨がされた十字架の縦木のなかほどにある三角柱であった。
 その晒されているありようから逃れたいという上昇する思いがどれほどあろうと、
 下降していく肉体の総重量は、跨がされた三角柱の鋭角へ集中するほかないことであった。
 艶めかしいふくらみを見せる柔和な小丘に、か弱さと優しさと妖美を漂わさせてのぞかせている女の割れめにである。
 食い込まされた三角の鋭角がその割れめを押し開いて、肉の合わせめが裂けるほどに盛り上げているありさまは、
 体重五十キロの女であれば、五十キロの自重がその割れめへ重力として働いている激しさがあるものだと理解させた。
 それが物理的な計算方法として誤る理解だとしたら、正しい理解をご教授頂けたら幸いであると述べたくなるほど、
 女の股間の箇所は、覆い隠す羞恥の陰毛をすっかり奪い取られて、目の当たりの観察を容易なものとさせているのであった。
 だが、肝腎な事柄というのは常に外観から見ることのできない奥にあるものだ、という世の習いの通り、
 七度に渡って喜びの絶頂を極めたその同じ認識の門口で責め苦がもたらす認識を感じること、そう宣告された通り、
 女の跨がされた三角柱の鋭角は、敏感な愛らしい小突起を押し潰し、妖美な女の花びらを押し開いて柔和な果肉へと食い込み、
 可愛らしくすぼまった菊門を裂いていることは、責め苦の本領としての事実だったのである。
 そして、その責め苦の激痛から来る苦悶は、晒される女から、一切の整合性的な思いを剥奪していった。
 股間から突き上がってくる激痛は、逃れようと身悶えすれば、それだけ激しく食い込ませるものでしかなかったから、
 身動きしないで懸命に苦痛を耐える以外のものでしかなかった、
 しかし、突き上がってくる激痛は身悶えしないではいられないものだったから、逃れようとする、この繰り返しであったのだ。
 女は、大きな両眼から涙をぼたぼた滴り落して泣きじゃくったが、泣き枯れたあとは、顔立ちを真っ赤にさせてうめき続けた、
 やがて、うめく声音もか細くなっていくと、蒼白さを漂わせた表情に空ろなまなざしを浮かべるようになっていた。
 救いを求めて絶叫する、この選択肢しかない情況へと追い込まれたのは、
 女の処刑を見つめ続けていた誰にも理解できたことだったから、女から声の上がることは当然だった。
 それなのに、女はどうして早くに救いを求めないのか、不思議だった。
 もとより、罪のない女が拷問で処罰されることが不条理であったが、女が思い上がった思いで考えていたことを正すのであれば、
 救済は人間を超越する存在の前で人間へ果たし得ることであったから、女は人間の弱さ・愚かさを自覚すればよいことだった。
 だが、場内の緊張が不可思議の興奮へ変化するほどの時間が経過しても、
 十字架へ磔にされた女からは、救いの声は上がらなかったのだ。
 すでに、もたげていた美しい顔立ちは力なく伏せられ、
 握り締められていた両手も虚空へ差し出されるように開かれ、
 激痛の苦悶を逃れようと甲斐なく突っ張らさっていた両腕と両脚も弛緩をあらわして、
 全身から吹き出させた汗と女の割れめから滲み出させた体液を跨がされた鋭利な木馬から滴り落させるだけとなっていた。
 このまま続ければ、女は死んでしまうのではないか、と思わせるものだった。
 <上昇と下降の館>と呼ばれる連れ込み旅館は、淫猥極まりない場所であったが、死刑場ではなかった。
 小夜子に求められたのは、死に至るということではなかった。
 女は、<十字架に取り付けられた三角木馬>から降ろされねばならなかった。
 この結果は、観衆を大いに動揺させることだった。
 女性から虐められて喜びがあるという小夜子の十二歳のときの心的外傷は、
 成人になってもからも消すことができないものとしてあった、
 その救いとなるのは、整合性の思考を超越した神の存在のみである、
 そのために彼女はカトリック教へ入信することを果たしたのであった。
 この成行きこそが、折り合いを付ける、辻褄を合わせる、収拾を付ける、整合性を成すという、
 小夜子の物語を完成させるものであったのだ。
 だが、彼女は、受け入れなかったのである。
 物語は、女主人公の気まぐれで破綻させられたのだった。
 小夜子の結末をどのようにしたらよいか……
 場内にいた観衆のみならず、作者さえも、困惑させられることだったのだ。
 
それに答えを出したのは、ほかでもない、三角木馬の十字架から降ろされた小夜子みずからだった。
 「よろしいですわよ……
  私を<あの方・ご主人様>への供物でも、生贄にでも、なさってください。
  けれど、私は、あなた方が思っているほど、<あの方・ご主人様>に対して、もはや、魅力も興味も感じてはおりませんわ。
  あなた方は、私について書かれたという<或るマゾヒストの身上書>のなかで、
  『加虐と被虐を通して女性同士の愛欲を行うことを<牝鹿のたわむれ>と称することを、
  彼女は、その愛欲に目覚めさせられた最初の相手から教えられたが、そのときは、まだ、十二歳だったのである』
  という箇所を私のトラウマとしてお考えになっているようですけれど、それは、いまや旧態の心理学ではないのかしら。
  私たちがこれから考えなければならないのは、言語による概念的思考における整合性の問題ですわ。
  そのありようが性のオーガズムに根拠を置いているというだけで、
  性的な対象を取り扱うから猥褻であるというような整合性の思考を成されているのでは、
  少し了見が狭いと言えることじゃありませんの。
  
私は、<色の道>を歩み続けてもかまわないと思っているのですのよ、整合性の問題を追求するためなら……
  さあ、どうぞ、私をお好きになさってくださいな……」
 生まれたままの全裸を横座りとさせていた小夜子は、
 両手を後ろ手にさせて手首を重ね合わせる仕草を取るのだった。
 さて、いったい、誰が彼女を縄で縛るのだろうか。
 あの権田孫兵衛老人か、作者か、それとも、読者か、或いは、超越的存在か。
 ただ、明らかだったのは……
 生まれたままの全裸を晒して、後ろ手にさせた姿態で縄掛けされるのを待つ女……
 それは、絵になるような妖美といえる美しい姿だったということだ。
 これが<女の絵姿>と呼ばれたいきさつであった。

<付録>

第七番目の女性が三角木馬の拷問に晒されて終わったという筋立てに対して、
次のような可能性もあることなので、参考としておきます。
「小便にでも出かけていたように姿を消していた権田孫兵衛老人は、
落ち着いた和室のひとつで、艶めかしい朱色の夜具の上へ、生まれたままの素っ裸を晒していた。
権田孫兵衛老人は、いったい、どのような美しい女が生贄として連れてこられるのだろうかと、
禿げ上がった真っ白な頭髪に歯のないくぼんだ口もと、どぎつい目つきや鋭い鷲鼻、
皺だらけの小柄で痩せ細った身体が険しい老いをあらわにしている全裸を喜びで震わせながら、
萎びたおちんちんをみずからしごきながら、心待ちにして待っているのだった。
やがて、襖が静かに両開きにされ、<『奥州安達ケ原ひとつ家の図』>の鬼婆に縄尻を引かれた、
生まれたままの全裸を麻縄で緊縛された美しい女性が入ってきた。
権田孫兵衛老人は、デスマスクのような顔をほころばせたが、笑っているの泣いているのか怒っているのか、
まるでわからない顔つきだった。
いや、わからなかったのは、むしろ、生まれたままの全裸を縄で緊縛された女性の素性であった。
わからないものである以上、これ以上は書けなかったことだった……」


 冴内谷津雄は、<小夜子の物語>をそのようにして終了させると、パソコンの電源を切り、書斎となっていた部屋を出た。
 それから、かつては、夫婦の寝室として使用されていた部屋の扉を開けるのだった。
 そこには、別れた女房の孫兵衛が先程から待っていた。
 孫兵衛は、清楚で美しい顔立ちを凄艶なくらいにこわばらせ、ベッドの端へおとなしく腰掛けていた。
 部屋へ入ってきた相手に気づくと、彼女はすっと立ち上がった。
 正絹の地に白黒のパンダの大きく描かれた艶麗な着物に豪奢な笹地の帯を締め、
 髪型は柔らかなウェーブを持たせた初々しい若奥様といった感じの艶やかな黒髪を強調した姿にあった。
 うりざね形の顔立ちは、細くきれいに流れる眉の下に、澄んだ大きな瞳を愛らしく輝かせ、
 小さくまとまりのよい小鼻をひらかせた鼻筋は純潔をあらわすかのように通り、
 大きすぎず小さすぎない美しい唇を品を示すような真一文字とさせているのであった。
 だが、表情は幾分か蒼ざめた感じにあったが、それが美貌をいっそう際立たせるものとしているのだった。
 彼女のまなざしはみずからの胸のあたりへじっと注がれていた、
 それは、ほっそりとした白い指先が紫地の帯締めをもてあそぶようにしているからだった。
 躊躇をあらわしている仕草であったことは間違いないが、見られていることへの媚態と受け取れないこともなかった。
 みずからに自信がある者は、行う事柄の如何に関わらず、遊戯という余裕を示すものである。
 この場合、たとえ、それが自惚れであったにしても、女がみずからの身体に自負を持っていたことは確かだった。
 その証拠に、帯締めに指が持ってこられるまでの彼女は、両眼に涙を浮かび上がらせていたのである。
 ところが、帯締めをもてあそび始めてからは、考えるところを得たように、瞳はきらきらと輝き出したのであった。
 何を思ってのことか――そのようなことは、脱衣してから注意を向けても遅くはないことであろう――
 ようやく、帯締めは解かれていくのだった。
 それから、桃色の帯揚げが外し始められた。
 彼女の顔立ちは、毅然としているくらいにもたげられ、正面の虚空がきっとなったまなざしで凝視されている。
 華奢な白い指先は、豪奢な笹地の帯へとかかっていた。
 手際よくするすると解かれていく帯は、まるで、華厳の滝の落下を見るような華麗な感じを漂わせていた。
 白黒のパンダの大きく描かれた艶麗な着物の裾元には、海原を思わせるように豪奢な帯がうねりを見せていたが、
 艶めかしい色香を匂わせる帯締めや帯揚げの色とりどりに加え、訪問着を支えている伊達巻や腰紐が解かれていくと、
 女は、百花繚乱の花々に足もとを埋められて立つ天女のような風情をかもし出せるのであった。
 女は、きれいで、愛らしく、艶やかで、艶めかしく、匂やかで、麗しく、美しさそのものの外観があったのだった。
 その天女は、支えるものを失って裾前が左右に割られた着物を双方の手で掻き合わせるような仕草をしている。
 そして、幾分か上目遣いになったまなざしで、うっすらと微笑みさえ浮かべている表情を示しているのだった。
 それは、これ以上に見たいとお望みなら、はっきりとそうおっしゃってみたら、と言っているかのようだった。 
 いったい、彼女は誰に向かって、そのように言っているのか。
 その疑問へみずから答えるかのように、女は、身体をさも悩ましそうにくねらせて斜めにすると、
 艶麗で豪奢な着物を肩からそろそろとすべり落としていくのであった。
 あらわれたのは、純白の長襦袢姿の胸を詰まらせるような艶めかしさであった――
 匂い立つような色っぽさが漂うのは、やはり、家庭の主婦であり、夫を持つ妻であるという身の上のことからなのか。
 蒼ざめていた顔立ちも、いまは、羞恥を意識してか、桜色にほんのりと上気していたが、
 それがますます、人妻であるという憂愁と喜悦と艶美をかもし出せていることは否定できないことであった。
 いつまでもその姿で眺め続けていることに飽きがこないほど、醇美、優美、秀美が漂っていた。
 彼女自身も、見せつけるように直立した姿勢を微動だにさせず、顔立ちを前方へ華麗に向けていた。
 しかし、そのとき、澄んだまなざしをほんのわずか落した仕草は、
 これから行うことの恥じらいの思いをにじませたようで、愛くるしくさえ映るものだったのである。
 「孫兵衛、戻って来てくれたのは、やはり、これが好きだったんだね」
 谷津雄は、使い古された麻縄の束を相手の足元へ投げて示した。
 縄を眼の前にさせられた女は、狼狽の色を隠しきれず、それからさっと視線をそらせるのだった。
 「あなたの眼は、ごまかせなかったわね……でも、まごえって何ですの?
  私の名は小夜子、いくら出戻った女房だからと言って、お爺さんみたいな呼び方をしないでください……」
 女は、幾分か震える声音でそう言うと、まじまじと相手を見返すのだった。
 「いや、悪かった、ようやく終了させた小説の物語から、まだ頭が離れなくて……
  小夜子……ぼくは、嬉しいよ……」
 谷津雄の声も幾らか震えていたが、それは、これから行われようとすることへの期待に胸踊らされてのことだった。
 「私も覚悟を決めて戻って来たのですわ……
  さあ、どうとでも、あなたのお好きなようになさって……」
 小夜子は、直立させた純白の長襦袢姿のなよやかな両肩を震わせながら、美しいまなざしを閉じるのだった。
 「この日をどれだけ待ったことか……」
 谷津雄は、うっすらとした笑みを口元に浮かべると、相手の華奢な手首を引きつかんで自分の方へと引き寄せた。
 力強く抱擁された小夜子は、激しく押しつけてくる相手の唇をためらうことなく、みずからの唇をぴったりと押しつけて返した。
 そればかりではなかった、谷津雄の背中へ両手をまわして力一杯相手を抱きしめたのだった。
 抱きしめ合ったふたりは、そのまま、なしくずしにベッドの上へ倒れていくのだった。
 柔らかなウェーブを持たせた初々しい若奥様の髪型が崩れ、艶めかしい芳香があたりへと撒き散らされていったが、
 谷津雄とぴったりと重ね合わせていた小夜子の美しい唇は、やがて、やるせなさそうな身悶えと共に開かれて、
 甘く濡れた舌先を相手の口中へと忍ばせてくるのだった。
 そのとろけるような甘い舌先を迎え入れた谷津雄は、抱きしめた純白の長襦袢のうなじから匂い立つ温かみのある芳香に、
 むせるかえるような甘美さと切なさを感じさせられ、女の舌先がみずからの舌先とくねくねと戯れるに及んでは、
 愛する最高の女とふたたびめぐり合うことのできたことに有頂天にさせられるのだった。
 大きな瞳の両眼をうっとりと閉じ合わせ、熱っぽく芳しい鼻息をもらしながら、
 ねっとりとした舌先の愛撫を続ける小夜子だったが、谷津雄は、重ね合わされた唇がそっと離れるのをきっかけに、
 純白の長襦袢の伊達巻を解き始めるのだった。
 「生まれたままの姿になって欲しいな、ねっ、いいだろう……」
 解かれた伊達巻は色っぽい長襦袢の裾前をはらりと開かせ、谷津雄の両手はなよやかな相手の肩先からそれを滑り落させた。
 水色の肌襦袢と湯文字の姿にさせられた小夜子だったが、その清楚で美しい顔立ちのまなざしはきらきらと輝いて、
 相手からされることへの期待は、綺麗な形の唇を薄く開かせてあらわされているのであった。
 取り払われた肌襦袢があらわにさせた女の柔肌は、乳白色の光沢を放ってあたりを明るませるような美しさがあった。
 小夜子は、恥ずかしそうに両手を胸にやって、ふっくらとした盛り上がりを見せる乳房を覆い隠している。
 そして、幾分か上目遣いにしたまなざしで谷津雄を見やる様子は、美しい悩ましさを示しているというようなものだった。
 「これも脱いでね……」
 谷津雄は、興奮の余り震える声音でそう言うと、相手の腰から湯文字を取り去っていくのだった。
 女の下半身があからさまにされるに従って、小夜子は、うん、と小さな声音をもらすと、
 ベッドへ仰臥させられていた裸身を起こして、谷津雄に背を向けるようにして、その上へ横座りの姿態を取るのだった。
 そして、最後に残された衣類であった足袋をみずから脱いでいくと、生まれたままの全裸の後姿を晒すのだった。
 だが、それで身に着けていたものがすべて取り払われたわけではなかった。
 小夜子の首もとには、銀色に輝くロザリオが掛かっているのだった。
 女は、初対面の男を相手にしているとでも言うように、かたくなに後姿を晒したまま、恥ずかしい箇所を両手で覆い隠している。
 「きみとは、夫婦だった仲じゃないか、ここに至って、何も恥ずかしがることはないよ」
 谷津雄は、苦笑いを浮かべながら、小夜子の柔和な肩先へ手を置くと無理やりこちらへ向けさせようとするのだった。
 「だめよ、だめ」
 小夜子は、甘く鼻を鳴らしながら駄々をこねるように身悶えをして、かたくなに動くこと拒むのだった。
 それが男の思いを掻き立てようとする女の媚態であることは、谷津雄にもわかっていたことだったが、
 下腹部は、まさに自然とも言えるように立ち上がって、成行きをはっきりと求めさせるように反っているのだった。
 谷津雄は、胸と下腹部を覆う相手の両手を引き剥がそうと華奢な両手首をつかんで引っ張ってみたが、
 小夜子は、懸命な抵抗を示して動こうとはしなかった。
 「どうして、そんなじらすようなことをするんだ……」
 谷津雄は、ついに怒ったようなものの言い方になった。
 「うん、わからず屋さんなのね……
  私は何のために裸にさせられたの……
  あなたは何のために縄を用意したの……
  私にその先を言わせるなんて、無粋ではないかしら……」
 小夜子は、しっとりと濡れたまなざしをきらきらと輝かせながら、肩越しの上目遣いで谷津雄を見やるのだった。 
 そして、おずおずと両手を背中へまわしていくと、両手首を重ね合わせる仕草を取るのだった。
 女は縛られることを望んでいるのだ、という明確すぎる認識が床へ投げ出されていた麻縄をつかませていた。
 重ね合わされた華奢な両手首へ縄が巻きついていった、後ろ手に縛った縄尻はすぐに前へとまわされ乳房の上へ掛けられた、
 そして、二度巻きつけられると背後で縄留めされた、すぐに、二本目の縄を背中へ繋いで、今度は乳房の下の方へもっていき、
 同じように二度巻きつけると左右の腋の下からそれぞれ固定して、後ろ手胸縄縛りとして完成させた。
 ものの何分と掛からなかった手際のよい所作は、きっと小夜子も敬服してくれるだろうという満足感のあるものだった。
 そうだ、彼女は、この縄が恋しくて自分のもとへ戻って来たのだ。
 縛って繋ぐ力……この縄による緊縛の洞察を小夜子は身にしみてわかってくれたのだ。
 縄による緊縛の意義を実感させられるのは自分以外にはないということを、
 彼女が初夜の床入りで示した高ぶり以上に素晴らしくあらわされたことはなかったのだ。 
 彼女は、縄で縛られて、最高の喜びをあらわす女なのだ。
 縛り上げた小夜子の美しい全裸の後姿をしげしげと見つめながら、谷津雄は、そのように思うのだったが、
 どうしても気になって仕方がないということが眼の前へちらちらとしているのだった。
 谷津雄は、恥ずかしそうに横へ伏せている小夜子の顔立ちをのぞき込むようにして、問い掛けた。
 「このようなもの、もう、きみには必要ないと思うんだが、違うかな……
  きみの救いになるのは、ぼくの縄の方じゃないのかな、間違っているかい?
  取り去ってもいいだろう?」
 谷津雄の指先は、小夜子の胸もとにきらきらと輝く銀のロザリオへ触れているのだった。
 小夜子は、恨めしそうな上目遣いのまなざしをちらっと投げかけると、小さくうなずいて見せた。
 そうしてロザリオの奪われた女の身体は、文字通り、生まれたままの全裸を縄で緊縛された姿態をあからさまとさせていた。
 女は、依然として、男の眼から眺められる羞恥を横座りとさせた身体全体へあらわすように、
 後ろ手に縛られた上半身をくの字に折り曲げ、艶めかしい太腿をぴったりと閉ざして陰部を隠すようにして、
 ウェーブのかかった柔らかな黒髪で顔立ちを覆うように横へ伏せ続けているのであった。
 谷津雄には、そのかたくなさが健気と思えるくらいに愛らしいものと映るのであったが、
 ふたりの愛欲の遊戯はまだ始まったばかりのことであった。
 谷津雄も衣服をすべて脱ぎ去って全裸となり、ベッドへ上がろうと、ふと、枕もとの方へ眼をやったときだった。
 枕もとの傍らに、先日、発刊記念として贈呈されてきた、或る才能豊かな女流作家の小説本があるのが眼にとまった。
 その艶めかしい腰巻には、次のような宣伝文句が記されてあるのだった――

恋に溺れながら
私の愛は乾いていく
高ぶるほど空虚
充たされるほど孤独

 そして、谷津雄が小夜子の方へ視線を戻したときだった。
 そこに彼女の姿はなかったのだ。
 小夜子の縄で緊縛された美しい全裸は消え失せていたのだ。
 ベッドの上にあったのは、蛇のようにとぐろを巻いている二本の麻縄ときらめく銀のロザリオだけだったのである……
 途方にくれている作者・冴内谷津雄に残された解決方法があるとすれば、
 居間で小説本に触れることから始まる小夜子の物語をもう一度最初から始めることでしかなかったかも知れない。




☆九つの回廊・牝鹿のたわむれ タイトル・ページ

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