生まれ変わり 或いは 女神の創造 第4章 一之瀬由利子? それは、だれ? 借金返済で弁護士に相談






第4章  一之瀬由利子? それは、だれ?


開かれた窓から差し込む美しい月明かりは、<自室>に美と官能を漂わせ始めます、
しかし、都会の騒音は残っています、そこで、私は、音楽をミニ・コンポで鳴らすのです、
ミニ・コンポは、父親の聴いている音響装置と比較したら、大人と小人の違いです、
そこから鳴り響かせる音楽も、父親のお気に入りの作曲家ではありません、
アントン・ブルックナー……
父親は、この作曲家を好みません、
理由は、冗長な反復と過度な興奮があるだけの独りよがりの音楽表現だからと言うのです、
独りよがりの音楽表現……
何という響きの良い言葉でしょう、
私が行っていることは、独りよがりでしかないことです、
それは、充分に承知していることです、
けれど、独りよがりの思いを通さなければ、見えてこないものがあることは、確かです、
私は、それをブルックナーの楽曲に聞くことができるのです、
ブルックナーの独りよがり……
それがどのようなものであるかを知るには、ブルックナーの事実を知らなければなりません、
その事実とは、十一あるとされる交響曲は、現在までの研究によれば、
それぞれが初稿に改訂を加えて、幾つもの稿が存在するということにあります、
私が好んでいる、<交響曲第2番>の場合でも、
1872年、1873年、1876年、1877年、1892年の楽譜があるのです、
私が<ブルックナーの交響曲第2番を聴いている>と言っただけでは、
それが第2番のいずれの版によるものであるかが分からないということです、私の場合は、
<エリアフ・インバル指揮 フランクフルト放送交響楽団演奏の1877年改訂版>ですが、
この稿の相違は、交響曲によっては、まったく異なる楽曲表現となっている場合さえあることは、
同じ交響曲第何番という名称でありながら、違う楽曲にあるという意味になることです、
それならば、別の名称のもとに新たな楽曲とした方が分かりやすいことです、
しかし、ブルックナーの独りよがりは、それを拒否しているのです、
彼に関心を抱く者へ同様な考えにあることを強いるのです、
世界に星の数ほどいる作曲家のなかにあって、スコアーのこのような独りよがりのありようは、
ひとり、アントン・ブルックナーばかりにあるとさえ言えることにあるのです、
どうして、このような複雑な音楽表現として残される結果となったのでしょう、
ブルックナーの人格の優柔不断、強度な自己批判癖とされることであれば、
その楽曲があらわす、広大、深遠、強靭といった印象とは、まったく矛盾したことになります、
答えは、単純です、
それは、広大、深遠、強靭をあらわす、
神が象徴する<絶対>への思慕によることにあるからです、
生涯独身であった作曲家は、二十歳にも満たない女性、少なくとも、
四人が霊名を<マリー>と共通する少女達を思慕し、結婚を迫ったということにありました、
すべての少女達から断られた結果となったことにありますが、
ブルックナーにとって、思慕する女性は、聖母マリアという<絶対>において、
処女の輝きをあらわす少女にあって、高貴にして優美なる存在としてあったのです、
ブルックナーの独りよがりとは、<絶対>への思慕として、
官能を高ぶらさせ、燃え上がらせ、絶頂にまで昇らせて、宇宙にまで及ぶ、
思慕の官能という壮大さがあらわされていることにあるのです、
そこへ到達するための音響表現は、人間にとって、<絶対>が決してあり得ることでなければ、
終わりのない改訂という作業にあらわれるほかないものなのです、
人間が<絶対>の概念と対峙したとき、それが限度であるという表現として成し得ること、
人間にとって、それは、<不滅の事柄>と言えることにあるのです、
どのような民族が作り出したものであっても、優れた芸術とは、
繰り返し鑑賞させる力をあらわしたものであり、それは、<不滅の事柄>をあらわしているのです、
<不滅の事柄>を表現するものであれば、民族は問わないということにあるのです、
人間にとって、<不滅の事柄>とは何か、
それが問われない芸術は、時流に流されるものでしかないということになります、
繰り返しの鑑賞に耐え得る、<不滅の事柄>を持っている芸術、
民族の芸術とは、それを創造することでしかないことです、
ブルックナーは、それを表現した作曲家だったのです、
従って、それを成し遂げようとしない民族には、
他の民族の芸術を模倣・追従・隷属するだけの表現しか示せないということになります、
みずからの民族の全体性は創造されなければならないことです、
さもなければ、他の民族の全体性へ隷属するだけのことになります、
私は、日本民族の女性である自覚を持って、思慕することを行います、
私の方法によって、私は、<絶対>と対峙します、
<ひとりの女性であるからこそ、成し遂げられること>をするために……
西洋を知れば知るだけ、離れていくことでしかありませんでした、離れていけばいくほど、
両者をひとつにする、動物としてあることが如実となることでしかありませんでした、
つまるところは、ひとつでしかないが、そのあらわれは、多種・多様・多義の相違が存在する、
多種・多様・多義の相違をひとつとして考えることに相反・矛盾があれば、
軋轢・苦悩の拠り所となるのは、当然のことにありました、
生まれたままの全裸となることは、身にまとっている衣装を脱ぎ捨てることです、
その全裸へ縄掛けを施すことは、新たな思想をまとうということにあります、
その思想は、既存の概念として守るもの・隠すものがない全裸にあるということは、
本来の肉体と精神のありようとして解き放ち、展開されるものとなることにあります、
縄は、しっかりと縛られることをされれば、不自由を作り出すものです、
自由を解き放つものにあるということは、
そこに相反・矛盾があらわされていることにあるからこそ、
日本民族固有の思想が展開されるということへ導かれることにあるのです、
人間が<絶対>の概念と対峙したとき、
それが限度であるという表現として成し得ること、それが人間にとって<不滅の事柄>であります、
ブルックナーの改訂・改変された表現のどれが最上か、
それを問うことの無意味は、ブルックナーの表現に最上のものはあり得なかったということが、
ブルックナーの作品の執拗な改訂・改変の事実であるからです、
ブルックナーに余命がどれだけ残されていたとしても、その改訂・改変の作業に終焉はなかった、
ブルックナーの対峙している、<絶対>の概念は、
それが神への思考であれ、人間への思考であれ、自然や宇宙への思考であれ、
<絶対>への思慕は、そのようにしかあらわすことができないものとしてあり、
人間の限度の表現であったことです、これこそが、人間にとって、<不滅の事柄>であり、
すべての人間は、この<不滅の事柄>を認識するために生きるということがあるからこそ、
ブルックナーの表現に感動を覚えることができるということにあるのです、
バッハやベートーヴェンは、人間存在の深さや広さを表現したことでは、類稀な作曲家です、
しかし、ブルックナーは、高さを表現したことにおいて、類稀なる作曲家です、
アントン・ブルックナーの作曲した交響曲の偉大は、一言で言えば、
神という崇高を思念することにおいて、
その高みへ音楽表現を媒体として昇り詰めようとする人間の意思が表現されることにあります、
神に対する単なる賛歌ではなく、
人間の至上を表現することのできる、類稀なる表現者ということにあります、
この意義においては、神に対する信仰を単に崇め奉るというありようから超脱することにおいて、
イギリスの詩人・画家のウィリアム・ブレイクと同一の人間性の表現をあらわしています、
世俗を超脱しているという内識において、隠遁の生活者であれば、それなりのものがありますが、
芸術の最先端であるウィーンで生活しなければならなかった、ブルックナーにあっては、
必然的に、生活における様々な世俗の問題が惹き起こされる、
自然や美しいものを愛する気持ちが強く、晩年に至るまで、美少女崇拝ともいえるありようは、
少女に対してその場で求婚してしまう結婚願望にあらわされたことは、
その一例にあったことなのです、
 ヴィーン・フィルに全曲も一部も演奏の記録の残っていない、<交響曲第5番>は、
作曲者自身が一度も音響として聴くことのできなかった唯一の交響曲であります、
しかし、稿としては単一で、複雑な改訂稿がないことは、
初稿に込められた<本来のブルックナーの音楽>が決定稿として残っている作品にあります、
<交響曲へ短調>から始まる交響曲表現の技法において、
それは、一つの人間の頂点があらわされている音楽にあることが示されていることにあるのです。

その<交響曲第5番>の演奏会が池袋の東京芸術劇場で行われたとき、
偶然にも、出会った人物がいたのでした、
彼女の方が私を良く憶えており、声を掛けてきたのは、彼女の方からでした、
私も、相手を間近にして、高校の時に三年間習った数学教師である、
工藤安芸子先生であることを思い出しました、
「高倉さん、あなたさえ良ければ、もし、お時間が許されるなら、
ブルックナーの音楽に心酔している友人がすぐ近くでスナックのお店をやっているの、
そこでお茶をしながら、少しお話でもしませんか」
微笑みを浮かばせた工藤先生から、そのように誘われた、私は、
授業時間以外にも、課目外を熱心に教えて頂いたことを懐かしく追想していました、
<交響曲第5番>の終楽章のコーダの興奮から醒め切らずにいたせいでしょうか、
私は、お誘い、嬉しいですと答えて、一緒にそのお店へ向かうことになりました、
十五分ほど歩く道すがら、工藤先生は、私の方へまなざしを向けるようにして、
「お店は、ブルックナーの交響曲の緩徐楽章だけを店内音楽としているのよ、
独特のインテリアがあって、落ち着ける素敵な場所、あなたも、きっと気に入るわ」
と言いました、私も、二十四歳になっていたのですから、
工藤先生も四十歳台なかばにあったはずですが、
当時とほとんど変わらない顔立ちと身体付きにあったことは、とても印象的でした、
やがて、大通りから路地裏へ入ったところに、お店はありました、
全面は白一色で、窓はひとつもなく、
木製の扉に掛けられている銘板の店舗名は、<四人のマリー>とあったのです、
扉を開けた瞬間、
私の好きな<交響曲第2番>の第2楽章のアンダンテが美しい響きで聞こえてきたことは、
工藤先生に続いて、ためらうことなく、私を店内に入らせたのでした、
入った瞬間、木製の扉へ重々しく錠が下ろされた音を聞かされたことは異様だなと感じましたが、
その異様は、室内のインテリアが更に上回るものをあらわしていることにありました、
客を接待するスナックのインテリアと言われれば、良くあるものとはいえないことにあったのです、
室内の照明は明るく、随所まで見渡せることにあったことは、確かに、落ち着いた雰囲気がありました、
しかし、私が立っていた入口の踊り場から、三周は巡る螺旋階段が地下へ作られていたことは、
ふと見上げた天井からは、滑車に掛けられた麻縄が長々と地下の地面にまで垂らされていて、
その縄尻がとぐろを巻いている様子がはっきりと見えたことは、装飾を感じさせないものにありました、
これは、いったい、どういうことですの?
と私は、工藤先生を振り返って問い掛けました、
そのとき、先生は、驚くべきことに、生まれたままの全裸の姿態をさらけ出させていたのです、
そして、顔立ちを紅潮させながら、このように言ったのです、
「真美さん、あなたは、私があなたをずっと思慕していたことを気付いていましたか、
あなたを見かけたときから、あなたは、私にとって、唯一の存在にあったのです、
私にとって、あなたを思うことは、喜びと幸せと将来の希望を育ませたことにありました、
しかし、高校教師と生徒という関係では、ましてや、それが女性同士の関係ということでは、
現実には、どうにもならないありようでしかありませんでした、
しかし、私は、あなたを諦めるということができませんでした、
あなたが高校を卒業して大学へ進学した後も、あなたの姿を見掛けることが失われても、
私のあなたに対する思いは変わらなかったのです、
今日、此処へ、あなたをお連れしたのは、私は、あなたの妻と呼ばれたいという思慕にあることからです、
私は、あなたの妻となることの婚姻を遂げたいという切実な思いからです、
十歳も年上にある妻をあなたは望まないかもしれません、
しかし、私は、いま、此処にあなたがいる以上、思いは遂げられることを確信しています、
お願いです、私の手を取って、婚姻の祭壇まで導いて下さい、
螺旋階段を下りたところには、介添人となって頂ける、三人の女性が待っています」
そのように言うと、工藤先生は、その場へ全裸を跪かせ、両眼を閉じて、両手を差し出すのでした、
ブルックナーのアンダンテは、法悦的な響きで美しさの高潮へ向かっていることにありました、
私は、その官能的な響きを耳にしていて、
工藤先生の真剣な告白が断ることのできないものにあることを感じました、
私は、彼女の求めるままに、相手の手を取り、しっかりと握ってその場から立ち上がらせると、
導くようにして、螺旋階段を下り始めたのでした、
一糸もまとわない全裸にある彼女は、ただ、恭順をあらわして従うだけの女性にあることでした、
螺旋階段は長いものでした、私は、茶色の壁面に何の装飾もない円筒を感ずるだけで、
音楽に聴き入るばかりにありましたが、やがて、地下の地面が近付いてきました、
妻になるという女性とそこへ下り立つと、三人の女性が待っているのを知りました、
三人の女性も、また、一糸も着けない生まれたままの全裸の姿態をあらわとさせていることにありました、
三人が立つなかで、脂肪のついた、ふっくらとした、年配を感じさせる女性が一歩前に出て、
「安芸子さんの思いを遂げさせて頂けることを感謝致します、
それでは、婚礼の準備に入りますので、新郎と新婦は、それぞれに着付けをお願い致します」
と言って、私たちは、それぞれの部屋へ導かれることがされました、
私は、年配の女性に付き添われ、彼女は、ふたりの若い女性に付き添われて、部屋へ入りました、
私は、年配の女性から、身に着けているものをすべて取り去ることを求められました、
私は、みずからが立たされている立場を理解しているつもりでしたから、
言われるままに、隠すものひとつない、全裸の姿態をさらけ出させました、
それから、これは、花婿を厳粛な姿としてあらわす衣装ですと言われて、
年配の女性が手にしている麻縄で、全裸の肉体へ縄掛けをされたのでした、
それは、<亀甲縛り>と称される、菱形の紋様が綾となす緊縛にありました、
ふたつの乳房を際立たせられ、股間へ通された股縄は、女芽と陰唇と肛門を刺激される常道にありました、
そして、最後に、黒の蝶ネクタイが首へ着けられたのでした、
後ろ手にも縛られたことは、その縄尻を年配の女性に取られて引き立てられたことにあったのでした、
私が新婦と廊下で出会ったときは、
新婦は、新郎が着付けをされている<亀甲縛り>の緊縛姿と同様にありましたが、
新婦は、陰毛をまったく奪われている白無垢とされていたことは、
股間の割れめへ埋没させれている麻縄を鮮やかに見せ付けていることにありました、
それは、初々しい様子を感じさせましたが、新婦は、妻となる思いの高ぶりと股間の羞恥からか、
花嫁の純白のヴェールが被せられた顔立ちを伏せるような素振りにありました、
それから、全裸の若い女性が先頭に立ち、新郎と新婦は、それぞれに、
年配の女性ともう一人の若い女性によって縄尻を取られ、廊下を更に奥の部屋へ向かわされたのです、
新婦は、全裸に掛けられている縄の拘束で刺激される官能の高ぶりによって、
食い込まされている股縄の陰部への鋭敏すぎる感触は、
歩かされるのがもどかしいという仕草をあらわとさせていたばかりか、
腰付きを悩ましく悶えさせるような状態は、進むにつれて激しさを増していくことにありました、
私は、顔立ちを彼女の方へ向けて、しっかりなさい、と声を掛けましたが、
新婦は、私の方を見る余裕も失って、みずからに没頭することが精一杯にあり、
菱形の縄の紋様にせり出せられた、ふたつの乳房にある、それぞれの乳首は、
これでもかというくらいに立ち上がらせているばかりにありました、
そして、たどり着いた、奥の部屋にあったのです、
そこには、祭壇が作られてありました、
祭壇と分かるのは、向かいの壁に、金色の色彩をあらわした、大きな十字架が掲げられており、
その左右には、背の高い燭台が一本ずつ立てられていたことにあったからでした、
その前まで行くように促されても、新婦は、もはや、一人で歩むことが困難な状態にありました、
若い女性二人から左右を支えられるようにされながら、
私が執らされた姿勢と同じように、床へ跪く格好とされることにあったのでした、
新郎と新婦の前には、年配の女性を中央にして、若い女性が左右に立っていました、
年配の女性が儀式の始まりを告げるように、左右の女性へ頷くと、
それぞれに、燭台に立つ蝋燭へ火が点けられ、部屋の照明が落とされました、
暗闇にある室内は、蝋燭だけの明かりとなって、
その光に浮き上がった、脂肪のついた、ふっくらとした、全裸の女性の姿がありました、
「同質でありながら異形の二者の合体によって新しい生命が生まれる、
ということが生命誕生の原理としてあります、
今日、此処に、真美と安芸子は、婚姻の式を挙げることにありますが、
その誓約は、ふたりが結ばれあうことで確認できることにあります、
夫婦となったことが果たされたことを私たち三人の介添人が見守ることにあります」
そのように言い渡されると、若い女性が新郎新婦に近付いてきて、
立つように促され、女性の割れめへはめ込まれていた股縄だけを解かれるのでした、
それから、縄尻を取られて、新郎新婦は、背後へ用意されたベッドの方へ振り向かされ、
真紅の絹のシーツが敷かれた場所へ押し上げられるのでした、
新郎と新婦は、向き合わされると、互いを愛するあかしの口づけを求められ、
その場へ腰付きを落とすように促されたことは、それぞれがベッドへ横になることにありました、
互いの頭部を正反対にして仰臥させられた姿勢を執らされたことは、
しなやかに伸ばさせた両脚を折り曲げられ、それぞれを縄で縛り上げられるためのものでした、
新郎と新婦の陰部と陰部が密接となるように体勢が整えられると、
全裸の年配の女性が携えてきた漆黒の神器が恭しく掲げられることがされました、
それは、一本の樹木の両端が陰茎を模して削り出された、太くて長い双頭の張形でした、
それを求める膣へ挿入されるために、始めは、夫になる者の陰唇へ押し当てられたのです、
しかし、先ほどまで縄をはめ込まれていた、女性の割れめは、まるで、不感症のように、
湿り気をほとんどあらわさなかったことは、三人の介添人を驚かせることにありました、
新郎は、されるがままの状態にあることを引き受けていましたから、
婚姻の儀式が中断されるということはあり得ないことでした、介添人たちが思わず目をやった、
新婦の陰部は、漏れ出させている花蜜によって、てらてらとした輝きを放っていました、
年配の女性は、双頭の張形にある一方の陰茎を新婦の陰唇へあてがいました、
押し込めば、呑み込むように、膣へ難なく入っていくことにありました、
充分な湿り気を帯びたことを確認されて、引き抜かれたことは、
新婦から、ああ〜あ、というやるせない声音をもらさせたことにありましたが、
新郎への挿入が第一のことにあっては、すぐさま、新婦の花蜜で濡れそぼったその矛先は、
乾いた美しい色艶をあらわす陰唇へあてがわれ、挿入が行われることにあったのです、
容易にとはいきませんでしたが、しっかりと、咥えるところまでは入れることはされたのでした、
そのような扱いをされても、新郎は、成されるがままにあるだけでした、
それから、新婦の陰唇へ、もう一方の陰茎があてがわれましたが、
待ち望んでいたように、するすると呑み込んでいくことは、当然というありようでしかありませんでした、
新郎と新婦は、太くて長い漆黒の張形を互いの膣へ挿入されて、一つに結ばれた姿にありました、
それは、夫婦となった誓約をあらわすことばかりではありません、
そのありようから、互いが人間の性欲と性的官能から人間の存在理由を内職することにあれば、
夫婦の和合こそ、人類の継承・維持・発展にあることの証明にあるのです、
新婦は、妻となれることの喜びから、全裸を縄で緊縛され、高ぶらされ続けた官能にあって、
膣へ挿入された太くて長い陰茎の実感は、快感の頂上へ押し上げられる以外にないものでした、
あっ、あっ、あ〜、あなた〜、と甘美な叫び声を上げると、
腰付きを悶えさせて、双方の太腿をぶるぶると震わせて、絶頂を極めたのでした、
挿入されている漆黒の張形は、痙攣をあらわす身悶えに、うねりくねりするうごめきをあらわしましたが、
そのようにされても、新郎は、擬似陰茎が伝えてくる官能のほとばしりを無視したように、
みずからが挿入された張形をしっかりと咥え込んでいるだけで、
その顔立ちは、薄闇に満たされた虚空をただ見つめているばかりにあったのでした、
新婦は、絶頂を極めさせられた官能に浮遊させられる状態にあって、
あなた〜、と叫び声を上げると、緊縛の裸身と膣へ収められた張形に掻き立てられる官能は、
更なる頂上を目指して、快感を股間へ集中させることにあったのでした、
妻になったあかしをあらわす、女性の甘美な悶えがあったことでしたが、
夫となるべき女性は、むしろ、白け切った状態にあったと言えることだったのです、
夫婦の和合は、一本の張形で繋がって、夫と妻が喜びの絶頂を極めることにありましたから、
想定外の事態に対して、三人の介添人は、立ち尽くすばかりにありました、
意を決したように、介添人たちは、二本の燭台の蝋燭の光に映し出されて浮かび上がる、
新郎の緊縛された全裸へまとわりついたのです、
年配の女性が新郎の顔立ちをみずからの方へ向けさせて口づけを始めれば、
若い女性二人が左右から新郎の二つの乳房のそれぞれに吸い付きだしたのです、
その愛撫は、誓約の思いへ至らせようと懸命になることにありましたが、
そのとき、新郎は、身を振り払うような大きな身悶えをあらわして、叫んだのです、
このようなことをされても、感じないことは、仕方がありませんわ、終わりにしてください!
新郎の言葉は、決定的でした、
三人の介添人は、まじまじと新郎を見やるばかりにありました、
私は、蝋燭の光に映し出されて、縄で緊縛された全裸をあらわとさせられても、
意義が何も感じられないのです、美しい月の光こそ、私には、ふさわしいことでしかありません、
清楚な顔立ちの高貴な美しさ、艶やかで長い髪の艶麗な美しさをあらわす、
女性は、そのように言ったのでした、
新婦は、ひとり、二度目の絶頂を迎えていました、緊縛の裸身をぴくぴくと痙攣させながら、
喜びに満たされた快感の法悦に漂わされていることにありました、
新郎の陰唇からは、すでに、吐き出されるように、張形が放たれていました、
夫婦の婚姻の誓約は成し遂げられなかったことにありました、
三人の介添人は、成す術もなく、ただ、事実を見守るだけでした、
私は、みずからの緊縛の裸身を起こして、言いました、
これ以上を望むならば、私に付いてきなさい、
私は、私の姿態を緊縛した年配の女性に対して、
あなたが私に縄掛けしたことは、拘束でしかなかったことでした、
今度は、私があなたに縄を掛けます、私の縄を解いてください、
と言って、儀式の場としてある、真紅の絹のシーツが敷き詰められたベッドから下りると、
顔立ちをもたげ、床へ直立の姿勢を取りました、
年配の女性は、言われるままに、<亀甲縛り>の縄掛けを解き外しました、
私は、その麻縄を手に取ると、私が月明かりのある夜に行う、
自慰行為における<亀甲縛り>を相手に施したのでした、
彼女は、掛けられた縄が作りだす菱形の紋様が増えていくに従い、
女性をあらわす割れめへもぐらされている縄が張力を強めて、
股間にある女芽と陰唇と肛門を刺激される官能に戸惑うばかりにありました、
みずからは、縄掛けの巧みにあると自負していた思いは、一気に粉砕されることにあったのでした、
脂肪のついた、ふっくらとした肉体に縄の意匠がしっくりとはまり込んだときには、
股間に掛けられている麻縄は、割れめへ埋没させられた縄を中央にして、
腰付きの左右から下ろされた縄がそれを挟むような具合で通されていたことで、
彼女の官能をただ高ぶらせるばかりのことにあったのです、
私から、では、付いてきなさいと言われても、従順に頷くだけの女性でしかありませんでした、
その様子を直立不動の姿勢で眺めていた、若い女性二人は、
みずからの指導的地位にある女性が恭順をあらわす態度にあることを理解すると、
私の足元へ跪き、同じ縄掛けを施されるように乞うのでした、
真紅のシーツの敷かれたベッドへ横たっていた女性も、事情が一変したことに気が付いていました、
みずからも、思慕を寄せる方の僕にあるのですと同様の縄掛けがされることを求めるのでした、
私は、四人の女性、<四人のマリー>と自称している女性たちに対して、
月の光に映し出されて、美と官能と思いの高揚をあらわす、<亀甲縛り>を施したのでした、
全裸を見事に美しい菱形の紋様で彩られた、四人の女性たちは、
それぞれに、込み上げさせられる官能の快感から、みずからへ耽溺するばかりにありました、
だが、それで終わることでは、当然、なかったのです、
私は、年配の女性を先頭に四人を数珠繋ぎにして、
その縄尻を取ると、螺旋階段の地下の地面へ立ったのでした、
そのとき、ブルックナーの第3楽章アダージョである<交響曲第8番>が鳴り響いていたことは、
更なる崇高な思いへ導いていくことにある、私を意識させたことにありました、
私は、縄尻を取って、四人の全裸緊縛姿の女性を導く、螺旋階段を上り始めていました、
地下の地面からは、天井に向けて、三階の高さまで吹き抜けとなっていて、
各々の階へ上がるには、その場を中心として、
ぐるりとした螺旋を描いている階段を昇るようになっていました、
全体は、各所に小さな照明がありましたが、光と闇とが交錯する、
明るいとも暗いとも言えない薄闇を感じさせ、その天井を眺めていると、
何処までが行き止まりであるのか分からないような曖昧とした高さが感じられて、
めまいさえ覚えさせられるものがあるのでした、
しかし、それでも、成し得ること果たすことにあれば、昇るほかない、長い階段にあったのです。

<四人のマリー>は、脂肪のついた、ふっくらとした、<ママ>と呼ばれる女性が中心となって、
藤田由子、川端紀子、工藤安芸子が集う女性だけの和合にありました、
<ママ>は、麻縄を用いて、人体を緊縛する縄掛けにおいて、巧みさをあらわすことにありました、
緊縛の集いへ招かれては、女性ばかりではなく、男性をも緊縛したことにありました、
そのときのその男性の場合は、男性をあらわす立派な陰茎はそのままにありましたが、
顔立ち、髪型、乳房、腰付き、姿態の優美さは、女性の美が施術された存在にありました、
陰茎のあることを際立たせるために、陰毛を完全脱毛されていたことは、
反り上がりも、射精の具合も、眺める者がしっかりと確認できるありさまがあらわされていたことでした、
一糸も着けることなく、生まれたままの全裸をさらけ出させた、
見るからに愛くるしい顔立ちをした、この二十歳にある存在を愛好者たちは美神と賞賛していました、
しかし、その日は、美神がヌードをあらわして鑑賞されるだけにとどまることではなかったのです、
呼ばれた<ママ>は、麻縄による緊縛によって、美神を絶頂へ追い上げることを託されていたのでした、
一段と高い壇上へ上げられ、取り囲んで見守る愛好者たちの熱いまなざしを受けて、
直立した姿勢を執らされたとき、美神は、すでに、
その全裸にあることの羞恥から、陰茎をもたげさせていることにありました、
波打つ黒髪の愛くるしい顔立ちは、火照って、綺麗な唇を真一文字とさせていましたが、
大きな瞳のまなざしは、焦点の定まらない、困惑と不安をあらわとさせていることにありました、
それは、麻縄の束を手にした、その場で言えば、唯一の女性が着物姿も艶やかに立っていたからでした、
<ママ>は、相手の様子から、すぐに、身体へ縄を掛けられるのは初めてのことだと察知しました、
両手を後ろへまわして、と優しく語り掛けても、ためらうばかりで応じない相手でしたから、
<ママ>は、何でもないことよ、という素振りをあらわす微笑を顔立ちに浮かべながら、
ほっそりとした両腕を強引に背後へまわさせました、
後ろ手にさせられた双方の手首を重ね合わされて、最初の縄が巻き付けられたとき、
美神において、縛られるという自意識が激しく込み上げていたことは、
もたげていた陰茎を一気に反り上がらせるありさまであらわされたからです、
見守る愛好者の口々からは、おおっというため息がもらされたことでしたが、
そのような場内の熱気と緊張にある雰囲気が美神をますます羞恥へ追い込んでいくことにあったのは、
後ろ手に縛られた縄を身体の前面へまわされて、ふっくらとした盛り上がりを見せる乳房の上部へ、
背後へ戻されては、もう一度同じ箇所へ掛けられることをされ、
今度は、乳房の下部へ、同じように二度掛けられたとき、
綺麗な形をした二つの乳房が突き出させられたことで、大きさを増したようになったときでした、
最初の縄は、双方の腋の下に覗く上下の胸縄を背後からそれぞれ締め込んで縄留めがされると、
<ママ>は、手にした二本目の麻縄を少し怯えた表情をあらわす相手のまなざしの前へ掲げました、
その縄頭は、背中の縄留めの箇所へ結ばれて、ほっそりとした首筋を左側から前へ下ろされると、
上下の胸縄の中央へ絡められていき、残りの縄は、首筋を右側から背後へ戻されるようにされ、
突き出すような具合にされていた二つの乳房は、更に、盛り上がりをあらわとさせられて、
ふたつの乳首が立ち上がっている様子を明瞭とさせていました、
みずからも気付き、見守る者も気付いた、それは、可憐を際立たせる風情を漂わさせることにあったのです、
一度背中で縄留めされた二本目の縄の残りは、くびれをあらわす優美な腰付きまで下ろされると、
二重に巻き付けられて、背中で縄留めが行われました、
みずからへ掛けられていく縄が徐々に身体の下方へ下がっていくように感じられたことは、
美神の思いを気が気でないものとさせていたことにあって、その開き加減とさせた綺麗な唇へ、
<ママ>が三本目の縄頭をキスさせるように触れさせたことは、
後ろ手に縛られ、胸縄を掛けられた裸身をしっかりと立たせることをままならなくさせ始めたことでした、
従って、三本目の縄頭が立ち上がっている陰茎の根元へ引っ掛けられたことは、
しなやかに伸ばさせた両脚に、ぶるっとした震えさえあらわさせたことにありました、
睾丸を左右から挟むようにされながら股間へ通された麻縄は、
その際に肛門を刺激するための瘤を作られ、優美な尻の亀裂からたくし上げられました、
それから、両手首を縛った縄へ繋がれたことは、
両腕を動かすことは、陰茎に掛けられた縄の張力に影響する関係が作られたことにあったのです、
残る縄は、天井から吊り下がっている滑車へ引っ掛けられました、
縄は引っ張られ、美神の緊縛された裸身が爪先立ちとなるような体勢にまでなると、
背中にある胸縄へ縄留めがされたのです、晒しものとなった身上が見事にあらわされた姿でした、
縄で緊縛された経験のなかった初心な心は、羞恥と困惑と不安をまぜこぜにされて、
それを高ぶらされる官能によって掻きまわされるという状態にあったことは、
愛くるしい顔立ちをした両頬を紅潮させ、思わず身悶えをあらわしていることに如実でした、
爪先立ちの体勢に耐え難いものを感じて身悶えすれば、
陰茎に掛けられた縄の張力が増すばかりとなることは、すぐに、効果があらわされたことにあるのでした、
縄掛けの過程から、官能を高ぶらされていた、美神は、一糸もまとわない全裸を麻縄で緊縛されて、
ふたつの乳房を突き出させられ、陰茎のありさまをあらわとさせられている、
晒しものにあるみずからの身上をこれ以上ないという羞恥の極みへ追い上げられていると感じたことは、
ああっ、ああっ、いやっ、いやっ、とか細い声音をもらさせながら、
みずからの意思ではどうにもならないというように、しなやかに伸ばさせた両脚を摺り合せたり、
腰付きを悩ましくよじらせたり、吊り下げられた縄を中心にふらふらと身悶えを繰り返させたのです、
次第に、こらえ難い官能の高ぶりにあることは、反り上がった陰茎は、赤々と剥き晒され、
口先からは、銀のしずくが長々と尾を引いているありさまに見て取ることができるのでした、
やがて、爪先立ちさせているしなやか両脚も、もどかしさの限度をあらわすように突っ張らされ、
くびれをあらわす優美な腰付きを激しく悶えさせるありさまに至っては、
美神の官能に震える悩ましさを見守る愛好者のなかにも、
みずからの陰茎をしごき始める者が出ていることで明白な事態にあることでした、
近くに立って、被縛の様子をじっと観察していた<ママ>も、そろそろかしらと感じたとき、
あっ、あ〜ん、という甘美な声音を張り上げ、太腿の内側を震わせて、
白濁とした精液を飛び散らせながら、絶頂を極める、全裸の緊縛の裸身があったことにありました、
官能の恍惚に漂わされる、美神の顔立ちと姿態の美しさには、大きな歓声が上がっていました、
<ママ>の縄さばきの巧みが見事な結果をあらわしたことにあったのです、
その縄掛けを忠実に習った、藤田由子と川端紀子が施した、花嫁の工藤安芸子の緊縛においても、
相応の効果がもたらされたことは、すでに、明らかとされたことでした、
脂肪のついた、ふっくらとした、年配の女性にある、<ママ>は、縄で他者を縛ることはあっても、
みずからが縛られることなどあり得ないことにあったのでした。

しかし、四人の全裸の緊縛女性を数珠繋ぎにした縄を取って、螺旋階段を上り続ける、高倉真美は、
その<ママ>をみずからの縄掛けの方法で縛り上げた姿態にしていたのでした、
<ママ>は、施された緊縛に恭順の態度をあらわすばかりにありました、
それは、みずからの全裸へ掛けられた縄が高ぶらせる官能へ耽溺することを求めさせたからでした、
高倉真美というこの小娘は、いったい、私たちに何を見せるというのかしら、
この子へ付いて行けば、私たちは、何かを知ることができるとでもいうのかしら、
官能を高ぶらせるばかりにある、しっかりとした縄による緊縛のできる、この子は、いったい、何者なの?
<亀甲縛り>を施された<ママ>は、身体全体を抱擁されるように圧迫される縄を感じては、
股間へ掛けられた縄によって女芽と陰唇と肛門を刺激され続ける官能の高ぶりを受容していたのでした、
<ママ>がそうであるように、繋がる、藤田由子、川端紀子、工藤安芸子にあっても、
みずからへ没頭する、官能の高ぶりへ耽溺するばかりにあったことでした、
四人の全裸の緊縛女性は、数珠繋ぎにされた縄尻を取られて、
螺旋階段を上へ上へと向かわされていることにありました、
昇る階段は、ぐるぐると回転するように、果てしないと言えるような長さを感じさせるものにありました、
感じている以上の高さへと上がるような気にさせるものにありました、
<ママ>は、手摺りから階下を眺めやりしましたが、地下の床は深い陥穽のようにしか見えませんでした、
もう、そこへは戻れないという思いが込み上げてきたことは、
<四人のマリー>は、高倉真美に付き従う以外にないと思わさせたことでもありました、
そして、ようやく、たどり着いた三階の踊り場にあったのです、
地下の陥穽を見やれば、遥かな高みにあることは歴然としていました、
天井を見上げても、遥かな頭上にある感覚にあることは、不可思議を感じさせるばかりにありました、
それから、<四人のマリー>は、曲がりくねった廊下を歩かされましたが、
高倉真美が感じさせる不可思議の雰囲気は尋常ではないとしか思えなくなっていました、
そして、案内された部屋にあったのです、
「ここが私の部屋です、
お入りなって……」
そのように言われて、開かれた木製の重々しい扉、
そこは、窓から差し込む月の光が映し出す、広々とした部屋にありました、
部屋が広いと感じられたのは、中央に、純白の絹のシーツが敷かれた大きなベッド、
壁へ掛けられた、大きな額縁の絵画しかなかったからでしたが、
高倉真美は、四人の全裸の緊縛女性を数珠繋ぎにした縄尻を離すと、
部屋を自由に見させるように放して、扉を静かに閉めて、錠を下ろしたのでした、
注目を惹いたのは、月の光が見事に映し出している、等身大の大きさにある絵画でした、
<ママ>がその前に立ち、茫然となって立ち尽くしてしまったように、
縄に繋がれていた残りの三人も、ひと目見るなり、唖然となって立ち尽くしてしまったのです、
それは、地面へ立てられた、白木で作られた堂々とした十字架があって、その十字架へ、
一糸も身に着けない、生まれたままの全裸をあらわとさせた女性が磔にされている姿が描かれていたのです、
女性であることが明らかであるのは、可憐な乳首をつけた美しい隆起をあらわすふたつの乳房と、
ふっくらとさせた小丘が恥毛を完全に奪われていることで、
女性をあらわす深々とした割れめを白無垢にくっきりと鮮やかにさせていることで明らかとされていました、
純白の柔肌を匂い立たせる裸身は、ほっそりとした両腕を可能な限りに左右へ開かされ、
華奢な両手首をそれぞれ、麻縄でがっちりと横木へ括り付けられていたことは、
双方の腋の下から優美な曲線をあらわす腰付き、艶やかな太腿、
しなやかに伸ばさせた両脚、綺麗な形の足先までをこれ見よがしとさせていて、
引き締まった両足首を一つに束ねられて縦木に縛り付けられていたことは、
地上へ落下する姿態が非情な状態で十字架へはりつけられているというありさまをあらわしていました、
その置かれている身上が苦痛と苦悶にあることは、
しなやかな両脚の膝が必死に耐えるように折れ曲がっていることで見ることができました、
悲惨で残酷で恥辱に満ちた処罰に晒されている女性が表現されている絵画にあったのでした、
「その絵画があらわしていることは、教育の処罰と称されて、一之瀬由利子に行われたことです、
それを写実的に再現した絵画にあります、
一之瀬由利子は、女性をあらわすことにおいて、偉大な表現者にありました、
彼女の永遠に終わることのない流浪・放浪・彷徨は、
繰り返し、死と再生、自己完結、調和、そして、永遠を意義するものとして、
<環に結ばれた縄>を象徴するものとしてあることです」
全裸を縄で緊縛された<四人のマリー>の背後へ立った、高倉真美の口から、
そのように述べられたことにありましたが、<四人のマリー>は、
絵画表現は、ただ、圧倒されるばかりのことにあったことは確かでしたが、
どうしても、その説明された言葉を理解することができなかったのです、
何故ならば、描かれた、悲惨で残酷で恥辱に満ちた処罰に晒されている女性の顔立ちは、
艶やかで長い黒髪の艶麗な美しさに縁取られた、清楚な顔立ちの高貴な美しさをあらわす、
高倉真美そのものにあったからなのです、
一之瀬由利子? それは、だれ?
そのように問わずにはいられない、不可思議にあったことでした、
しかも、十字架にはりつけられた、高倉真美は、
その悲惨で残酷で恥辱に満ちた処罰に晒されている身上にありながら、
顔立ちがあらわす表情は、高ぶらされる官能に恍惚となっている法悦の美しさをあらわして
ずっと見続けていたいと感じることのできる快感と喜びと幸福感が示されたものにあったのです、
それは、人間のありようを超越した、神々しい輝きをあらわしていると思わざる得ないものにあったのです、
<ママ>は、一糸も着けない全裸を初めて他者から縄掛けされたことで感じることのできた、
官能の高ぶらされる快感と喜びを意識させられて、
優美な全裸の姿態をあらわす高倉真美の前へ、後ろ手に縛られた裸身を跪かせて頭を垂れ、
祈祷を捧げる仕草を執ったことにありました、
数珠繋ぎとされていた女性たちも、
同様の態度をあらわさせることにあったのでした。


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