悩ましい夢 4 ふたりの取調べ 借金返済で弁護士に相談








< ふたりの取調べ >



「綾子……」
隆行が予感したとおり、庭園の土蔵の地下室に、綾子はいた。
彼女は、浴衣姿のまま、茫然とした様子で、三角木馬を見つめていた。
隆行が声をかけても、まるで、気が付かず、
亡霊のように立ち尽くしたままだったのである。
「綾子、どうしたんだ、こんなところへ来て」
彼女の美しい顔立ちは、血の気を失って、気味の悪いほど蒼白かった。
大きな両眼は、じっと木馬を見据えて、
彼の存在など、依然として、気が付いていないという様子だった。
隆行は、思わず、背筋に冷たいものが流れるのを感じた。
「綾子、いったい、どうしたんだ、
大丈夫なのか」
彼は、彼女の両肩を揺さぶって、正気へ返らせようとした。
ようやく、隆行の存在に気が付いた綾子は、
男をまるで恐怖そのものだとでも言うように、身を逸らさせながら怯えた。
「怖いわ、怖いわ」
隆行は、綾子の引きつった顔立ちをじっと見つめながら、
強い口調で言った。
「綾子、いったい、何があったんだ、
言うんだ、綾子」
彼女は、泣きじゃくり始めている。
「もう、お終いだわ、もう、お終いだわ」
彼は、相手のなよやか両肩をさらに強く揺さぶるのだった。
綾子は、ようやく、隆行の存在を知ったとでもいうように、
大きな瞳をさらに見開いて、まじまじと彼を見るのだった。
「私は、悪い女なんだわ、悪いのは、みんな私……
私が悪い……」
白い頬へ涙を滴らせながら泣いている綾子を、隆行は、掻き抱いた。
「大丈夫だ、大丈夫だ、綾子、ぼくがいるから。
何があったんだ、何がお終いなんだ、言ってごらん」
隆行の腕に抱かれて、綾子は、ひとしきり泣くと、
顔立ちを上げて、震える声音で答えるのだった。
「私、夢を見たの……夢を見たの……
それは、もう、恐ろしい夢だった……」
彼女は、思わず、喉を詰まらせたように、先が続かない。
「あわてないでいい、ゆっくりで、ゆっくりでいいから」
隆行をじっと見つめながら、、綾子は、しっかりとうなずくと、
言葉を確かめるように、少しずつ始めた。
「ああっ、とても、恐ろしい夢だった……
暗くて、じめじめしていて……
気味の悪い地下室に、男のひとが四人いて……
そのひとたちが……
拷問しているのだわ……」
綾子の語りだしたことに、
隆行は、思わず、心臓の高鳴るものを感じるのだった。
「男のひとたちは、時代劇のような髷を結っていて、
揃って黒い着物を着ていた、顔付きは、全然わからなかった、
そのひとたちが、そこにある……
その器具で、拷問しているの……
犯した罪を自白しろと言って」
綾子の怯えたまなざしは、漆黒の色艶を放つ三角木馬へ注がれていた。
隆行は、彼女の話を聞くにつれて、
ますます、不思議な思いにとらわれていた。
「それは、もう、恐ろしくて、恐ろしくて……」
また泣き出しそうになる綾子をなだめるように、隆行は、優しく言葉をかけた。
「それは、きっと……
宿屋の主人から、変態的な趣味を聞かされたり、
淫らな写真を見たりしたからだよ……
心配はいらないよ、心配はいらないよ、
夢だよ、綾子、ただの夢だよ」
彼女は、怯えたまなざしをさらに恐怖の色で滲ませて、続けるのだった。
「私が、恐ろしかったのは……
恐ろしかったのは、拷問されていたのが……
あなただったからなのよ!
隆行さん!
あなたが一糸も着けない全裸の姿を縄で縛られて、
器具へ跨がされていたからなのよ」
綾子は、わっと泣き出していた。
彼女の夢の告白に、隆行は、当惑したままだった、
しばらくは、何も言えずに、ぼんやりとなっているばかりだった。
ようやく、彼は、落ち着きを取り戻したように、話しかけた。
「綾子……
実は、ぼくも、同じような夢を見たんだ」
白い頬に幾筋もの涙を光らせながら、綾子は、両眼を見開いていた。
「ぼくの夢の中では……
恥ずかしい話だが、綾子、きみが木馬へ跨がされていたんだ。
恐らく、寝る前に、きみからつれなくされて、
ぼくは、悩ましい夢を見たんだと思う……」
隆行は、少しの嘘をついた、
少しの嘘で、彼女を元気付けるつもりだった。
「本当……それは、本当なの、隆行さん!
それで、それで、夢の中で拷問された綾子は、罪を自白したの」
予想外の返答であり、問いかけだった。
真剣そのものの綾子の形相に、
隆行は、たじろぎながら、答えをまさぐっていた、それから、
「罪を自白したかと聞かれたって、ただの夢だよ。
夢に過ぎないことじゃないか」
と答えた。
だが、綾子は、承服しなかった、
訴えかけるようなまなざしになって、せがむのだった。
「お願い、教えて、教えて!
綾子は、拷問を受けて、罪を自白したの、自白したの」
困り果てた隆行は、嘘を取り繕うように、言うしかなかった。
「自白なんかしないよ。
どうして、綾子が罪の自白なんか、するんだ、
犯してもいない罪をどうして自白するんだ。
ただの夢じゃないか、ただの夢だよ、
こんな話、もう、やめよう。
ふたりとも、ただ、悩ましい夢にうなされただけのことだ。
さあ、部屋へ戻ろう」
隆行が相手のほっそりとした手を引っ張っても、
綾子は、憑かれたようなまなざしで、木馬を見つめているばかりだった。
それから、ぽつりと言った。
「私は、本当に悪い女だわ」
彼女がこだわり続けていることに、隆行は、苛立ってきた。
「いい加減にしろよ、
つまらない、ただの夢じゃないか」
綾子は、きっとなった表情を隆行に向けると、
はっきりとした口調で言った。
「私は、悪い女だわ。
あなたの夢の中では、私は、罪の自白をしなかった。
それは、あなたが私のことを本当に思ってくれているから、そうだった。
けれど、私の夢の中では、苦悶に晒されるあまり、
隆行さん、あなたは!
罪があるのは綾子だと自白したのです!」
ああっ、ごめんなさい、ごめんなさい、と大声で詫びながら、
綾子は、床へ泣き崩れるのだった。
隆行は、激しく泣きじゃくっている綾子の背中を眺めながら、
彼女が、いったい、どういう女なのか、わからなくなっていた、
ふたりを取り結ばせる言葉がまったく思い浮かばなかった、
ただ、眺めやるしかない、
ふくよかな芳香を放つ生き物にしか見えなかった。
綾子は、突然、その美しい顔立ちを上げた。
そして、思いつめた表情で、言葉を吐き出すように、言うのだった。
「隆行さん……
綾子は、隆行さんが私を裏切るような夢を見る、性悪な女です。
お願いです、私を拷問してください。
私が拷問されても、犯した罪を自白しなければ、
私は、あなたの女でいる資格があるはずです、
お願いです、やってください!」
思いがけないと言えば、余りにも突拍子もない綾子の申し出に、
隆行は、ただ、唖然とするだけで、
彼女の言っている意味さえ、よく呑み込めなかった。
「お願いです、隆行さん!
綾子を、あなたが見た夢の中のようにしてください!」
女は、震えるほっそりとした指先で、
浴衣の腰紐を解き始めていた、
それから、裾前がはだけた、その浴衣を肩からすべり落とさせた、
半裸姿になった女は、身体を覆う最後のものである水色のショーツも、
ためらわず、一途になったように、腰付きから取り去っていくのだった、
その場へ、一糸まとわぬ全裸の姿となった綾子は、
隆行の方へなめらかな雪白の背中を向けると、
みずから両手をそろそろと背後へまわして、華奢な手首を重ね合わさせた、
そのままの姿勢で、両肩を小さく震わせながら、
隆行の行動を待っているのだった。
自分の見た夢と同じようにして欲しいと相手に言われたとき、
隆行は、縄で縛り上げられた全裸の百合子が木馬に跨がされている、
悩ましい像を思い起こしていた、
少女は、罪の自白のために、取調べ所へ連れて来られた被疑者だった、
という責められるべき当然の理由があった、
ただ、みずからの思いと矛盾した夢を見たからと言って、
綾子が罪の自白を問われて、責められる理由は、まるで無意味だった、
どうして、綾子を拷問しなければならないのか、彼には、理解できなかった、
むしろ、このような大胆な振る舞いをする綾子という女が、
いったい、どのような女なのか、
女の未知の底深さを思い知らされたようで、
隆行には、もう、考えることがもどかしくなってきていた、
もう、考える必要など、まるでなく、
眼の前に、女が全裸の姿で立っている、という事実があるだけだった、
まるで、観念した被疑者のように、じっとして、
両手を後ろ手にさせたままの姿勢を続けている、
艶やかに波打つ黒髪にのぞかせたほっそりとしたうなじ、
なでた両肩から腰付きにかけての優美な女の曲線、
亀裂に分けられて品よく持ち上がった白い尻のふくらみ、
すらりとしなやかに伸びた両脚の美しさは、
漂わせる柔肌の芳香をともなって、ふくいくとした色香をかもし出せている、
生まれたままの全裸となり、両手首が背中で重ね合わされたというだけで、
女がこのように、婀娜のある従順な姿をあらわすことに、
隆行は、目を見張るばかりだった。
それでも、彼は、逡巡していた。
愛している綾子をそのおぞましい道具で責めなければならない、
そのような酷いことがどうしてできるのか。
だが、みずからのその思いとは、相反するように、
綾子の全裸の姿が込み上げさせてくるものは、
もはや、鎮めることのできない、官能の高ぶりであった。
綾子は、自分を責めてくれとおれに望んでいるのだ、
綾子は、おれが彼女を裏切るような夢を見る性悪な女である、
と自分で認めているのだ、
そのあかしとして、彼女は、おとなしく、
おれに縛られるのを待ち続けているのではないのか。
隆行は、灼熱として、のぼせ上がってくるものを感じると同時に、
ふと、大島の言ったことが思い出された、
何も遊興施設のない宿ですから、
おふたりに、この部屋が利用できるものであれば……
この地下室は、ただの遊興施設に過ぎない場所なのだ、
誰に気兼ねすることなく、綾子とふたりで、愉しむことのできる場所なのだ、
取調べの拷問プレイ、
それを愉しむために、いま、ふたりは、ここにいるのだ、
そのように思うと、
彼には、それまで考えあぐねていたことが馬鹿馬鹿しく思われた、
それ以上の面倒な考えに頭を使うことの無意味さが感じられた。
眼の前には、全裸の美しい女がいる、
好き勝手にして欲しいと望んでいる女がいる、
このようなご馳走を差し出されて、食さない男は、不能でしかない!
隆行は、高ぶらされた官能で、総毛立つほどの身震いを感じながら、
まずは、何をしたらよいか、あわてた、
あたりを見まわすと、左手の奥の壁に、
麻縄の束が整頓よく掛けられているのが見えた。
縄束を引っ掴んで戻ってくる間も、
綾子は、綺麗な髪を揺らすこともなく、そのままの姿勢であり続けた。
だが、ひとを縛ると言っても、
隆行に、その実際の経験があったわけではなかった。
インターネットの世界には、素人でもできるように、
縄による緊縛を画像入りで、懇切丁寧に手ほどきしている情報があった。
彼も、それを見たときは、感心して、じっくりと読んだものだった。
いま、それを実践する立場へ立たされたというわけだ。
人間、色々なことを勉強しておくと、何が役に立つかわからない。
隆行は、思い出しながら、夢中になって、やり始めるのだった。
麻縄をふた筋として、縄頭というものを作り、それを初めとする。
その縄頭が重ね合わされた相手の手首へ置かれたとき、
彼は、女の手首の華奢な感じがこれほどにあるものかと感じ入らされた。
ほっそりとした手首ひとつだけで、女のか弱さがあらわされているのだった。
そこへ巻き付けていく荒々しい縄であれば、
軟弱な女に対して、縄は、強硬な男があらわされて、自然なことだった。
縄頭は、下から向こう側へ掛けられて、手前へ持ってこられることが原則とされ、
血管を圧迫する危険から、締め上げるのではなく、
余裕を持って巻き付けて、縄留めをする。
そのようにして、後ろ手に縛られた女の後姿は、
美しく波打つ艶やかな黒髪に白い首筋をのぞかせて、
生まれたままの全裸が際立たせる、両肩から腰付きにかけての優美な曲線、
しなやかに伸びた綺麗な両脚を貞節を滲ませるようにぴったりと閉じ合わさせ、
艶かしくふくらむ白い尻に走る黒い亀裂を神秘なものとさえ映らせて、
奪われた自由は、差し出される生贄の身上をあらわす、美の生き物であった。
隆行は、思わず、女の身体をこちらへ向けさせた。
綾子は、隆行のされるがままに、おとなしく従うばかりであった。
両腕を背後へまわされたことで、美しい隆起を見せるふたつの乳房は、
愛らしい乳首を光らせながら、さらに前へ突き出すようになっていることは、
まるで、女の美麗の自負を示しているかのようであったが、
女は、大きな両眼をきらきらと輝かせ、結ばせた綺麗な形の唇に、
意志のあらわれを示しているものの、滲ませる羞恥は、抑え切れず漂っていた。
綾子は、隆行の顔付きをまじまじと見つめていたが、
思いを寄せる男からされていることだ、という信頼の念はあった、
だが、生まれて初めて、縄で縛られたことは、
それも、一糸もまとわない全裸の姿で縛られた異常なありさまは、
羞恥から始まり、当惑、不可知、不安へと広がっていくばかりのことだった。
愛する男から、ぎらぎらとしたまなざしで、頭から足元にまで及んで、
まるで、値踏みをするような丹念さで、眺め続けられたことは、
羞恥が高ぶらせる官能へ火をつけられたことでもあった。
男の官能をあらわすまなざしは、艶やかな太腿の付け根にのぞかせる、
柔らかな漆黒の茂みへ留まり、隠す手段を奪われてやるせなさそうに震えている、
夢幻の興趣を初めて知る妖艶とでもいうように、凝視しているのだった。
綾子も、本能的に、太腿を閉じ合わせて隠させようとする仕草を示したが、
欲情に燃える男の激しい顔付きは、
可愛いことをするな、という思いをあらわした下卑た笑いを浮かばせて、
隆行の知られざる一面を見させられた思いだった。
さらけ出された羞恥の姿を耐える女の可憐な風情は、
男の官能をますます焚き付けていくものでしかなかったことは、
彼は、もどかしいとばかりに、浴衣を脱ぎ捨てて、
下半身へトランクスひとつの姿になったことにあらわれた。
それから、彼は、女を後ろ手に縛った残りの縄を前へまわさせると、
ふっくらと美しく隆起するふたつの乳房の上部へ掛け、
幾重にも巻き付けて、背後で縄留めをした。
さらに、別の麻縄を用意すると、背後へ縄頭を結び付けて、
今度は、乳房の下部へ巻き付けて、その弛みが起こらないように、
両腋下からそれぞれ、背後へ引くように掛けて、縄留めをするのであった。
縄の手ほどきで教えられた、後ろ手胸縄という縛りができたが、
素人の初めての縄掛けにしては、まあまあの出来だと、
緊縛姿にある女を眺めまわして、隆行は、ひとり、悦に入っていた。
緊縛サイトの熟達者の縄の手ほどきが教えてくれたことは、
身動きをままならない状態へ晒された女に変化をもたらさせていた。
全裸となって後ろ手に縛られた羞恥は、柔肌を圧迫して、
次々と掛けられ、巻き付けられてくる麻縄の感触に従わされるように、、
そのごわごわとして掻き立てられる胸の高鳴りと絡ませられて、
結ばせていた唇も開き加減とさせられ、ため息をもらすことを抑えられなかった、
その切ないため息は、
縄の拘束でがっちりと締め上げられたという意識へ至らされては、
甘美なやるせなさをおびていることに、みずから、びっくりさせられたことだった。
縄で縛られることは、痛くて辛いことだ、と思っていた、
だが、隆行の縄掛けは、少しも痛くなく、たいして苦しくも、辛くもなかったのだ、
その代わりに、甘美な官能が如実にあらわされると感じられたことだった。
その女の身体へ、男は、更なる縄を加えようとしていた。
隆行は、自分の縄掛けで、女が変化をあらわしていることに、自信を持った。
綾子は、官能へ従わされるように、美しい顔立ちを桜色に火照らせ、
綺麗なまなざしをさまよわせて、美麗な唇を開き加減とさせながら、
切なく、やるせない、甘たるい響きをおびた、ため息をもらし続けている、
その麗しく悩ましい声音は、男を気負わせるのに充分なもので、
女は、背後へ結ばれた縄頭から、
ほっそりとした首筋を左右から挟んで分けられた、麻縄を正面へ降ろされると、
上下の胸縄に結ばれた、それから、残った縄を優美な腰付きまで持ってこられ、
くびれを際立たせられるように、巻き付けられ締め上げられて、縄留めをされた。
こうされたことで、ふっくらと突き出していた綺麗な乳房は、
一段と飛び出すようにせり出させられて、
恥ずかしいくらいのありさまがあることは、彼女にも、察せられたことだった。
だが、燃え立ち始めた官能は、淫らに扱われることをむしろ心地よいとさせて、
さらに、燃え上がらせらることを求めていたあかしには、
ふたつの可憐な乳首がつんと立ち上がっていることで、明らかであった。
ふくよかな女の柔らかさが荒々しい縄によって侵食されていくように、
綾子の表情も、その思いを伝えるように、こわばりをあらわしていた。
美しい両眼のまなざしは、置き所がないというように、さまよい続けるばかりで、
開かれた形のよい綺麗な唇は、発する言葉を捜し求めているだけで、
なでた線をあらわす両肩で呼吸を始めていたことは、
拘束された身上に、向かうべきところはひとつしかない、という硬直だった。
それは、縄留めを終えて、女の縄による緊縛姿をまじまじと見つめている、
男にとっても、如実に意識せざるを得ない、いきり立たせる硬直であった。
綾子の生まれたままの全裸は、それだけでも、美しいものだった、
しかし、縄の意匠を裸身にあらわした姿態の妖しい美しさは、
まったく、想像することさえなかっただけに、
その衝撃は、もはや、投げかける言葉など、無意味でしかないことだった。
掛けられた麻縄の縞目が隆起した乳房へがっちりと食い込んでいた、
せり出させたふたつの乳首は、欲情をあらわとさせて、つんと立ち上がっていた、
羞恥をあらわそうとする、太腿をぴったりと閉じ合わさせる素振りは、
抑え切れないと言うように、もじもじとさせるばかりへ移り変わっていた。
緊縛の時間がますます女を変化させていっているのであった。
波打つ柔らかな黒髪を艶かしく頬へ掛けて、
綾子は、上目遣いの悩まし気なまなざしで、物欲しそうに、
隆行を見つめるばかりになっていた。
縄で縛り上げられて立たされている姿勢は、もどかしいばかりだというように、
足元がふらついているのを見たとき、
隆行は、抑え切れない思いに突き上げられて、女の身体へ近づいた。
彼は、その緊縛の裸身を掻き抱くと、おもむろに、
突き出した乳房のひとつへ唇をあてがった、それから、
瑞々しいしこりをあらわす乳首を頬張って、舌先で愛撫を始めた。
綾子は、その刺激に、うっ、うっと甘い声音を上げると、首筋をのけぞらせた。
乳首が舐められ、舌先で転がされ、うねらせ、くねらせされると、
彼女は、ああっ、ああっ、ああっと甘美な声音をもらさせながら、
優美な腰付きをうねり、くねり、悶えさせるのだった。
勢いを得て、隆行は、指先で、乳首と乳房を強く弱く揉み上げながら、
まるで、瑞々しく熟れた果実の芳醇とした芳香を感じるように、
今度は、いまひとつの乳房へ、むしゃぶりついていくのだった。
綾子の艶かしい腰付きは、もはや、執拗な舌先の愛撫に合わせて、
悩ましいばかりに、うねり、くねりして、婀娜ぽく尻を振らされていた。
隆行は、唾液で濡れそぼつ乳房から唇を離すと、
女の汗を滲ませた首筋へ這わせていきながら、
相手の綺麗な唇へとたどり着いた。
綾子は、すでに、形のよい唇を半開きとさせ、
柔らかな舌先さえのぞかせて、待ち受けているばかりであった、
彼は、その愛らしさを吸い出すように、みずからの口へ頬張ると、
尖らせた舌先で、その柔和を責め立てるように絡ませていったが、
片方の手も、乳房を離れて、下の方へと伸びていた。
女の艶やかな太腿は、閉じ合わせる力を失っていて、
ふっくらと盛り上がる小さな丘に慎ましく茂る漆黒の繊毛を悪戯されても、
優美な腰付きをうごめかせて、悩ましさの身悶えをあらわすだけで、
茂みが掻き分けられ、割れめへ指先をくり込まされていっても、
形のよい鼻孔をふくらませて、甘美な吐息をあらわとさせるだけだった。
さらに、男の指先がもぐり込んでいくと、
熱くただれた女の羞恥の唇からは、ぬめる花蜜がおびただしく感じられ、
その官能のあらわれに、
彼は、思わず、唇を離して、相手を見やるのだった。
「すごく、感じてしまうの」
綾子は、うっとりとなった表情で、恥ずかしそうにつぶやいた。
これまでに見たこともない、女の顔立ちの上気した美しさは、
隆行に、震えるほどの高ぶりを下半身に感じさせた。
「綾子、綾子、可愛い綾子」
彼は、花蜜をあふれ出させた女の羞恥の唇を愛撫しながら、
熱い肉の深淵へ指先を差し入れようとしたときだった、
突然、硬直し続けていた思いの丈がこらえ切れずに、噴出を始めた、
それは、見る見るうちに、トランクスへ染みを広げていったが、
隆行にとっては、初めてのことだった。
彼は、激しい衝撃を受けたように、愕然となって、立ち尽くしてしまった。
綾子は、その様子を知ると、緊縛の裸身を身悶えさせながら、
「まだよ、隆行さん、まだだわ、
綾子を木馬へ跨がせていないわ」
励ますように、強い口調で、言葉を投げかけるのだった。
隆行は、情けなさそうな顔付きで、相手を見返すだけであった。
「ぼくは、恥ずかしいよ、早漏だなんて、
こんな無様なこと、初めてなんだ」
綾子は、真顔になって、相手を元気付けるように、繰り返すのだった。
「隆行さん、まだよ。
あなたに縛られた私の姿をもう一度見て!
あなたに愛されるために、あなたの思いのままになる、
綾子の姿をもう一度見て!」
隆行は、相手に言われるままに、彼女の緊縛姿を見るのだった。
厳しく柔肌へ食い込んだ麻縄で、
女のしなやかな肉体の優美さは歪められていた、
その縛めは、羞恥と屈辱にあることを剥き出しとさせることでは、
処罰に晒されているのも同然のことだった。
にもかかわらず、綾子の美しい顔立ちがあらわとさせていたものは、
官能を高ぶらされ、快感に舞い上げられた女だけがあらわとさせる、
この上のない喜悦という、恍惚となる美麗の予兆であった。
彼女は、そこへ行き着く途中で、男から放り出されたのだ、
恨みがましい思いを募らせて、差し伸べている手を引っ張り上げないで、
男の存在理由が何処にあるのだろうか。
隆行は、これまで、綾子に見たことのなかった、
これほどまでに、貪欲であって、純粋であって、妖美である女の存在、
それをさらけ出せた、縄による全裸の緊縛という不思議なありよう、
女と縄は、ひとつに結ばれ合って、綾子という女が掛け替えのない、
愛しさそのものにある存在だと思うことしかない、顕現となっていた。
彼は、思いの丈が再びもたげ、いきり立つのを感じた、
汚れた下着を脱ぎ捨てると、
一糸もまとわないみずからの姿を女の前へさらけ出せて、
その自負を彼女に見せつけるようにしていた。
「素敵よ、隆行さん」
綾子は、うっとりとなったまなざしで、優しく答えていた。
縄で締め上げられている拘束感で、
すでに、火照り上がっている肉体を意識させられていたが、
悩ましい女の官能をあらわとさせたいまは、
もっと責め立てられることさえ、恍惚とした美麗となり得ること、
そのように、底知れない奥深さの感じられるみずからがあるのだった。
隆行も、これ以上がなくて、何があり得るのか、という思いでしかなかった。
ふたりの思いは、三角木馬で結ばれることを求めていた。
彼は、彼女を縛った縄尻を取ると、まるで、罪人を扱うように
引き立てるようにしながら、三角木馬まで歩ませていくのだった。
そのようにして、取り扱うこと、取り扱われることは、
ふたりの思いをひとつにさせていたことであった。
綾子は、天井の梁にある滑車から降りている麻縄へ、背中を繋がれた。
隆行は、反対側の縄を手にして、力ませに引き上げようとしたが、
緊縛の裸身は、爪先立ちの姿勢とさせることがせいぜいであった。
とても、ひとりの腕力では無理なことだと思ったとき、
木製の踏み台が二脚あったことを思い出した。
同様の形をした踏み台が二脚ある理由は、
それらを運び寄せては、木馬を挟んで、対称に置かれることでしかなかった。
これで、跨る意思があれば、ひとりでさえ踏み台を昇ればできることであった。
拷問のお膳立ては、揃っていた。
そのように感じて、眺めやる三角木馬は、間近にあればこそ、
愛する相手をどうしてそのような残酷な処置に晒すことができるというほど、
三角の背の鋭角な恐ろしさは、堂々とした拷問道具をあらわとさせていた。
隆行は、綾子を見やった。
彼女は、決意を初めて言いあらわしたときから、
女の一念は不動のものであったと言わんばかりに、
躊躇せずに、踏み台を昇り出していた。
隆行も、あわてて手を添えて、手助けをするほかないことだった。
綾子が高まる不安と恐ろしさから、緊縛の裸身を震わせていることは、
昇るの支える彼の手にも、しっかりと伝わってきたことだった。
迫り来る、木馬の鋭利な角度をあらわす、三角の背は、
もはや、不安などぶち抜いて、
恐怖と残虐でしかない、と感じ入らせるしかないものだった。
綾子は、その木馬を跨いで、双方の踏み台の上へ、仁王立ちとなった。
さすがに、彼女も、下方を覗き込んでは、ためらわれた、
隆行の方へ投げたまなざしは、恐怖に怯えた思いで動揺していた。
それでも、女は、思い直したように、
おずおずとしゃがみ込み始めたのだった、
どうして、そこまでしなければならないのかという疑問など、
跳ね除けるられるように、
綾子は、木馬の背へ、優美な腰付きを落とさせたのだ。
生まれたままの全裸という羞恥、縄で緊縛されているという屈辱、
その上に、股間をこれ見よがしにさらけ出させた淫猥を示して、
さらには、苦痛に晒される拷問まで引き受けることで、
いったい、何がいったい得られるというのか。
隆行は、女の一念に、身震いさえあらわすほどの感動を意識させられたが、
それは、すぐに、
ああっ、という女から発せられた悲痛をこらえる声音で、擾乱された。
鋭角な三角の背へ押し当てられた女の割れめを、
綾子は、両眼をかたくなに閉じ、唇を真一文字に引き締めて、沈ませた。
ううっ、という苦痛の大きなうめき声がもらされたが、
打ち払うように、波打つ艶やかな黒髪を一度振るうと、
こわばった形相をその美しい顔立ちに張りつめらせて、
隆行の方へ、踏み台を外して、としっかりとうなずくのだった。
彼には、もはや、取調べの役人の非情な立場にあるしかないことだった、
慎重に双方の踏み台を取り外す以外にないことだった。
片方の踏み台が失われたときは、
しなやかに伸びた綺麗な脚がだらりと垂れ下がっただけだった、
それは、股間が伝えてくる苦痛を我慢できたことだった、
しかし、もう片方が奪われたとき、だらりと垂れ下がった美しい両脚は、
彼女の全体重が一気に股間へ集中したことをあらわとさせた。
綾子は、突き上がってくる激痛に、
ああ〜ん、と哀切極まる悲鳴を響かせた。
その声音は、隆行をたじろがせるに充分なものがあったが、
女の美しい顔立ちの悲痛そのものに歪んでいるありさまを知れば、
その必死になってこらえるさまは、耐え難いものであった。
全裸を後ろ手に縛られていれば、手を使うことなどあり得ないことで、
跨がされた木馬の背を双方の艶かしい太腿で挟み込んで、
逃れようとする以外に、成す術のないことだった。
だが、肉体の全体重を双方の太腿だけで支えることは、
男でさえ無理なことであれば、か弱い女ならば、無意味でしかなかった。
しかも、女であることを正真正銘にあらわす、
敏感な女芽、柔らかな羞恥の唇、繊細な肉の膣は、
小用の口と肛門を加えて、鋭敏な触感の集合しているところであった。
その箇所を鋭利な三角の頂点が跨る者の体重で責め立て続ける道具、
自然から生じた木材を組み合わせて作られただけという、
人間が考え出した伝統ある拷問道具としては、最も単純で、最も起源が古く、
現代においても、立派にその実用性を発揮させることは、
宿の主人の大島が言ったとおりのことで、
綾子がいま、まさに、実証していることであった。
太腿で支えることに甲斐がないことは、いまや、
綺麗に伸びたしなやかな両脚をだらりと垂れさせたことで明らかだった、
婀娜ぽく亀裂を見せるふっらとした女の尻が木馬の背に沈み込んで、
等しく、柔らかな漆黒の翳りに覆われた小丘にのぞかせる亀裂も、
三角が深々と食い込んでいる様子は、あからさまに見て取れた。
綾子は、その絶え間のない激痛に舞い上げられ、
眉根を激しく歪め、唇を硬く噛み締め、両眼を硬く閉ざして耐え続けていたが、
その余りにも哀絶な彼女の姿に、
隆行は、もう、耐えられない、という狼狽を示すのであった。
「綾子、綾子、もう、いいだろう、もういいよ、
止めようよ、止めようよ、
そのようなきみの姿、見ていられない、縛ったぼくも、悪かった」
間近まで歩み寄って、訴えかけるのだったが、
綾子は、艶やかな黒髪を頬へまといつかせながら、
虚ろになり始めたまなざしを向けて、
「いいのよ、これで、これで、いいの」
とつぶやくようにして、答えるだけだった。
それから、ひと息、呼吸をつくようにすると、言った。
「私は、絶対に、犯した罪の自白はしないわ、
隆行さんの女として、信頼される女として、
見届けて、隆行さん」
隆行は、相手の強い意志に胸打たれるものを感じれば、仕方なく、
「こらえ切れなくなったら、すぐに言うんだよ、
すぐに、きみを降ろすから」
と応じることしかできなかった。
縄で縛り上げられて、せり出せられた柔和な両肩を震わせるほど、
大きな呼吸をした綾子は、やっとの思いで、答えていた。
「大丈夫よ、自白はしないわ、
絶対に……」
言い終わると、みずからに与えられた境遇に、
その苦悶の身上へのめり込んでいくように、首をうなだれたのだった。
地下室の照明に浮かび上がった、綾子の姿……
雪白に輝く柔肌を惜しげもなく晒した生まれたままの全裸の女が、
後ろ手に縛られ、胸縄を掛けられ、腰縄を締め上げられて、
ふたつの乳房を突き出すようにされ、木馬へ跨がされていた、
艶やかな太腿が挟んだ木馬の鋭角な三角の背は、
ふっくらとした小丘の翳りを割って、
これ見よがしと割れめへ深々と食い込まされていた、
左右に分かれ、力なく虚空へ垂れている両脚が優美であっただけに、
その姿は、凄絶でさえあった。
女は、責め苦に遭いながら、ひたすら、こらえ抜く姿をあらわとさせていた、
両眼をかたくなに閉じ、唇を真一文字に引き締め、
波打つ黒髪の乱れを白い頬へかけて、
美しい顔立ちに、真剣な黙想の表情を浮かばせていた。
余りにも淫らで残虐であることには、違いのないことであったが、
女の矜持をあらわさせた、
女の凄艶とした妖美を感じさせるものであったことは、
隆行の心に深く刻まれた。
女と同様に、生まれたままの全裸の姿にあった男の陰茎も、
見事な反り上がりを示して、その思いのあかしをあらわとさせているのだった。
彼は、悩ましいばかりの女の姿に魅せられたように、
木馬の間近に近づくと、床へひざまづいた。
それから、女の美しい脚へ、熱烈な唇を這わせるのだった。
女は、感覚の失われた脚に、
彼の口づけが与えられたことに気づいた、
だが、女のまなざしは、急に虚ろなものとなり、
顔立ちは、苦悶に舞い上げられた、恍惚をさまよっているようになった、
そして、小さなうめき声さえもらさなくなっていた。
隆行がすがりついていた脚から顔付きを起して、
綾子を見たときには、すでに、彼女は、事切れているようだった。
彼には、起こった出来事が理解できなかった。
三角木馬へ跨ったままの綾子を懸命に揺さぶったが、
女は、何の反応も示さなかった。
男は、半狂乱の状態に陥り、
綾子、綾子、綾子、と地下室に響き渡る大声で、
相手の名前を呼び続けた。
ぼくを独り置き去りにしないでくれ、
と泣きながら喚き続けた。
しかし、綾子は、木馬に跨ったまま、蒼白く凍りついているだけだった。
彼女を木馬から落ちないようにさせていたのは、
天井の梁の滑車から降ろされた麻縄が張られていたことにあった。
隆行は、張られている麻縄の反対側をみずからの首へ巻き付けた。
縄の張力が緩んだことで、滑車は、カラカラと音を立て、
綾子の緊縛の裸身を、みずからの重さで、
木馬から床へ落とさせた。
麻縄は、再び、張り切るように、反対のものを吊り上げていた。
それが、隆行の最後だった。



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