1. 序 章 |
聡史は、ホテルの一室で彼女を待っていた。 彼女は、必ず定刻にやってきた。 遅れもしなければ、早過ぎもしなかった。 聡史には、その彼女の几帳面さが好ましかった。 彼は、いつも待ち合わせに早過ぎたからだった。 待たされる時間を潰すのにいつも苦労していた。 特に、相手が女性の場合は、そうだった。 今晩も、一時間は早く着いてしまっていた。 どうして潰そうかと考えているうちに、 会社を出掛けに耳に入ったニュースをふと思い出した。 我が国で三人目のノーベル文学賞受賞者が誕生したというのだった。 彼は、その作家の作品を読んだことは一度もなかったので、 ノーベル文学賞という言葉だけが耳に残っていた、 と言うのも、文学ということに関連して、 彼は、読んで欲しいと預った小冊子があったことを思い出したのだ。 他の誰でもない、今日これから会おうという、 彼女から手渡されたものだった。 聡史は、ひとつそれを読んでみようという気になった。 彼は、物語などを好んで読むような男ではなかった、 しかし、ほかに時間を潰す手立てが見当たらなかった。 一時間は、じっとしているには、長い時間だった。 それに、彼女から手渡されたということに、興味も湧いてきた。 ブリーフケースを開けて、その小冊子を取り出すと、 彼は、興味深げに装丁を眺めまわした。 桃色がかった表面は、桜、薔薇、紫陽花、百合といった、 一面の花柄の模様で飾られ、その綾の美しさは、 女性らしい、可愛らしさにあふれているように見えた。 芳香すらかすかに漂ってくる表紙を開くと、 次のような表題と著者名が記されてあった。 S&M 小山田翔子 |
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