第2章 縄の思い出 神沢圭子の回想(1) 借金返済で弁護士に相談
          第2章  縄の思い出 神沢圭子の回想(1)





 私は神沢圭子と申します。今、一般企業で事務職をしている34歳です。今日は皆さんの前で、縄についての思い出を語らせていただきます。

 縄を見ていると、様々な思いがこみ上げてきます。
 いろいろな繊維が撚り合わさって作られた一本の縄。日本では古来、麻の繊維を用い、ものを結わえ固定するための縄を生産してきました。
 日本人は縄に神秘性を感じ取ってきたのでしょう。縄で囲むことで外側と内側の境界を作り、内側を神聖な世界としてきました。
 神社の御神木を縄で囲うのはそのためですし、お正月にしめ縄を飾るのは、「家の中は歳神様がいらっしゃる神聖な場所」ということを表すためです。

 私は今、この手に一本の麻縄を持っております。
 繊維が複雑に絡み合った様子を見ていると、私の心に様々な想いがわき上がってきます。
 私の中にもこのような形をしたものがあります。細胞の一つ一つの中にらせん状をしたDNA……。(手のひらで下腹部を撫でながら)この辺にあるのでしょうか……。私の中の最も大きな細胞である卵子……。卵子の中のらせん状のDNA。私の持ったいるらせんは細い繊維に過ぎず、この麻縄のように他の繊維と交わることを渇望しているのです。
 交わることができるのなら、他の繊維の持ち主は男性であることにこだわりません。
 「縄のように、私も誰かと撚り合わさりたい」
 (再び下腹部を撫でながら)自分の肉体の中心部からわき上がってくる声を、私は幼い頃から感じていました。そして、その声は三十路に入った頃から大きくはっきりと聞こえるようになりました。

 私の父は「縛って繋ぐ力による色の道」布教部に在籍する神沢晃一郎です。父ももうかなりの歳ですから、私が他の繊維と結ばれて作った新しい縄をその手に抱かせてやりたいと思っています。

 父である晃一郎の関係で、人生の節目、節目で「色の道」の儀式を受けて参りました。でも、自分から積極的に布教活動に深く関わってきたわけではありません。
 信奉者の中には私が子供の頃から知っている人も多く、私が性的に乱れる様を晒したくなかったのです。「羞恥」と言うのでしょうか……。
 そんな私ですが、「民族の予定調和」の実現する日を心から信じております。
 私は「縛って繋ぐ力による色の道」の教義を父ほど深く体得しているわけではありませんが、「民族の予定調和」という理想郷は性的絶頂、つまり、オルガスムスの中にあるように思います。

 私の家には、「色の道」の信者が集って儀式を行う、納屋のような大きな部屋があります。その部屋は「道場」と呼ばれています。週末になると男女の信奉者が十数人集まり、麻縄を使った様々な秘儀が執り行われています。私もその秘儀を全て見ているわけではありません。
 小学校4年生のある日まで、「あの部屋にあまり近づくな」と両親から言われていました。
 でも私は時々、同い年の仲良しである麻子(あさこ)ちゃんと親の目を盗んで忍び込み、一緒に遊んでいました。天井には太い梁(はり)があり、そこに取り付けられた滑車から太い一本の麻縄が垂れ下がっていました。私たちはその縄にぶら下がってはしゃいでいたのです。いつもは緊縛された裸の女性がその縄に吊されていることも知らずに……。
 麻子ちゃんの両親も「色の道」の信奉者で、私の自宅で行われる儀式に参加していたのです。儀式の間、麻子ちゃんはいつも私と遊んでいました。
 今でも私と麻子ちゃんは仲良しで、お互いに「麻子(マコ)ちゃん」、「ケコちゃん」と呼び合っています。私には兄弟姉妹がなく、麻子ちゃんが妹みたいな存在でした。
 今さらながら気が付いたのですが、「麻子」という名前、自然の植物繊維を撚って作られた古来よりある麻縄からご両親が付けられた名前だったのでしょうね。「民族の予定調和」へのご両親の想いが名前から感じられます。
 小学校に入学して間もない頃のある日、私たちは親の目を盗んでいつものようにあの大きな部屋で遊んでいました。私たちは縄にぶら下がってよじ登ろうとしていました。もともと、大人の女性を吊すための縄ですから、子供の一人や二人がぶら下がってもビクともしません。
 縄に跨がっていたとき、偶然、縄が私の股間を下着の上から擦るような状態になりました。陰裂に縄が食い込み、私は背中に電気が走るような刺激を感じました。おそらく、私の陰核に触れてしまったのだと思います。それまでに味わったことのない甘美な刺激を受けて、私は一瞬、身体を硬直させてしまいました。
 私が抱いた感想を率直に表現すれば、「気持ちいい」の一言に尽きると思います。
 縄にしがみついたまま動きを止めてしまったので、麻子ちゃんは心配そうな顔をして「ケコちゃん、どうしちゃったの?」と、私の顔をのぞき込んで聞いてきました。私は動揺を抑えながら、「ううん、何でもないよ」と答えるのが精一杯でした。
 それから数日後のこと、「あの一瞬の刺激が何だったのか、自分でもう一度確かめてみたい」という欲望が身体の中心から湧き上がってくるのを感じました。
 両親が出かけて留守になったのを見計らって、私はあの部屋へ行きました。
 広くて誰もいない、ガランとした部屋の中央には、天井にある滑車から吊された太い一本の麻縄が垂れ下がっていました。幼い私にはその縄に引き寄せられるような、神秘的な力を感じました。
 私は自然に服を脱いでいました。なんだか縄が「服を脱ぎなさい」と言っているように聞こえたのです。それは太く低い男の声でした。
 あの日はTシャツにスカート、その下には子供らしい柄の付いたパンティを身につけていました。それらを全部脱ぎ去って床に畳み、吸い寄せられるように麻縄へ近づいていきました。
 私はその麻縄に跨がり、股間に当たるように姿勢を調整しました。
 十分に鞣してあるとは言え、繊維の突起が当たる少しチクチクするような刺激を太ももに感じました。跨がったままではあの甘美な感触は生じそうにありません。
 私は左手で縄を掴み、右手を後ろに回し、縄尻近くを握りました。縄が私の股間近くに密着するようにして、腰を前後させました。
 縄は私の陰裂にしっかりと食い込んできました。そして、麻のザラザラとしたものが陰裂の一番前の方にある、最も敏感な部分をこすりました。その瞬間、数日前に麻子ちゃんと遊んでいた時に生じたあの心地よい感触が身体全体に広がっていきました。
 私の肉体は「もっと気持ちよくなりたい!」という本能的な反応をしてしまったのでしょう。縄の上でリズミカルに身体を前後させる動きを繰り返しました。3往復目の動きに入った時、快感が全身を支配していて、動きを止めることができなくなっていました。
 あの時の自分に、「恥」という感覚はあまりなかったのだと思います。私は全裸のまま、股間を縄に押し当てながら無我夢中で腰を使っていました。呼吸は荒く、心臓はバクバクと大きな鼓動を繰り返していました。
 そんな方法で数回、腰を往復させるだけで理性が飛んで行ってしまいました。
 人生で初めて味わうあの感覚。頭の中と目の前が真っ白になり、思わず「アーッ!」と、声を上げてしまいました。
 そして私は縄の上に跨がって腰を突き出す姿勢のまま、自分の魂が宙へ飛んで行く感覚を味わっていました。魂が肉体に戻ってくるまでには、何秒かの時間が流れていました。
 これが私にとって初めての自慰行為でした。
 もちろん、小学校に上がったばかりの私はまだ、「性の神秘」など全く知りませんでした。梁から縄が吊されたあの広い部屋で両親をはじめとした大人たちがしていたことも……。
 なのに私はあの一本の太い縄の神秘さによって自ら裸になり、性の「初体験」を遂げました。
 私の性的な歩みは縄とともにありました。
 機会があればまた、皆さんにお話ししたいと思います。



                      (2018年6月12日 脱稿)





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