修 行 生理的欲求を禁じて精神および肉体を訓練することにより、 精神の浄化や神的存在との合一を得ようとする宗教的行為。 「大辞林 第二版」 夢というのは、夢を見ているそのこと自体にあっては、 どのように奇妙奇天烈であっても、奇妙奇天烈を感じることはない。 言語による概念的思考が始められることによって、筋道の立てられる整合性へと向かわされて、 折り合いを付ける、辻褄を合わせる、収拾を付ける、整合性を成す、という答えが求められようとしたとき、 その夢を概念的に思考する際の言語表現が適合するだけの整合性を示せないことが不可解や不可知を感じさせ、 或いは、その不可解や不可知こそ、みずからの知ることのできない、神の託宣である、という考えなどを生ませる。 <民族の予定調和>の広報担当者、岩手伊作が帰った後、疲労と眠気を感じて、 柔らかなソファへ座ったまま、いつしか寝入ってしまった小夜子であったが、 彼女が見た夢も、見ていた本人は、奇妙奇天烈を感じなかったことである―― 小夜子は、一糸もつけさせられない生まれたままの全裸を麻縄で後ろ手に縛られ、 床の間にある柱へ立たされた姿勢で繋がれていた。 純白に輝く柔肌には、綺麗な乳房から優美な腰付きへかけて、 幾つもの菱形の紋様が綾を織り成す縄の意匠が施され、臍のあたりから縦に下ろされては、 翳りをまったく奪われた生々しい割れめへもぐらされている股縄の妖美が匂い立つようであった。 亀甲縛りによる縄の緊縛姿が最も好みであるという、亡き夫の健一が取らさせていた姿態であった。 夫の健一は、小夜子を縄で縛ったことなど、生前は一度もなかった。 だが、いま眼の前にいる健一は、酒の酔いと性的官能の高ぶりから、まるで鬼瓦のような形相をあらわしていて、 それにも増して、全裸姿を堂々とさらけ出している男性の箇所が異様に小さかったことは不気味を感じさせた。 健一には、隆々とした反り上がりをあらわす見事な陰茎が魅力的であると感じていたことであったのに、 小夜子は、相手が愛する夫であることは間違いないと見えることなのに、 あなた、と呼びかけることがためらわれるばかりか、相手を見やることにさえ大きな不安を掻き立てられるのだった。 顔立ちを俯かせ、まなざしをそらさせて、小夜子は、置かれた境遇に耐えるばかりのことであったのだ。 鬼瓦の健一は、床柱へ繋いでいた小夜子の縄を解くと、その縄尻を取って引き立てるようにした。 華奢な肩先を激しく小突きながら、しっとりと落ち着いた風情のある次の間まで歩かせて行くと、 そこへ敷かれている艶めかしい朱色の夜具の上へ立たせるのだった。 天井からは滑車が降りていて、鬼瓦の健一は、そこへ縄尻を掛けると、 小夜子の裸身を吊し上げるように固定していくのだった。 押入れが開けられ、淫猥な形をした責め具の数々が仕舞われているありさまが露骨となったが、 鬼瓦の健一が手にしたのは、ひと振りの木刀だった。 「おまえがどれほどの女か、試してやる、おれの言ったことができなかったら、 おまえは、一夜買う女に値しない食わせ者だと言って、金を返してもらうからな」 と吐き捨てると、木刀の切っ先を小夜子の顔立ちの前へ突き付けた。 小夜子には、健一の喋っていることが何のことだかさっぱりわからずに、 その場所が自宅の日本間のように感じられているのだが、或いは、違う場所であるとも思えるのであった。 しかし、そのような困惑など、まるで無意味だというように、おもむろに、 菱形の縄の文様でせり出すようにされていた綺麗な乳房のひとつへ、木刀の切っ先がねじ込まれたのだ。 ああっ、痛いっ、と小夜子は、顔立ちをしかめて、緊縛の裸身を逃れるようにくねらせた。 鬼瓦の健一は、さらに、もうひとつの乳房の方にも、乳首めがけて切っ先をねじ込んでくるのであったが、 小夜子は、ああっ、ああっ、痛いっ、痛いっ、と言いながら、身体を逃れさせようとするのであったが、 天井から降りた滑車へ繋がれた身の上は、容易には逃れさせないものだった、そこで、 木刀の切っ先が羞恥の翳りを奪われて鮮やかな割れめをさらけ出している女の小丘へ向けられていっても、 ふっくらとした柔和がぐりぐりと蹂躙されても、眉根を寄せ、唇を噛み締めて、こらえるしかなかったのだった。 されていたはずの股縄がいつの間にか解かれていて、股間は剥き出しとされていたのだった。 小夜子には、投げかけるまなざしに、その恥ずかしい様子がはっきりと見て取れた。 「ざまを見ろ、おまえは、西洋の優れた先端科学思想の奴隷に過ぎないのだ、 精神病理学には、男は女を性的に虐待して喜びを感じるサディズムという性格が強く、、 女は男から性的に虐待されて喜びを感じるマゾヒズムという性格が強いものであると示されている。 いま、おまえがそうしておれから虐待を受けていることこそ、人間の男女間の自然な姿であるということだ。 虐めというのは、人間にあって、性があることの必然の事柄ということだ。 人間にある性が虐めを成り立たせていることだからだ。 人間の心理には、サディズム・マゾヒズムという属性があり、虐める・虐められるという行為において、 性的官能のオーガズムを求めようとする、それが素晴らしい快感のあることだからだ、 虐める・虐められるを求めようとすることは、整合性のある円満具足とした快感になるということだ。 人間にサディズム・マゾヒズムというものがある限り、虐待は絶対に消えてなくならない、人間の人間性だ。 精神病理学という先端科学思想は、そう教えてくれるのだ。 おれの股間を見てみろ、おまえを虐待することで、このように見事に反り立っているのがその科学のあかしだ。 おまえだって、おれに虐待されることで、女としての本当の喜びを感ずることだ。 おまえは、西洋の優れた先端科学思想がまやかしではない、という証拠をおれに示して見せるのだ。 それができなければ、おまえは女でもくずだから、妻であることさえ値しないということだ。 さあ、両脚を開いて、この木刀を股間へ挟み込め、そして、おまえは、おれに虐待されている幸せだけを考えろ、 そうすれば、おまえは、その挟み込んだ木刀から女の花蜜をしたたり落とさせるほど、喜びを感じるはずだ。 それができないとしたら、おまえは、西洋の先端科学思想に遥かに劣る、後進国にある因習の女に過ぎない。 その縄による緊縛姿だって、サディズム・マゾヒズムという先端科学思想の後ろ盾があるからこそ、 淫靡、淫猥、妖美、妖艶な日本の伝統的ファッションとして、世界へ通じているものではないか、 後ろ盾がなくなったら、未開民族の悪習と変わらないようなものとしてしか、見なされないぞ。 さあ、その両脚を大きく開け」 赤い鬼瓦の健一は、その赤い顔をますます赤くさせ、卑小な陰茎をますます小さく尖らせて、 木刀の切っ先を生々しい割れめの奥へもぐり込ませようとするのであったが、 小夜子は、言われるがままに、しなやかな両脚をおずおずと開いて、受け入れていくしかなかった。 純白の艶かしい太腿は、女の割れめへ食い込まされた木刀を左右からしっかりと挟み込んでいくのだった。 双方の太腿へ気を抜いたら、木刀が落ちてしまうことは明白だった。 だが、愛らしい女の芽と妖美な花びらと鮮烈な果肉と可憐な菊門へ触れるだけの刺激を受けさせられていても、 それだけで、官能はさらに高ぶらされるものとなるか、小夜子には、わからなかった。 眉根を寄せ、まなざしを一点へ集中させながら、綺麗な唇を真一文字とさせて、 困惑している表情の小夜子の顔立ちを、鬼瓦の健一は、せせら笑うようにして見つめ続けているだけだった。 天井の滑車から繋がれた緊縛の全裸は、じっとなったまま、身動きをあらわさずにいた。 小夜子は、泣き出さんばかりに懸命に試みていたのであったが、木刀を落とさせないことが精一杯だった。 赤い鬼瓦の健一は、その様子を見て取ると、嘲り笑うような哄笑を爆発させた。 「あっ、はっ、はっ、はっ、ざまを見ろ、おまえには、精神病理学が必要なのだ、 それは、精神病理学がおまえという人間精神の病気の主治医であるからだ、 おまえは、精神病理学にあって、こよなく男性から虐待されるからこそ、被虐の喜びがあるということだ、 そのことをとことん思い知れ」 と言い放つと、小夜子の縄で突き出された乳房へむしゃぶりついてくるのだった。 それと同時に、片方の手は木刀の柄を掴んで、激しく股間へ突き上げることを始めていた。 ああっ、ああっ、ああっ、小夜子は、緊縛された裸身を妖しく身悶えさせて、甘美な声音を上げさせられていた。 鬼瓦の口は、乳首を頬張り、舐め、吸い上げ、噛むを繰り返していたが、ふたつの乳房へされる愛撫のリズムは、 握り締めた木刀にも、激しく突き上げるばかりでなく、右にねじり、左にうねる刺激をもたらしていた。 ああっ〜ん、ああっ〜ん、ああっ〜ん。 高ぶらされる官能は、小夜子の甘い声音をますます悩ましいものとさせていったが、 優美なくびれをあらわす腰付きがくねらされ、しなやかで美麗な両脚がよじられると、 女の花蜜のきらめくしずくが深い切れ込みの箇所から、じわっとあらわれ始めるのだった。 ああっん、ああっん、ああっん、とやるせない泣き声に変わっていくのに合わせては、 赤い鬼瓦の握り締める木刀の手元まで流れ出してくるのであった。 それに気がつくと、鬼瓦は、小夜子から離れていった、 美しい驚嘆を眺めるかのように仁王立ちになって、 挟み込んだ股間が優美な尻の方へ傾斜させた木刀の切っ先へしたたり落ちる、 麗しい銀のしずくを見つめているのだった。 まさに、言われたようになったのだった。 「ざまをみろ、世界の頭脳が結集された先端科学思想は、 ひとつの民族の想像力などよりも遥かに優れているということだ。 それに隷属することが喜びでなくて何だ、奴隷の幸福状態でなくて何だ」 と鬼の首を取ったように意気を上げて、相手の美しい顔立ちを両手で押さえてみずからの方へ向けさせると、 唇を重ね合わさせ舌先を差し入れるのだったが、 小夜子は、官能に舞い上げられているように、されるがままだった。 男の舌先が女の舌先と絡められ、思いの込められた愛撫が執拗に続けられて唇が離されたとき、男は言った、 「おれのものが欲しいんだろう、差し入れて欲しいのなら、はっきりとそう言え、 すべての性愛行為は、性的官能のオーガズムを求めて、人間によって行われる、自然、条理、摂理だ」 小夜子が拒絶を示したところで、足元へ敷かれた艶かしい夜具へ押し倒されて、 無理やりにでも、膣へ挿入されることは分かり切ったことだった、 それが、女であることの身の上であったからだ。 ほかに仕方のない小夜子には、入れて下さい、と返事をする以外になかったことだった、 そして、返事をしかけた、そのときである。 突然、大地を揺るがす、ひゅう〜、どか〜ん、という爆発音と共に、炎が上がったのである。 赤い鬼瓦は、みずからの顔付きなどとは比べ物にならない、真っ赤な炎がめらめらと燃え上がるのを前にして、 何事が起こったのかと仰天のまなざしを見開いて、全裸をがたがたと震わせていた。 凄まじい怒号と悲鳴が火の勢いにも増して、あちらこちらで聞こえていた。 そのままいたら、部屋の方々へ上がった火の手に呑み込まれてしまうのは、歴然としていた。 鬼瓦は、叫び声を上げながら、その場を逃げ出していた。 艶かしい朱色の夜具の敷かれた部屋には、天井から降りた滑車へ、生まれたままの全裸に縄の意匠を施され、 後ろ手に縛られて繋がれたままの小夜子ひとりが取り残されていた。 あちらこちらから迫り来る炎を前にして、逃れる術を完全に奪われていた小夜子には、 眼の前にある事実に、成されるがままに、従うほかないことだった。 小夜子は、どんどんと燃え上がる炎を見て、 あちらこちらから聞こえて来る阿鼻叫喚、断末魔の叫びを耳にしていたが、 そのありさまでは、どうしようもないことであった。 縄に繋がれた裸身をじっとさせながら、思いをひとつにしようとしているだけだった。 いま、このように、自然の植物繊維から撚られた麻縄で、 生まれたままの全裸を緊縛されている姿があらわしていること、 それは、私の存在理由、<民族の予定調和>の表象としての女性であること、 私は、<民族の予定調和>の実現のために、生き続ける女でしかなかったということ、それが私だった、 紅蓮の炎がますます燃え盛り、間近に死が近づいていることは、恐怖を感じさせる、 だが、それ以上に、縄で縛り上げられた肉体は、人間の性的官能は、生き続けることの喜びを激しく感じさせる、 もっと生き続けたい、だが、それがかなえられないことだとしても、 <民族の予定調和>は、絶対に実現できることだと思えることだった、 いま、私にある想像力は、私を必要としている人々のために生きることを切望させる、 性的官能の絶頂の喜びは、死をも超越する想像力へと飛翔させるものであるからだ、 小夜子は、両眼を閉じて、我が身が焼き尽くされるのを引き受けようとしていた。 死を前にしては、眼の前へ立っている人物があった。 小夜子がまぶたをしっかり上げると、そこには、健一の妹である美恵と恵美の双子姉妹が立っていた。 ふたりが生まれたままの全裸の姿で立っているのだった。 「小夜子さん、あなたが亡くなられるのなら、どうか、私たちも、お供させて下さい。 私たちがあなたに犯してきた虐めを、あなたを信じることで、少しでも償いのあるものとさせて下さい。 あなたは、この日本にあって、<民族の予定調和>という前例のない事柄を示された、 あなたにあって、西洋の思想と日本の思想の衝突は、ハルマゲドンを招来されたのです、 二発の原爆投下や大空襲の焼く尽くす炎の前には、もはや、生きて逃げられる道はありません、 どうか、おそばに置いて、小夜子さんの行かれるところへ私たちを付き従わさせて下さい、お願いします」 双子の姉妹は、唱和してそのように言い終わると、 素早く、小夜子を天井から繋いでいた縄を解き、後ろ手に縛っていた身体を自由にするのだった。 それから、小夜子へすがりつくように、身を寄せていた。 「ありがとう、美恵さんと恵美さん、小夜子は、あなた方に助けられました、 今度は、私があなた方を救う番です、この家を出ましょう、 そして、<民族の予定調和>を求めている方々のために、私たちは、伝導へ向かうのです」 小夜子は、言い終わると、左右の手でそれぞれの女性の手をつかんで歩き出していた。 胸から腰付きへ掛けられた縄で緊縛された全裸の女がふたりの全裸の女を従えて、 その場を出て行こうとしていた、自宅を出ていこうとしているのだった。 向かう方角には、幾つもの焼け焦げた死体が転がっていた、亡き夫の健一も転がっていた、 健一の双子の弟である健二も転がっていた、健一と健二の弟である健四の死体も転がっていた、 さらには、再婚の亡き夫であった国文学者の大江も転がっていた、 生きて自宅へ残っている者はなかったのだった。 燃え盛る紅蓮の炎は、すでに、自宅全体へ及んでいた。 三人の脱出など、不可能なことであった。 だが、手を繋ぎあった生まれたままの優美な全裸の女性たちが向かうところ、 立ち塞がる恐ろしい火柱は、紅蓮の壮麗な門柱のようになって、道を開いていったのである。 女性たちは、ただ、何事もないように、そこを通り抜けていくだけだったのである。 ――夢から目覚めたとき、余りにも恐ろしい夢は全身に冷や汗をかかせ、小夜子を震える思いにさせていた。 そのような自惚れた気持ちがあって、男性の求めを拒んできたわけではなかった、 そのような身の程知らずの気持ちから、<民族の予定調和>を考えていたわけではなかった。 どうしてそのような夢を見たのか不可知で、不可解で、奇妙で、恐ろしさばかりが余韻となっていた。 小夜子は、浴室で全裸となり、シャワーを浴びて全身を清めながら、 どうしてか、岩手伊作のことが思い浮かんでくるのを抑えられなかった。 そこで、インターネットで広報されているという、 『わが日本民族における<民族の予定調和>の告知』の☆WEBサイトへアクセスしたのだった。 『<民族の予定調和>認識の五段階』を読み終えて、その<☆展>に示されている事柄には、 かつて、至らせられた思いへと結び合わされていくものがあるのだった。 「☆私は、<色の道>を歩み続けてもかまわないと思っているのですのよ、 整合性の問題を追求するためなら……」 そう、私は、そのように認識していたはずのこと……。 小夜子は、居間にある電話機を取ると、岩手伊作の残していった携帯電話の番号へかけていた。 応対に出た相手に、小夜子は、あなたが整合性の問題を真剣に考えておられるのを拝見して、感銘致しました、 お話をさらにお聞きしたいので、できることであれば、お会いしたいのですが、と申し出るのだった。 岩手伊作は、小夜子さんとお会いできることは、喜びの余りです、今すぐにでも構いません、 私は、いま、八王子にある<上昇と下降の館>の<権田孫兵衛老人のアンダーグラウンド>におりますが、 こちらには資料などもあります、もし、宜しければ、ここまでお出でくださいませんか、と答えるのだった。 小夜子に異論はなかった、彼女は、早速、外出の装いと化粧を済ませるのだった。 そうして、自宅の玄関扉を開いて、外へ出ようとしたときだった。 開かれた玄関扉の前に、健一の妹である美恵と恵美の双子姉妹が立っていたのだ。 「あら、随分と驚いているご様子ね…… 私たちが訪ねてきたのがそれほどびっくりするようなことなのかしら……」 目鼻立ちの整った顔立ちは美人と言ってもよかったが、その思いと気性のあらわれているきつさは、 姉妹は負けず劣らずのところがあったので、ふたりが並ぶとますます区別のつきにくいものがあったが、 最初に口を開いたのは、姉である美恵の方だった。 「いや、小夜子さんは、私たちのことを毛嫌いしているから、突然の訪問にうろたえているのよ。 あら、随分とおめかしして、お出掛けなのかしら、どうせ、また、男性をたぶらかしに行くのでしょう?」 追いかけるようにして口を開いたのは、妹の恵美だったが、小夜子には、区別のつきにくいことだった。 ただ、ふたりが相変わらずの挑戦的な態度をあからさまにさせて、そこに立っているということは理解できた。 「恵美、嫌味なんか言ったら失礼よ……どお、私たちをなかへ入れてくださる? 私たちはね、あなたと仲良くお話がしたくてやって来たの、楽しいお茶がしたくてよ。 先だっては、果たせなかったことですものね」 美恵は、作り笑いを浮かべながら、小夜子の手にみずからの手を触れようとするのだった。 小夜子は、さっと手を引いて、きっぱりとした口調で答えていた。 「せっかくお越し頂いたのに、失礼なことですが…… 私は、お約束があって、出掛けなければなりませんの、あしからず」 それから、前へ進もうとしたのだが、双子の姉妹は、道を譲らなかった。 「あら、随分とつれないのね、小夜子さんとは、もっともっと親しくなりたいと思っているのに…… あなたは、女性と親しくなることがお得意なんでしょう。 私たちのように、顔立ちも姿態も申し分のない美人姉妹だったら、不足はないのじゃなくて。 少なくとも、あなたがこれから会おうとする男性よりは、魅惑があることじゃなくて」 美人姉妹の姉の方が皮肉な口調でそう言ったのだった。 「あなた方には関係のないことですわ、そこをどいてくださいませんこと」 小夜子の方も、むきになって言い返していたが、状況は変わらなかった。 小夜子は、困り果てたという表情を浮かべて、玄関先へ立ち尽くしたままになってしまった。 目鼻立ちの整った顔立ちの姉妹は、きつい表情で互いの顔を見合わせると、 妹の方が手にしていた大きなバッグから何かを取り出そうとしていた。 「あなたには、やはり、こういうものを見せないと、私たちが来た理由を理解してもらえないようね。 これが何だか、わかるわよね」 そう言って、差し出されたのは、灰色に色褪せた麻縄の束だった。 小夜子は、それを見るなり、大きな瞳をさらに大きく見開いたが、すぐに、にらみつけるようなまなざしになった。 「あなたは、縄を見せられたら、すぐに身に着けているものをすべて脱ぎ去って、 生まれたままの全裸の姿をさらけ出すのでしょう、さあ、そこでやりなさいよ! それが<民族の予定調和>の<表象の女>であることの自覚なんでしょう! さあ、さっさと裸になりなさいよ! いくら嫌がる振りをしたって、女性から縄を掛けられることだったら、あなたの本望じゃないの!」 恵美は、小夜子の眼の前へ、麻縄の束をぶらぶらさせながら、激しい口調で言い放っていた。 小夜子は、顔立ちを幾らか蒼ざめさせて、途方に暮れたような表情を浮かべるだけだった。 「どうしたの、脱がないの…… そうよねえ、このような玄関先では、世間の皆様にも失礼に当たることですものね! わが日本民族における<民族の予定調和>とか、まともらしく体裁のいいことを言っているけれど、 それは、ただの猥褻のおためごかしということじゃない! 生まれたままの全裸に女がなったら、その縛る縄は、陵辱を結ばせるということしかないのよ!」 美恵が小夜子を突き飛ばした勢いで家のなかへ入り込んでいた。 続いた妹が玄関扉をぴたりと閉ざしていた。 「これで、この家のなかには、あなたと私たちの三人だけ! 思う存分、楽しいことができるわね! さあ、あなたを縛ってよがらせるために、大層な設備の準備されている部屋へ行きましょうよ!」 小夜子は、その言葉に対して、相手をまじまじと見つめて言い返すのだった。 「嫌です、いますぐ、家から出ていってください! あなたたちの勝手にされる理由はないわ!」 相手の毅然としている様子に、双子の美人姉妹は、顔を見合わせて笑い出しているのだった。 「あっ、はっ、はっ、はっ、はっ…… 小夜子さん、嘘はもうやめましょうよ、私たちは、何もかも知っているのよ! あなたが女性しか愛することのできない女であるということを! それを自分にも他人にもごまかすために、男性との性愛でも充分に女をあらわすことができる嘘をつくために、 <民族の予定調和>という荒唐無稽な思想を信じる振りをしていることを! 生まれたままの全裸を縄で緊縛された女性が<民族の予定調和>の<表象の女>! 馬鹿げているわ! どうして、ただのマゾヒストのレズビアンではいけないの、どうして、それを納得できないの!」 恵美が灰色に色褪せた麻縄の束をぐるぐるとまわしながら叫んでいた。 その隣に立つ美恵の方は、薄笑いさえ浮かべながら、畳み掛けるように話を繋いだ。 「私たちはね、これ以上、あなたの独善的な自己欺瞞が世の中へ撒き散らされないように、 魔女を断罪しにやって来た聖戦の女騎士、双子のジャンヌ・ダルクなのよ! 女性が全裸となり、縄で緊縛され、陵辱にあうというのは、ただのサディズム・マゾヒズムということよ。 全裸を縄で緊縛された拘束感から、肉体と精神にあるサディズム・マゾヒズムを花開かされ、 あらゆる恥辱の虐待を受けることで、その性的な官能の極まりから覚えた快感を常習的に行うような行為は、 精神病理であるということに過ぎないことよ! 女性はすべて、全裸になって縄で緊縛されただけで、<民族の予定調和>の表象となる、 言い換えれば、女性はすべて、精神と肉体を病んだマゾヒストになれ、と言っているのと同じことじゃない! 眼に見えるものが必ずしもその本質をあらわすものではない、 それらが外観を互いに似たものとさせていたとしても、本質は同一とは限らない、 このような事柄は、人間においては、極めて稀なことにしか当てはまらないことよ。 人間というのは、私たち双子にそれほどの外観の違いがないように、本質に違いなどほとんどないことよ。 人間はすべて一緒、人類はひとつ、ということよ! だから、事物の本質について探求される学術は、威信のあるものとして、人間のために役立っているのよ。 邪道というは、どのような真似をしたところで、邪道にしか過ぎないという道理よ! 私たちはね、あなたにそれをしっかりとわからせるために、来たのよ! さあ、さっさと裸になりなさいよ! 生まれたままの全裸をさらけ出しなさいよ!」 恵美は、大きなバッグから乗馬鞭を取り出すと、姉に手渡した。 美恵は、それを小夜子の鼻先へ突きつけて、それから、素早く、腰付きへ一撃を食らわせようとした。 小夜子は、手を挙げてそれを制すると、静かに答えるのだった。 「わかりました…… 鞭など使う必要はありません…… あなた方がそこまで言うのであれば…… どうぞ、お好きになさってください……」 小夜子は、身に着けていたスーツのボタンへ、ほっそりとした白い指を掛けていた。 きつい表情の姉妹は、立ち尽くしたまま、相手の脱衣の様子をじっと眺めやっていた。 小夜子は、スーツの上着、ブラウス、スカート、ブラジャー、ショーツと取り去っていったが、 男性が眺めていたとしたら、さぞ艶めかしく愛らしいと映ったはずの華やかな衣類も、 ふたりの加虐の女性から見れば、身体を不必要に隠している余計なものでしかなかった。 女は、優美な全裸姿をあからさまにさせてこそ、女をあらわすことであったのだ。 一糸もつけない生まれたままの全裸をさらけ出させた小夜子は、美しい顔立ちを毅然とさせて上げたまま、 しなやかな両腕を背後へまわして、ほっそりとした両手首を重ね合わさせた姿態を取っていた。 それが<女の絵姿>と呼ばれる絵になるような妖美をあらわす姿態であるとしたら、 あくまでも、縄を掛けられて緊縛されるのを待つ女の風情を漂わせているからにほかならなかった。 「しばらく会わない間に、随分とお利口さんになったのね。 それにしても、あなたって、本当に綺麗な身体をしているわね。 そのような綺麗な身体を男性の好き勝手にさせているばかりでは、勿体無いとは思わないの。 そのように美しい姿態は、女性から思いを掛けられてこそ、輝きのあるものとなることではないの」 そう言いながら、美恵が小夜子の背後へまわると、恵美は正面の方へまわって、 ふたり掛りで行われる縄掛けは、双子の姉妹だけに、女らしい細やかさがあって息の合ったものだった。 綺麗な乳房から優美な腰付きへかけて、幾つもの菱形の紋様が綾を織り成す縄が掛けられ、 臍から縦に下ろされる縄は、ふっくらとした妖艶な翳りに隠された女の割れめへともぐらされていったが、 縄には、股間にある三つの敏感な箇所を刺激するための瘤が作られていて、尻の上の腰縄で縄留めがされた。 恵美は、その割れめへ埋没している股縄へ指を差し入れ、くいくいと引っ張っては、 しっかりと食い込ませていることを確かめるのであったが、意地悪そうに見つめやる相手のまなざしを、 小夜子は、知りません、というように大きな瞳をそらさせるのだった。 それから、重ね合わせた華奢な両手首を縛られると、その縄尻を恵美に取られ柔和な撫で肩を小突かれながら、 乗馬鞭を手にした美恵に艶めかしい尻をぴたぴたと打たれながら、家の奥へと向かわされていくのだった。 小夜子は、されるがままになっている身上をまったく引き受けているというように、 憂愁を漂わせた美しい顔立ちを俯かせて寡黙に従うだけであったのだ。 双子姉妹にすれば、その従順さこそ、小夜子本来のマゾヒストのレズビアンがあらわれ始めたことだと思えば、 虐め甲斐があるというわくわくする期待は、互いの相似の顔を見合わせてほくそ笑ませることだった。 日本間へたどり着くと、その襖が大きく両開きにされ、美恵と恵美は、はしゃぐように喋り合っていた。 「いつ来ても、侘びという風情のかもしだされた素晴らしいお部屋…… しっとりと落ち着いた佇まいの広さ、天井の梁、鴨居、欄間、柱、床の間の柱…… 縄掛けには、確かに、日本間の造りが最高の様式に違いないことだわ…… このような素敵な場所を女性だけで愉しむことができるなんて…… まったく、素晴らしいことね……」 双子の美人姉妹は、緊縛された女を床の間の柱を背にさせて立たせた姿勢で繋ぎ留めると、 おもむろに、身に着けていた衣服を脱ぎ始めるのだった。 その脱ぎっぷりは、床柱へ繋がれた小夜子の注意をことさらに惹くように、 女っぽい媚態をむんむんとさせたストリップ・ティーズの悩ましさをあらわとさせたものであった。 小夜子にしてみれば、わざとらしいと感じさせられたことであったが、 顔立ちをそむけて見ない振りをしていたつもりのことも、その次に行われたことには驚かされたのだった。 一糸も身につけない生まれたままの全裸をさらけ出させた美恵と恵美は、互いに向き合うと、 余りにも相似の互いの優美な身体付きを眺め合い、どちらからともなく相手の肩へ手を置きながら、 顔立ちをうっとりとした表情で見つめ合っているのだった。 それから、まるで、思いを寄せ合う恋人同士のように、求め合う思いはふたりの唇を突き出させ、 軽く触れ合わせては離すという、感触を確かめ合う口づけを始めるのだった。 その優しい口づけも、次第に舌先をのぞかせるようなものに変わっていくと、吸い付く熱烈さも長くなり、 うん、うん、と悩ましそうな溜息をどちらからともなく漏らすようなものになっていくのだった。 小夜子は、そのような女同士の性愛を見まいとしっかりと両眼を閉じて、顔立ちを毅然とさせていた。 双子の姉妹には、その被虐に晒されている女の無視する様子が一層の官能を煽り立てるとでもいうように、 相手の肩へ置かれていた手も相手の裸身を掻き抱くにようになって、 尖らせた姉の甘い舌先が開かれた妹の綺麗な形の唇の奥へ含み込まれていくと、 ううん、ううん、と甘美なうめき声を上げながら、互いの舌先を絡ませ、もつれさせ、くねらせ合うのだった。 それは、飽くことを知らない熱烈な舌先の愛撫であったが、口端から唾液のしずくが糸を引いて落ちるようになって、 今度は、恵美の舌先が美恵の口中へ頬張られて、くねくねと、ねちねちと、悶え合うことが繰り返されるのだった。 ぴちゃ、ぴちゃ、ぴちゃ、くちゃ、くちゃ、くちゃ、とした淫靡な愛欲の響きの間に、 漏れ出させる声音も、ああん、ああん、とやるせなそうな悩ましさへ高まってくると、 生まれたままの全裸をあらわとさせた双子の姉妹は、それだけではもう我慢ができないというように、 突然、重ね合わさせた唇を離れ合って、互いの裸身を突き放すようにするのだった。 それから、ふたりは、小夜子の方へ、官能に火照り上がった赤い顔立ちを向けて言うのだった。 「どお、小夜子さん、あなたも仲間に入りたい? 入りたいんでしょう? 入りたいのなら、素直にそう言いなさいよ!」 しかし、被虐の女は、両眼を閉じて、唇を真一文字に結んだまま、返事をすることを拒んでいた。 双子の美人姉妹は、互いの顔を見合わせて意地悪そうな笑みを浮かべると、 床の間の柱へ繋がれている小夜子の間近へ寄って行った。 恵美がぴったりと閉じ合わせるようにさせていた小夜子の艶かしい太腿を無理やり左右へ開かせると、 美恵のほっそりとした指先が女の割れめ深くへ埋没させられている股縄の奥へともぐり込んだ。 「ああっ、いやっ」 思わず縄で緊縛された裸身をよじり、あらがう声音を上げた小夜子だったが、 股間深くへもぐり込まされた指先は、容赦なくまさぐっているのだった。 「あっ、はっ、はっ、はっ、小夜子さん、あなたは、本当に嘘つきねえ! 嘘つきな女だわ、これを見なさいよ! あなたが両眼をしっかりと閉じて、見まい、聞くまいとしたって、 あなたがマゾヒストのレズビアンであることは、あなたの想像力が実証していることなのよ! あなたは、全裸にされ縄で縛り上げられた被虐のなかで、 女同士の性愛を思っただけで、こんなにも感じてしまう女なのよ! 指先からしたたり落ちるくらいの量の女の花蜜、これがあなたの嘘の証明でなくて、何だと言うのよ!」 美恵は、しずくの流れ落ちる指先を小夜子の眼前へ突き付けていたが、 被虐の女は、顔を思い切りそらさせて、まなざしを閉じているばかりだった。 「見たくなければ、見なければいいわ! あなたが見ようが見まいが、知りたいと望もうが望むまいが、事実には変わりがないのよ、それを認めなさいよ! 小夜子はマゾヒストのレズビアンであるということを! 偉大な学術の追従者であるということを! さあ、言いなさいよ! 私は、マゾヒストのレズビアンですと! 言えなければ、あなたは、ただの嘘つき女でしかないわ!」 双子姉妹の妹は、小夜子の顔立ちを両手で押さえて正面を向けさせると、返答を迫るのだった。 しかし、被虐の女は、頑なに拒んでいた。 姉の方は、女の股縄へ指を絡めると力任せに引っ張り上げて、激しく答えを促すのだった。 それでも、小夜子は、美しい眉根をぎゅっと寄せて、綺麗な唇を噛み締めて懸命にこらえていた。 「強情ね、何がそれほどに強情にさせるのかしら! そういう、嘘つきで強情な女、<民族の予定調和>の<表象の女>であることを信じている荒唐無稽な女、 あなたがそういう邪悪な魔女であるからこそ、 私たち、双子のジャンヌ・ダルクは、あなたを異端審問する正当な資格があるのだわ! ここは、いまから、過酷な審問所となるのよ!」 美恵は、小夜子の股縄から離れ、恵美は、顔立ちから離れていた。 ふたりは、畳の上に置かれていた大きなバッグから、銀の甲冑を模したボディ・スーツを取り出して身に着け、 両耳に大きな羽の付いた銀の兜を模した帽子を被り、銀色のブーツを履いて、小夜子の前へ立つのだった。 「どお、素敵な格好だと思わない! 人類救済の乙女であるヴァルキューレとも言える正義の勇壮さだわ! さあ、審問所へ行くのよ!」 双子の美人姉妹は、異口同音のユニゾンで言い放つと、床柱へ繋いでいた縄を解き、 小夜子を引き立てるようにして歩かせ、次の間へ通じる襖を開いているのだった。 「わあ、艶めかしい夜具の敷かれていること…… 縄で緊縛された全裸の男女が絡み合って愛し合うための愛欲のしとねで、 この魔女は何人の男性をたぶらかしてきたのやら…… でも、それも、今日で終わりを告げること……」 美恵と恵美は、さらに、奥の間へ通じる襖を開いているのだった。 「ああっ、凄い! 凄いわ! いつ見ても、圧倒される存在感、その生々しさ! 何ともお金の掛かった豪華絢爛、陰惨、悲惨、残酷、淫猥、卑猥、妖美の拷問部屋!」 双子姉妹は、小躍りするような仕草さえ見せて、感激をあらわとさせているのだった。 小夜子は、亡き夫の収集品があるだけで、実際に一度も使われたことのない部屋へ無理やり連れられて、 ふてくされたように顔立ちをそむけ、緊縛の裸身を硬直とさせたまま、まなざしを床へ落とし続けているだけだった。 その被虐の女は、日本の伝統的な拷問道具の様々の品が江戸時代の拷問倉を再現したような配置を持って、 見事に飾り立てられていた部屋の中央に作られている空間へ容赦なく引き立てられていくと、 天井の梁にある滑車から降りている麻縄に緊縛の裸身を繋ぎ留められるのだった。 顔立ちや身体付きや衣装までも同じふたり女は、小夜子の前へ立つと宣告する口調で言ったのだった。 「小夜子…… おまえは、以前に、この部屋に一之瀬由利子先生がお出でになったとき、おっしゃられたことを憶えているか。 それは、おまえにとって、極めて重大な事柄であったはずだ。 一之瀬先生は、この部屋にある<ひとつの拷問道具>がおまえに初めて用いられるその日を、 拷問の処女として破瓜される日であるとおっしゃられたことだ。 おまえには、名誉この上ない処遇に晒されることであったはずなのに、おまえは、一之瀬先生の見識を拒絶した。 おまえは、そのとき、人間の脳にある<永遠の黄昏>を実証して見せることができるか、 或いは、<民族の予定調和>の<表象の女>をあらわして見せることができるかの選択肢があったのだ。 だが、一之瀬先生を拒絶されたおまえには、もはや、一切の選択肢はあり得ない。 おまえは、ただ、<ひとつの拷問道具>に晒されて、 みずからがマゾヒストのレズビアンであることを認めるまで、虐待を受けることしかないということだ。 人間には、サディズム・マゾヒズムというものが精神にも肉体にもあり、 それがみずからの制御不可能な性において発揮されるものであることから、虐めというものが生まれる。 このような人間の属性としてあることであれば、虐めが昨日今日に始まったことではなく、 人間が群棲して社会を営んでいく限り、太古からあるように、未来においても、永遠不滅の事柄であるというだけだ。 人間は変わり得ない動物なのだ、変わるように願望することを思い続けることができるだけで、 そのような祈願が必要のないものとしてあるならば、宗教ということも、人間には必要がないということだ。 宗教は、人間が変わり得ないものであるからこそ、その存在理由を持っているものであり、 人間には決して果たし得ない事柄への祈願があってこそ、人間を支えているということであるからだ。 小夜子、おまえが求めて、この家を出て、会おうとしていた人物にしても、 おまえを救済することなどできはしない。 おまえは、ただ、そうあって欲しいと祈願するだけのことができるだけだ。 そのことが理解できるなら、最後の審問をしよう。 おまえは、マゾヒストのレズビアンであることを認めるか、認めれば、その縄の緊縛を解き放とう、 認めなければ、認める思いに至るまで、そこにある<ひとつの拷問道具>の虐待に晒されるだけだ。 何故ならば、人間が人間を虐めるという理路整然とした整合性の所以が人間にはあるからだ!」 そこにある<ひとつの拷問道具>と言って双子の指差したものは、三角柱の鋭利な背を如実にさせ、 太い四本の角柱がそれを支えているだけという単純な造形物が妖しい漆黒の光沢を放つ、 非情で残虐で淫猥を漂わせる三角木馬という拷問道具だった 小夜子には、見つめやる必要もなく、双子姉妹が今日あらわれたそのときから、理解のできていることだった。 一之瀬由利子という小夜子と顔立ちの恐ろしく似ている女性が自分の前へ初めてあらわれたときから、 一之瀬由利子が「私の母は、<三人の若者>によって、<漆黒の三角木馬>へ跨がされ、 <永遠の黄昏>が脳に存在することを明らかとさせています」と話したときから、 一之瀬由利子が坂田由利子と名前を変えて再びあらわれ、国立図書館で坂田久光の『人類の生態学』を語り、 生まれたままの全裸にさせた小夜子を縄で緊縛し、二度までも官能の絶頂へ至らせたこと、 それらが<漆黒の三角木馬>と結び合わされることであれば、 自分は、もはや、結城由利子となるほかはない、と小夜子に思わせることであったからだ。 それは、小夜子が十二歳のときに体験させられた性の目覚めの相手である<結城お姉さん>が言ったこと、 小夜子が孤独に信じてきたこと、 <いずれは、あなたがたどり着かなければならない、 起るべきことのために準備しなければならないということです> ということが実現されることだったからである。 小夜子は、みずからの母親である由利子の娘であることをあらわさねばならない、ということだったからである。 眼の前に立つ、銀色の西洋甲冑を模した装いの双子の姉妹を見つめながら、 優美な全裸へ目も綾な縄の緊縛の意匠を施された女は、はっきりと澄んだ声音で答えているのだった。 「私は、マゾヒストのレズビアンではありません。 あなた方の考え方では、言い尽くせない人間のありようがあるからです。 人間には、飛翔し得る想像力というものがあるのです。 私は、わが日本民族における<民族の予定調和>の<表象の女>です。 私は、岩手伊作様が『<民族の予定調和>認識の五段階』で示されているように、 人間の思考における整合性を探求する道へ追従する女なのです。 私は、一之瀬と坂田と結城が結ばれた由利子の娘なのです。 私のような者がいまあらわれなくても、いずれ、由利子の娘があなた方の前にあらわれることでは、 人類は<民族の予定調和>へ向けて進行している、ということを示していることでしかないのです。 どうぞ、あなた方のお好きになさってください、修行は成就へ至る過程でしかないことです」 小夜子は、毅然として顔立ちをもたげ、天井の滑車から繋がれた緊縛の裸身を見せつけるようにするのだった。 「何を言い出すのかと思えば、何とも馬鹿げたお話ねえ。 あなたが一之瀬由利子先生のお母様の娘ですって! それでは、あなたは一之瀬先生と姉妹ではないの! 一之瀬先生のお母様は、昭和二十年に二十歳であられた方よ、 そのときの子供があなたなら、あなたは、六十歳にはなっているはずじゃない! まったく荒唐無稽だわ! あなたは、いま、年齢は幾つなのよ、そのことがそもそも矛盾していることじゃないの! 何が、人間の思考における整合性を探求する道へ追従する女です! 聞いて呆れるわ! 算数もできない思考じゃない!でたらめも、嘘も、大概にしたら! 何が飛翔し得る想像力よ! 何よりも、あなたは、先生の偉大さを知らないから、そのような嘘を抜け抜けと言うことができるのだわ! 一之瀬由利子先生は、みずからの身を持って、<永遠の黄昏>を明らかにして見せることができるのよ。 あなたにそれができるとでも言うの! あなたにできることは、せいぜい、マゾヒストのレズビアンを認めることでしかないのよ! それを、いまから、とことん思い知らせてあげるわ! 思い上がった嘘つきの強情女にね!」 双子の西洋甲冑姿の姉妹は、部屋の片隅まで行くと、お目当ての道具を中央まで運んでくるのだった。 拷問道具をあからさまに見せつけるように、小夜子の立たされている前へでんと据えるのだった。 小夜子の臍から縦へ下ろされて女の割れめに食い込まされていた股縄が解かれていた。 「わあ、凄いわね、ぐしょぐしょじゃない、縄から花蜜がしたたり落ちているわ! 全裸を縛られて、女同士の性愛を見せつけられて、拷問道具で虐待されるという思いだけで、 この女は、これほどに感じてしまうのよ、これがマゾヒストのレズビアンのあかしでなくて、何なのよ! もっともらしいことを口で言っていたって、精神と肉体は正直なものよ。 精神と肉体のありようは、言語なんかに遥かに優るということよ! そういう風に歴史的に考えてきた道理じゃない、言語なんて単なる意思伝達の道具に過ぎないもの、 そこにある三角木馬が拷問の道具以外の何物でもないことと同じよ! <漆黒の三角木馬>が意味を持つのは、一之瀬由利子先生にあってのこと、 それが聖なる認識の輝きをもたらすことは、下世話な思考の者には、あり得ないということよ! さあ、さっさと跨らせましょう!」 ふたりのユニゾンする女の声音が大声で宣告していた。 西洋甲冑の姉妹はふたり掛りで、天井の滑車から小夜子の裸身を繋いでいる縄を引き上げ始めるのだった。 縄で緊縛された女は、されるがままだった。 小夜子は、妖しい漆黒の光沢を放つ、非情で残虐で淫猥を漂わせる三角木馬が眼の前へ置かれたときから、、 じっとなったまなざしをそれへ注いでいるばかりだったのだ。 さっさと跨らせましょう、という双子姉妹の叫ぶ声音も聞こえていなかったほど、 もはや、小夜子の思いは、想像力へと委ねられていたのだった。 小夜子の思いは、古い時代の土蔵のなかにあったのだ。 その土蔵は、江戸時代に拷問倉と呼ばれていた場所だった。 拷問倉で行なわれることは、穿鑿所で行なわれる叩きと石抱きという牢問いで自白しなかった者へ、 海老責や釣り責、或いは木馬責といった拷問によって自白を強要することであった。 二間に二間半の塗籠めの土蔵は、奥に二坪の座敷があり、残りは白州となっていた。 時刻は午の刻という白昼であっても、天井が高く明り取りの窓の小さい倉のなかは、薄闇の支配する場所だった。 しかし、薄暗いからといって異議を申し立てる者はいなかった。 そこで行なわれる執務は、書き物に専念するようなことではなかったし、 執務に関わる者以外の人物が見るような見世物ではなかったからだ。 照明による演出も舞台効果も、芝居がかったことは、一切必要のないことだった。 薄闇に支配されている雰囲気は、光が少ないせいばかりにあることではなかった。 倉のなかに置かれている様々な道具が暗鬱とした雰囲気をかもし出せているのだった。 高い天井に渡された梁にある滑車は、麻縄を不気味な蛇のように長々と垂れさせて、 その麻縄も束として掛けられているまわりの壁では、ひとの首が並べられているように見えるものだった。 肉が飛び出るほど厳しく縛り上げて、ひとの姿をとどめないくらいに身体を折り曲げさせて、 男や女の最も恥ずかしい箇所を剥き出しにさせて、苦悶に気絶するまで締め上げるという緊縛の縄である。 天井の滑車から吊るすのに使われれば、そのときは、持たせる重い石の土産も用意されている。 縄の緊縛の馳走を賞味してもらうのもいいが、客人には、座布団を出すというのが礼儀であるから、 三角に削られた木材を五本並べた十露盤板は、正座すれば血が流れ出すほどに安楽となるものがある。 それでも、気持ちのよい寛ぎが得られないのであれば、四角に切り出された重量のある石を膝に抱いてもらう、 一枚で足りなければ、骨が砕けるまで何枚だって用意してあるものであるから、好きなだけ欲しがることができる。 並べられている拷問道具は、見るだけで、使用される恐ろしい目的を暗鬱とあらわしているものばかりである。 だが、暗鬱としているだけでは、この陰鬱さはかもし出されない。 薄暗い場所であることの特有の湿気に加え、ここで流されてきたさまざまな体液、 悲痛な涙、残虐な汗、恨めしい小水、もらされた精液やしたたらせた女の花蜜がしぼり出された血と混じり合い、 じめじめとにじむような絶望をかもし出させているのである。 この拷問倉が立ち昇らせる湿気は、人間にある殺戮欲という本能が作り出す瘴気と言えるものである。 殺戮欲というのは、人間が生存を求めることで、他者へも、或いは、みずからへも向けられる殺戮の行動である。 みずからの生存を求めることは、他者を死に至らせるまでの虐待や拷問を大義名分の整合性で可能とさせ、 みずからの生存をみずからの死を持って求めることは、自殺の大義名分の整合性で可能とさせることである。 この拷問倉には、加虐者と被虐者の相対が殺戮欲で結ばれるという整合性が見事にあらわされているのである。 殺戮欲を日常の意識として覆い隠している尋常の者であれば、長い時間留まることのできない陰惨な場所である。 この陰惨な場所には、不可避の用件のある者が集まるということがあるだけで、詮議する役人と被疑者である。 被疑者の場合は、この場所へ頻繁に出入りする者は少なかったが、 詮議する職務を負わされた役人は、日常の仕事として、繰り返されなければならないことであった。 必然的に職務に特有の性格が養われていき、その性格を振舞うことなしには、そこに留まることはできなかった。 虐待する表現で加虐の性格を振舞い、その行動が詮議する役人の職務である、という整合性を作り出すのである。 この場合、詮議を行なう役人は三人いたが、男たちは背丈の違いこそあれ、 似たような痩せた体型と陰気な顔つきをして、黒ずんだ柄の着物を一様に着ていることは相似であった。 だれかれの区別を拒否する単一の個性に埋没することは、彼らにとっては、不可欠のことだったのである。 被疑者にとっては、詮議をする役人という単一の個性が理解できればよいことであったのだ。 しかしながら、当然であるが、彼らは人間である、日常の単調な仕事を持続させるためには、 それを救う喜びが必要とされ、それは、被疑者のありようにかかっていることであった。 熊や牛のような男の被疑者では、肉体的にもきつい労働となるだけであった。 猪や狐のような女の被疑者では、精神的にもきつい労働となるだけであった。 人間の若い女で世慣れしていない被疑者が最も満足感のある責めを行なえる相手であったことは、 一般的な世の中で、虐待が行われる場合でも、被虐の対象となりやすいのは、 世間ずれした知恵の少ない幼児や少年・少女、或いは、年若い男女であるのと同様である、言い方を換えれば、 世の中や人間に対して、世間ずれした悪びれた知恵を持っている者は、虐めに遭いにくいということである。 従って、犯罪を繰り返して送られてくるような女のなかで、そのような純情可憐な女は無きに等しかった。 世間ずれした悪びれた知恵を持っている者であるから、犯罪を犯すようなことをするのであって、 本来であれば、虐めることで世間ずれした憂さを晴らす、加虐の側へ立つような者たちであるのだから、 詮議する役人たちにすれば、諦念の思いから、早い自白だけを求めて過酷すぎる責めを仕事とするのであった。 だが、この事情も、切支丹奉行所となると少し違っていた。 切支丹は、犯罪者には違いなかったが、世間ずれした悪びれた知恵からそうなったのではなかった、 拷問倉で詮議にかけられる女は、御法度の信仰を持っているだけで、普通の女が多かった。 まれではあったが、なかには若く美しく世慣れしていない生娘がいることもあったし、美人の人妻もあった。 その拷問倉は、切支丹奉行所のものであった。 拷問倉の白州には、女の被疑者ひとりと男の役人三人が立ち尽くしていた。 被疑者の女には、まず姓名と年齢が問われるのだった。 女は、蒼ざめた表情ではあったが、顔立ちを毅然とさせた様子でもたげていたので、 ほっそりとした身体付きと後ろ手に縛られて張り出した華奢な両肩のなよやかさが相俟って、 清楚な美しさは、あたりを明るませるくらいの華やかさを漂わせるものがあった。 女の背後には、天井の滑車からふた筋の麻縄が垂れていたが、 汚れて黒ずんでいる様子は老獪そのもので、女の若々しさを一層際立たせているのだった。 「質問に答えよ」 役人のひとりが鋭い声音で女へ繰り返した。 女は、美しい形の唇を震わせながら開き、怯えた様子のまなざしで見つめ返しながら答えるのだった。 「小夜子と申します……二十七歳でございます…… けれど、これは何かのお間違いでございます、私は切支丹などではございません…… どうか、もう一度お改めください……お願いでございます」 小夜子は、置かれている身の上の恐ろしさを抑えながらも、懸命に訴えかけるのだった。 だが、そこにいる役人のだれひとりとして、その申し出を取り合わなかった。 理路整然とした取り計らいが申し渡されるだけであった。 「おまえは、切支丹であるかどうかを調べられるために、そこにいるのだ。 おまえが切支丹であるということを認めるというのであれば、そう申し出ればよいことだ。 そうであれば、おまえには、死罪という相応のご沙汰が下ることだ。 だが、切支丹でないと言い張るのなら、切支丹を認めるまで詮議は行われる、 おまえは、切支丹であるという疑いを掛けられてここにいるのであるから、当然のことであろう。 如何だ、おまえは切支丹なのか」 役人のひとりが激しい口調で答えを迫っていた。 切支丹ではないのに切支丹を認めることは、死罪となることでしかなった、 小夜子には、認められないことだった。 「本当のことです、私は、切支丹ではありません、お願い申し上げます、もう一度お改めください」 小夜子は、まなざしをきらめかせて、真剣な表情で訴えかけていた。 その顔立ちと風情は、女のなよやかさを発揮するように映って、 やはり、女は美人に限ると思わせるものがあるのだった。 「おまえは、言われたことがわからないのか。 おまえが切支丹ではないと言うのなら、切支丹であることを認めるまで、詮議されることであると言ったはずだ。 信仰をしてもいないのに、切支丹思想の真似事をするような振舞いは、切支丹でしかないことだ。 それであって、切支丹ではないと言ったところで、みずからの気づかないところで、切支丹でしかないということだ。 おまえは、そういう切支丹であれば、みずから切支丹を認めない限り、 おまえの言っていることは、すべて偽りにしかならないのだ。 嘘が冗談や娯楽や茶番になるようことで済んでいることならともかく、ここは、詮議の場所でしかない。 おまえが言葉で認めることができないというのであれば、身体で認めることをしてもらうだけのことだ。 着ているものをすべてそこへ脱げ」 この申し渡しがされるときは、特に相手が美人であるようなときは、たまらない高揚を感じさせることであった。 隠されている謎めいているものがあらわになったら、というのは、答えを求める整合性の満足感である。 役人のひとりが小夜子を後ろ手に縛っていた縄を解いていた。 ひとり立たされるようにされた小夜子は、三人の役人のにらみつける視線を一身に浴びて、 身体中に起こる震えのために棒立ちとなっているばかりだった。 「女、言われたことを行え、着ているものを脱いで、裸になるんだ」 役人のひとりが叱咤していた。 小夜子は、まなざしを落として直立したまま、何らの身動きも示さなかった。 「美しく優しそうな顔立ちをしているわりには、随分と強情な女だな、脱ぐつもりがないなら、剥ぎ取るぞ」 役人のひとりが怒鳴り散らした。 小夜子は、ようやく、帯紐を解こうとほっそりとした白い指先をやるが、震える指はままならなかった。 強情なのではなくて、立たされた身の上の恐ろしさの余り、身動きできなくなっているのだった。 その女のうろたえている風情は、可愛らしく、可憐そのもので、 女の愛らしさを存分に撒き散らしたものとして映らせているのだった。 小夜子は、怯えた美しい顔立ちを情けなさそうにしかめながら、やっとの思いで帯紐を外していた。 白色が脱色して灰色に褪せた罪人用の単衣の前がはらりと割れていった。 小夜子は、思わず、慌ててそれをかき合わせるようにすると、 「脱ぎ去れと言ったのだ、馬鹿者、早くしろ」 役人のひとりが放つ、鞭打つような激しい言葉が飛ぶのだった。 小夜子は、顔立ちを俯かせたまま、なよやかな両肩から少しずつ単衣をすべらせていった。 あらわれたのは、眼に染み入るような純白の柔肌がねっとりとした脂肪をのせて輝く、生まれたままの全裸だった。 生娘のあらわす青々とした美しさとは異なって、男性から受けとめる粘液が艶やかな柔肌の潤いとなっている、 優美な曲線に包まれたその女体は、しっりとしたまばゆい乳色の輝きをあたりへと撒き散らし、 陰湿で暗鬱とした拷問倉のなかへ不釣合いな華やかさをかもし出せているのだった。 いつまで眺めていても飽くことない艶麗な姿であったが、そうした貪欲な視線を意識させられると、 小夜子は、反射的に、両手で胸と下腹部の箇所を覆い隠して、身を縮こまらせるようにするのだった。 見とれていた役人たちにとっては、その仕草は、みずからの反り上がりをことさらに意識させることであっただけに、 女の媚態を示されて逆撫でされる思いは、この場所では、どのように美しい女の全裸の姿であっても、 罵倒され詰問されるばかりでなく、蹂躙され責められるほかないものである、と思い直させることだった。 「女、身体を隠さずに、しゃんと立て」 役人のひとりが勃起した言葉を投げつけていた。 小夜子は、俯いたまま、小刻みに身体を震わせながら、言われた通りになるしかなかった。 愛らしい乳首をつけたふたつの乳房が柔らかそうに綺麗に膨らんでいた。 ふっくらと翳る漆黒の茂みが引き締まった腰付きの艶かしい太腿の付け根に妖艶にのぞいていた。 女は、顔立ちの清楚な美麗もさることながら、姿態の品性のある優美さは、圧倒的な感じさえあったのだった。 その優美で艶麗な生まれたままの肉体へ、荒々しい縄が掛けられるのである。 小夜子へ近づいた役人のひとりが見るのと触れるのとでは大違いであると思ったのも、 溶けてなくなるのではないかと思えるくらいに柔らかくて乳色をした肌は、 匂い立つ女の色香をそこはかとなく甘美な香りとして漂わせ、清楚で端正な顔立ちと艶やかな黒髪を間近にしては、 なめらかな背中へまわさせたほっそりとした双方の手首を重ね合わさせて後ろ手に縛り、 むしゃぶりつきたいほどに瑞々しさを匂わせるふたつの乳房の上下へ薄汚れた麻縄をまわしていくと、 縄を締め上げるたびに、うっ、うっ、と愛らしい美声が綺麗な形の唇の間から漏らされて、 全裸の女体へ縄掛けすることは、男冥利に尽きるものだ、とつくづく感じさせられることであったのだ。 荒々しい縄で全裸を緊縛された女にしてみれば、 その身上に打ち負かされてしまったように、まなざしをそらせ、俯いたまま寡黙になるばかりのことであった。 その哀切とした妖艶な風情は、それ以上に虐待し責め立てたら、どのような妖美がかもし出されるものであるか、 という熱い期待を反り上がりの硬さで計量させられるものだった。 女の口から出る自白の言葉がどのようなものであったところで、切支丹の疑いのある者は、 切支丹を認めること以外には、疑いが残り続けるのであるから、認めざるを得ないということが答えである、 そこへ至らせるまで責め立てることは、反り上がった硬さの思いを遂げる高ぶりにまで導かれることであれば、 女は被疑者であることをあらわすに過ぎないものであり、女が実際にどのような信仰を抱いていたにしても、 被虐に晒される美しい女であれば、反り上がりの果ての放出は、この上のない快感を招来するだけのことである。 拷問倉にかもし出される瘴気が被疑者の体液ばかりでなく、詮議する者の体液も混ざり合っていたことは、 それだからこそ、女は、最も羞恥とされ、交接の貴重とされ、子を産む尊重とされる、女であることの真美の根源、 ふっくらとしたなかに神秘と言える深遠をあらわす、人間の宇宙へと開かれている割れめを責められるのである。 人間の生み出した拷問道具は、加虐・被虐という相対性を成立させるために用いられる認識の手段である。 この限りでは、人類の想像力は、太古の想像力も、現在の想像力も、未来の想像力も不変の事柄としてある。 拷問道具は、それを飛翔させる想像力が発揮されたときに至って、 人間が人間に行う、陰惨、悲惨、残酷、残虐、淫虐ということが人間自身を明らかにさせるためにあったことだ、 と理解させる追憶を生むことになる。 発展途上の人間の想像力においては、拷問道具は拷問道具に過ぎないままに終わるしかない。 その拷問道具を役人のふたりが隅の方へ行って、中央まで重々しく運んでくるのであった。 でんと置かれた拷問道具を眼の前にさせられて、小夜子のまなざしも、それへじっと注がれているのであった。 四本の堅固な脚が胴体を支えた姿は馬を模していたが、 その馬は頭と首と尾がないという異様さに加えて胴体が三角柱の形をしていた。 木馬というものがひとの跨るものであれば、その跨る背中は、乗り心地のよいに越したことはない。 だが、あいにく、この木馬の背は、三角柱の鋭角をなす部分が跨る箇所になっていた。 その上、背の高さは、そばに立っている小夜子の腰付きを遥かに越えていたから、 そこへ跨がされれば、爪先さえも地面に届くことはなかった。 木馬は、目も綾な雪白の柔肌を晒したなよやかな女体が脇にいることで、 責め具としてのおぞましさを遺憾なく見せつけているのであった。 だが、一方でその漆黒の色艶をした艶めかしさは、不思議な生々しさをかもし出させているのだった。 まるで、そこにいる生まれたままの全裸の美しい女体が騎乗することこそ、 三角柱を背に作られた木馬がその女体のあらわす深淵と結び合う本来のありようを示すのだとばかりに、 手の込んだ芸術品だけが持つ奥深い美しさを妖しく放っているのだった。 しかし、眺めるだけの芸術や聴くだけの芸術としてあるだけならともかく、 みずから跨ることでみずからの芸術を表現しなければならない者にとってみれば、 その木馬が発揮する芸術性はみずからの表現する芸術性とどれだけの違いのあるものなのか、 人間と道具との相性、或いは、相反について、実感と感動を持って認識しなければならないことだった。 漆黒の木馬へ、じっとなったまなざしを投げかけ続ける小夜子の表情は、 薄暗いなかでも、蒼ざめているのがはっきりと見て取ることができるくらいのものがあった。 空ろなくらいに茫然となりながら、不安と恐怖だけが身体中を激しくうごめきまわっているように、 麻縄で縛り上げられた裸身をぶるぶると震わせているのだった。 そのような女の姿には、このような場所でしか見られない、被虐の妖美が漂っているとも言えることだった。 「さあ、さっさと跨らせましょう!」 ふたりのユニゾンする女の声音が大声で宣告していた。 天井の滑車から降りている縄が小夜子を後ろ手に縛ってまとめてある結び目へしっかりと繋がれた。 小夜子は、自分に成されていることが肉体を緊縛する縄を通じて伝わってくることで、 綺麗なまなざしは、あちらこちらへとさ迷い出し、そのままでは、気絶してくず折れてしまうかと思われるほどだった。 ばしっ、という、優美な尻の肉を打擲される鋭い音が響くと同時に、 「まだ、落ちるのは早い、自白してからだ、しゃんとしろ」 という怒号が役人のひとりから放たれるのだった。 小夜子は、何とか気を取り直したが、今度は、抑えきれずにすすり泣きを始めていた。 女の泣き声にも、いろいろな声音があるが、すすり泣きの可憐な女は、号泣も悩ましい感じのものをあらわす、 性的官能の高ぶりから上げるよがり声に至っては、芸術音楽とも言える絶品のものがある、 それを聞くことができるというのも、この拷問倉という演奏会場ならではことであった。 小夜子の背中を繋いでいる麻縄がぴんと張られ、役人のふたりの手によって、ゆっくりとたぐられ始めていた。 吊り上がっていく裸身を支えて木馬の真上へ誘導していくのは、もうひとりの役人の役割だった。 小夜子は、身体の吊り上がる直前に足をばたつかせたが、両足が地面から離れていくと、 縄で縛られた柔肌へ襲いかかってくるみずからの体重の苦しさに集中せざるを得なくなっていた。 美しい顔立ちの眉根をぎゅっとしかめ、喘ぐように開いた綺麗な唇からは、苦しそうなうめき声がもれていた。 宙吊りとなった状態で、閉じ合わせる力を奪われたしなやかな両脚は、すんなりと下方へ伸び切って、 乳白色の艶かしい両腿の付け根にふっくらとのぞかせる漆黒の妖艶な茂みを透かしては、 被虐の真髄とされる女の割れめがうっすらと深淵を開いているのだった。 見やる役人には、両脚や腰付きへ触れることもさることながら、妖花の風情のあるこたえられない見ものであった。 やるせなさそうに切なそうにのぞいている女の割れめも、緊縛の裸身が高々と吊り上がったときには、 美麗な若妻の妖艶な輝きとでもいうように、花びらをぱっくりと開かせて、きらきらと花蜜さえ滲ませて、 見つめる者のまなざしを釘付けにさせる以上に、もっこりとなった激しい硬直を意識させるものとなるのであった。 生まれたままの優美な全裸を縄で緊縛された女体は、そのままゆっくりと下方へ降ろされていったが、 女の羞恥であり、深遠であり、真美であり、被虐の真髄である、 妖しい美しさの割れめが木馬の三角の形状へぴったりと収まったことが告げられるように、 一閃のか弱くも美しくも鋭い悲鳴が拷問倉のなかへ響き渡るのであった。 口を割らせるということが詮議の目的であるならば、 拷問道具の木馬は、跨いだ箇所の柔らかな唇を三角の鋭角で上手に押し開いて割らせていた。 そればかりではなく、なよやかな花びらの奥にある柔和な果肉へ突き刺さり、 愛らしく敏感すぎる芽を押し潰し、大人しくすぼまっている菊門を裂いているのだった。 みずからの体重が太っていて重た過ぎると感じられるほど、股間という一点へ集中させられているのだった。 木馬と女体は、そのように睦まじい間柄に収まったのであるから、その親密さが一段と増すようにとの配慮から、 女の緊縛の全裸が木馬からずり落ちて離れないように、天井から繋がれている縄ががっちりと留めらるのだった。 小夜子の美しい顔立ちは、すすり泣く涙に濡れた火照った頬へ、乱れた艶やかな黒髪をまとわりつかせ、 眉根はぎゅっとしかめられ、両眼はきつく閉じられ、開かれた赤い唇は、食いしばった白い歯をのぞかせていた。 死に物狂いの形相は、股間から突き上がってくる激痛をただこらえようとしている以外をあらわしていなかった。 小夜子にしても、少しでも責め苦を逃れようと、左右の太腿で懸命に木馬の背を挟み込むようなことをしていたが、 身動きをすることは、返って、みずからの股間を激しく三角へ食い込ませることにしかならなかった。 みずからの肉体の重さ、肉体に及ぼす重力という存在がこれほど恨めしいものに思えたことはなかったことだった。 それでも、必死に力を込めて、双方の太腿で激痛をこらえようとしていたのだが、 やがて、力は萎えていき、しなやかな両脚は、ずるずると下がり切るまで伸び切っていくのであった。 すると、今度は、みずからの身体の重量が跨いでる三角の一点へ倍化されたように集中してくるのであった。 「ああっ! ああっ!」 小夜子は、思わず、耐えられないうめき声を上げて、すすり泣きも枯れてしまったように、 赤く火照った両頬の顔立ちを、いやっ、いやっ、と左右へ揺り動かし、艶やかな黒髪を振り乱すのであった。 身悶えをすればするだけ、責められる股間の激烈さが増すことはわかっていても、 それを振り払うように上半身を身悶えせずにはいられない激痛に押し上げられているのであった。 綺麗な両眼からは、涙のしずくがとめどもなくあふれ出して、木馬の鋭い背へきらきらと落ちて飛び跳ねていた。 緩やか過ぎるくらいに経過していく時間は、全身からしたたり落ちる汗を噴き出させ、 柔肌へ掛けられている麻縄は、苦痛の汗を貪欲に吸い込んで生々しく肉へと密着していき、 胸の縄は締め上げている乳房をさらに突き出させ、愛らしい乳首を淫らなくらいに立ち上がらせているのだった。 それでも、小夜子は、言葉を漏らすことだけは拒んでいた。 跨がされている格好のために、張りのある優美な腰付きは、綺麗な形をした尻を押し潰されたように歪め、 太腿の付け根の方は、女の割れめの形をこれ見よがしに鮮やかに三角へ食い込ませてあらわとさせていた。 ふっくらとしていた艶やかな黒い茂みも汗まみれとなってしなだれ、 中空へ伸び切って垂れていたしなやかな白い両脚も、生気を失ったように動かなくなってきていた。 そこには、生まれたままの全裸を麻縄で緊縛され、三角木馬に跨がされた女の凄絶な姿があるだけだった。 しかし、そのような姿にまで至るからこそ、自白が搾り出せるということであった。 「いい加減に本音を吐く気になったかしら! さあ、切支丹であることを認めなさいよ! マゾヒストのレズビアンであることを認めなさいよ! 認めない限りは、そこから降ろされることはあり得ないのよ!」 西洋甲冑姿の女のひとりが俯き加減になって耐えている小夜子の顔立ちを上げさせて詰問していた。 小夜子は、焦点の定まらないまなざしを投げ返すだけで、返答がなかった。 綺麗な形をした唇は、半開きとなって泡さえ浮かべている様子は、耐えられるのも間もなく限度である、 そのような表情をあからさまとさせているのであった。 「さあ、さっさと、マゾヒストのレズビアンであることを認めなさいよ! 楽になれることよ!」 西洋甲冑姿の女のもうひとりの方が小夜子の白い尻をぴた、ぴた、と叩きながら畳み掛けるのだった。 それでも、被虐に晒されている女からは、答えがなかった。 「強情ね、そのしなやかで美しい両脚に、ごつい石でもぶら下げましょうか!」 異端の魔女を審問するというふたりの聖戦の女騎士が吐き捨てるように叫んでいた。 そのときであった。 「君たちは、何ということを! 小夜子さんに、何ということをしているんだ!!」 男性の絶叫する声が拷問倉へ響き渡ったのである。 西洋甲冑姿のふたりの女が被った兜に付いた羽飾りを揺らせながら同時に振りかえると、 部屋の入口には、年齢は三十歳くらい、男性ファッション雑誌から飛び出してきたような洒落たスーツにネクタイ姿、 筋骨たくましく浅黒く精悍な若々しい風采の男が立っているのだった。 「あなた、何よ! 他人の家へ勝手に入って来て! しかも、その言いぐさは、まるで、私たちがまるで悪いことをしているみたいじゃない!」 ふたりの西洋甲冑姿の女は、足並みを揃えるようにして相手へ近づくと、仁王立ちになって言い返すのだった。 「玄関扉へ鍵を掛けるのを忘れてしまったミスだわ、仕方がない! さあ、あなた、ここから出ていって! ここは、魔女を異端審問する神聖な場所よ! あなたみたいなむさ苦しい男性の立ち入るところではないのよ! すぐに、この家から出ていって!」 ふたりのユニゾンする声音は、有無を言わせないものがあるのだった。 だが、男性は、岩手伊作だったのである。 キャッチ・コピーやニック・ネームの意味合いを深く理解している、文学部の出身であるからこそ、 <民族の予定調和>の広報担当を一任されている、ということがあるばかりか、 小夜子に対して、<民族の予定調和>の表象としてのあなただけの<信奉者>になります、 この生を受けた世界において、あなただけが唯一の心から思いを寄せる女性である、とまで断言した男だった。 「ぼくは、岩手伊作という者だ。 小夜子さんと八王子駅の改札口で待ち合わせをしていたが、いつまで経ってもあらわれない、 電話連絡しても繋がらない、何事かあったのかと思い駆けつけたのだ。 何という酷いことを! すぐに、小夜子さんをそこから降ろせ、開放しろ!」 岩手伊作は、三角木馬へ全裸を緊縛されて晒されている小夜子へまなざしを注ぎながら、言い返すのだった。 「へえ、あなたが岩手伊作なの、なかなかいい男だったのね。 あなたの書いた『<民族の予定調和>認識の五段階』、私たちも読まさせてもらったわ。 あなたがあれを本気で言っていることなら、私たちがあなたの向かうところの道を阻止したら、どうする気なの! あなたの全裸の女性へ掛ける縄は、陵辱を目的とした縄ではあり得ないのでしょう! あなたが女性に対して暴力を振るってまで、あそこにいる女を助けるということは、あり得ないということよね! そうじゃないかしら、美男子の岩手伊作さん!」 ふたりの西洋甲冑姿の女は、相手の身体へ左右からまとわりついて、女の媚態を振りまく仕草をするのだった。 岩手伊作は、立ち尽くしたまま、成す術を奪われたように寡黙になっていた。 「そうだわ、岩手伊作さん、折角いらっしゃったのだから、 思い上がった嘘つきの強情女がマゾヒストのレズビアンであることを認めるありさまを一緒に確認なされたら。 あの女は、清楚で美しい顔立ちや優美な姿態をしているかもしれないけれど、それは見せ掛けのこと、 本性は、男性など人間だとも思っていない、正真正銘の魔女だということをわからせてあげるわ。 でも、人間の真実を知ることができるというのに、ただ、というわけにはいかないわよね。 岩手伊作さん、あなたにも、相応の対価を支払ってもらわなくてはね。 あなたのその顔付きでは、あの女に相当に惚れ込んでいるというご様子だわ、 あの女が被虐に晒されているのを見ていて、あなたは、黙っていられるわけはないというところね。 本当だったら、私たちを殴り飛ばしても、あの女を救ってやりたいと思っているのでしょうけれど、 それが<民族の予定調和>とかいう思想のためにできない、それでは、せいぜい、あなたのできることって、 あの女が晒されている被虐をみずからも負うことで、あの女と思いを一体にできることしかないじゃない! どう、思いやる愛の整合性が見事に発揮されている解決だとは、思わない? 思考の整合性を探求する美男子さん! さあ、そこで、あの女と同じように、生まれたままの全裸をさらけ出しなさいよ! それができないというのなら、この家から、すぐに出ていって!!」 西洋甲冑姿の女たちは、相手の顔付きに迫るくらいに顔立ちを近づけて、申し渡したのだった。 岩手伊作は、返答に詰まり、まじまじと小夜子の方へ視線を投げかけるしかなかった。 拷問道具の三角木馬へ、生まれたままの全裸を縄で緊縛された姿で跨がされている小夜子は、 みずからの晒されている激烈な苦痛に気を失いそうになる思いを何とか繋ぎ止めて、 女たちと岩手伊作のやり取りを見守っていたが、岩手伊作の熱いまなざしを受け留めたとき、 搾り出すようなか細い声音で訴えたのだった。 「岩手さん、お帰りになってください、これは、小夜子の問題なのです、 あなたに、ご迷惑は掛けられません! <民族の予定調和>の<表象の女>としての私の問題なのです、 私がみずから解決しなければならない問題なのです、 どうか、お帰りになってください、お願いです!」 それから、小夜子は、顔立ちをそむけるようにさせたのだった。 岩手伊作には、しっかりと聞き取れた言葉だった。 聞き取れた証拠に、彼は、躊躇のかけらも見せずに、洒落たスーツの上着のボタンを外すと脱ぎ去り、 ネクタイ、カラー・シャツ、ズボン、トランクス、靴下までを一気に取り去って、 鍛えられた筋肉質の生まれたままの美しい全裸をあらわとさせたのだった。 「へえ、あなた! 顔付きも美形だけど、身体付きも、惚れ惚れとするくらいに素晴らしいわね! そのもたげ始めている男性自身、剥き出し加減も素敵で、とても立派なものじゃないの!」 顔付きを毅然と上げて、すくっと直立した姿勢を崩さない岩手伊作の全身を眺めまわしながら、 ふたりの西洋甲冑姿の女は、賞賛とも皮肉とも取れるものの言い方で、薄笑いを浮かべているのだった。 「でも、岩手伊作さん! あなたがどのように美しい顔付きや身体付きをしていようと、 女であろうと、男であろうと、人間が生まれたままの全裸をさらけ出して、 その肉体へ掛けられる縄の緊縛は、陵辱を結ばせるものでしかないのよ! あなたがどのように考えようと、あなたがその全裸を緊縛されれば、陵辱されるということしかないのよ! それが常識じゃない! そういうことしか行われてこなかったじゃない! あなたも、そうなることでしかないということよ! さあ、さっさと両手を背中へまわしなさいよ!」 西洋甲冑姿の女のひとりがそのように言い放っている間、もうひとりが麻縄の束を携えてくるのだった。 文学部の出身の広報担当の岩手伊作に、言葉はなかった。 彼は、言われるままに、背後で両手首を重ね合わさせたのだった。 木馬の小夜子も、みずからの身上を耐え続けながらも、ありのままを見ないではいられなかった。 麻縄は、男の可愛らしい乳首をつけて筋肉を隆起させたふたつの乳房の上部へ掛けられ、 幾重にも巻き付けられて背後で縄留めがされると、すぐに、二本目の縄が背後へ結ばれて、今度は、 下部へ掛けられて幾重にも巻き付けられ、緩みの起きないように、両脇の背後から締められて縄留めがされた。 さらに、背中の縄へ繋がれて、左右から首筋を挟むようにして胸縄へ絡ませられた縄は、 腰付きのくびれを締め上げるようにして巻かれ、その腰縄へ新たに繋がれた縄がもたげている陰茎を振り分けて、 股間へともぐらされ引き絞られ、尻の亀裂からたぐられていくと上方の腰縄へとまとめられていくのだった。 全裸男体後ろ手胸縄股間縛り、とでも言うようなその緊縛は、手際の良いものであったが、 男の方に何の抵抗も示されなかったことが作業を速やかにさせていたことは確かだった。 「いい格好だわね、男性も、美形で身体付きも整っていると、縄による緊縛姿もさまになるわね」 ふたりの西洋甲冑姿の女は、緊縛の全裸姿をあらわとさせた相手をしげしげと眺めながら、 感心したようにうなずき合って、ほっそりとした指をやっては、縄の締まり具合などを整えているのだった。 「けれど、全裸を縄で縛り上げられたくらいでは、陵辱とは言えないのじゃなくて。 縄で緊縛するということは、むしろ、陵辱の単なる前段ということに過ぎないのじゃなくて。 あなたがまことしやかに言っているような縄の緊縛そのものに、意味なんて、まるでないということよ! あの女だって、全裸を縛られて、拷問の責め苦に晒される被虐の陵辱に遭っていることが本質よ。 あなたも、私たち女から責められて、被虐の苦しみを共にしなければ、男女平等とさえ言えないことよね。 あなたがあの女に思いを寄せているというのであれば、それだけ激しく陵辱を受けるということが本質よね!」 西洋甲冑姿の女のひとりが相手の緊縛の裸身を激しく掻き抱いて、 突き出させた唇を強引に岩手伊作の唇へ重ね合わせてきた。 それには、男の方も、むっ、むっ、むっ、むっ、と言いながら抵抗を示したが、 のぞかせた女の尖らせた舌先は、無理やり唇を割って侵入を試みようとしているのだった。 だが、男の抵抗も、はかないものだった。 岩手伊作は、ああっ、と切なそうな声を上げると、唇をやるせなく開いていったのだ、 もぐり込まされる女の舌先を口中深くへ含み込んでいったのだった。 西洋甲冑姿のもうひとりの女が男の足もとへ跪き、もたげていた陰茎を鷲掴みにして唇を寄せ、 一気に口中へ頬張っては、甘さをあらわした舌先で舐め上げることを始めていたのであった。 岩手伊作に、まとわりつくふたりの女を振り払うだけの力がなかったわけではなかった、 だが、大暴れして振り払ったところで、事態はどのように好転するというのだろうか。 みずからへ振りかかった火の粉を振り払うというだけで、大火に晒されている小夜子が救われることではない。 岩手伊作には、女たちにされるがままになる肉体を生贄のように差し出す以外になかったのだった。 伊作は、神の求めに応じて差し出される生贄という試練に晒されている、という比喩は、 彼がそれまでの神の概念とは異なる思考のありようを進める者だとしたら、当然に迎えるべき表現であろう。 ついでに言えば、岩手伊作の<岩手>が権田孫兵衛老人の双子の姉である<鬼婆>の本名と同じであること、 そのことは、すでに、「☆岩手は例の鬼婆の本名と同じ、 伊作は旧約聖書でアブラハムとサラが神との契約のあかしに授かった子と同じ名前」として明らかにされている。 岩手伊作と<鬼婆>の結び付きの謎というものがまた新たに生じることであるが、 ここは、ユダヤ・キリスト教の西洋思想を模した女たちへ差し出される生贄ということに留めておこう、 折角、高ぶり始めた性的官能が謎の探求という思考の整合性で萎えてしまうのは、誠に惜しいことだからである。 ここは、官能のオーガズムまで、一気に行きたいところである。 岩手伊作も、そうされることをやむなく引き受けたように、されるがままになっているだけだった。 されるがまままになっていると、女たちの甘美な舌先は、ううん、ううん、と甘たるいうめき声を上げながら、 絡ませ、もつれさせ、くねらせ、舐め上げ、吸い、擦りつけて、男の官能を激しく高ぶらさせてくるのであった。 もたげていたものは反り上げられ、赤々と硬直するに及んでは、頬張られての抜き差しが始められているのだった。 木馬の責め苦に晒されている小夜子にとっては、見たいと思わなくてもはっきりと見ることのできる、 男と女の性愛の姿があるのだった。 小夜子の美しい唇は、声にならない声をもらし、大きく綺麗な両眼からは、涙のしずくがぼたぼたと落ちていた。 それでも、岩手伊作からまなざしをそらせまいと必死になっているのだった。 女たちの執拗で念入りな愛撫で高ぶらされる快感の高揚を懸命にこらえていた岩手伊作にも、 その小夜子の様子はありありと見ることができるのであった。 だから、放出だけは何としても行うまいと必死になっていたが、もはや、限度だった。 だが、限度だったが、そのあとひと息というところで、絡み付いていたふたりの女が突然離れたのだった。 唖然とさせられて腑抜けた表情になっている岩手伊作を見据えて、 西洋甲冑姿の女たちは、さも、栄光の勝利を得たように、意気揚揚として吐き捨てたのである。 「はっ、はっ、はっ、はっ、馬鹿ねえ! あなたも、神が造られた浅ましい性の奴隷である人間に過ぎないのよ! 思い上がりも大概にしたら! あなたがひとり思い上がったって、できることは、自慰を行うことに過ぎないことよ! そんなに簡単に、性的官能のオーガズムは得られないわよ! 神は、私たち人間が性の奴隷であるからこそ、救済の主としてあることじゃない! 私たちという素晴らしい女性があってこそ、男性のあなたも、快感の絶頂を知ることができることじゃない! 人間の勝手になんか、できないのよ! 神の支配は絶対のものとしてあるのよ! それを思い知ることね! あなたにされている縄の緊縛は、あなたを不自由にすることはあっても、 結ばれ合う男女が想像力を飛翔させる縄の緊縛なんてことは、夢のお話に過ぎないってこと! 嘘だと思うなら、これから、あの女がさらけ出す女の被虐を見つめ続けて、 あなたのなかにある、サディズム・マゾヒズムという偉大な人間の属性を燃え立たせ、 反り上がった官能の放出をやり遂げたら、いいことじゃない、そうしたら、凄く気持ち良くなれるわよ! あっ、はっ、はっ、はっ、はっ」 岩手伊作は、近くにある白木の柱まで、ふたりの女に押されるように連れていかると、 三角木馬へ跨る小夜子を正面にさせられて、立った姿勢で繋がれるのだった。 「そこで、じっと、あなたが思いを寄せる女を見ているといいわ! 大丈夫よ、それだけ、赤々と反り上がっているものですもの! 長く糸さえ引いているじゃないの! 写真でだって、想像でだって、自慰はできるのよ! そこにある淫虐は、眼の前の実物じゃない! あの女のあらわす浅ましい淫猥は、絶対に、あなたに放出をもたらしてくれるわ!!」 そう言い終わると、兜に付いた大きな羽を揺らしながら、西洋甲冑姿の女たちは踵を返すのだった。 残酷な三角木馬へ、全裸を緊縛されて晒されたままの女は、 もはや、加えられ続ける苦痛に翻弄されていて、だれが見ても、限度が来ているのがわかるほどの状態だった。 「そろそろ、マゾヒストのレズビアンであることを認めた方がいいんじゃないの! そんなあなたであっても、思いを寄せている男性まで、じっと見つめてくれているのじゃない! 意地を張ったって、強情を張ったって、ましてや、信念なんか張ったって、何の得にもならないわよ! 残念ながら、人間は変わり得ないということでは、永遠不滅の存在なのよ! 人間は、食欲、知欲、性欲、殺戮欲のままに、種族を保存させ維持させていくことでは、 太古の人類も、現在の人類も、未来の人類も、変わらないということよ! 人類が百万年先まであり得たとしたら、その年の今日も、殺戮と強姦は何処かで行われているということよ! <民族の予定調和>なんて荒唐無稽な異端思想は、意味などまったくないということよ! わかった! わかったら、さっさと、認めなさいよ! 魔女!!」 西洋甲冑姿の女の言葉による審問は、起承転結を迎えていることがあらわされるように、 小夜子の裸身は、木馬の左右へ立ったふたりから、激しく揺さぶられる加虐へ晒されているのだった。 天井の滑車から背中へ繋がっている麻縄が身体を支えていなければ、床へ落下している暴挙だった。 それでも責め苦が続けられるのは、ただ、女の口から自白の言葉がないからだった。 もはや、しゃべることのできない状態にあるのがわかりきっていながら、続けられているのだった。 それは、この場所が拷問倉であることをあらわしている、という整合性の所以であった。 にもかかわらず、さ迷い始めている空ろなまなざしを懸命に凝らしながら、 小夜子は、うわ言のように答えているのだった。 「私は、マゾヒストのレズビアンではありません…… 切支丹でもありません…… 私は、<民族の予定調和>の<表象の女>です…… この縄による緊縛の姿がそれをあらわしているのです……」 蒼ざめた顔立ちの苦悶の表情がやっとの力でそう言い終わると、突然、 「ああっ〜あ! ああっ〜あ! ああっ〜!!」 という絶叫する声音が張り上がって、最期の訴え始めた。 それは、拷問道具の激痛の切っ先が女の芯の最も鋭敏な箇所を切り裂いた、と言うような恐ろしい絶叫だった。 白木の柱へ縛り付けられている岩手伊作も、熱く反り上がらせて剥き出させた陰茎のままに、 みずからへ与えられた苦悶のような表情を浮かべ、両眼から涙をしたたらせ、小夜子を見つめ続けるのだった。 西洋甲冑姿の女たちは、それ見たことか、という皮肉な笑い顔を浮かべて、 それが性の支配のままに発揮されるサディズム・マゾヒズムのあらわれであると言うように、 木馬の左右へ勇壮な仁王立ちの格好となって、成り行きの最終を眺めているのだった。 「ああっん! ああっん! ああっん!」 小夜子は、縄で緊縛された裸身をぶるぶると震わせながら、隅々にまで響き渡る大声を上げて泣き叫んでいた。 それから、股間から突き上がる激烈な苦悶が上へ上へと舞い上げるように、あらん限りの力を振り絞って、 汗で乱れた艶やかな黒髪を打ち振るい、胸縄で突き出させられたふたつの乳房を揺らせて上半身をねじらせ、 緊縛された上半身を精一杯のけぞらせるようにさせて、 伸び切っている雪白のしなやかな両脚で立ち上がるように、中空へ爪先立ちとなるのだった。 こらえ切れずに泣き叫ぶ声音はあたりかまわず、なりふり構わず、断末魔の絶叫のように、 女には、もはや、自分さえ見失われて、あるのは、耐え切れない苦悶の激痛のみとなっているのだった。 だが、それも、時間の問題だった。 激烈な苦悶に舞い上げられた女は、ついに、限度が来たように、 縄で縛り上げられた全裸を、びくん、と硬直させたかと思うと、首をがっくりとうなだれたのだ。 「落ちたな」 と少々うんざりした表情を浮かべながら、ふたりの西洋甲冑姿の女は、互いの顔を見合わせていた。 魔女に求められる自白は、それが果たされるまで続けられる、ということでしかなかったからだ。 すべては、初めからやり直すことでしかなかった。 小夜子の気絶を確かめるために、西洋甲冑姿の女のひとりが近づいて、顔立ちを上げさせようとしたときだった。 異端審問する女は、信じられない、という驚愕の表情をあらわにしていた。 うなだれていた美しい顔立ちをみずからもたげた小夜子は、そこはかとない凄艶な表情を浮かべながら、 悩ましげなまなざしを西洋甲冑姿の女たちへ投げつけたのである。 小夜子は、気絶などしていなかったのである。 それどころか、木馬に跨がされたことで感じ得ることのできた、官能の法悦に浸っているという感じだった。 小夜子が挟み込んでいた三角の鋭角な背には、虐待にあって流された被虐の血潮が流れ出しているはずが、 きらきらときらめく栄光をあらわすような、おびただしい量の女の花蜜があふれ出していて、 木馬の漆黒の色艶をいっそう艶めかしく光らせさえしているのであった。 ふたりの西洋甲冑姿の女は、茫然とさせられた顔立ちで、見つめる以外にないことだった。 それから起こったことは、 <民族の予定調和>は、超越した神を前提としたものではないから、 そのありさまを奇跡と呼ぶことはないが、美しい花にも変異がある、ということには違いないが、 驚異であったことは事実だった。 小夜子は、官能を最高潮に高ぶらされた恍惚とした面持ちで、 縄で緊縛された全裸を桜色に火照り上がらせ、その恍惚をさらに高揚させるように、 鋭利な三角の背へ跨らせたしなやかで艶かしい両脚を振り始めていたのだった、 木馬をはやらせ、彼方の法悦の境地へと疾駆していく女をあらわしているのだった。 その姿は、天空に黒馬を駆ける美しき戦う乙女の姿の重なり合う、栄光の気高さが光り輝いている、 と感じさせられた西洋甲冑姿のふたりの女とっては、驚異の余り、恐れ戦いて後ずさりを始め、 床にへたり込んだ拍子に見事な羽を付けた兜が脱げ落ちて、 その口は、ユニゾンで叫んでいるのだった。 「一之瀬由利子先生と同じ! 小夜子さん! あなたは、みずから予言なされたように、結城由利子なのですね!!」 それから、ふたりは、ボディ・スーツとブーツを脱ぎ去って全裸の姿になると、 美恵と恵美という顔立ちで、小夜子の緊縛された裸身を慎重に三角木馬から降ろし始めるのだった。 拷問倉を模した部屋の床へ横たえられた姿態になっても、小夜子の法悦とした状態は続いたままであった。 生まれたままの全裸へ菱形の紋様が綾を織り成す縄の掛けられた姿態は、 後ろ手に縛られている被虐の様相にあってさえも、 官能の想像力へ浮遊しているうちは、その縄を解くことへ畏怖を感じさせる妖艶がまばゆく放たれているのだった。 美恵と恵美は、白木の柱へ繋がれている岩手伊作の裸身を緊縛から開放していた。 三人の者は、小夜子のそばへ身を寄せて、 その美しい姿を同じように浮遊させられた思いで見守るのだった。 やがて、見つめられる小夜子のきらめくまなざしが三人を見つめ返すと、 綺麗な形をした赤い唇がうっすらと開いて、優しい声音が告げられるのを聞くことができるのだった。 「私は女、 すべての生まれるものの母、 私はすべてを受け入れられます、 私を愛し光り輝きなさい」 じっとなったまなざしを注ぎ続けていた岩手伊作は、 小夜子さん、と答えると、床へ転がっていた麻縄を手にしていた。 その縄をふた筋として、菊門へ当たる位置を定めるように、結んで瘤をこしらえた、 それから、縄頭を赤々と剥き出して反り上がった陰茎へ引っ掛けて、 ふた筋を左右から睾丸を挟むようにして股間へともぐらせていった、 瘤が菊門へ当たるように縄を引き絞ると、陰茎は、否応でも反り立つ硬直を示すようになるのだった、 そして、尻の方から出された縄は、左右へ割られて腰へとまわされ、臍のあたりできっちりと結ばれるのだった。 <民族の予定調和>の<信奉者>である男性がみずからへ掛ける、不浄の縄であった。 生まれたままの全裸を麻縄で緊縛された女性と結ばれることで、浄化の縄とされる<信奉者の流儀>であった。 小夜子は、岩手伊作の手で優しく仰向けにされていったが、ただ、されるがままにあるだけの姿態だった。 しなやかで艶かしい両脚が割り開かれるようにされていくと、岩手伊作が見つめる方へ、 これ見よがしに、妖美な女の花びらと愛らしい芽と果肉の深遠と可憐な菊門がさらけ出されるのだった。 綺麗に開き切った妖艶な花びらからは、きらめくしずくが甘い芳香を匂わせてあふれ出していた。 その余りの美しさに、岩手伊作は、陶然となった表情で、身じろぎひとつしないで、 ただ、縄の掛けられた陰茎を官能の火照りから揺らめかせているだけで、眺め続けるばかりにあった。 そこに、果肉の収縮が息づいているのが見て取れることが始まりであるとすれば、 小夜子は、官能の恍惚に舞い上がる最高の表現へと及ぼうとしていることを如実とさせているのだった。 思いを寄せる男性から、熱っぽいまなざしと興奮したため息と沈黙の激情の言葉をもって、 見つめられ続けるということが、これほどまでに、女を高ぶらせるものであるかと言うほどに、 汗で光らせた純白の裸身をあらんかぎりに悩ましく身悶えさせて、 美しい顔立ちに陶然とした表情を漂わせながら、女という艶麗のあらわれをそこはかとなく発揮させ、 官能の喜びの絶頂へ、さらに到達しようと求めていることをあらわしているのであった。 もらし、うめき、上げる、悩ましく、やるせなく、切なく、甘美な声音を響かせながら、 優美な腰付きを妖艶に揺さぶってよがり始めているのだった。 女性の凄艶なありようが生々しく立ち昇っていることに違いなかった。 男性は、赤々と剥き晒して反り上がった縄の掛けられた陰茎を女性の美しい花びらへあてがっていった。 含み込んでいく収縮の思いの熱さがあらわされるままに、思いを込めて強く差し入れられていくのだった。 もぐり込まされていく度に、どろっとあふれ出す女性の花蜜の豊饒は、 それにも負けないくらいの男性の放出の豊饒を求めていることだったのである。 「ああ、小夜子さん! <民族の予定調和>の表象としてのあなたの<信奉者>であるぼくは、あなたと結ばれることで、 想像力が生み出す偉大なヴィジョンへと飛翔させられる! ああ、小夜子さん、その顔立ちの清楚で愛らしい美しさは天女のようで、 その生まれたままの全裸の優美な姿態は菩薩のようで、 聡明な思いと豊かな感受性と広くて深い優しさは女神のようで、 その官能の絶頂を極めた妖艶とした美麗は、人類救済の女性そのもの! 人間は、成り変ろうとするためには、修行の試練を超えて行かなければならない! ぼくは、あなたと手を携えて、<民族の予定調和>の実現へ歩み続けます! ああっ!」 激しく抜き差しを続けながら、岩手伊作は、小夜子へあふれるばかりの放出を果たすのだった。 小夜子の官能の絶頂に浮遊させられた飛翔は、喜びの痙攣となって相手をも満たすのであった。 美恵と恵美は、その男女の様子を陶然となったまなざしで見つめ続けていた。 それから、ふたりは、唱和するように、次のように言った。 「小夜子さん、そして、結城由利子さん…… あなたは、人間の脳にある<永遠の黄昏>の叡智を示された…… そして、あなたは、<民族の予定調和>の<表象の女>として、向かうべき道のあることを示された…… どうか、おそばに置いて、あなたの行かれるところへ、私たちを付き従わさせて下さい」 優しい顔立ちをした美しい双子の姉妹は、 その生まれたままの優美な全裸の姿を結ばれ合った男女の方へ、さらに近づかせるのであった。 わが日本民族における<民族の予定調和>は、実現を目的として進行しているものであったから、 それから行われた行為を乱交と呼んだとしても、 もはや、サディズム・マゾヒズムの行為、或いは、マゾヒストのレズビアンの行為と言うことはなかった。 |
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