借金返済で弁護士に相談


< 結 >



認識の五段階を経て、
<導師様>は、<民族の予定調和>の伝導に本格的に取り掛かられたのであるが、
それは、時代の趨勢である状況との軋轢、相反、矛盾を露骨にさせられたということでもあった。
<導師様>の示される<民族の予定調和>へ関心を抱く者は、絶無と言うほどになかったのである。
生まれたままの全裸となった女性へ、男性が思いを込めた緊縛の縄の意匠を施し、
<信奉者の流儀>に従って縄の掛けられた陰茎を膣へ挿入して、ふたりが共に官能の絶頂を極めること、
その<色の道>の修行を通して、絶頂を極めた喜びの最中に生み出される想像力を切磋琢磨すること。
このような行為は、エロ、グロ、ナンセンスであって、サディズム・マゾヒズムの異常性愛の行為、
或いは、猥褻な陵辱行為、公序良俗に反するものとして、警察に逮捕されることでしかなかったのである。
<民族の予定調和>へ関心を抱く者があらわれたとしても、逮捕されるということが敬遠させたことだった。
警察の行う取調べは、時には、サディズム・マゾヒズムの異常性愛行為を遥かに凌ぐ過激さがある、
と一般市民には、暗黙の了解のあることだったのである。
<導師様>の伝導は、言うまでもなく、公然とした場で実際の行為を持って行われたことではなかったが、
女性に話しかけているその様子を見られただけで、巡査を呼びにやられたことは確かだった。
<導師様>の風貌は、ひと目見るだけで、異様、異常、奇怪、怪奇、恐怖さえ感じさせるものが漂い、
女性や子供はまったく寄り付かず、男性からも白い眼で見られるだけのものであったから、
警察の職務質問は、女性をかどわかしているのではないか、ということに終始した。
年老いているのか年若いのか、わからない、奇態千万なおやじである、
流行している怪奇探偵小説の敵役にはもってこいの風貌であると言われても、
映画出演の紹介がもらえるわけでもなく、現実の迫真力は言語の想像力に優るという風説を立証するだけで、
そのような不利な状況において、<民族の予定調和>があらわす日本民族の定められた道を語れば、
気違い扱いされて、早速、精神病院行きの手続きを取られることは確かであった。
<民族の予定調和>の大衆的理解は、まだ、まだ、早過ぎる時期にあると判断されたことであった。
<民族の予定調和>の道を語っても。
煙草の吸殻や唾を吐き捨てられるか、馬車馬や犬や猫に糞や小便をされるだけのものでしかなかった、
と<導師様>は、説法においては表現すべきであるとおっしゃられたことであったが、
大衆的理解の観点からは、そのような下品な表現で嫌悪感を招くことは、できるだけ避けたいところである。
何故なら、<導師様>の苦難の道は、大衆的理解を得られず、
ただひとり、歩き続けるだけのものでしかなかったことには違いなかったが、
人間の世の中には、大衆とは別の意識と思索を持っておられる方々が存在し、
その方々は、その地位と財産と権勢において、大衆とはかけ離れた事柄を求めておられることがあるのだった。
実際、<導師様>の生活費は、このような方々から頂いた給金でまかなわれていたのである。
<民族の予定調和>が日本民族に平等に開かれている思想であることからすれば、
このような特別な取り扱い方をされることは、ただ誤解を招くことだとして、<導師様>は沈黙されるが、
ガラス張りの情報公開こそは、大衆的理解の始まりであるから、ここに公にするものなのである。
だが、そのお話に入る前に、
<導師様>の三歳年上であった、ひとりの因縁のある人物について触れておくことにする。
<導師様>とは、ついに、面識のないままに亡くなられてしまったが、
偉大な月岡芳年を継承する絵師であり、偉大な月岡芳年が責め絵の形態を描いたのは、
生涯における作品の一部であったことに過ぎなかったが、この絵師は、ほとんど責め絵しか描かなかった。
因縁というのは、責め絵師が責め絵の生涯において、
拠り所としたのは、『奥州安達ケ原ひとつ家の図』であったからである。
偉大な月岡芳年は、写生を基本としていたが、この絵画は、まったくの想像力によって描かれたものであった。
責め絵師は、偉大な月岡芳年が本当に妊婦を吊るして描いたものであるかどうかを確かめるために、
みずからの妊娠している妻を吊るして実験し、写真にまで残したのであった。
その結果は、写生はされていないということが確認され、偉大な月岡芳年の弟子にこのいきさつを語ると、
師匠がその写真を見たら大いに喜ぶだろうと答えられたとのことだった。
偉大な月岡芳年には、女性の吊るし斬りが行われている絵画の含まれた、
『英名二十八衆句』という十四図の武者絵もあるが、人間の殺戮欲が表現されたものとして、逸品である。
だが、偉大な月岡芳年の表現した人間にある殺戮欲は、サディズム・マゾヒズムという思想の導入によって、
性欲ばかりが前面に押し出される理解が行われるという結果を招いたのであった。
それには、ジークムント・フロイトという深層心理学者も、
性欲がすべての心理の前提であるという思想を掲げて、さらに、拍車の掛けられていたことであった。
責め絵師によって数多く描かれた、縄で緊縛された全裸の女性が残虐に殺戮されるという表現は、
人間の殺戮欲にも増して、性欲が露骨なものとして扱われているのである。
そして、これ以降、縄で緊縛された全裸の女性、というありようは、
サディズム・マゾヒズムの性愛行為として、定型化されたものとなっていくことであった。
<導師様>が認識されていたありようとは、異なる大衆的理解へと向かっていくことであったのである。
殺戮欲は、大手を振って戦争という大量殺戮へ向かわせている時勢であったから、
性欲であれば、猥褻として、嘲笑されるか、侮蔑されて、片付けることができたことかもしれないが、
殺戮欲が前面に押し出されるというのでは、戦争行為のありようをまともに問い掛けられることでしかない。
人間の四つある欲、食欲、知欲、性欲、殺戮欲のなかで、殺戮欲だけがおざなりにされたままでいるのは、
殺戮欲が戦争行為ばかりでなく、日常生活の食材にまで思索を及ばせることにあるからだが、
あたりさわりのない表現こそが大きな大衆的理解を得られることであれば、
その大衆的理解は、金銭の生まれる方へ引き寄せられていくことで、さらに増大するものであるから、
表現は、それが正しいありようであるかどうかという本質の問題に関係なく、
間違った理解であったとしても、より良く理解されることの方へ流れていこうとするのである。
いつの世にも変わらない、人間が群棲していれば起るという事柄である。
起ってしまって取り返しのつかないことであれば、仕方のなかったことにするだけの事柄である。
民族史全体の時間から見れば、
<民族の予定調和>が実現されるための過程にあった出来事に過ぎないことだとしでも、
その時間のなかで、生活を凌いで生きている者にとっては、切迫した火急の現実である。
同一の事柄を眺めていても、同じ事柄には見えない、ということを明らかとさせるためには、
その見方と同様の見方ができる者が多数あらわれることなしには、あり得ないことである。
<民族の予定調和>の大衆的理解とは、そういうことである。
従って、これからお話することが富裕な者たちの単なる贅沢なお遊びと感じられることであるか、それとも、
<民族の予定調和>が通過しなければならなかった苦難の道であるかは、見方次第のことである……

軽井沢にある豪壮な別荘へ招かれたとき、権田孫兵衛老人は、紹介者であった陸軍大佐と一緒であった。
ふたりは、そのちょうど一週間前に、知己を得た間柄であった。
警察の事情聴取から情報を得たとして、陸軍大佐の部下が権田孫兵衛老人の下宿を尋ねてきた。
その将校に連れられて赤坂にある料亭へ出向いたとき、
すでに、宴席を囲んで五人の立派な風采をした男性と三人のきらびやかな芸妓がいたが、
権田孫兵衛老人は、早速、その腕前を見せてみろ、と次の間を開いて見せられた。
そこには、ひとりの女性が生まれたままの全裸の姿で正座させられていたが、
顔立ちが上げられて驚かされたのは、その女性が当代の若手人気女優であったことで、
目が覚めるように美しい顔立ちも姿態も、輝くばかりの純白の輝きを放っていることがそのあかしだった。
権田孫兵衛老人は、命じられたことを黙って行うだけで、三ヶ月分の生活費に匹敵する給金を渡されていた。
何が背景にあるかという疑念は一切抱かずに、その場に用意されていた真新しい麻縄で、
女性を後ろ手に縛り、胸縄を掛けて示したのだった。
女性は、全裸の羞恥を耐えていることが精一杯で、縄で緊縛された境遇には、めまいさえ起こしていた。
宴席の男性がひとり立ち上がって、緊縛された女性のありさまを検分しにやって来たが、
この男性が陸軍大佐であり、捕縛術の断絶させられた流派の子孫であって、
縄掛けをきっちりと確かめると、見事な出来だと褒めた。
「だが、女をよがり泣かせるような縄の緊縛ができないことには、ここでの仕事は無理だ」と付け加えた。
宴席にいた恰幅の良い背広姿の男性が、やらせてみろ、と声を掛けた。
若手女優は、その姿がはっきりと見えるように、
陸軍大佐によって縄尻を取られ、引き立てられるようにして、宴席の間近まで連れてこられた。
五人の男性と三人の芸妓が注ぐ熱いまなざしのなか、権田孫兵衛老人は、求めに応じる縄掛けを始めた。
若手女優は、舞い上げられてしまったように、美しい顔立ちを火照らせて、まなざしを揺らめかせていたが、
権田孫兵衛老人の緊縛は、全裸を桜色にのぼせ上がらせるほど、効果のあるものであった。
まるで、その縄は、命を得ている生き物のようにまとわりついて、淫靡な妖気を吸わせるのだった。
さらに、加えられる縄は、疼かされ、掻き立てられている女の官能を煽り立てることはしても、
もはや、元に戻ることは不可能であるほどに、女性を追い立てていくものであった。
若手女優は、あぐらをかかせられた姿勢で、華奢な足首を交錯させられて束ねられた。
それから、仰向けに寝かされていったのだが、
女性の股間は、これ見よがしに、見つめる者たちの方へ向けられているのだった。
女性の真っ赤になった顔立ちは、あたかも、見つめられている羞恥の箇所をじかに触られているように、
海老責めと呼ばれている格好にされた緊縛の裸身を抑え切れない羞恥として悶えさせていた。
美しい顔立ちの眉根を寄せ唇を噛み締めて引きつった表情とは裏腹に、
緩やかに開き始めた綺麗な花びらからは、きらめくしずくがもれ始め、
可憐な亀裂が膨らんでいくと、甘い芳香を匂わせるようなどろっとした花蜜があふれ出すのだった。
それが演技とされることであれば、若手女優は、官能の恍惚に舞い上がる最高の表現に及んでいた。
観客から熱意をもって見つめ続けられるということが、
これほどまでに、女優を高ぶらせるものであるかと言うほどに、
汗で光らせた純白の裸身をあらんかぎりに悩ましく悶えさせて、
美しい顔立ちを陶然とした表情に変えながら、官能の絶頂へと向かい続けていくのであった。
権田孫兵衛老人の緊縛がその施された者の個性をあらわすということのあかしだった。
女性は、全裸を縄で緊縛された姿を晒されただけで、痙攣をあらわしながら、喜びの絶頂を極めたのだった。
五人いた男性からは、それぞれに感嘆のため息がもれ、三人いた芸妓からも、小さな歓声が湧き上がった。
陸軍大佐は、権田孫兵衛老人に近づくと、杯を差し出して、
「まあ、一杯飲め、おぬしは、なかなかのものだ、使いものになる。
来週の軽井沢の夜会へ来い」と言ったのであった。
それから、権田孫兵衛老人は、席を退くように言われて、その間を出ようとしたとき、
美しい若手人気女優が喜びの絶頂を極めたその緊縛された姿態のまま、
となりの艶めかしい夜具の敷かれている部屋へ運ばれていくのを目にしたのだった。
軽井沢の別荘へ向かう車のなかでは、陸軍大佐は、次のようなことを話した。
「先日の女優にしたところで、本人が望むことであるか、望まないことであるかは、関係ない、
金額さえ承諾されたことであれば、あのようになるというだけのことだ、
おぬしは、事情聴取の調書によれば、<民族の予定調和>とやらを伝導しているそうだが、
そのようなことは、無駄だ、やめておけ、人間の世の中を支配しているものは、金銭でしかない、
人間は、自分が価値のあると思うものに対してだけ、金銭を支払うのだ、
金銭の動かない事柄には、人間に貢献する価値などないということだ、
政治家だって、企業家だって、軍人だって、おぬしのような宗教家だって、
大義名分、美辞麗句を掲げてやっていることは、みずからが得る金銭のためのおためごかしということだ、
おためごかしをおためごかしだと人に思わせないことのできる人間、
そのような人間が人並み以上に優れているとされて、世の中で成功している人間であることなのだ、
それが実際ということだ、ただ、それをあからさまにさせたのでは金銭は動かない、
だから、あからさまにさせないために動く情報の人間がいて、情報がまた金銭を動かすということだ、
情報を伝達する媒体というのは、おためごかしの芸術と称されても、過小評価とさえ言えるくらいに、
真の芸術などと称されて貧乏人が行う労苦・辛苦・艱難の実りある成果の上前をはねることに長け、
国家の報道とされる大義名分、美辞麗句には、取り上げられた者が赤面するくらいの誇張があるものだ、
大衆的理解を得るには、そのくらいの表現でなければ、感動と共感を引き起こせないからだ、
感動というのは、喜怒哀楽の誇張をもって共感を生み出すことであるから、大衆的理解には不可欠なものだ、
実際は、感動を生み出す手管こそが金銭を生み出すために行われる芸術とされて然るべきことだろう、
貧乏人が行った労苦・辛苦・艱難の実りある成果も、本人の死後にあってこそ、価値が与えられるという所以だ、
死者は口をきかないのだから、どのようなおためごかしに利用されても、文句の出る筋合いはないということだ、
大衆的理解とは、感動という共感に繋がれて、実際に見られては困るものから隠蔽されるということだ、
感動を目的とした情報には、金銭を生むための魂胆があるということだ、
大衆的理解とは、いつの時代にも、そのように操作されて作り出されてきたものだ、
みずからの生死を賭けて戦争に赴くためには、共感する大義名分、美辞麗句が必要不可欠と言うわけだ、
いま行っている大東亜の戦争にしたところで、我が国がいずれは敗戦するとわかっているのは、
我が国の国力や戦力を見れば、それで飯を食っている者にはわかり過ぎることだ、
にもかかわらず、勝利することもできない戦争をどうして行い続けるのかと言えば、そこに金銭が動くからだ、
戦争というものが最大の消費であることは、生産する者にとっては、最大の供給ということだからだ、
兵器や弾薬や物資が浪費され、あらゆる物が破壊され、多くの人が死ぬということが生み出す需要は、
どのような方法であろうと、それに対して供給できる人間に儲けを与えるということだ、
お国のため、民族のため、天皇陛下のため、富国強兵、領土拡張、極東の安定平和、
大義名分、美辞麗句などは、どのようにでも作り出せることだ、
そのようなものがあると理解できて、そのようなことのために動いてくれる人間があればよいことだけだ、
正しいとか正しくないなどということは、まるで、意味のないことだ、意味のあるのは、生まれる金銭だけだ、
金銭さえあれば、相手が異国の敵であってさえ、分かり合える言葉で話すことができるからだ、
金銭は、どのようなものにも優る、万国共通の言語だ、
だから、敗戦したところで、その荒廃に苦難するのは、金銭のない貧乏人だけということにしかならない、
手酷い敗戦こそ、多大の需要と供給という、金銭を儲けるための種が転がっていることだからだ、
そのようにして、人間はやってきたのだから、平氏の終末も、豊臣の終末も、日本の終末も変わらない、
戦争は人間にある殺戮欲のあらわれ、そんな欲よりも、遥かに強靭な金銭欲が人間にはあるということだ、
いつの世の中でも、人間は、おためごかしの上手な金儲けのできる者だけが生き残り続け、
戦地で死んでいっている貧乏人に代わって、国内では、贅沢な暮らしをしている裕福者がいるということだ、
<民族の予定調和>など、金銭にならないことは、行うだけ、時間の無駄ということだ、
わしの父親は、捕縛術という長い伝統の流派を継承した者だったが断絶した、
時流に合わず、需要がなく、金銭にならなかったから、どうしようもなく、消滅してしまったということだ、
父親が最後に行った捕縛術は、これ以上に見事なものはないという、首吊りの縄掛けだった、
伝統として継承されるものは、それが金銭を生む限りにおいて、生き残り続けるものでしかないのだ、
断絶して消滅していくものは、金銭の利用価値がないということをあからさまとさせているだけなのだ、
おぬしも、<民族の予定調和>という大法螺のおためごかしを吹いて、
お布施をたんまりと儲けて、女性を好き勝手に弄ぶというのならば、話はわかるが、
大した稼ぎもできないで、もっともらしいことだけを言っているだけでは、貧乏人の思想に過ぎない、
貧乏人の思想は、貧乏人にしか寄りつかないから、金銭の生まれる種は永遠にないということだ、
種がないところには、子は生まれない、子孫の繁栄もなく、未来もないということだ、
予定調和と言うのは、まさに予定でしかあり得ないということだろう、
おぬしも、生活に困っているというのなら、その縄掛けの猥褻を特徴とする技能で儲ければよい、
素っ裸の女を縄で縛り上げただけで、いかせることができる者など、そうざらにはいない、
世の中には、儲かるという価値さえ認めれば、幾らでも金銭を出す裕福者はいるのだ、
これから向かう場所で行われていることは、その裕福者の夜会で、
そこには、政界、財界、宗教人、軍人、華族と様々な方々がおいでになっている、
目的は、ただ、その時間を楽しむということだけでしかない、思想も宗教も信念もまるで無縁のことだ、
そのようなものは、金銭を生み出すための衣に過ぎないから、羞恥もなく裸になれるという場所だ、
わしは、おぬしが気に入っているのだ、おぬしのためにその場を役立てろ」
権田孫兵衛老人には、『奥州安達ケ原ひとつ家の図』から生まれた出自があったので、
はい、そうですか、と簡単にうなずくことのできる話ではなかった、
ただ、険しい老いをあらわとさせた無表情で聞いているだけのことであった。
ようやくにして到着した豪壮な別荘は、特徴的な外観としては、恐ろしく高い塀がめぐらされていることで、
頑丈な門構えから、住んでいる者の生活を窺い知ることは、まったく拒絶されていることだった。
あらわれた執事の身なりをした男性によって、建物のなかへ入る玄関扉が開かれたとき、
驚かされたのは、内部の豪華な造りもさることながら、そこに堂々と屹立していた白木の十字架であった。
十字架には、赤坂の宴席の若手人気女優が生まれたままの全裸ではりつけられていたのだった。
その姿を眺めては、男性は燕尾服、女性はイブニング・ドレスに着飾った三組の連れが話しながら立っていたが、
さらけ出させた純白の柔肌を輝かせる優美な裸身は、下腹部にある羞恥の翳りをすっかり奪われていて、
可憐と思えるくらいの割れめをくっきりとのぞかせていたが、晒されている身上に恍惚とさせられているように、
顔立ちがうっとりとなった綺麗な表情を浮かべているために、
惨たらしい処罰であるというような印象をまったく感じさせないものとしてあったのだった。
それは、艶めかしい純白の太腿の双方へ、きらきらと光らせている女の喜びの蜜が鮮やかとさせていたことだった。
「この娘には、色々と試されたのだが、やはり、その綺麗な顔立ちと優美な裸身は、
飾り物として眺められることに価値があるとされて、このような晒しものとされているのだ。
百万のファンが眺めるよりも、部屋の置物とされるだけの高い金銭が支払われているということだ」
と陸軍大佐は説明を加え、執事へ、奥へと案内するようにうなずくのであった。
長い廊下を進んでいく間には、幾つもの部屋があって、
行き違う燕尾服の男性とイブニング・ドレスの女性の連れもあったが、
互いの顔をじっと見つめないということが礼儀とされて、品性と静寂と寛ぎが雰囲気として重んじられていた。
汗まみれ、泥まみれ、血まみれの異形と色彩と異臭が漂う、騒然とした戦場が同時刻の外地にあるとは、
到底想像させるものではなかった。
やがて、廊下の突き当たりまで来ると、地下へ降りる階段があって、
階下には、鋼鉄製の重々しい扉が立ち塞がっていた。
「今宵の生贄のお披露目が行われるのだ。
もう、始まっているはずだから、静かに入ってくれ」
と陸軍大佐は、執事が開いた扉の奥を手招きして入っていった。
広い空間があり、片方に舞台のような一段と高い壇があって、その反対側が客席となっていた。
むっとした人いきれと漂う香水の匂いから、客席には三十名くらいの男女が半々に座っているようであったが、
舞台は、ちょうど暗転の間であったために、その様子は、ほとんどわからないものだった。
陸軍大佐は、隅の空いている席へ、権田孫兵衛老人を座らせて、まあ、しばらく見ていなさい、と言った。
突然、強烈な照明が中央を丸く浮かび上がらせた。
瀟洒な着物姿の四十歳くらいの品のある女性が登場して会釈をすると、
「今宵の生贄の女性をお披露目致します、雅子様です」
と澄んだ声音を響かせて、合図がされるのだった。
ふたりの執事に左右から支えられて、ひとりの女性があらわれた。
艶やかな長襦袢を羽織らされているという姿の女性の顔立ちが司会の女性の手によって上げられると、
客席からは、まさか、というような感嘆の声とどよめきが起るのだった。
それから、司会の女性の手は、躊躇もなく、身に着けていた長襦袢を一気に剥ぎ取っていった。
俯き加減とさせていた品性のある清楚な顔立ちから、年齢は三十歳なかばに見える美しい女性だったが、
あからさまにさせた生まれたままの全裸の姿は、目に染み入るくらいに潤いの輝きを放ったものだった。
綺麗に隆起した乳房も、夢幻の漆黒の靄を漂わせる股間も、乳白色に輝くすべての柔肌と同様に、
覆い隠されることなく、さらけ出されていたのは、後ろ手に縛られていることによるものだった。
客席のどよめきは、見たいと望んでいたことが見られた、という興奮を伝えるほどのものになっていた。
「普通であったら、絶対にあのような姿などあり得ないお方だ、社交界では知る人ぞ知る、
華族の有名な奥様で、今宵の生贄となるために、高額な金銭が支払われているということだ」
陸軍大佐は、耳もとへ寄せた囁く声で、度重なる金銭の説明を加えているのだった。
奥様は、美しい顔立ちを俯かせ、しなやかに伸びた両脚を懸命に閉じ合わせるようにして、
立っているのが精一杯という様子をあらわにさせていたが、
司会の女性の口調は、冷やかなくらいに事務的なものだった。
「雅子様に、生贄の縄を掛けて頂ける方は、どなた様でいらっしゃいますのでしょうか」
と客席へ問い掛けるのであったが、それに応じては、ひとりの燕尾服姿の中年男性が立ち上がり、
私が権利を得た、と答えた。
中年男性は、舞台の方へ歩み出るのであったが、壇上に立ったその人物が何者であるのかを知ると、
奥様は、余りの驚愕に、綺麗な顔立ちをこわばらせて、華奢な裸の肩先をぶるぶると震わせたのだった。
中年男性の方も、ばつが悪そうに皮肉な笑みを浮かべていたが、
司会の女性から手渡された山吹色も真新しい麻縄を受け取ると、おもむろに奥様の背後へまわって、
後ろ手に縛り上げていた縄を解き始めていた。
それは、実にもたもたした動作であったが、ようやく、縛りが解かれた、そのときだった。
奥様は、両手が自由になったことを感じ取るなり、こらえていた思いを爆発させたように、
中年男性のつかまえようとする手を激しく振り払って、舞台の外へと逃げ出そうとしたのであった。
客席には、どよめきが湧き上がり、中年男性は立ち尽くしたまま、ただ、おろおろしているばかりであったが、
「さあ、おぬしの出番だ、名前を売る絶好の機会だ、行き給え!」
と陸軍大佐は、用意していた麻縄の束を手渡すと、権田孫兵衛老人を押し出したのだった。
一糸もまとわない全裸の奥様が逃げ出そうとした先には、
紫色をした麻縄を携えた、小柄な背丈を萎びた着物姿で包んだ権田孫兵衛老人が待っていた。
その醜く老いさらばえた風貌をひと目みるなり、奥様は、きゃぁ〜、と叫び声を上げて思わず後ずさりしたが、
客席からも、何だ、あれは、鳥か、飛行機か、という驚嘆のどよめきが湧き上がるのであった。
権田孫兵衛老人は、相手の華奢な手首を素早くつかむと、容易に背後へとねじ曲げて、
まわさせたもう片方の手首と重ね合わさせ、縄を二重に巻き付けて縛り上げていた。
超人の飛翔にも匹敵するような余りの早さには、客席から、おおっ、という感嘆のため息がもれていたが、
麻縄は、すぐに、ふっくらと美しく隆起しているふたつの乳房の上へ二重に掛けられ、
さらに、加えられる麻縄が乳房の下の方へ二重に巻き付けられて、
緩みが起らないようにとがっちりとした縄留めがされる緊縛として仕立てられていったのだった。
奥様は、いやっ、いやっ、とか細い声音をもらしながら、柔らかな黒髪を右へ左へ揺らすことが精一杯で、
恐ろしい老人の風貌に圧倒されてしまったように、されるがままになっているばかりであったが、
「助けて、あのひとから、私を助けてください!」
という微かな言葉が投げ掛けられてくるのを、権田孫兵衛老人は、聞き取ることができたのだった。
だが、舞台の上に否応なくあらわされて、誰の眼にも明らかにされたのは、
生まれたままの優美な純白の全裸に紫色の麻縄の緊縛を恥辱を示すように施され、
顔立ちの麗しさを不安と恐れと屈辱に曇らせた女性の縄尻を無残な虜囚のように取って、
禿げ上がった真っ白な頭髪に歯のないくぼんだ口もと、どぎつい目つきや鋭い鷲鼻、
皺だらけの小柄で痩せ細った身体、辛うじてそれを包み隠している萎びた着物、
険しい老いを醜いまでにあらわとさせた、残忍非情な女衒が守銭奴のようにして立っているという風情だった。
客席からは、ひとりの年配の男性が立ち上がっていた。
「見事な手際の良さだ、名前は何と言うのだ」と問い掛けていた。
権田孫兵衛老人は、奥様を縛った縄尻を引いて、その美しい裸身を引き立てるようにして見せつけながら、
「権田孫兵衛、<民族の予定調和>の伝道者をしております」と答えたのだった。
そこへ、おろおろしていた中年男性が近づいてきた。
子供がねだるような仕草で、奥様を繋いだ縄尻をくれと言わんばかりに、手を差し出したのだった。
奥様は、顔立ちを中年男性からそむけさせて、いや、いや、とか弱く首を振り続けていたが、
権田孫兵衛老人は、渡す素振りをまったく見せずに、険しい老いの無表情を浮かべているばかりであった。
「私が買った権利だ、縄をよこせ!」
中年男性は、ついに叫んでいたが、権田孫兵衛老人は、顔付きの無表情と同様な無感動でしかなかった。
「女性ひとり、縛ることのできなかったあなたに、この縄を渡して、何ができるというのですか。
やめておきなさい、ろくなことにはなりません、縄は扱う者の思いを正直にあらわすものなのです」
と説教臭いことを答えたのであった。
金銭の絡んでいることであったから、中年男性は、すごすごと引き下がるわけにはいかないことだった。
それ以上に、奥様の緊縛の全裸を見つめるまなざしは、燃え上がる嫉妬をあからさまとさせていた。
まるで、老いさらばえた貧相な老人に愛する美しい女性を奪われた、そのように感じているようだった。
「わかった、だったら、おまえは、その縄で女性をどのようにできるというのだ!
見せてみろ、見せることもできないで、わかったふうな口をきいたって、誰も信用しないぞ!
馬鹿らしい! 縄など縄に過ぎない! 
どこが扱う者の思いを正直にあらわすだ! 女を縛り上げるだけのただの道具だろう!
そうれみろ、答えられないだろう! 早く、縄をこちらへよこせ!」
中年男性は、舞台を見守るすべて者の賛同を得ようとするように、役者並の大声で言い放っていたが、
相手が漂わせる得体の知れない不気味な雰囲気には、それ以上に近づこうとはしないのだった。
にらみ合ったふたり、いや、雅子奥様も、中年男性をにらみつけていたから、三人であった。
場内は、舞台の上で展開されている劇的でおぞましく淫猥な情景を固唾を呑んで見守る観衆の発散させる、
異様な興奮と緊張、むっとする人いきれとさまざまに匂う香水の体臭、それらが入り混じり淀んでいた。
権田孫兵衛老人には、およそ知ることのなかったことであったが、
異様な興奮と緊張は、雅子奥様とその中年男性の間柄を観衆は熟知していた、ということによるものだった。
生贄とは、この場合、不特定の男性に捧げられる供物の意味でしかなかったから、
その中年男性が何者であろうと、金銭をもって、公然と供物を好き勝手に食することができたということである。
この雅子奥様の事情は、権田孫兵衛老人のその後へ大きく繋がることになるのであるが、
それは先の話として、ここは、その展開へたどり着くための経過を続ける。
そのときであった。
客席の隅に腰掛けていた陸軍大佐が立ち上がり、役者にも優る、軍人らしいでかい声を張り上げたのだ。
「いろいろとご事情はお有りのこととは思いますが、
誠に僭越ながら、ひとつ、提案をさせては頂けないものでしょうか。
そこにいる権田孫兵衛という人物は、尋常な者ではございません。
日本古来よりの伝統である縄の捕縛術を継承している者なのであります。
その縄掛けは幽玄そのもので、権田孫兵衛は、女性へ民族継承の偉大な縄掛けを施すだけで、
その女性に官能の喜びの絶頂をもたらすことができるのです。
病者へ御手を触れるだけで治癒させた奇跡ということに比較するのは、大げさなことでありましょうが、
生まれたままの全裸の女性をただ縄で緊縛しただけでオルガスムスを与えるのです、
まやかしの宗教伝道者でないことは言うまでもなく、猥褻な驚異の伝道者であることは、間違いのないことなのです。
このような縄掛けの行える者は、真の民族の伝統継承としてある者以外には、あり得ないことです。
尊厳ある伝統の縄も、扱う者によれば、単なる道具以上の深遠さが示されるということなのです。
一度、皆様方のお目で実際に確かめてみられましたら、如何でございましょうか」
この提案に、客席はどよめきを示したが、すぐに、答える者があった、当の中年男性であった。
「は、は、は、は、は、おもしろい、早速、やらせてみろ!
そのようなことができなかったら、その美しい生贄は、すぐさま、私のものだからな!」
と作り笑いをしながら、燕尾服のズボンの股間を急激にもっこりとさせて、息巻いて見せるのであった。
陸軍大佐は、舞台のそでから、権田孫兵衛老人と瀟洒な着物姿の司会の女性へうなずいて見せた。
司会の女性は、さらなる紫色の麻縄の束を運んでくるのであった。
権田孫兵衛老人は、怯えを浮かばせる雅子奥様の顔立ちの前へ立つと、じっと見据えてから取り掛かろうとした。
「いや、待て! ただ、やらせるだけでは、興趣がない!
私の連れを差し出すから、その女性とどちらが先にいくものか、競わせてみてくれ!」
先に権田孫兵衛老人の名前を尋ねた年配の人物であったが、
男性は、脇へ座らせていた女性に羽織らせていた艶めかしい長襦袢を剥ぎ取ると、
その身体を舞台の方へ押し出すようにするのだった。
全裸をあらわとさせられた女性は、二十歳を少し過ぎたくらいの愛くるしい顔立ちへ羞恥を浮かばせながら、
胸と下腹部を両手で覆い隠すようにして、おずおずと舞台へ上がってくるのであったが、
権田孫兵衛老人は、相手のほっそりとした手首をつかむなり、司会の女性が用意していた赤色の麻縄で、
有無を言わさず、後ろ手に縛り、胸縄を施すのだった。
若く愛くるしい全裸の女性があらわす赤の紋様も鮮やかな縄の緊縛姿に、綺麗だ、との声も上がるのであった。
すると、今度は、別の男性が立ち上がり、
「確かに、縄の伝道者だ、その見事な縄掛け、私の連れにも施して欲しい」
と言って、美貌の女性の一糸もまとわない裸身を差し出すのであったが、
年齢は二十歳なかばくらい、むせぶほどに匂い立つ色香の全裸と言うほど、優美さのあらわされたものであった。
権田孫兵衛老人は、言われるがままのことを、今度は、青色の麻縄を用いて行うのであった。
その後には、さらに、別の男性が差し出した三十歳くらいの女性が控えていた。
顔立ちの麗しさでは引けを取らない端正な美しさがあったが、柔肌の潤いを滲ませたきめの細かさは、
新たに手渡された緑色の麻縄をしっくりとなじませる緊縛とさせるものがあるのだった。
まばゆい照明に浮かび上がった舞台には、
四人の女性がそれぞれの色の縄で緊縛された、生まれたままの全裸があらわとさせられていた。
年齢はさまざまであったが、顔立ちの美しさと姿態の優美さは、互いに競い合う豊潤な艶麗さにあり、
紫、赤、青、緑の縄の紋様は、それを一段と妖艶華麗と映えさせているのであった。
場内は、幽玄な美に打たれているように、ため息さえも抑えられた静寂が漂っているのだった。
「やはり、四人では、縁起が悪い。
見栄えの点からも、井原西鶴の例えにあるように、好色は五人女と決まっているものだ。
生贄に掛けられるべき真新しい山吹色の麻縄が欠けていることは、調和が損なわれていることもはなはだしい。
調和がなくて、何が美と言えるものであるか。
わしの連れを差し出すから、今宵の生贄として縛り上げてくれ、権利はわしが支払う」
という野太い男性の声が上がったが、座ったままの姿勢は人物を明らかとはさせなかった。
一糸も着けない全裸の女性が恥ずかしい箇所を覆い隠すこともなく、堂々とした姿勢で舞台の方へ歩み寄ってきた。
全裸を晒して立ち並んでいた四人の女性は、それぞれに異なる年齢と個性を見事に発揮させながら、
互いに競い合う美をあらわしているものであったが、新たにあらわれた女性が何者であるかを知らされたとき、、
異様な熱気の場内は、震度五強に揺れるほどの大きな驚愕が引き起こされていた。
女性があからさまとさせていた生まれたままの全裸の姿は、
五十歳にも達していながら、色艶の張りのある優美さを明らかとさせていたが、
その柔肌へ残酷にも麻縄が巻き付けられ、罪人がされるような恥辱の緊縛姿を晒されるのであった。
そればかりではなく、その全裸の緊縛姿のままで、官能の絶頂をあからさまにさせて見せることをした後は、
今宵の生贄として、不特定の男性へ捧げられる供物となって弄ばれることが定められているのであった。
品性の象徴と言えるこの女性は、裕福で高貴な者だけが集まる社交界にあって、女帝と呼ばれた存在であった。
最高位の女性としては、このような場所にいること自体が考えられないことで、そのような女性を全裸にして、
生贄として差し出すことのできる男性の存在とは、いったい何者であるのか、そのことが問われることだったが、
金銭は人間の尊厳や自尊よりも遥かに上位の位置付けを与えられている、
ということのあかしであったことなのだろうか。
思想も宗教も信念もまるで無縁に、ただ、その時間を楽しむということだけでしかない、というお遊びは、
貧乏人の想像力など遥かに及ばないありようがある、ということのあかしであったことなのだろうか。
権田孫兵衛老人にとっては、女性と男性、おまんことおちんちんの愛らしさのあらわれでしかなかったから、
高貴な女性が拉致されて、あらんかぎりの虐待と陵辱が行われるための縄による緊縛であればこそ、
富裕な女性が貧乏人以下の牝豚にまで成り下がる加虐・被虐・嗜虐の表現があればこそ、
大衆的理解が得られて利益の上がるSMポルノ表現であるということも、およそ無縁のことでしかなかった。
これまでの四人の女性と同様に、品性の象徴を縄で縛り上げればよいことだった。
生まれたままの全裸を晒す女性であれば、
自然の植物繊維で撚られた縄で緊縛されることは、<民族の予定調和>の表象となることである。
この大前提においては、
日本社交界の女帝であろうと、ほかのすべての日本女性と同様な存在となることに変わりのないことであったのだ。
まばゆい山吹色の紋様が加わることで、舞台は、さらに、壮麗な色合いを漂わせるものとなっていったが、
ただひとり、浮いて見えたのは、険しい老いをあらわとさせている灰色の権田孫兵衛老人だけであった。
そして、そのささくれだった老いさらばえた醜い手によって、五人女への新たな好色の縄掛けが始まるのであった。
客席の男女は、羞恥に晒される全裸緊縛美女たちに劣らない、熱っぽい官能の高ぶりからむせるほどになっていた。
五色に色めく女性たちは、官能に舞い上げられてしまったように、
美しい顔立ちを艶っぽく火照らせ、まなざしをうっとりと揺らめかせながら、
桜色にのぼせ上がった裸身をうねりくねりと悩ましげに身悶えさせ続けるほど、
縄による緊縛の効果が発揮されているのであったが、
自然から生まれた麻縄というのは、命を得ている生き物のようにしっくりと柔肌へまとわりついて、
淫靡な妖気を吸わせ続けるほどに自然そのものだった。
そこへ加えられる新たな縄は、疼かされ、掻き立てられている女の官能を煽り立てることはしても、
もはや、元に戻すことは絶対に不可能というほどに、女性を追い立てていくものでしかなかった。
色めく五色の女性たちは、あぐらをかかせられた姿勢で、華奢な足首を交錯させられて束ねられていった。
それから、仰向けに寝かされたが、女性たちの股間は、これ見よがしに客席の方へと向けられているのだった。
美しい五人の女性の妖艶な股間のありさまが、横並びに五色の淫猥としてさらけ出されているのだった。
並んだ妖美な女の花びらと愛らしい芽と果肉の深遠と可憐な菊門の百花繚乱と言えるようなものだった。
女性たちの真っ赤に上気した顔立ちは、あたかも、見つめられている羞恥の中心をじかに触られているように、
海老責めと呼ばれている格好にされた緊縛の裸身を抑え切れない羞恥として悶えさせ続けていたが、
美しい顔立ちの眉根を寄せて唇を噛み締めた、引きつった表情とは裏腹に、
緩やかに開き始めた綺麗な花びらからは、きらめくしずくがもれ始め、
妖美な亀裂が膨らんでいくと、甘い芳香を匂わせるようなどろっとした花蜜があふれ出してくるのであった。
そのいずれが輝かしさを美麗とさせるかを競い合うように、五色の果肉の収縮が息づいているのであった。
それが始まりであるとすれば、女性たちは、官能の恍惚に舞い上がる最高の表現へ、我先にと及ぼうとしていた。
客席から、熱っぽいまなざしと興奮したため息とやるせない声音をもって、見つめられ続けるということが、
これほどまでに、女性を高ぶらせるものであるかと言うほどに、
汗で光らせた純白の裸身をあらんかぎりに悩ましく身悶えさせて、
美しい顔立ちを陶然とした表情に変えながら、五人五色の色艶のあらわれをそこはかとなく発揮させ、
みずからこそが第一の女であると、官能の喜びの絶頂へ到達しようと、みずからを押し上げていくのであった。
お互いが、もらし、うめき、上げる、悩ましく、やるせなく、切なく、甘美な声音に、
お互いを励まし合いながら、優美な腰付きを淫乱に揺さぶってよがり続けているのだった。
まさしく、五人五色の女性の艶麗が生々しく立ち昇っているのだった。
権田孫兵衛老人の緊縛がその施された者の個性をあらわすということのあかしだった。
女性たちは、全裸を縄で緊縛された姿を晒されただけで、
妖艶な痙攣をあらわしながら、喜びの絶頂を極めることができたのであった。
第一人者の栄誉は、山吹色の女帝が勝ち取ったということは、さすがと言うべきことなのだろうか。
続いて、緑色、青色、赤色と官能の絶頂を極めていったが、紫色だけは、遥かに遅れを取っていたが成し遂げた。
客席の男女からは、湧き立つ感嘆、驚嘆、歓声が打ち返す波のように繰り返されていたが、
舞台上の股間をあからさまとされた緊縛の裸身が快感の痙攣をやがて終息させていくように、
場内も、熱くほだされた人いきれこそ変わらなかったが、激しく抑圧された静けさを取り戻していくのであった。
その抑圧された静けさは、それぞれの個室へ引きこもって、解消されるほかにないことだった。
五人の執事姿の男性が舞台にあらわれて、
横たわっている女性をその全裸の緊縛姿のまま抱き上げて、それぞれの部屋へ運ぶという作業が始まっていた。
客席にいた観衆も、男性が女性を抱き寄せるようにして、それぞれの部屋へと向かい出すのであった。
司会の瀟洒な着物姿の女性は、客席の陸軍大佐を権田孫兵衛老人の立っている近くへ招き寄せると、
「ご主人様からのお言い付けで、
権田様には、ご褒美として、雅子様が与えられるとのことです、
大佐殿には、ご褒美として、今宵の生贄の最初のお相手となる権利が与えられるとのことです、
お部屋へご案内致しますから、ついていらしてくださいませ」
と告げるのであった。
陸軍大佐は、これ以上ないという、にんまりとした表情を権田孫兵衛老人に浮かべて見せたが、
険しい老いをあらわす顔付きは、変化のまったく感じられない表情で応えるだけであった。
その三人の様子を客席の暗がりにひとり残った燕尾服姿の中年男性が見つめ続けていたが、
怒りをあらわす激しさは、震わせる身体で椅子をがたがたと言わせているほどだった。
「気にするな、おぬしが勝って、彼が負けたというだけのことだ。
戦争に負けた国が勝った国へ賠償金を支払うのと同じことで、彼は、おぬしに雅子様を支払ったのだ。
これも、金銭であればこそ成せるわざだ、ということがよくわかったであろう」
と陸軍大佐は、駄目押しの金銭の説明を加えるのであった。
それから、司会の女性は、建物の三階まで、ふたりを連れていき、
陸軍大佐にひとつの部屋を示すと、もうひとつの部屋を権田孫兵衛老人に示して、立ち去っていった。
権田孫兵衛老人は、ひとり、そこで引き返して、別荘を後にしてもよいことであった。
しかし、権田孫兵衛老人には、予見する力があった。
雅子奥様が心からの来訪を求めていることがわかっていたのだ。
部屋の扉が静かに開かれた。
こぢんまりとした部屋の端に大きな寝台が置かれていたが、
雅子奥様は、その上に舞台で晒された海老責めのあられもない緊縛姿のまま、
いつでも男性を受け入れられる姿勢で寝かされていた。
権田孫兵衛老人が入ってくるのを知るなり、その美しい顔立ちは、激しく怯えた表情を浮かべて、
「あなたなんか、嫌いです! そばへ近づかないで! 
不潔です!、忌まわしい、おぞましい! 嫌い!」
と叫んでいた。
その大きく綺麗な瞳には、あふれ出させた涙が光っていた。
権田孫兵衛老人は、お構いなしに、奥様の裸身へ近づくと、素早く、縄掛けを解いていった。
そして、その紫色の麻縄を床へ打ち捨てると、くるりと背を向けて、部屋を出て行こうとするのだった。
突然、縄の緊縛から解放されて、唖然とさせられていた雅子奥様だったが、
部屋を出ていこうとする素振りに、あわてて問い掛けているだった。
「どうして、出ていくのですか、あなたは、私を生贄として扱うために、ここへ来たのでしょう。
そうなさったら、如何です、私だって、覚悟を決めて、ここへ来たのです。
主人が負債した額は、私ひとりの身を持っても、返済できるという金額ではありませんでした。
けれど、私が身を差し出さなければ、金銭を与えてくれるひとはいなかったのです。
やむを得ずに行ったことだったのです、負債が少しでも返せなければ、主人は自殺してしまったはずです。
あのひとの命を救うためにしたことです。
私は、金銭で買われた生贄なのです、あなたの好き勝手に取り扱ってよい女なのです!」
雅子奥様は、説得するような調子で、懸命に呼びとめていた。
権田孫兵衛老人は、おもむろに振り返ると、老いの無表情で答えるのだった。
「私は、あなたに必要のない縄掛けを解きに来ただけです。
あなたの事情がどのようなことであるのか、私には、わからない。
あなたが生贄であると言われても、私には、わからない。
私は、<民族の予定調和>のために、女性へ縄掛けをするだけの者です。
私の行いは、生まれたままの全裸を差し出す女性を縄で縛り上げることでしか、ありません。
あなたが望んでいない縄を解いた、ただ、それだけのことです。
あなたは、私の縄の緊縛に迷妄を感じて、喜びの絶頂を遅らせました。
その迷妄が絶頂を成し遂げさせなかったら、あなたは、あの中年男性の手に落ちていた。
それは、死んでも嫌なことであったから、縄に高ぶらされるままになったのです。
あなたが求めていない縄は、あなたには必要がないということです」
雅子奥様は、さらけ出させた生まれたままの全裸の恥ずかしい箇所を手で覆い隠すこともしないで、
相手の険しい顔付きをじっと見つめたまま、柔らかな黒髪を揺らせながら、
美しい顔立ちを左右へ振っているのだった。
「いえ、いえ、いえ、あなたのおっしゃられていることは、正しくありません。
雅子は、あなたに縄で縛られて、生まれて初めて目覚めさせられたのです。
あの舞台で、私を生贄として縄掛けしたいとあらわれた人物は、私の主人の弟でした。
義弟が私を生贄として買ったということです。
兄弟は、かつて、私に共に求婚したのですが、私は、兄の方を承諾したのでした。
そのとき以来の怨恨と嫉妬がこのような結果を生んだのです。
生贄としての私の買主が義弟であるとわかったとき、私には、すべてが明らかとなったことでした。
義弟は、主人が負債した事業の提案者でしたが、
主人は、弟の罠に落ちて、失敗することが確実な事業へ多額の投資をさせられたのです。
弟思いの兄は、その腹黒い魂胆も見抜けずに、弟を信用し切っていたのです。
義弟は、私を手に入れることに成功したのでした、しかも、だれかれに認められて公然にです。
金銭だけが可能とさせる、ああ、何と卑劣で、残酷で、浅ましい人間の行いであることでしょう。
私は、金銭で片が付くと思うような人間を絶対に信じません。
主人でさえ、私を生贄として差し出すことに同意したのは、金銭だったのです。
私は、もはや、人間という迷妄の底へ落ちていくだけの女でしかなかったのです。
それを救ってくれたのは、あなたの縄でした、あなたに施された縄の緊縛でした。
あなたの縄の緊縛は、私の官能を高ぶらせると同時に、迷妄を浄化させていったのです。
しかし、全裸を縄で縛られて恥辱の格好をさせられるなど、私には、生まれて初めての経験でした。
そのような淫猥なありさまにあって、心の浄化があるなど、矛盾していて、
到底信じられることではありませんでした。
みずからの官能が導く余りにも清冽な高潮へ付き従うことは、大きな恐れを抱かせるものであったのです。
しかし、あなたの縄は純粋だったのです、ついには、私を目覚めに結び付けたのでした。
人間の官能は清冽なもので、その最高潮は人間を超脱させる思いにまで至らせるものがある。
そのような目覚めを与えたのでした。
でも、私は、生贄として取り扱われることを定められた女です。
部屋へ運ばれて、あらわれるどのような男性でも受け入れなければならなかったのです。
私は、泣きました。
そして、部屋の扉が開かれて、あらわれたのがあなたであったことを知ったとき、
私の喜びは、どれほどのものであったことでしょう。
しかし、この部屋に来たあなたも、所詮は金銭に従うだけの人間でしかない、そう思ったとき、
私は、あなたを拒絶する言葉を口にしないではいられませんでした。
そして、あなたは、私を緊縛していた縄を解いて、ただ、立ち去ろうとしただけなのです。
私は、あなたがおっしゃられる<民族の予定調和>ということをもっと知りたい。
私が求めていない縄は私には必要がない、あなたがおっしゃられたそのこと、まったく正しくありません。
雅子は、あなた様の縄を必要としている女なのです。
私は、あなたからされるがままの縄の教えに従いたく、あなた様をお慕いしている女なのです。
生贄として買われた私には、もはや、どこにも寄る辺はありません。
私に寄る辺があるとすれば、それは、ただ、あなた様に捧げられるものでしかないのです。
どうか、あなた様の縄で、私に施しを与えて下さいませ。
雅子は、終生、あなた様に付き従いたく存じます」
雅子奥様は、そのように言い終わると、美しい顔立ちを毅然とさせて、
ほっそりとした双方の白い腕を背中の方へまわさせて、華奢な両手首を重ね合わせる仕草を取るのであった。
権田孫兵衛老人は、老いさらばえた無表情で、相手の美しい裸身を見つめ続けていた。
それから、言うのであった。
「わかりました、では、ここを出ましょう。
あなたと私を待っているのは、<民族の予定調和>を必要とされている方々です。
その方たちのために、表象としてのあなたは、伝導を求められているのです」
こうして、<導師様>と<雅子様>は、
いまだに、苦難の道にある<民族の予定調和>の伝導を続けられていくのであったが、
<導師様>と<雅子様>が精進された縄による緊縛生活から、
<縛って繋ぐ力による色の道>が大成していったことは、
文字通り、おふたりの<縛って繋ぐ力>によるものだったのである。



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